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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第7章  雨【Sister】
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第132話  ~放浪娘のリニューアル~



 荒廃したアボハワ地方の旅を続けてきたファインだが、この日はやっと数日ぶりに嬉しい出来事があった。極めて小さな村ではあるが、人里に辿り着くことが出来たのだ。


「さあさ、クラウドさん、晩ご飯どこにしましょうか」


「元気になったなー。気持ちはわかるけど」


「…………」


 ここ何日もが、野良小屋と廃墟をはしごしての旅路であり、食べるものも味気ない保存食ばかりだったファインのテンションは高い。節制家で路銀を尽かさない優秀な旅人とて、買い物が出来る環境に辿り着かねば銭も無力である。いくら旅慣れしていても女の子、栄養食と小汚い寝床を繰り返しての生活なんかよりも、美味しいものを食べて湯を張ったお風呂に入り、ふかふかの布団で寝る暮らしの方が嬉しいに決まっている。


「レインちゃんは、何が食べたいですか?」


「…………」


 今も相変わらずクラウドを盾にして、ファインとの距離を保とうとしているレイン。拒絶された今朝はファインも大へこみしたものだが、時間が経てば慣れてもきたようで、露骨に避けられていても苦笑いする程度に留まっている。どうしたものかな、と悩みは尽きないが、焦ることはないかと余裕も生じている。


「お肉が好きですか? それともお野菜? 好きなもの、何かありませんか?」


「…………」


「なんでも好きなもの、言っていいんですよ?」


 両手に膝をつき、前かがみで目線をレインと同じ高さまで持っていって、ちゃんと笑顔を作っての問いかけ。避けられている立場として、少し困ったように目尻が下がっているが、幼い子供に優しく問いかける表情と声を出せるのは、クラウドから見ても大人だなと思う。童顔のファインだが、たまに自分より年上に見えるから不思議だ。


「……お肉」


「ふふ、そうですか。それじゃあ、そういうお店を探しましょう」


 さりげなく手を伸ばしてみたが、やっぱりレインは応えてくれない。うつむいて、警戒心丸出しの上目遣いを返してくるばかりだ。体を起こしたファインがクラウドと顔を向き合わせるが、その表情は暗くない。いつかはきっとわかって貰えますよね、と、疲れ気味なれど微笑むファインには、クラウドも手を伸ばして頭を撫でてあげたい気分だ。同い年のファインに、上から目線でそんなことをしたりはしないけど。


 小さな定食屋に入って、丼ものの夕食を三人並んで腹ごしらえした後は、近場の宿に入って一夜を過ごす。この日もファインは、一緒に寝ませんかとレインを自分の布団に導いたのだが、レインに断られて別々の布団で眠ることになった。川の字に並べられた布団、真ん中にクラウドが寝て、ファインとレインは一番遠い位置づけ。この距離感が、今のファインにとっては寂しい。


「気にするなよ、ファイン」


「ええ、わかってます。時間をかけて、わかって貰えるようにしますから」


 消灯して小声で一言の交換をした二人だが、レインにだって聞こえているはず。クラウドごとファインに背を向けて眠りにつくレインは、きつく拒絶しているにも関わらず、構おう構おうとしてくれる今日のファインを思い返し、掛け布団をきゅうっと握り締めていた。


 布団は温かい。一人じゃ巡り会えなかった暖なのは、いくら幼くてもわかる。わかりやすい態度にこそ表さないものの、二人がレインを心遣ってくれたからこそ今があるのは、彼女にもゆっくり伝わり始めている。











 さて、人里に辿り着いたら絶対にやっておきたかったことがファインにはある。


「クラウドさん、心の準備はいいですか?」


「あーうん、えらく大袈裟なこと言うもんだな」


「ふふふふ、すっごく可愛いですよ、レインちゃん。抱きしめたくなるぐらい」


 朝早く、宿での朝食を済ませた三人は、村の服飾店を訪れていた。それは勿論、レインの新しい服を買うためだ。ぼろ布を纏っただけの風貌のレイン、いくら子供とて女の子がそんな格好のままでは不憫である。


 試着室の前で待つクラウドの前には、にっこにこ顔のファインがカーテンの間から顔だけ出している。奥には新しい服に着替えたレインがいるのだ。服をあつらえたのはファインだが、当人いわく会心のお似合いようらしく、今からすでに自信満々である。


「それじゃあ行きますよっ! レインちゃん、準備はいいですか!?」


「…………」


「うなずき頂きました! それでは新しいレインちゃん、いよいよお披露目ですっ!」


 クラウドの見えない所で、無言のレインが了承したらしく、ファインが勢いよくカーテンを開いた。自分の後ろにいるレインが、クラウドにもよく見えるようにするため、試着室からぴょんと飛び出たファインがクラウドの隣に並ぶ。


「ど、どうかな……お兄ちゃん……」


「……可愛いよ」


「もう、クラウドさん。こんな可愛い子つかまえて、たったそれだけですか?」


 ああ可愛い、可愛いとも。よくもまあ、ここまであつらえたものだと思う。ついさっきまでぼろ着姿だったレインを、ここまで綺麗にコーディネートするファインって、以前サニーを着せ替えさせていた時といい、つくづくセンスが秀逸だと思う。


 小さな農村でも売っているような、田舎娘用の服だが、この村の染物であつらえて蒼味がかったカラーリングがいい。若くて健康的なレインの肌色を、よく映えさせる色合いであり、胸より上の肩を露出させた着こなしがそれを強調している。膝よりほんの僅か上までの長さのフリルつきスカートは、身体能力に優れる彼女が、体を動かしやすくあるための最大の長さ。一方で、藍色のニーソックスで脚の肌を露出させない着こなしが、首元と肩を見せていながら、全体像でははしたなさを醸さない遠因だ。


 銀色の髪をポニーテールに纏めた、小顔で可愛らしい面立ちのレインだから、素材がいいという部分もあるだろう。だが、フリルつきでドレス風の服を身に纏う彼女の姿は、どこかのお嬢様にも見えるほど可憐だ。これが、数分前までぼろ布を纏っていた、流れ者少女の姿だとは思えない。馬子にも衣装という言葉があるが、着るものひとつで人間ここまで変わるというのは、クラウドだって驚きである。


「ほらクラウドさん、ボキャブラリーが不足してますよ。もっとこの可愛らしさを、もっと的確な言葉で讃えてあげて下さいっ」


 クラウドの後ろに回ったファインが、ずいずいその背を押し、クラウドをレインの真ん前に持っていく。近い距離で小さなレインを見下ろすクラウドだが、胸の前で力弱い拳を擦り合わせ、頬を赤く染めたレインが見上げ返してくる。ファインよりも先に好きになったお兄ちゃん、クラウドに今の自分を見てどう思うのか、もっと聞きたいという顔だ。褒めてくれないかな……と書いてあるその顔は、綺麗だって言われたら嬉しい女の子の顔であり、その表情がまたクラウドの心臓を射抜いてくる。


「あ、うん……なんだか、どこかのお姫様みたいだよ……すごく可愛い」


「お、おひめさま……? 私が……?」


 上目遣いでクラウドを見上げていたレインが、目に見えて嬉しそうな顔をぱっと上げる。お世辞でも何でもなく、見た目印象のままに言った言葉だが、それはレインにとって非常に嬉しい形容詞だったようだ。


「ほんとに? 本当に、お姫様みたい?」


「あ、あぁ、本当だよ……本当に可愛いと思……うわっ!?」


「わーい、嬉しい! お兄ちゃんに褒めて貰えた!」


 クラウドの胸に飛びついて、頬ずりして大喜びのレインには、クラウドもたじたじである。小さな子でも女の子、ふにふにの腕で抱きつかれた感触は非常に柔らかく心地いい。いきなりのことに驚いたクラウドが、ファインに助けを求めるように振り返るが、ファインはにっこにこして見守っているだけだ。


「クラウドさん、抱きしめてあげて下さい。きっと喜んでくれますよ?」


「ぅえ!? いやいやいや、流石にそれは……」


「レインちゃん、クラウドさんにはすごい懐いてるみたいですし? 喜ばせてあげて欲しいなあって」


「な、何言ってんだよファインっ……! 俺だって男だし、この子も女の子なのに……」


「私は怖がられてますし~、クラウドさんは怖がられてないし~」


 スイッチを切り替えたかのように、やきもちめいた目に変わるファイン。クラウドにもわかった、ファイン案外、昨日クラウドに"このお姉ちゃん怖いけど"と言われたことを根に持っている。レインを喜ばせる仕事をクラウドに押し付けるつもりだ。いや、適材適所の観念から言って適切な配分ではあるが。


 返す言葉を失ってしまったクラウドが、観念したようにレインの背中に手を回し、きゅっと抱きしめる。クラウドの体温を後ろから感じた瞬間には、レインも少しびっくりしたように肩を跳ねさせたが、クラウドに抱きしめて貰っていることに気付いた瞬間から、さらに顔をくしゃくしゃにする。懐いたお兄ちゃんに抱いて貰えることをこれだけ喜ぶって、飼い猫か何かかとさえ思える姿だ。


「私、お支払いしてきますね。レインちゃんの気が済んだら、出てきて下さい」


「や、あの、ファイン!? 置いて行……」


「あっ、お兄ちゃん……」


 甘えん坊のレインと、しどろもどろのクラウドを放置して、そそくさと店員のそばへと歩いていくファイン。置いて行くなよと追いかけようとしたクラウドだが、離れかけたクラウドを察して弱い声を放つレインに、クラウドも振り向いた首を戻してレインに釘付けになる。まだもう少しこうしていたい、と目で訴えてくるレインの手前、クラウドも身動きが取れない。同時にクラウドを各方向から、微笑ましい目で突き刺してくる他の買い物客の目線が、クラウドを針のむしろにする。


 そんなクラウドの窮屈さなど知らんぷりで、お買い物の代金を払いに行くファイン。何気にけっこう高い。服に靴にハイソックス、ついでにレインのポニーテールを纏めるための紐も新調、予備含めて数本買ったので、けっこうな買い物になっている。小さな農村での買い物だから、根本的には都会より安い買い物で済んでいるが、旅中で路銀をはたいてのお買い物にしては、少々贅沢が過ぎるような支払いだ。


 そんなお金を他人の服のために支払うファインだが、高いなぁとも特に思わず、むしろ思ったより安いやという態度で、店の主人と軽くお喋りする始末。服飾に対しては別腹というか、このぐらいのお金で、あんなにあの子が綺麗になったと思ったら、安いと根っからそう思えてしまうらしい。人がいいとかそういう次元ではなく、着飾りにお金がかかることぐらい高めでも織り込み済みなぐらいには、ファインもその辺りに糸目をつけない性格のようだ。


「クラウドさ~ん、私は外で待ってますから、ごゆっくり」


 困り果てたクラウドに天使の微笑みを向けて退店するファインが、一週回って腹黒にさえ見えてクラウドも背筋が凍る。人のいい子だとはわかっているけど、怒ることもあればその表現が過激であることもあると、先日の頭突きではっきり見ているのだ。レインに嫌われ気味であることは多分気にしていないのだろうけど、代わりにレインに懐かれた自分にやきもちを妬きまくっているのは、目に見えて明らかである。


「れ、レイン、もう行こう? お姉ちゃん、待ってるからさ……」


「え~、じゃあ抱っこして……私まだ、お兄ちゃんと離れたくない……」


 焦ってさらに無茶な要求を引き出してしまって。結局、どぎまぎしながらレインを抱き上げ、くすくす笑いの周囲の視線に晒されながら、クラウドも店を出るのだった。幸せそうな顔のレインに頬ずりされ、好かれてて何よりですと羨ましさ含みの微笑みをファインに向けられ、クラウドも頭を抱えたい想いでうつむいていた。レインを抱いているから、頭を抱えるための手も塞がっている、そんなこの状況がつらい。

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