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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第7章  雨【Sister】
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第126話  ~アボハワ地方へ~



 アボハワ地方は、色んな意味でいわくつき。マナフ山岳方面からホウライ地方に向かおうと思えば、ここを横断していかねばならないわけだが、あまり旅人が好んで歩きたがらない地方である。


 十数年前、天人覇権を終わらせるために革命戦争に臨んだ、魔女アトモスの率いる軍勢。それが本拠地として活動していたここ、アボハワ地方である。南西に隣接する天人の楽園、ホウライ王国との戦いはとにかく熾烈を極め続け、アボハワ地方も何度も戦火に見舞われることになった。マナフ山岳を隔てた西方からも、天人軍勢の加勢が重なり、アトモス達の拠点を中心に据えるアボハワ地方は、西と南東から天人軍勢の挟撃を浴びせられる形だったのだ。戦争が長引けば長引くほど、大地は荒れ果て、木々は燃え、在った人里の多くが傷つけられていくばかり。魔女アトモスが討ち果たされ、戦争が終わりを迎える頃には、アボハワ地方の各地は荒廃した大地に溢れていた。


 戦争の終結から十数年経った今でも、アボハワ地方の復興は殆ど進んでなどいない。戦後の天人達はホウライ地方の復興や、勝利を誇った天界での宴などにばかりに傾倒し、魔女アトモスを擁した拠点であったアボハワ地方の復興になど、殆ど見向きもしないからだ。まして元から天人達の居住が少なく、構成人口の殆どが地人達であったアボハワ地方だっただけに、余計にである。戦乱の時代を過ぎ去った今になってなお、かつて壊滅した町や村は廃墟のまま放置され、傷の癒えない人里も、スラムのような状態で生き残っている。


 荒原と廃墟、欠けた建物の並ぶ人里がぽつぽつと乱立するだけのアボハワ地方は、空から見れば灰と緑の広大な砂漠だ。戦乱の時代に深く傷つけられた者、職や食い扶持、あるいは故郷ごと潰された者達は、賊に身を堕とすか野垂れ死んだかが殆ど。統治する者にも見放されたアボハワ地方に、人の手による秩序が良く保たれるはずがない。治安が悪いのは当然で、もっと適切な言葉を用いるなら、文字通りの無法地帯と言った方がいいのかもしれない。


 ホウライ地方に辿り着くためには、このアボハワ地方を越えていかねばならないのだ。朝も夜も予断ならない、そんな日々の始まりである。






「もう、昨日無茶しないって約束したのに」


「そんな顔するなってば。俺にとっちゃ、別に無茶でもなんでもないんだし」


 マナフ山岳のふもとの町を出発したクラウドは、朝からファインを背負って全力疾走。時々休憩を挟みはしたものの、夕暮れ時まで断続的なダッシュを続け、一日でかなりの距離を進んできた。確かにこれは、二人で移動するにあたって、最速で進行できる移動方法だけど。毎度毎度ファインも現実を疑うのだが、二人で歩くか走るかするより、クラウドがファインを背負って走った方が速いのだ。


「自分でもおかしな体だと思ってるけど、俺やっぱり普通の人と体違うんだってば。怪我とかしてなきゃ、あれぐらい走っても寝たら全然回復するし」


「うーん……クラウドさんの体ってやっぱり、私達の常識で考える枠から飛び出してますよね」


「便利だしいいじゃん。得することはあっても、損することはないんだからさ」


 この夜を過ごす野良小屋の真ん中で、あぐら座りで自分の脚を揉みながら、軽いお喋りで口を回すクラウド。朝から晩まで、軽い女の子とはいえ人一人を背負い、突っ走ってきたばかりとは思えない涼しい顔だ。人並みはずれた速度を叶える走力といい、人を背負って走っても平然としたパワー、加えてそれを半日近く継続した上で、終わった今ではけろりとしているスタミナといい、何もかもが普通じゃない。


「クラウドさんが"エンシェント"なのは諸々から想像つくんですけど、どんな部族の血を引いてるんでしょうね……クラウドさんは、心当たりないんですか?」


「ないなぁ。他のエンシェントに比べて、やっぱ身体能力に特化した部族の血なんだろうけど、わかりやすい特徴が現れないからさ」


 古き血を流す者ブラッディ・エンシェントと呼ばれる、特別な血を自らの内に流す者達は、それがどんな部族の血を流しているのか、わかりやすい特徴がある。たとえば、鳥の血を自らに流すエンシェントは、体内に収納自在である翼を広げ、空を飛ぶことが可能。鳶種(ミラナー)のニンバス、鴉種(コルニクス)のテフォナス、燕種(シュヴァルベ)のハルサなどが一例だ。また、蝸種(スラッカー)のタルナダは、体の背面すべてが人間離れした強度を持つ肉体であり、殻を背負ったカタツムリに通ずる要素を持っている。クラウドにはそういったわかりやすい特徴がなく、人間離れした体力や頑丈な肉体、それだけが目立つので、どんな部族の血が流れているのか、本人にもわからないままなのだ。


「力持ちで、体力自慢……となると……」


「ゴリラ?」


「そう、ゴリ……えっ、うそ? えっ?」


「いや、知らないよ? 個人的にはそうじゃない方が嬉しいけど」


 クラウドは、一度本気で自分の部族が何か真剣に考えた時、最終的な結論がゴリラになったことがある。ただ、好みの問題でゴリラ人間とかなんとなく嫌なので、その仮説は棄却しているようだ。あくまで冗談である。それが正解でないことを密かに願いつつの。


「スタミナがあって速い脚、から見ると……お馬さんですかねぇ……」


「なんかそれ、俺のこと乗り物かなんかに見てない?」


「や、違……!? そ、そういうわけじゃなくってですね……」


 ファインを背負って走りまくってきたクラウド、確かにやってることは、少女を乗せて走る馬みたいなもの。俺のことそういうふうに見てるのか、と突き詰めるクラウドに、ファインもわたわたして否定。明らかに冗談だとわかる軽い声で言ったのに、ここまで慌てるファインの姿には、いちいち表情豊かな子だなとクラウドも笑ってしまう。


「ごめんごめん、ただの冗談。ファインがそんなつもりじゃないのはわかってるし」


「っ……だったら、いいですけどぉ……」


 むすっとして頬を膨らまし、上目遣いで睨みつけてくるファイン。まったく、誤解させてしまったと思って本気で慌てたのはなんだったんだと、言葉にしない程度にクラウドを責める目だ。これがまた迫力に欠くどころか、勝てない目上に気持ちで負けてるのに、意地だけ張ったような弱い眼差し。昔は不良娘だったらしいファインだが、何度ファインの拗ねた顔を見ても、そんな過去をクラウドは信じられなくなる。


「ちょっとクラウドさん、いつまで笑ってるんですかっ」


「え? 俺笑ってる?」


「笑ってますよっ! さっきからずっと、にまにましてっ!」


 ちょっとクラウドも驚いた。一回噴き出して、もう無表情に戻ったつもりだったのに、俺そんな顔してたのかと。指摘されてようやく気付いたが、確かに頬のゆるんだ自分がいる。少し頬を赤らめて、むくれた顔のファインを見ているうちに、そんな顔した自分になっていたことなんて全くの無自覚だった。


「なに笑っ……クラウドさんっ、もしかして私のことからかってますっ!?」


「い、いや、からかってない……そうじゃないんだけど……」


「ああもうっ、まだ笑ってるっ! なんですかっ、どういうつもりですかっ!」


 こっちは怒ってるのに、と、身を乗り出して詰め寄ってくるファインだが、高くて可愛らしい声を荒げられても迫力が無い。むしろ、ファインってこんな顔もするんだっていう新鮮な姿に、クラウドの微笑みは止まらなくて。それがますますファインを引かなくさせるが、まあまあ落ち着いて、となだめすかすクラウドは、余裕を通り越して楽しんですらいる。


 ちょっとだけ、この子にべったりだったサニーの気持ちがわかった気がした。こんなにも感情豊かで、だけどこう拗ねた姿を見せられても、たじろぐどころか微笑ましくなるぐらいか弱い姿。同い年のファインにこう思うのは変な心地だが、手のかかる妹を見ている気分だ。なんだか放っておけない子だとさえ思う。


 まあ、今の空気でそれを言ったらもっとファインが拗ねそうだから、敢えて言わない。終始苦笑いを止められないクラウドは、なかなかファインを落ち着かせることが出来なかった。











「えーと、今がこの辺かな。んで、ホウライ地方はこっち」


 野良小屋備えの布団を近しく敷いて、頭の上が向き合うような形に枕の位置を置いた二人。うつ伏せから、枕の上に両肘を乗せる形で向き合う二人の間には、一枚の紙がある。ふむふむと話を聞くファインに、クラウドがこれからの旅路の予定を話している。


 紙に書かれたのはまず、やや横長の長方形に近い楕円。かなり雑に描いたアボハワ地方の全体図であり、その地図の左上、つまり北西にはマナフ山岳があって、南東にはホウライ地方がある図式だ。


「本当はこっちをぐるっと回れば安全なんだけどな。後ろから追ってくる奴らが、どんなスピードで来るのかわからないし、一直線で駆け抜けようと思う」


 北西のマナフ山岳から、南東のホウライ地方まで、びゅっと真っ直ぐの線を引くクラウド。要するに、これがクラウドの選んだ旅のルートである。わざわざこれを説明するのは、本来得策の旅路でないからだ。


 アボハワ地方の中央地域は、戦乱の時代に最も戦火に包まれたエリアであり、廃墟や荒地でいっぱいだ。ならず者や野生動物がてんこ盛り、盗賊団のアジトなどあっても全然おかしくない場所で、普通の旅人だったら絶対に通らないエリアだろう。本来なら、クラウドが指先で、地図の左上から右上を経て右下に描いたように、アボハワ地方の北東を迂回して進むルートが一般的だ。あちらはあまり戦争の被害に遭わず、元気な人里も現存している方だから、まだある程度の治安が保たれている方だからだ。


 危険性の高いアボハワ地方の中央を突っ切るメリットは、最短距離だというだけの話である。ただ、今はそんなメリットも軽くないのだ。ファインの命を狙ってきたと思しき、仮面の男や重装戦士が諦めてないなら、今も後方から追跡してきているかもしれない。普通の旅人なら通らないルートを使ってまで、最短距離でホウライ地方に向かうなら、それが一番連中から距離を取るためにベストな判断だと言える。


 ともかく、二人しかいない状況であいつらに追いつかれたくない。三人がかりでも重装戦士一人に、完膚なきまでにやられたのだ。アボハワ地方の無法ぶりは確かに用心したいが、あれと比べればまだ可愛い方のはず。何にも優先して警戒すべきは、前門の虎より後門の狼だとクラウドは判断した。


「まともな人里なんか殆どないし、野良小屋で寝るのがほぼ毎日だと思う。盗賊の夜襲もあるかもしれない。それでも、いいかな。どうしてもあれだったら、今からでも迂回ルートにするけどさ」


「いいえ、大丈夫です。クラウドさんがその方がいいって仰るなら、私もその道でいいと思います」


 元から旅人歴一年以上で、人里恋しくなるような弱さはやや卒業済みのファイン。あとは、リスクがどうか。クラウドは具体的な例まで出して、その一部を明かしてくれているが、それを聞いても不安より信頼が勝るから、ファインも迷わずついて行くことを決められる。


「クラウドさんは、それでもきっと大丈夫だと思って、この道を選んでくれているんでしょ?」


「……何があっても、ファインのことは守るつもりでいるけど」


「頼りにさせて頂きます。もちろん手伝えることがありましたら、何でもさせて貰いますよ」


 自分に自信がなくたって、クラウドのことは信じられる。ある意味では、クラウドに依存し過ぎているとも言える姿だが、別にそれってファインにとっては、恥ずかしいことでもなんでもない。自分は、独りじゃ生きていけないって知っているのだから。助けてくれる誰かの背中を追う中、自分自身も最善最大の努力をする。それは、片方が少し前で手を引く形であったとしても、二人で力を合わせて前進していくことに変わりない。


 さて、この選択は吉と出るか凶と出るか。やがて眠りにつくクラウドとファインだが、日が昇ると同時に、アボハワ地方横断の旅が始まる。その朝は、たった二人で危険な旅路に踏み込む、決意の朝と言っても過言ではない。

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