第123話 ~クラウド超げんなりする~
ゆっくり休んだ一日の翌朝、宿を出て集落を出発したクラウド達。すたすたと早足気味に山道を歩いていく二人だが、この調子なら日没までに、素通り前提の人里を一つ越えた末、山越えを果たせるだろう。マナフ山岳を越えてすぐ、山のふもとには村があることもわかっているし、今夜はそこで宿を借りる計画を既に立てている。
「クラウドさんは傭兵稼業やってた頃、昔アボハワ地方に行ったことがあるんでしたっけ?」
「山越えする商人様の護送も多かったから、行ったことが多いには多いよ。ここ(マナフ山岳)は山賊も出るし、アボハワ地方も治安よくないし」
次なる地が近付くにつれ、その風土についての世間話も多くなる。クラウド達は、ファインの母スノウがいるというホウライ地方を目指す身だが、そのためにはマナフ山岳とホウライ地方の間に広がる、アボハワ地方を越えていかねばならない。ここがまあ、諸事情あってのことではあるも、たいへん治安が悪いのだ。
「ファインは旅慣れしてるから自衛は出来るだろうけど、普段よりも色々ちょっと気をつけた方がいいと思うよ」
「大丈夫ですよ。こう見えて、危機回避能力は高いんですよ?」
歩きながら、えへんと胸を張るファイン。そういうこと言う奴に限って、という法則があるもので、なんだか無性にクラウドは不安を覚えてしまう。ファインって、基本的に自分にあまり自信を持ってないタイプのはずなのだが、ここに限って自信満々っていうのがかえって怖い。
「自信あるならいいけど……あんまり油断しないようにな?」
「わかってますよ~。あ、もしかしてあんまり信じてないです?」
「しんじてるよ」
「信じてないでしょ」
「……しんじてるってば」
「ちゃんと目を見て言ってもらえます?」
前を向いて棒読みの返事を返すクラウドを、じっとりとした目で見上げるファイン。言っちゃなんだが、ファインってどこか抜けてるとこあるイメージだし、大丈夫大丈夫だと思っているうちに、いつの間にかどつぼに嵌っているとか、そういうところありそうで嫌だ。
「私だって傭兵やってたことあるんですよ? たとえば、そうですね……」
「……あ、ちょい待ち」
私だってちゃんとしてるとこあるんですよ、と自分の過去を語ろうとしたファインの隣、クラウドが片手でファインの進行方向を阻んで立ち止まる。その動きに促されるように、ファインもクラウドのそばで立ち止まる。
急になんだろうとは思ったが、ファインにもすぐその理由がわかった。前方の山道の脇、武装した三人の男がたむろする形で立っている。クラウド達が立ち止まった直後、向こうさんの一人がこちらを振り向き、クラウドと目を合わせた。ファイン達を見つけた男の一人が、こちらへ歩いてくる光景がすぐ続く。
「ああ、すまない。怪しい者じゃないんだ、警戒しないでくれ」
怪しい者じゃありません、という台詞が一番……という俗説はさておいて。近付いてくる男は旅人風の服装で武装もしておらず、見た目だけには警戒対象ではない。武器を持った二人はこちらを刺激しないためになのか、たむろしていた場所から動かない。
「驚いたな、子供二人だけで山道を越えてきたのかい?」
「ええ、まあ……」
人生経験豊富そうな顔つき、しかし若作りといった顔立ちの、旅人風の青年が話しかけてくる。クラウドも適当な返事を返しつつ、相手のことを観察する。眼鏡をかけており、優男という人相で、悪人面ではない方だが。
「僕達は、傭兵団をやっているんだ。ここを通る旅人様に、雇ってもらえないか交渉して食い扶持を稼いでいるんだ。それで君達に、声をかけさせて貰ったんだよ」
「……へぇ」
もうこの時点で嫌な匂いを感じ取ったクラウドは、ひらひらとファインの前の掌をひらつかせた。ちょっとだけ後ろに退がって、とばかりにだ。ファインにも通じたようで、一歩ファインが退いて、眼鏡の青年から距離を取る形になる。
「アボハワ地方は危険がいっぱいだ。君達がどこに行くつもりかは知らないが、出来る限りなら護送させて貰うよ。どうかな、僕達を雇ってみないかい?」
「……傭兵団って仰いますけど、あなたと向こうのお二人だけですか?」
「他のみんなも客探しに回って、色んなところに散開しているんだ。雇ってくれるなら、みんなを集めてくるつもりだ」
「それ何人ぐらいです?」
「総勢では23人。君達の安全は保証できる兵力だと思うよ」
嘘だ絶対お前ら山賊だろと思いつつ、今のところはクラウドも、確定するまで穏やかな態度。この手口は八割方、ろくな連中のやることではない。ちゃんと傭兵稼業やってたクラウドの経験上からも、ほぼほぼ確信して思えることである。
「ちょっと詮索するようで悪いですけど、ギルド登録してます?」
「してるよ。ただ最近は不景気なのか、いまいち顧客に恵まれないから、こうして野良で客を探しているんだ」
ギルドというのは、村規模の人里にはよくある傭兵ギルドのことで、傭兵稼業をやりたい者達は、そこに自分達の身柄を登録しておくのだ。一方、旅の事情で護衛などを目的に、傭兵を雇いたい者達はそのギルドに行く。そうしてギルドが斡旋する形で、傭兵と顧客を巡り会わせてくれるのだ。これが普通の傭兵の仕事の探し方で、クラウドやファインも経験済みのことである。
で、問題は青年の言っていることが本当かどうかだが、これがまた恐ろしく胡散臭い。ギルドが繁盛するかどうかは時代と風土に依存する部分も多いが、少なくとも今の時代は、傭兵を雇いたい客が減る時代ではない。何せ十数年前に、近代天地大戦が終わったばかりなのだ。戦争が終わった後っていうのは往々にしてそうだが、敗軍の生き残りだとか、荒れた地を巡る盗賊だとか、各地にならず者が溢れかえる。まして未だにアトモスの遺志という、反天人思想の集団が各地で暗躍している時代だというのに、戦う力を持たない商人様が安心して旅できるはずがない。傭兵を雇いたい商人や旅人なんか、傭兵の供給が追いつかないレベルで腐るほどいるはずだ。
まして23人もの頭数を揃える傭兵団なんて、それこそ小金持ちの商人様には是非とも雇いたくなるような集団であり、ギルドに行けばいくらでも仕事にありつけるはず。こんな僻地で客探しなんていうのは、駆け出しで実績もなく、人数も確保できない、独り身の傭兵が苦肉の策でやるようなことである。仮にそれだったら、クラウドもそういう時期があったから理解できなくもないが、23人の傭兵団って。
「雇うとしたら、どれぐらいかかります?」
「えーと、一人頭これぐらいだね。財布と相談してくれていいよ」
指を立てたりゼロを意味する〇を作ったりして、雇用額を示してくる青年。ああ高い高い。よくある相場の3倍ぐらいある。その数字って、よっぽど名の知れた傭兵が、金持ち相手に自分で交渉して値を吊り上げた場合とかに出る数字だ。
「えーと……失礼ですけど、そんなにお金かかるほどあなた達強いんです?」
「腕には自信がある方だがね。アボハワ地方はならず者も多いし、みんなそこで腕を慣らしてきた奴らばかりだ。旅の安全は保証できると思うけど」
えぇそうですね、アボハワ地方は無法者も多いし傭兵の需要には事欠きませんよね、だったらギルドに行けば山ほど仕事ありますよね、と、クラウドもファインも心の中で突っ込み。百歩譲ってこいつらが、傭兵ギルドの存在も知らない超田舎者だったならぎりぎり辻褄が合うが、ギルドのことは知ってるみたいだし、こいつらどうやら作り話を丁寧に作るのも怠っている。要するに最終的には、力ずくででも俺達の全財産を取りにくるだけなんでしょ、と。
普通に働けばギルドでそれなりに稼げるはずなのに、こんな場所で客引きしているのはなぜか。考え得る可能性は二つしかない。問題を起こしてギルド登録を断られる前科者などであるか、傭兵団なんてのは嘘っぱちでただの山賊か。どっちにしたってろくなもんじゃない。
「あー、うーん……あの、ぶっちゃけていいですかね」
「……なんだい?」
ちらっとファインを振り返るクラウドに、ファインの苦笑いが返ってきた。相手しない方がいいですよねこれ、というファインの態度に、あぁ何だかんだでこの子もわかってるなとクラウドも見直したものだ。さっきは信じてあげなくてちょっと申し訳なかったな、とも。
「俺達、二人だけでも全然旅できますんで、せっかくですけど結構です。他のお客さん探して貰えます?」
えらく冷たく突っぱねるクラウド。年上相手に少々礼節に欠いている自覚はあるが、それもこの後の展開を見越してのことだ。今さら年相応に低姿勢で接したところで、もう意味のない状況になっているのはわかっているんだから。
「まあまあ、そう言わずに」
にっこり笑う青年だが、眼鏡の奥の目の色がなんと濁ったものか。そんな青年がそう言うか言わないかのタイミングで、周囲の草むらががさがさと音を立てる。左手は切り立った崖であるこの山道、右手は山の木々が生い茂る状況だったのだが、そこから次々に武装した男達が顔を出してくる。で、あっという間にクラウド達を包囲するように、陣形を作ってしまうのだ。
「考え直して、僕達を雇ってくれた方がいいんじゃないかな?」
どう見ても山賊であった。23人の武装集団に囲われた君達に拒否権があるのかな? と問いかけてくる優男の前、額を押さえてクラウドはやれやれと首を振る。こういう展開もあらかじめ想定はしていたけど、昨日ぐらいからファインも元気になってくれていて、山越えももうすぐ終わるっていうこのタイミングでこれか、と。先行きが明るくなってきたっていう時に、不意打ちで面倒事が降ってくると本当にげんなりする。
「なぁファイン、どうするよ。好きに決めてくれていいよ」
「えー……なんかこう、話し合いでなんとかなりません?」
クラウド、思わず失笑。なんてお花畑な発言だろうと表面上には思うが、この状況を普通の話し合いでくぐり抜けられるほど、ファインだって馬鹿なわけがない。彼女が言っている"話し合い"の意味合いは全然別のもので、その意味を読み取ってクラウドは笑ったのだ。ファインもけっこう言うじゃん、と。
「そんじゃまあ、"話し合い"でいきますかね」
「ええ、"最も雄弁な"やつで」
装備した手甲同士を、胸の前でがちんと鳴らすクラウド。その彼に背中を合わせ、クラウドの後方を自分の視野に収めるファイン。16歳の少年と少女が、武装した男達23人に包囲されてなお、臨戦態勢に入った姿は、こいつら馬鹿なのかと山賊達にうすら笑いをもたらしたものだ。
「なるほど。僕達が傭兵として相応しい腕前を持つか、試してみたいというわけだね?」
眼鏡の青年は後方に退がり、彼の前に山賊達が壁のように立つ。恐らくあの眼鏡の青年が、山賊達を束ねる男なのだろう。武装はしていないのに、どこか他の山賊雑兵とは違う風格があるなとは、クラウド目線でも感じられたことだ。武術か魔術かを使えてもおかしくないだろうな、と、既に想定には含み込んでいる。
「ファイン、いけそうか?」
「……ダメそうだったら、助けてくれます?」
「ああ、任しとけ」
いよいよとなったら腰が引け気味な言葉が出るファインだが、たぶん大丈夫だろうとクラウドも思っている。ファインも結構な手練なんだし。それに、敵の強さがどれぐらいかなんて、手を合わせてみなきゃわからないが、どうであってもここは勝つしかないのだ。どの道この状況を切り抜けられないぐらいなら、アボハワ地方を乗り越えて、ファインをホウライ地方まで送り届けることなんか、最初から無理な話だったんだろうから。
後ろ手でファインの背中をぽんと叩いて構えるクラウドと、既に集めている魔力を確かめるように手をわきわきさせるファイン。こいつら本気でやる気なのかよと、二人の子供を舐めきっている山賊達は、世間知らずのガキは一度思い知るべきだなと嗜虐心に笑う。笑っていないのは眼鏡をかけた青年と、その後ろで得物の刀を鞘から抜かず、様子見に徹しているような髭面の壮年男だけ。
「……いいよ、みんな。少し、お手合わせしてあげなさい」
青年の合図を受けた山賊達が、数にものを言わせて一気に襲い掛かる。容赦ないほど多勢に無勢、そんな包囲網の真ん中で、ファインとクラウドは一瞬で目を鋭く変えていた。




