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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第7章  雨【Sister】
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第134話  ~革命の使途二人~



 アボハワ地方の最南西部に位置する小さな町。その中心には、大きな砂時計の形を模したモニュメントがある。ここを待ち合わせ場所にしよう、という目印には最適のオブジェクトであり、今日も日中は、大きな砂時計の根元に何人もの人が集まっている。各々が、自分の待ち合わせ相手を待つ身であり、腰掛けて読書し時間を潰している女性や、商業記録の帳面に目を通す中年商人など、面々は様々である。


 そのモニュメントよりもちょっと離れた位置で、人を寄せ付けずにぽつんと立つ男が一人。ぶかぶかの黒のズボンに、胸元と二の腕だけを覆う黒の肌着を纏い、ほどよく引き締まった腹筋がいい均整を描いている姿だ。蠍の尾のように束ねた後ろ髪を長く降ろしたその人物は、煙草を吸いながらゆったりと待ち人を待つ身。ただ、彼の周りには人が寄り付かない。年のほどは三十路前の若い顔立ちだが、尖った目つきは近寄り難い気質を纏っており、カタギではない気配を感じるその男の周りには、誰も近付こうとしないのだ。


 かつてクライメントシティ侵攻軍の総大将を務めた、"アトモスの遺志"の若き将ザーム。当人は別に、周りを威嚇するつもりは微塵もないのだが、修羅場をいくつも潜り抜けてきた彼の纏うオーラは、自然と一般人には近寄り難く感じさせてしまうのだろう。ザームは周りの自分を見る目などには興味がないから、極めて自然体で煙草を吸っているだけなのだが。


「――あっ! おにーさーん!」


 そんな彼を見つけて、やや遠方から手をぶんぶん振って駆け寄ってくる少女が一人。どこにでもいるような町娘の服装で、腰まで届く金髪ぐらいしか特徴のない、何の変哲も無い16歳の少女の風貌だ。


「ほー、非番の時はそんなカッコしてんだな」


「えへへ、どうかな。可愛い?」


 その場でくるんと回って長いスカートをふわつかせ、長い髪をたなびかせる姿は、幼さと華々しさを両立する綺麗なもの。それに、こうして見ると顔立ちもあどけなく、ひとまわりほど年上のザームからすれば、姪のように可愛らしい顔だ。ザームは彼女と会うのはこれで二度目、一度目は戦場下での初対面だったため、少女の顔をまじまじ見る機会がなかったのだが、改めて見るといい女の顔をしているなぁとは思う。


 正直、こいつが"アトモスの影の卵"と呼ばれる、革命組織の中でも五指に入る実力者の風体だとは、既にそれを知っているザームの目をしても思えない。人は見かけによらないというが、そういう言葉ってまさに彼女のような人物のためにある言葉だ。


「んじゃまー、とりあえず歩くか。ここ人だかり多すぎて鬱陶しいわ」


「さっきね~、なんか珍しい色のアメ売ってるお店見つけたんだ。そっち行こ」


「見つけた時に買えばよかったろ。なんで手ぶらなんだよ」


「おにーさんに頼めば奢ってくれないかなぁとか思って♪」


「お断りだわ。おねだりの仕方が安っぽい」


「え~、ケチぃ。アメも奢ってくれない狭量じゃモテないよ?」


 ザームは少女のことを殆ど知らない。彼女が"ミスティ"と呼ばれる少女であることさえ知らない。わかっているのは、こんな顔して何百もの天人を笑顔で葬ってきた、魔性の女であることだけだ。自分よりも遥かに強い存在であるのも確かで、もしも機嫌を損ねたら、という可能性を考えれば、ザームの立場からすればご機嫌の一つでも取っておいた方が安全だろう。だが、彼はあくまで自然体。


 それぐらいの肝を持ち合わせていなければ、革命軍の将の一角など到底務まらないということだ。ふくれっ面のミスティに見上げられながら、並んで歩くザームは、ガキの扱い方なんか忘れちまったやなんて思いながら、悠々と煙草を吹かしている。


「で、ザームさんこんな所で何してるんですか? 左遷?」


「ちげーよ。ニヤニヤしながら聞くな」


「そうなの? クライメントシティでの失敗が響いて、田舎送りにされたのかなあって」


「あれはあれで成功だったんだよ。失敬なこと言うな」


「へぇ、セシュレスさま的にはアレ成功なんだ?」


「俺にもあの人の考えてることはわかんねえけどな。ま、叱られはしなかったよ。グッジョブって言われたし」


 現在、アボハワ地方の一角に陣取るアトモスの遺志は、近しいホウライ地方に向けて、何度か侵略作戦を実行している。いつか機が訪れれば、ホウライ地方を一気に切り崩すため、今から何度もホウライ地方との小競り合いを繰り返しているのだ。ザームは兵力としても一騎当千級であるため、主にはそこで戦力となって行動しているのだが、今日はその陣からはずれてこんな田舎町にいる。冗談混じりにミスティも指摘しているが、これはやや珍しい形である。


「なんかレインが逃げちまったらしくてな~。そいつ捕まえるから応援要請受けて、俺がそっちに行くことになったんだよ」


「えっ、レインちゃん逃げたの?」


「あいつああ見えてベラボーに強ぇからなぁ。再確保のためには俺ぐらいのが必要ってことで、呼ばれたんだっつの。左遷とかじゃねーっつの。多分」


「あ、うん、まあそうだね。あー、そうか、レインちゃん……うーん……」


 歩きながら難しい顔をして、襟足の辺りの髪を指先でくるくる絡めるミスティ。彼女もミスティとは面識があるようで、自陣営から逃げたというレインの話を聞いて複雑そうな表情だ。


「お前も手伝ってくれればもっと安定すると思うけどな。お前ならレインとも話が出来るだろ。探す能力にも秀でてるだろうしさ」


「やだ。やりたいならあなた達で勝手にやって」


「嫌、か? 忙しいから駄目、とかじゃなく?」


「だってレインちゃん可哀想だもん。目的達成のためにあの子を利用するのは否定しないけど、私はわざわざあの子を連れ戻すのに加担したくないよ」


「へぇー、お前でもそんな感情持ってんだな。天人どもを、殺して殺して殺しまくってるイメージがあるから、慈悲も情けもカケラも持ってないイメージあったわ」


「ザームさん私をなんだと思ってるの?」


「トリコロールカラーの死神」


「その前に人間だもの。人としての心はちゃんと持ってますっ」


「俺ら地人だって人間だぜ」


「天人サマはそんなことすらわかってないから嫌い」


 ミスティは、望まぬ戦場に駆り出されるレインの境遇や、その状況に追い込まれるまでの哀れな過程も知っている。まだ幼いのに、そんな環境に追い込まれたレインのことを、可哀想だと感じる感情は元から抱いているのだ。彼女が容赦なく、殺害すらも厭わないのは天人だけだ。地人を地人というだけで見下し、自分達天人と同じ人間相当に扱わない連中だから、それに対して容赦の念を持ち合わせていないだけで。


「嫌い。超嫌い」


「わかったわかった、大事なことだからって3回も言わんでいい」


「ニンバスさんは好きだよ?」


「あれは出来た人間だよな。俺らの陣営に加わってくれた時にはスパイ天人の疑惑もかかったもんだが、セシュレス様も大丈夫だって言ってくれてるし、信頼のおける人だわ」


「そういえばニンバスさん達は今どうしてるの?」


「セシュレス様の指揮のもと、ホウライ地方北部を攻め焼いてるよ。――あぁそうそう。向こうも俺が欠けて戦力的にもキツいそうだから、お前が加勢してやればセシュレス様も喜ぶかもな」


「"俺が欠けてキツい"……ぷっ、くすくす」


「なんだよ、自意識過剰ってか? 事実だぜ?」


「ふふ、ごめんごめん。確かにザームさん欠けは痛そうだね」


 "アトモスの遺志"は、あくまで十数年前の敗軍の残党であり、兵力で言えば不安の残る頭数だ。総大将のセシュレスや、隠し玉の"アトモスの影"二名、その使者かつ超特級魔術師であつミスティなど、有力な頭は数名残っているものの、未だ大勢側であり聖女スノウも擁する天人陣営を圧倒するには厳しい。ザーム単体も兵力として相当なものだが、今は一兵欠けるだけでもシビアになり得るというのが、アトモスの遺志の実状には違いない。ミスティもザームの実力は知っているし、彼の言葉が己への過信でないことは肯定できる。


「それに、レインを俺達の陣営に引き込もうとしたのってネブラの兄さんだろ?」


「ああ、そうだっけ。それがどうしたの?」


「レインが逃げたっつー情報聞いて、あの人カンカンで捜索部隊に加入しちまったんだよ。おかげでホウライ地方侵略戦線、ネブラの兄さんまで欠かしちまってガタガタ。セシュレス様の苦労、察するわ」


「あはははは、あの人フリーダムだもんねぇ」


「強いにゃ強いんだが、いかんせん偏った性格とあり過ぎる行動力が……まあ俺はあの人嫌いじゃねーけどさ」


「ふふ、私も好きだよあの人は。一緒にご飯食べに行きたくはないけど」


「そんなわけでレイン捜索部隊は、ネブラの兄さんと俺がメインになる予定だから。まあまあヘタ打つことはないと思うから、お前さんはセシュレス様のサポートしてやってくれや」


「それがよさそうだねぇ。私もそっちの方がノれそうだし、丁度いいや♪」


 丁度いいや、の声のトーンが、何と上機嫌なことか。要するに、ホウライ地方侵略戦線に加入し、天人達を殺しまくるのが楽しみになってきているのだ。ネブラという男を"偏った性格"と形容したザームだが、彼に言わせればミスティはもっとだろう。天人への憎しみは笑顔で殺意を語るほど鋭く、そうでないレインに対しては、自陣営に反したことを踏まえても可哀想だと言うんだから。


「"影"の大親分二人はまだ来ねぇのか? ホウライ地方侵略作戦の最終章には、あのお二人が欠かせねえんだが」


「あの人達、隠遁スタイルだからゆったり旅だもん。もう少しかかると思うよ」


「ま、仕方ねえか。こっちもまだ準備不足だし、御大に早く来られ過ぎても気まずい部分あるし」


「レインちゃん確保も準備の一環?」


「セシュレス様はあんなのどうでもいいっつってるが、幹部格のおっさんどもは軽視してないみてえだしな。まー俺もどっちかっつーとそっち寄りだから、レイン捜索に加担すんだけど」


「戦力的にはレインちゃん、桁外れに頼もしいもんねぇ。私はやめてあげて欲しいけど」


「けっこうみんな自由に動いてるっつーことだな。総指揮官セシュレス様の指揮が届いてないようにも見えるか知らんが、各々が自己判断で前向きに動ける現状は、まあまあ士気があって保たれてる証拠でもあるし、そりゃ結構なことだ」


「それ、指揮と士気をかけたギャグ?」


「ちげーよ。そんな閃きかますお前の頭がオッサンなんだよ」


「ひどいー! こんな若い子つかまえてその言い草!」


 腕をぽかぽか殴って抗議してくるミスティを、やめろやめろと鬱陶しげに振り払うザーム。傍から見れば、年の離れたカップルか、姪に絡まれた叔父ぐらいにしか見えない光景だ。ザームが比較的若々しい顔立ちだから、もしかしたら兄妹に見えたりもするかもしれないけど。


「ご飯おごって。でないと今の失礼ゆるさない」


「忙しいっつってんだろーが。そんな時間使いたくねーんだけど」


「おごってくれないとご主人様に言いつけるもん」


「ひー、影サマ怒らせたくねーなぁ。つーかお前、そんな甘やかされてんの?」


「いや今のは流石に冗談だけど……なんでもいいからご飯おごってっ! 私はイカってるんだよっ!」


「わかったわかった、昼飯だけ奢ってやるよ。安いとこだからな」


「許すっ!」


 拗ねたり、ご主人様の顔を思い馳せて落ち着いたり、かと思えば押し切るためにぷんすかしたり、奢って貰えるとわかったら満面の笑みになったりと、表情がころころ変わる子だ。こんなガキなのに組織の中枢を担い、汚れ仕事を一手に背負っているというんだなぁと、ザームも改めて感じる次第である。


 近場の定食屋で世間話でもしながら共に時間を過ごし、ごちそうさまの後にはお別れだ。別れ際にザームの手の甲にキスしてくれたミスティの行動は、それなりにザームも気持ちだけ受け取れた気分になれたものだ。土仕事の多い自分の、洗っていない手に口付けする行動を厭わないあたり、わがままを受け入れてくれた相手に感謝したい気持ちは受け取れる。どうせ年上、昼食を若い女の子に奢ってあげるぐらいの器量はザームもあるのだし、大きく手を振って東へと駆けていくミスティの姿を、頑張れよという想いで見送ることが出来た。


 ホウライ地方侵略戦線へ向けて駆けるミスティ。そして、レイン捜索の任務への道を西向きに歩きだすザーム。戦火の兆しは、世界の片隅で密かに胎動し始めている。

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