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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第7章  雨【Sister】
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第131話  ~レイン~



「美味しかったか?」


「……ごちそう、さまでした」


「ふふ、礼儀正しい子ですね」


 ファインの作ってくれた朝食を食べ、縮こまりつつも完食のご挨拶をする女の子。朝食と言っても、肉詰めの缶詰を煮立てただけのものだが、お金も食べ物も持たずに悪い人達から逃げてきた女の子は、お腹がすいていたのであろう、よく食べた。出会ってばかりの翌朝、ファインとクラウドから腰も引け気味だが、お腹を膨らませてくれたこともあってか、昨日ほど懐疑の目は強くない。


「えぇと、お話があるんです。聞いて貰えますか?」


 女の子と向き合うファインが、今朝クラウドと話し合った内容を女の子に説明する。これから、私達と一緒に来ませんかという内容だ。きちんと正座で向き合うファインと、正座状態の足裏を外に逃がし、お尻を床につける女座りをした女の子、座高が如実に違う。ファインを見上げる女の子の目は、話を聞くにつれて少しずつ疑心を醸し出す。


「私、あの人達のところに帰りたくない……」


「わ、わかってます、わかってますよ? えぇと、そうじゃなくて……」


「あー、なるほど。俺達がそいつらの手先じゃないかって、警戒してるんだな」


 懐疑に満ちた女の子の眼差し、その意図がわからず戸惑うファインに、隣のクラウドが読み取った女の子の真意を口にする。どうやらそれは的を射ているようで、うつむいてファインを上目遣いでファインを見上げる目が厳しい。


 いや、あの、そんなつもりじゃ……とファインが手を伸ばそうとすると、座ったまま女の子が床を押して、すすすと後ろに退がる。これはかなり信用されていない。どうしようクラウドさん、と、困った目のファインに振り向かれるクラウドも、苦笑いを返すしかない。


 女の子の立場からすれば、怖い奴らから逃げてきた矢先、そう遠くない場所で出会ったばかりの二人を、簡単に信用するのは難しいだろう。今の彼女が最も恐れているのは、悪党の手先に捕まって、もとの場所に連れ戻されることだ。一応、こういう反応もクラウドの中では想定内だったので、ファインほどはお先真っ暗な気分ではない。


「大丈夫だよ、俺達は君を悪い奴らの所に連れて行ったりはしないからさ」


「うぅ……」


「俺達がそういう奴らだったら、寝てる君にひどいことしてたと思うぞ。動けないようにして、悪い奴らの所に連れて行っちゃったりさ。でも、俺達そんなことしなかっただろ?」


「…………」


 幼い子供に理論的な話が通じるかはわからないが、クラウドも出来る限り、自分達の潔白を示せる要素を口にする。隙だらけで寝ていた女の子を襲ったりもせず、夜が明けてからも朝食を振る舞ったりと、それは勿論女の子を悪い道に連れ戻そうとした連中のすることではない。さて、女の子に通じるか。


「ほら、このお姉ちゃん強かっただろ? その気になれば、君のことだって……」


「クラウドさんっ」


「わわ……ほらほら、怖いお姉ちゃんだけど、君を連れ去ったりはしなかったんだからさ」


 冗談混じりに女の子を諭そうとしたクラウドだが、心外なファインは、女の子のそばに座ったクラウドの肩を握って抗議しようとする。とりあえず、今の対話相手の女の子に言葉を向ける意識を保ちつつ、肩をぎゅうと握ってくるファインの目線に気まずいクラウド。ダシにしてごめんファイン、と心の中では謝るしかないが、とりあえず話をまとめる方向に持っていきたいところ。


「俺達も、二人じゃなくて三人だったら旅も楽しいからさ。一緒に来てくれないか?」


「んん……」


 ちょっと本音混じり、それを有効活用し、なるべく恩着せがましくない言葉を使いながら、女の子に旅の同行を持ちかけるクラウド。その交渉法はきっと正しい。そりゃあ本音では、この子が心配だから一緒にいようと決めたに決まっている。それを、一緒に来てもらう理由として最初に言うのは少し違う。


「……駄目かな?」


 女の子はうつむいて、股の間に押し付けた手をぎゅっと握り、悩みを表すかのように黙り込む。クラウドをじっとりとした目で見ていたファインも、女の子の返事を待ち続ける。いい返事が聞きたい。向こうから何かを言ってくれるまで、ファインとクラウドも沈黙だ。


「……私を、あの人達のところに連れて行ったりしない?」


「うん」


「絶対に?」


「勿論」


「……本当に、約束してくれる?」


「約束する」


 イエスの回答の次に望ましい返事。問われるたびに一回一回、気風のいい笑顔でうなずくクラウドは、約束するという言葉を体現するかのように、小指を立てて女の子の前へ。指切りのジェスチャーは、幼い女の子が相手でも伝わるであろう、最もありふれてわかりやすい表明だ。


「……絶対、約束してね?」


「ああ、絶対にだ」


 恐る恐るだが、クラウドに差し出してくれた女の子の小指と、クラウドの小指が絡み合う。優しく、しかし力強く指切りの約束を伝えたクラウドの笑顔の前、女の子ははにかむようにうつむいた。ほんの少し、その表情から力が抜けたことからも、少しは信用してくれる方向に傾いただろうか。


 これなら大丈夫かな、とファインを振り向くクラウドに、ファインも嬉しそうだ。ある親友は、人生を幸せに生きるために最も必要なものは"対話"だと言っていたが、対話で以って女の子との溝を少しでも埋めてくれたクラウドの姿は、今はそばにいない彼女の頼もしさを行き映したかのよう。さっきまで懐疑の目を向けられていた過去を、一新に近づけてくれたクラウドの頼もしさと、女の子との関係が好転に近付いた嬉しさで、ファインの笑顔がなんと無邪気なことか。


「ふふ、決まりですね。それじゃあ、あなたの名前を……」


 で、ついテンションが上がってずいっと女の子の方へ、身を乗り出してしまうファイン。クラウドのことばかり見ていた矢先、横から急にファインが近付いてきたことに、女の子はお尻を擦ってまで体を傾かせる。逃げる方向へとだ。


 名前を聞こうと近付いただけでこのリアクション、軽くショックを受けて固まるファインの前、女の子は立ち上がってクラウドの後ろに隠れてしまった。ぴたりとクラウドの背中にひっつき、肩越しに目だけ出してファインを見る目は、さっきまでと変わらず細目である。


「……お姉ちゃん、こわい」


 ざっくり入った。四つん這いの形で、横位置のクラウドの後ろに隠れた女の子を目で追っていたファインが、その体勢からでさえぐらついて倒れそうになった。クリティカルの一言にショックを受け、えも言われぬ半泣き顔に一瞬で固まったファインの顔を、当分クラウドは忘れられそうにない。


 泣き叫ぶ自分を植物の蔓で縛りつけ、引き寄せ、気絶するほど強烈な頭突きをしてくれたファインなのだ。あのインパクトは、女の子目線で軽くファインがトラウマになるほど大きかった。あくまで発端は先に手を出した女の子の方であるとはいえ、正当性うんぬん抜きにして、近寄りがたくなってしまうのは致し方のないことである。











「あ、あの~……あなたの名前を……」


 日の照らす野良小屋の外に出て、ホウライ地方行きの旅路を進み始めたクラウド達。おずおずと女の子に話しかけるファインだが、クラウドの手を自分から握った女の子は、ファインからなるべく距離を取ろうとする。近付くファインを怖がるように、クラウドが歩きにくいぐらい体をひっつけて。それでもファインが近付こうと手を伸ばせば、クラウドの手を離してまで、自分とファインの間にクラウドが挟まるよう向こうに周りこむ。どうやら完全に警戒されきっているようだ。


「あ、あなたの名前を……」


「な、なあ、君の名前はなんて言うんだ?」


 拒絶されっ放しの時間が長くなってきて、いよいよファインの声が悲しげに震えてきた。これはやばい、そろそろファインが泣き出すんじゃないかって思ったクラウドが、ファインと同じ質問を女の子に差し向ける。会話を滞らせないための配慮だが、それはそれでまずくなかろうか。


「……レイン」


「そ、そっか……可愛い名前だな」


 答えられてやっとクラウドも気付いた。私が聞いても答えなかったのにクラウドさんには……と、ファインの顔色がみるみるうちに暗くなる。良かれと思って場を回そうとしたクラウドも、ファインと女の子の顔を交互に見て焦るばかり。クラウドに肌を寄せたまま、ファインから決して目を切らない女の子と、言葉を失い口をもごもごさせているファインがいる。


「な、なあファイン。ゆっくり仲良くなっていけばいいよ。ファインはいい奴だって知ってるし、そのうちこの子もきっと心を許してくれるさ」


「うぅ……」


「レインもな? このお姉ちゃん、本当はすごく優しい人だから、そんな怖がらないで……」


「……やだ、怖い。お姉ちゃん、怖いもん……」


 二度言うほど強調し、ぎゅうっとクラウドの左腕にしがみつく。相対的にクラウドへの依存度が高くなり気味だが、頑なにファインとの距離感を保とうとする女の子、レインの態度は揺るがない。結果的に、一人で放っておくのも可哀想だから、と共に旅できる形にはなったものの、このぎくしゃくした空気まではいらない付録だろう。すん、と鼻をすすったファインが、いったん諦めて前を向き、隠し切れないうなだれと溜め息を形にしたものだ。今までも、恥ずかしがるファインや悲しむファインの姿は見てきたクラウドだが、ここまで悲壮感いっぱいに背中を丸めるファインはクラウドも初めて見る。


「き、気にするなってば、ファイン……いつかはわかって貰えると思うからさ……」


「だと、いいですけど……」


 へこみ過ぎて後ろ向きな発言までする始末。ただ、それでもレインとの関係を良くしきたいと、まだ諦めてはいないのは、口にした言葉からも確かな様子。どうやらすっかり嫌われてしまったようでも、だったらもういい知るもんかとならず、なんとか歩み寄ろうとしている辺りは、ファインも大人なのか単に人好きなのか。空気は重いが、まだ二人の関係が好転する可能性は無くないんじゃないかと、クラウドも希望を持ちたいところ。


 クラウドの左腕にしがみついて歩くレインは、前を見るのはクラウドに任せて、絶対にファインから目を切らない。クラウドの右に並んで歩くファインが、寂しげにちらちらとレインを見るたび、近付いて欲しくないオーラ全開のレインと目が合う。警戒と哀愁に挟まれたクラウドも、どちらの味方をしてあげればいいのやら。気まずい三人旅の幕開けは、当初のファインやクラウドの想定を、予想外の形で裏切ってくれたものだ。多少は警戒されることも危惧していたものの、こんなに片方を頼りにし、もう片方を徹底的に近寄らせない形にされるとは、と。


 第一印象って大切だ。そこでつまづくと、後が大変という好例である。

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