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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第7章  雨【Sister】
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第129話  ~ファインもたまにはキレたりする~



 ファインをやられた怒りに任せ、瞬時に飛びかかったりしないだけでもクラウドは冷静だった方。暗がりの中でとはいえ、クラウドの動体視力でも見逃しかけた速度の蹴りを放ったあの少女、小さな体ながら決して侮れない相手だ。


「この野郎……」


 恫喝めいた声とともに一歩踏み出すクラウド。それを見てびくりと肩を跳ねさせる少女。爪を装備した両手で胸と股の下を隠すような縮こまった姿勢で、少女も一歩、後退する。用心深く、ゆっくりともう一歩近付くクラウドの動きに伴い、少女もまた一歩後ろに退がる。だが、二歩退がったその時、とんと壁に背中を壁に当てた少女は、慌てて後ろを振り向いた。もう退路がないことに青ざめて、前から迫り来るクラウドを慌てて見れば、さらにもう一歩近付いたクラウドの姿がある。


 じりじりと距離を詰めるクラウドの正面、もう後退できる場所なんかないのに、後ろに下がろうと背中を壁に押し付ける少女。近付くにつれ、闇の中ではっきりとしなかった少女の風貌が、少しずつクラウドにも明らかになっていく。はっきり言って、見ていて気の毒なほどの服装だ。大きなぼろ布に、頭と両手を通す穴を3つ開けて、それを着ただけのような姿ではないか。所々にも小さな穴が開き、膝の下の裾もちぢれており、毛布の下に隠れていた服の貧しさはクラウドの目を瞠らせる。それによって、ほんの少しクラウドも頭が冷えてくる。


「こ……っ、こない、で……お願い……!」


 喉の奥から絞り出すような、か細い声がクラウドの耳を刺激する。それで心を許したわけではないものの、切実なその声からは、クラウドへの攻撃的な態度が感じられない。かたかたと体を震わせる少女の様相といい、客観的に見ればまるで、クラウドの方が狩猟者のような縮図だ。身構えこそ解かないものの、それ以上近付く足を止めるクラウドは、怯えきった少女の言動を前にして、次の一手に迷ってしまう。


「いや……もう嫌なの……私、もうあんなこと……」


「…………?」


 後ろを振り向きたいクラウド。倒れたままであろうファインの無事を確かめたいのだ。だが、目にも止まらぬ蹴りを放った少女を、視界外にはずすことが出来ない。懇願するように、震える声で乞うてくる少女の言葉を耳にしながら、判断に迷うクラウドの厳しい目線が保たれる。


 もう一歩近付いたクラウド。さあ、もうお前のテリトリー内だろうと問うように、近付くクラウドが構えを手堅くする。しかし少女はさらに身を縮こまらせ、両手を自分の体に押し付けて、身を守ろうとするばかり。


「お願い、許して……! 私、もう誰も……」


「…………」


「ひっ!?」


 か細い声を繰り返していた少女の発する、突然の裏返った悲鳴。クラウドのすぐ横をかすめ、少女へと真っ直ぐに伸びた何かが、一瞬にして少女の体に巻きついたからだ。一方クラウドも、自分の後ろから伸びてきた何かが、目の前の少女の体に巻きついた光景を見て、さっきまでの怒りが唐突な驚きに染まる。


「やっ、やっ……! お願い、助け……」


 所々に小さな葉を添えた、太い植物の(つる)らしきものは、少女が両手を動かせないよう縛りつけ、ぐいぐいと少女を引っ張っていく。クラウドのいる方向へ、もっと正しく言えば、クラウドの後方の術者の方へ。おいまさか、と振り返ったクラウドの目の前には、前のめりに倒れたままのファインが、片手で床を握り締めるように、指を床に突き立てるようにしている。その手の少し前から、床を突き破って生えた植物の蔓が、少女へと伸びて絡み付いているのだ。


「えっ、あの……ファイン……?」


「いやあっ、やだあっ! 助けて、助けてえっ! もう嫌あっ!」


 パニックを起こしたように泣き叫ぶ少女を、ファインの生み出した植物の蔓が、ぐいぐいと術者のもとへと引きずっていく。体を後ろに傾けて踏ん張り、必死でこらえようとする少女だが、蔦の引く力はあまりに強く、為すすべなくファインのそばに少女が辿り着く。引きつけながらも少女の全身へさらに絡み付いていた蔓は、ファインの前で少女を床に引き寄せ、膝を着かせて座った形を強制する。


 片手でお腹を押さえてひくついていたファインが、伏せていた顔を上げた瞬間の目が、クラウドにも見えた。普段と同じで童顔の可愛らしい顔、しかし豪快に自分の腹を蹴り抜いた少女を睨みつけるファインの目は、普段の穏やかな色をすっかり失い、少女を突き刺す眼差しに変わっている。歯を食いしばって苦しみを耐えるファインが、震える両手を少女の頭に迫らせてきた瞬間には、少女の顔色も青ざめた。


 そして、少女の頭をファインが両手でがしっと掴み。


「お、お願い……許し……」


「おし……おき、です……っ!」


 暗く静かだった小屋の中に、ごづんという石の鐘のような音が響いた。首の力全開で、少女に頭突きをぶちかましたファインは、片手で額を、片手でお腹を押さえて、再び丸くなって体をひくつかせる。一方、今の一撃で頭の中が星でいっぱいになった少女、激突の勢いで上半身をのけ反らせ、ばたんきゅうと後ろに倒れてしまった。両目を回して渦巻き模様にした少女は、完全に気を失ってしまったようだ。


 友達を傷つけられたクラウドの憤怒も、一発で吹き飛ぶインパクト。ファインが本気で怒ったところを見るのは、クラウドにとっても初めてのことだった。











「落ち着いた?」


「ええ、まあ、だいぶましには……いたたた……」


 壁に背中を預けて座り、脚を伸ばしてお腹を抱えたファイン。ずっと体を丸めてうずくまっていたのから数分、たまに咳き込みながらも呼吸も整ってきたようだ。


「案外、当たりは浅かったのかな。だったらよかったけど……」


「全然っ……! 魔力で防御してなかったら……っ、けほっ、けほっ……!」


「あ、あぁ……ごめんごめん、大丈夫そうだったからつい……」


 楽観的なことを言うクラウドを、他人事だと思ってとばかりに、上目遣いで恨めしく睨むファインが声を荒げる。大きな声を出そうとすると、痛む体に刺激が走り、また咳が溢れ出す。クラウドも吹っ飛ばされたファインの姿は見ているし、当たりが浅かったわけがないのはわかっているのだが、どうやらファインも無事であってくれたのが嬉しく、和む程度に軽い言葉を使っただけなのだが。にしても、もう少し気の利いたことを言えばよかったところであり、その辺りは上手じゃないのがクラウド。


 密かにちょっと驚いたのは、あの一瞬でもちゃんと防御用の魔力を練り上げ、腹を貫く衝撃を和らげていたファインの反射神経。ほぼ完全な不意打ち、クラウドですら見逃しかけたあれを、ファインはちゃんと瞬時の判断力で防いでいたようだ。危機管理能力は高いと自称していたファインだが、基本、自分に自信がないタイプの彼女でさえそう言うぐらいなんだから、言うだけあって流石といったところだろうか。


「えぇと……実際のとこ、大丈夫なのか?」


「まぁなんとか……治癒魔術全開ですから、ごまかしごまかしですけど……」


 痛みを和らげる風の魔力や、回復を促すエネルギーを注ぐ火の魔力など、女の子に勢いよく蹴られたお腹をさすりながら、今もファインは治癒の魔力を注いでいる。うずくまっていた時からずっとだ。それでようやく、何分か経った今でも普通に話せるコンディションまで持っていけたというところ。見た目以上に受けたダメージは大きく、ファインが誤魔化し誤魔化しと形容しているのは、そういう今ではもう見えにくくなった痛みを暗喩している。


 緩衝の魔力で防いでそれだけのダメージなのだ。同時に察して然るべきは、ほぼゼロ距離から瞬時の蹴りを放った女の子の脚力。ファインが反射神経に秀でていなかったら、骨が折れるかお腹の中のものが潰れるか、そんな結果も充分あっただろう。今にして思えばぞっとする出来事だったとクラウドが鳥肌を立てる目の前、ゆらりと立ち上がったファインが女の子の方へと歩み寄る。


「この子はぁ……なんであんなことしたんでしょうねっ……!」


 ファインに頭突きされて目を回した女の子は、今もまだ目を閉じて気絶している。装備していた爪型の武器もクラウドが没収済みだ。女の子の頭の上に膝立ちになったファインが、恨み言を口にしながら女の子の両頬を手で挟み、むにむにと仕返しする。痛烈な不意打ちを受けた割には、相手が幼いからなのか、この程度の復讐で済ませる辺りは、良くも悪くも甘っちょろい。


「むぅ……起きませんね」


「あんだけきっついのかましたら当たり前だろ……っていうかファイン、頭突きって……」


「うちの家訓では、悪い子へのお仕置きは頭突きって決まってるんですよ」


「何それ」


「痛み分けですっ」


 ファインを育てたお婆ちゃんは、たとえばファインが悪いことをしても、叩いたり蹴ったり、棒か何かで打ちつけたりしなかったそうだ。代わりにやったことと言えばヘッドバッドだったらしく、それは叱られる側の痛みを叱る側も共有し、こっちだってあなたを痛めつけたくてやってるわけじゃない、という親心の表明だったという話。それを聞かされるクラウドとしては、あのお婆ちゃんすごく優しそうなのに、そんなとんがった一面を持ってたのかっていうサプライズの方が大きいのだけど。


 そんなクラウドのことはさておき、仰向けに倒れた女の子の上に、よいしょとまたがって馬乗りになるファイン。急にマウントポジション取って何をするつもりだと、クラウドも待て待てと止めそうになる。まさかそんなことはしないと思うが、女の子の顔でもボコボコにするんじゃないかって、男の発想では連想してしまうから。


「クラウドさんっ」


「ん……な、何?」


「ちょっとこの子起こして、お話聞きますよ。暴れたら、クラウドさんも押さえつけるの手伝って下さいねっ」


 でクラウドに指示したファインが、女の子の鼻を片手でつまみ、もう片方の手で唇をきゅっとつまむ。それにより、気絶した女の子の呼吸手段がぴたっと止まる。何があっても動けるよう、一応身構えたクラウドが見守る中、目を閉じて気絶していた女の子の体が、空気を失いぷるぷると震え出す。


 数秒そうしていたのち、ばちんと少女が目を開けた瞬間、ファインが上から少女のおおいかぶさり、体全体で少女を取り押さえる。息苦しくて目覚めた矢先、いきなり抱きつくように取り押さえられた少女は、その瞬間からパニックだ。


「やーっ!? いやっ、やめっ……はなしてっ、はなしてえっ!」


「こ、こらっ、暴れないのっ! 落ち着いて話を聞きなさいっ!」


 埃いっぱいの小屋の中、からみつき合ったままどたんばたんと暴れる二人。逃げようと必死な少女を、何度も上を取るファインが押さえつけにかかる。これはなんだろう。年上の女の子が、幼い女の子に力ずくでセクハラしている絵面に酷似しているのだが。サニーがこんなふうにファインをおもちゃにしてきた光景を、けっこう何度も見てきたクラウドから見た印象はそんな感じ。


「お願い、許して……! わたし、もう嫌なのっ……!」


「やっ、もうっ……こ、この子、凄い力っ……! クラウドさんも見てないで手伝って下さいようっ!」


 手伝うって、服もはだけてきたファインに近付いて、華奢な女の子を男が力ずくで押さえつけろってことか。流石にちょっとそれは、なクラウドがなかなか手を出せない中、くんずほぐれつの二人がごろんごろんと転がり続ける。やがて女の子の方がスタミナを切らし、部屋の隅にまで追い詰められた末に動けなくなったところで、馬乗りのファインが上から女の子の両腕を押さえ、相手が身動きとれない形をさらに確立した。


「はぁ、はぁ……もう逃がしませんよ……」


「い、いや……お願い、助けて……」


 息も荒く汗だくの二人、やっと捕まえましたよと少し達成感のある顔で見下ろすファイン、涙目で絶望めいた声を漏らす丸腰の女の子。この場面だけ切り取って見たら、どっちが悪者なんだかわからない。

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