第124話 ~2対23~
傭兵稼業っていうのは、傭兵ギルドが各地に点在していることからも、一つの生き方として社会に認められている職種である。戦う武器と力があるのなら、誰でもこの道を選べば、真っ当に生きていけるということだ。少なくとも、山賊だとかをやっているよりはよっぽど真っ当な生き方だろう。
ただ、ギルドに自らの身分を登録し、顧客を紹介してもらう傭兵暮らしって、あんまり儲かる仕事ではない。自分を傭兵として雇ってくれる顧客に会えるのは結構だが、雇用者と傭兵の間で交わされる賃金の契約も、後々揉めないようにギルドで取り付けられるからだ。それに際してギルド側も、紹介料として顧客から傭兵へ行く賃金の一部を頂いていくわけで、傭兵側の儲けはそのぶんだけ減る。言わばピンハネというやつだが、それはギルドの基本収入だから仕方ない。
何日か顧客を護送する旅に付き合って、お仕事を完遂して一定の利益を儲けても、顧客がけちなら旅中で傭兵の食費も自腹になるし、お仕事終了後の帰り道の旅費も自分持ち。ひと仕事終わって故郷に帰って来る頃には、純益の殆どが溶けていることなんか、よくある話である。今より幼い頃のクラウドは、子供ながら
傭兵稼業に加わって小遣い稼ぎをしていたが、子供だ賃金だけ渡して帰らせるのも可哀想かなと思って、顧客側も帰りの馬車代を弾んでくれたりもしたものだ。いつまでもそんなふうに優しくしてもらえるとは思えなかったから、クラウドもやがて傭兵稼業から足を洗い、とある町で運び屋という定職に就いていたわけだが。
ともかく傭兵っていう仕事は、ならず者に接触する可能性も高まる危険性に対して、旨みが薄くて割に合わない仕事なのだ。何年かぐらいのキャリア積んで、傭兵としての名が高くなれば話も変わるが、そこまで傭兵稼業に人生を費やせる者は多くない。戦う力はあるけれど、儲からない傭兵稼業なんて嫌、そんなふうに考える奴らが手っ取り早い儲けを出そうとして、山賊やら盗賊に身を堕とすわけである。
山賊は、金を持っていそうな商人様を襲撃し、全財産を頂くだけで、傭兵の月収にも勝る稼ぎを一日で得られる。勿論、そういう金持ち様は旅中で傭兵を雇っているのが殆どだが、それを全滅させて強奪を成功させらるなら、それによって得られる利益は傭兵の非ではない。
さて、比較してみよう。何日も顧客の旅に付き合い、賊に襲われるリスクを常に孕み、仕事を終えても稼ぎが多くない傭兵。対して、欲しいものを手に入れるためなら金持ちの護衛と戦う覚悟は必要なれど、上手くいけば傭兵が何日もかけて得るような収穫を、一日で得られる盗賊。賊とて悪行に踏み出してしくじれば、征伐されて死ぬか、前科者の烙印を押されて人生終了というリスクを背負っているが、それを迎え撃つ傭兵の側も似たようなものである。負けたら口封じのために殺されるのが殆どなんだから。背負うリスクは実質同等という状況で、どちらが手軽に稼げそうかは一目瞭然である。
悪事が流行るのは、罰せられるリスクを加味してなお、それを上回って得られる利益が大きいからだ。山賊という概念が、なぜ今も昔も途絶えてこなかったのかを想うなら、その問いに対する解答はこれが最も近い。悪い奴ら、思想って、なかなかそう簡単に世の中から無くならないのである。
山賊やってるということで、彼らもそれなりに戦闘能力は高い。獲物を見つけて襲撃しても、撃退されたらそこで人生終了だから、腕っ節は欠かせない。自分達の命と財産を狙ってくる山賊に、迎え撃つ側が慈悲をくれるケースなんか極めて稀である。いかに普段は倫理観しっかりしている人でも、悪党には容赦しなくていいでしょっていう思想は結構持っている。悪行に踏み込む側も、自分の腕に命を懸けているのは確か。
そういう奴らが23人もいれば、本来それなりに脅威的な犯罪集団である。普通の旅人にとっては。
「何見てんだよ。お前らも来いよ」
構えすら解き、右の手首を腰に当てて胸を張るクラウドが、離れた位置から攻めて来ずに様子見に徹している二人を指先でくいくいと招く。彼の周囲の地面一帯は、死んではいないが死屍累々。クラウドの右手と前方から襲い掛かった9人の山賊達が、いずれも立ち上がれないダメージを受けて地面に倒れている。
クラウドへの一斉攻撃に臨んだ山賊達だが、交錯の瞬間のクラウドは、肘と拳と脚と頭突きを一瞬の間に9人相手に散らして返し、いずれもノックアウトしてしまった。目にも留まらぬ早業という言葉があるが、クラウドに刃を振り下ろそうとした直後、いつの間にかぶっ飛ばされていた山賊達は、クラウドがどのように動いたのかを全く認識できていなかっただろう。
一方、クラウドと背中合わせで立っていたファイン側から迫っていた、こちら7人の山賊も、すでに戦える状態ではない。敵が来たと思った直後、魔力を発したファインの魔術が発動し、敵全員の駆ける僅か先の地面から植物の蔦を生じさせたのだ。それらは6人の山賊達の足首を唐突に捕まえ、がっしり片足を捕えられた山賊達は全員前のめりにすっ転んだ。一人だけ勘のいい奴がそれを回避し、ファインへと駆け迫ったが、あと少しでファインに剣を振り下ろせるというところ、突き出されたファインの掌から放たれる強風に押し返され、吹っ飛ばされてしまった。蔦に転ばされた山賊達は軽傷だが、ファインがさらに地面から生やした蔦数本に絡みつかれ、体を地面に縛り付けられてしまっている。もがいても脱出できない状態だから、どのみち継戦能力はない。
汗一つかかないまま、あっという間に敵の過半数を無力化したクラウドとファインだが、実力差から言えば妥当な結果だ。何せ彼らが渡り合ってきた相手と言えば、世紀の革命集団の幹部格を務める魔闘士ザームやら、何十年も闘技場の頂点に君臨し続けてきた格闘王タルナダやら、近代天地大戦の英雄とさえ呼ばれた元勇者ニンバスやら。こんな一介の山賊なんか、何人束になってかかって来られても、一人で容易に撃退する強者達ばかりである。それらと戦い、撃退してきたのが二人もいて、山賊なんかに遅れを取るわけがない。クラウドに言わせれば、こんな野良山賊23人と戦うより、ニンバスの部下のケイモンか、闘士トルボーとの一騎打ちする方がよっぽど危ないと思う。
「ダメだな、こりゃ」
「でしょうねぇ……」
開戦前の二人の堂々とした態度から、喧嘩を売る相手を間違えたかと一瞬思った眼鏡の青年だが、悪い予感は的中していたらしい。彼の後ろすぐに立つ、刀を鞘に納めた壮年の男の言葉に、同感ですねとうなずくのみ。かかって来いよと睨みつけてくるクラウドから、二人揃って後ずさる。先制攻撃に参加しなかった5人の山賊は、クラウドとファインの圧倒的な実力を目の前にして、唖然とするばかりで身動きすら取れていない。
「おいこら、逃げるのか」
「今日は運勢も最悪のようだからね……!」
「お前ら、撤退だ! 後は勝手に生き残れ!」
そう言って、眼鏡の青年と壮年の男がクラウド達に背を向けて駆けだす。速い逃げ足、ある意味ではその脚を戦闘に活かせば強みになりそうな速さである。その号令に目を覚まされたように、無傷の山賊達も蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。戦闘不能になった、16人の仲間を見捨てての形だ。山賊なんてそんな
ものだから、特にクラウドもファインも驚かなかったけど。
「どうする……っておい、ファイン」
「え?」
ふぅと息をついて振り返るクラウド。したら、ついさっきまでファインが蔦で捕まえていた山賊達が、ファインの魔力から解放されている。あれを奴らが自力でほどけるとは思えないし、ファインが自分の意思で山賊達の拘束を解いたということだろう。自由に動けるようになった山賊達は、慌てふためくように立ち上がり、情けない声を上げて逃げていくばかりだ。ファインの風に吹き飛ばされ、体を地面に打ちつけた山賊も、ほうほうのていで這うように、草むらを抜けて山の中に消えていった。
「いや、まあ……いいけどさ」
「や、あの、仰りたいことはわかるような気もしますけど」
自分達の命を狙ってきた奴らを、仕返しひとつせずに解放してしまうファインには少し驚いたが、ちょっと考えてみれば別に異質でもなかった。山賊を拘束し続けて何が出来るかって言えば、罪人の彼らを人里まで連行し、法治機関に突き出すぐらいのこと。そうすれば、悪人を捕えた見返りとして報酬が貰えることもある。ただ、こちらは二人しか人手がないのに、罪人の連行なんて重たい荷物が増えるだけの話だ。負かした相手をいたぶる趣味もないし、あれだけ実力差をわかりやすく見せた後だし、逃がしたところで再びしつこくクラウド達を襲ってくることもあるまい。とっ捕まえておいても、何の意味もないのである。
「んじゃ、行こうか。急ぎたいし」
「はい」
気持ちを切り替え、順路沿いに山道を歩いていく二人。クラウドにぶちのめされた9人は、みぞおちを殴り抜かれた後で痙攣していたり、顎を横殴りにされたせいで気を失っていたり、蹴られた勢いで地面に転がって悶絶していたり、まだ立ち上がれる状態ではない。二人はそれらを放置して去っていくわけだが、それは少なくとも山賊達にとって、屈辱を感じる行為だとかではない。殺して金品を強奪しようとしていた相手に敗れ、死を覚悟しなければならない状況だったのだ。意識のある山賊にとって二人の行為は、自分達に何もせずに去っていくという意外さに、呆然とその背を見送ってしまうものだった。
「でもまぁ、よかったな。普通の山賊で」
「そうですねぇ……私、ちょっとトラウマ蘇りましたよ」
山道を元のマイペースで歩いていくクラウド達。二人とて、山賊との開戦前、油断していたわけではない。もうすぐ山越えだっていうところ、いきなり敵対者として現れたあいつらが、山賊的な見かけによらない実力者だったらどうしようって、不安を抱いたのも事実である。数日前に、線の細そうな仮面の男に急襲を受けたが、あの時は本当に死を覚悟するほどの戦いに発展したのだから。あれは今思い出しても背筋がぞわりとする。
蓋を開ければたいしたことのない連中だったが、それで何よりである。近代天地大戦の敗軍、地人達の中の生き残りの中には、戦争で戦い抜けたほどの実力を失っていない上で、賊に身を堕とした者もいるという話だ。山賊だって個々の能力は、手を合わせてみないとはっきりとはわからない。相手の武器の構え方などから、多分そこまでやばい奴らじゃないだろうとは読んでいたクラウドだが、その読みとて絶対ではなかったんだから。
「奥の方にいた二人は、ちょっと違う匂いがしたけど。ほら、眼鏡男の後ろにいた奴とか特に」
「あれ親分さんですよね絶対。風格が違いましたもん、一人だけ」
山賊達に襲われるという非日常な少し前のことも、今や笑いながらの雑談の種にする程度。沈黙の旅にしたくない一方、口下手という弱点を持つクラウドにとって、共通の話の種が生じて助かっているぐらいである。空に輝くお日様は、邪魔な雲に遮られることもなく機嫌よさそうだが、さんさんとそれに照らされる
二人の表情も、親しい友達と楽しく話せる今の時間に幸せそう。クラウドから見ても、ファインから見ても、相手の笑顔が普段より明るく見え、それがまた嬉しくて口がよく回る。
ここ最近は特にだが、潜り抜けてきた修羅場の濃さが尋常でなかった。命の危険を感じたのも数度じゃ済まないし、今日の出来事なんてそれらと比べれば、犬に吠えられてびっくりしたなぁ程度のことである。元よりトラブル慣れして肝の太かった二人だが、ここ最近は余計に鍛えられてしまったのか、とても16歳とは思えないほどの豪胆さになってきた。




