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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第7章  雨【Sister】
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第127話  ~とある山賊の一日~



「ベンダバルさん、ベンダバルさん」


「あん? なんだガスト、獲物でも見つけたか?」


「ええ、"品定め"をお願いしたくて」


「わかった、行こう」


 クラウド達が既に通り過ぎたマナフ山岳、その東方地域の山林で暗躍する二人の男。刀を腰に下げた壮年の男ベンダバル、眼鏡をかけた優男ガスト、この二人こそ先日クラウド達を取り囲んだ、山賊達の親分格。先日クラウド達にやられた部下達も、二人がさほど手荒に出なかったこともあって軽傷であり、今日も23人の山賊連中総出で、獲物探しに勤しんでいた。


 獲物を見つけましたよと部下に報告されたガストが、その方向へとベンダバルを導いていく。ここ周辺の山中地理を完璧に把握している山賊の頭は、やがて部下が数名集まる場所へと辿り着く。見つけたらしい獲物が遠くへ行ってしまうより早く、迅速な行動だ。


「親分、どうっすかね。たった二人ですし、絶好のカモだと思うんですが」


「んん……?」


 高所、切り立った崖に乱立する木々の間から、部下が言うターゲットを見下ろすベンダバル。この山賊集団において、獲物と思しき旅人と商人を見つけても、まずは親分のベンダバルが"品定め"するようになっている。23人の山賊集団とて、自分達の力量を超える者達を襲撃すれば、返り討ちに遭って人生の終わり。山賊集団の頭であり、過去には魔女アトモス率いる革命集団の先陣に混ざっていたベンダバルが、まずはターゲットを見定めて、襲撃していいかを決めるのだ。


 こう見えて彼、実力は山賊の親分張るだけあってそこそこ高く、強者を見極める目も利くのだ。流石に数日前、クラウドとファインの実力は見誤ってしまったようだが、あれは見た目と実力があまりにかけ離れて過ぎているから仕方ない。その時の苦い記憶も新しいだけに、今日のベンダバルは用心深く目を凝らし、部下が見つけてきたという旅人二人を見定める。


「――アホッ!」


「いたっ!? な、何すんですか親分……」


「お前ら少しは人を見る目を磨け……! あんなモン、俺らが手を出していい獲物なわけねえだろ……!」


 先日あれだけ痛い目に遭ったくせに、その時以上にやばい連中を獲物と報告してくる、学ばない部下にベンダバルも頭を抱える。頭を小突かれた部下は、何が悪かったのかわからないという顔。まさかお前も同じ考えじゃないだろうなと、ベンダバルはガストを睨み付ける。


「いや、あの、すいません……あれは確かに、ちょっと……」


「だろうが……! お前ら、すぐにずらかるぞ……! 近寄らねぇ方が……」


「――あ?」


 獲物から随分離れた場所だというのに、小声で必死に部下達に呼びかけるベンダバル。そんな彼の態度からも、よほど手を出すべき相手じゃないんだろうなとは、やっと薄々部下にも伝わり始めた頃だ。ふとそんな矢先、ベンダバルの隣で獲物を眺めていた山賊の一人が、何かを見つけたような声を短く発する。


「おい、聞こえなかったのか……!? さっさと……」


「あいつ、こっち見てません?」


「なにバカなこと言ってんだ、あいつらがこんな高さのこっちに気付くわけ……」


 いいから行くぞ、とベンダバルがその部下を木々の奥に引っ張ろうとした時のことだ。最後にちらりと、恐るべき二人を見下ろしたベンダバルは、突然変わっていた光景にぞっとする。


 さっきまで二人いなかったか。全身を鎧で包んだ一人はそこにまだいたが、その隣を歩いていた黒いローブ姿の一人が姿を消している。思わず二度見したベンダバルも背筋が凍る想い。そして確かに、あんな場所からこちらの声や動きなど察せないような距離感なのに、全身鎧の大男はこちらを見上げている。目が合った気がする。


 まあその鉄仮面で顔を隠した重装戦士は、高所の山賊達に興味はなかったのだけど。うちの相方はまた寄り道かと、小さく溜め息をついていただけだったのだけど。


「あまりこそこそと、人を見下ろしたりするものではないと思うのだが」


「うおわっ!?」


「ひえっ!?」


 下の山道を見下ろしていたベンダバルとその部下。後ろから突然聞こえた声に二人が、心臓が口から飛び出るような心地とともに振り返る。いつの間に現れたのか、フードをかぶった黒いローブの男がそこに立っていたのだ。周囲の山賊達も、いつの間に現れたその男に強い警戒心を抱いたのか、既に武器を構えている。


「ふむ……剣呑な空気だな。確かにしま(・・)に踏み込んだのは済まなかったが……」


「き、君達、武器を下げろ! 手を出していい相手ではない!」


 数名の山賊達に武器を向けられても、焦ることなく涼しい声の男。山賊達を指揮するガストの方が、部下に戦うことなかれと命じるぐらいだ。ベンダバルも、自分の隣で武器を構えようとした部下の手首を握り、絶対に手を出すなと態度で示している。


 フードの下にちらつくのは、涙を流す道化の仮面。先日クラウド達を襲撃したもう一つの勢力、アトモスの影と呼ばれて長いカラザは、山賊達に包囲された山中で不気味に笑っていた。











「つまらないもので済まないな。生憎、今はこれぐらいしか持ち合わせがなくて」


「いいえ、いいえ、そんな。こちら最近は儲けに恵まれず、酒にも飢えていた頃なんですよ」


 誰も立ち入らぬような山奥、木々の間に開けた小さな空間で、カラザとガストが座って語り合う。酒や食料の詰まった袋を差し出すカラザと、ごまをするようにへつらって受け取るガストの態度は、旅人対山賊の対面とは思えない姿だ。二人の周りを総勢22人の山賊達が取り囲むように座っているが、ガストの少し後ろに座るベンダバルを除き、未だに誰もカラザの危険性については勘付いてもいないようだ。


 やがて、カラザが差し出した酒や食料を肴に、日中の山奥で小宴会が始まってしまった。ガストが最初に言ったとおり、ここ最近は稼ぎに恵まれなかった山賊達、降って沸いて与えられた酒と食べ物は相当に嬉しかったようだ。上機嫌で腹を満たして笑い合う山賊の輪、その中心にはVIP三名。酒に喜ぶ山賊達を見回して、喜んでくれたなら何よりだと笑い声を漏らすカラザと、たった二人だけカラザの底知れぬ実力を見抜いて、緊張感で冷や汗だらだらのベンダバルとガストは、顔色からして対照的である。


「山賊稼業も大変そうだな。ターゲットを見誤れば一巻の終わりの生活、緊張感もあろう」


「はは……まったくですよ。あなたを標的にしようとした部下が、先走らなくてよかった」


 今も軽く声色を変えているカラザは、山賊達にも自分の正体を徹底的に隠し通している。まさかこいつが、世間的にも有名な役者、カラザであることなんて誰にもわからないだろう。山賊達にしてみれば、自分達に突然酒や食い物を振る舞ってくれる、歓迎すべき変人としか見えない。


「……俺達の機嫌を取って、手を出さねえでくれってことなのかな?」


「へへへ、何でもいいさ、こんな旨い酒奢ってくれるなら」


 部下がひそひそ楽観的な解釈していて、ベンダバルもガストも頭が痛くなる。やめてくれ、こいつに聞こえて機嫌を悪くされたら洒落にならん、と。ガストも必死でカラザとのお喋りにいそしみ、カラザの機嫌を取り続ける。


「ここ最近は本当に引きが悪いものでして……先日も、見た目からはとても強さがわからぬような子供二人にやられたばかりですからねぇ」


「ほう? それは何日前かね?」


「つい二日前のことですよ。男と女、子供二人なんで小遣い稼ぎにしゃれ込もうとした所だったんですが――」


 その二人の特徴に興味を示したカラザが詳しく話を聞けば、あぁあの二人かと納得。世間の動きに疎い山賊、あれがクライメントシティ騒乱を鎮めた有力であった二人だとは知るまい。くっくっと笑いながら山賊の失敗談を聞くカラザだが、腹の内では別のことを考えている。あいつらが二日前にここを通過したとは、随分と速い移動をしているんだな、とか。だったら今はもう既に、随分南下しているんだろうな、とか。


「その何日か前にも、やばい子供に目をつけてしまいまして……最近の子供は怖いですよ」


「ふむふむ、ちなみにそれはどのような?」


「赤と青と白の縞模様の女の子でしたねぇ。風貌からして普通じゃないし、少し嫌な予感はしたんですが、襲撃をかけたところ酷い目に遭いまして――」


 あぁそいつはうちの部下だ、とカラザは声を上げて笑いそうになったが、ここは静かな聞き手を一貫する。胸の奥で、確かにこいつらは引きの悪い山賊どもだなと、思ったら余計に笑えてきそうで、耐えるのも大変だ。


「苦労されたようだな。死人などは出なかったのかね?」


「あははは……幸いにも、よわぁいと笑ってあの子から去ってくれましたのでね……運が良かったですよ」


「それは何よりだ」


 山賊達に向けた言葉である一方、カラザにとっても何よりな知らせ。無用な殺生をしない"アトモスの影の卵"だとは知っているが、自分の見ていないところでもそうしている彼女を聞いて、カラザも満足だ。自分から金品を強奪しようとする連中さえ、遥か格下だとわかれば手を出さずに去っていくそのスタンスは、いい具合に大物向きに成長している証拠である。出会った時から未だに子供くささが抜け切らない子だが、根底の器が大きく育っているならそれは結構なこと。


「なかなか面白い話が聞けた。楽しかったぞ」


「あ、お荷物は……」


「差し上げるよ。貴殿らも、生活には困っておられるだろう?」


 酒と食べ物、少々の金銭が隅の方に入った袋を置き去りに、山中の席を立つカラザ。山賊相手に礼儀正しく一礼し、立ち去っていく姿はそれだけでも異質だ。山賊集団に、旨い酒と食い物をありがとよと野太い声を向けられ、カラザも一人一人に一礼していく。やがて山奥へと姿を消していくカラザの後ろ姿を、ガストとベンダバルは呆然と見送ることしか出来なかった。


 酒とつまみを与えられた山賊達は、隠遁者なりにやや静かめではあるものの、普段よりも羽目をはずして楽しそう。そんな輪の中心で、カラザに与えられた酒をようやく口にしたベンダバルは、ぜはぁと深い息をつく。蛇に睨まれた時間からやっと解放された心地だ。


「……お疲れさん、ガスト。よく頑張ってくれたわ」


「は、ははは……久々に凄いの見ましたね……」


 突然背後に現れたことや、山賊集団に囲まれても堂々とした態度など、それはベンダバルがカラザを見定めた要素としては微々たるもの。遥か高くから見下ろしただけで感じた、何千何万もの命を奪ってきた死神の匂いは、古くは革命の使途として、昨今は山賊として人を殺めてきたベンダバルの五感を刺激したものだ。今でも、あんな奴にあそこまで接近を許した上で、生きていられる今が相当な幸運だと思える。


 小悪党こそ敏感だ。真に恐るべき、強大な力を持つ悪人の匂いには。なぜなら小悪党が最も恐れるのは、悪を穿とうとする正義感の強い強者ではなく、同じ悪党の世界にいながら絶大を持つ大悪人なのだから。正義の裁きは最悪でも死、極悪人を敵に回した末にあるものは、死よりも恐ろしい地獄であると、同じ悪人の世界に生きる者こそ明朗に想像できてしまう。


「……狩場、変えるか」


「そうしましょうか……ここ最近、縁起が悪すぎますよ……」


 数時間後には日が沈み、山賊にとっての一番の働き時。酒や食い物を適度に取って、鋭気を養えた部下は機嫌その夜働いてくれるはず。しかし今のベンダバルとガストは、今日はもう山賊業に踏み込む気も起こらないぐらいの意気消沈っぷり。今夜はよその狩場を探しすために時間に使おうと、密かに今から計画を立て始めていたほどだ。


 今日はカラザ、一昨日はクラウドとファイン、さらにその数日前にはトリコロールカラーの死神。三連続で地雷を踏んだ山賊の頭は、もうこの地域での山賊行為は駄目だと、悪の神様に告げられた気さえしている。何ヶ月も張り込んで地理を把握し、稼ぎを生み出してきた狩場を捨てるなんて、余程のことが無い限り山賊はやらない。その余程のことに該当するほど、今日の遭遇によるインパクトが大き過ぎて、その敢行へと背中を押し出されてしまった。


 小さな人間が自らの身の程を知るのは、手が届かないような大きな存在を目の前にした時が最もだ。悪党の世界でも、それは同じことである。

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