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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第1章  晴れ【Friends】
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第12話  ~屋敷探索~



「いいザマだな」


 鉄格子の向こう側、姿を現した二人の男は、にやりと笑ってこちらを眺めている。人相の悪いカルムの笑みは、薄暗い中でもはっきりわかるほど特徴的で、その後ろで笑うマラキアの表情より、遥かによく目立つ。小さく座り込んだファインが、カルムを目にして顔を伏せたのは、彼女ですらカルムの嫌らしいにやつきが正視に耐えなかったからだ。


 ばきん、とその手に握る鞭――馬の尻を叩く鞭で鉄格子を殴ったカルムの行動が、びくりと肩を跳ねさせたファインの目線を持ち上げる。びびらせることが出来て気分がいいようで、カルムは鞭を片手になおも上機嫌。向こうからでもファインの表情は見えているようで、離れた場所で唇を引き絞ったファインを眺め、満足げにうなずいている。


「気分はどうだ?」


 最悪に決まっている。何も答えず、睨んだと言えるほど強くない眼差しを返すファインの表情には、身動き取れない状況に囚われた不安がよく表れている。カルムが檻の扉を開き、マラキアを従えて牢に足を踏み入れてくる光景は、ファインの危機感をさらに煽る。思わず動こうとした彼女の行動が、両手首を捕えた枷の、がちゃりという音を誘発する。思わず枷を振り返るファインの態度は、迫る危機への戦慄のあまり、一瞬自らを縛る鎖のことも忘れかけた表れだ。


 近付いてくるカルムから離れるように後ずさり、壁に背中を押し付けるファイン。正座したままの姿勢で、脚の素肌をカルムの前に晒している今、消えてしまいたいほど恥ずかしい彼女だが、必死の想いで羞恥を噛み砕く。衣服に邪魔されず、脚を動かしやすくしておいたこの形、いよいよという時まで崩すわけにはいかない。


「天人である私に、地人である貴様が手を出した。その報い、覚悟しておるだろうな?」


 カルムは改めて、ファインの目の前で鞭を一振りする。風を切る音は、女の柔肌など切り裂くであろう鞭の恐ろしさを物語るものであり、間違いなくファインの心に恐怖を陥れている。手を下す前から、憎い相手を怖がらせることに陶酔するカルムの態度には、後ろのマラキアも肩をすくめている。相変わらずの人だな、と。


「貴様はタクスの都に売り払ってやる。あそこに何があるかは知っているな? ここよりも深き地下にて、永遠に奴隷として働かせて貰うがよい」


 その言葉も、若き少女には恐怖心を駆り立てるものだ。件の都では、この町の町長よりも遥かに大きな権力を持つ天人が、地人達の戦いを高みの見物で見下ろす闘技場を管理している。そいつが地人のファインの身柄をカルムから買い取ったりしようものなら、どんな処遇にファインを置くかわからない。ましてカルムのことだから、天人に手を上げた生意気な地人、としてファインを向こうに紹介するだろう。そうすれば尚更、闘技場を管轄する天人の当たりが、ファインに対してきつくなるのは明白だ。


 そんなのお断りです、とばかりに睨み返すファインだが、元の顔立ちが穏やかなせいもあって、カルム目線ではせいぜい子兎の足掻き程度のもの。同じ目をサニーが返せばそれなりの形になるのだが、ファインでは性格が作り上げた元の人相が柔らかすぎるから、どうしたって迫力や覇気たるものが出ない。


 そんなでも癪に障るのか、ファインの顔のそばを鞭で空振りし、至近距離の風切り音でファインの胸を刺すカルム。びくりと目を閉じ顔を伏せたファインを見下ろし、自分の立場を理解しろと笑うカルムにとって、今のファインのリアクションは大変満足できるものだ。


「カルム様。あまり勢い任せに傷をつけると、売る時に値が落ちます」


「わかっておるわ。見えぬところに傷をつける心得などいくらでも持っておる」


 顔や髪を駄目にされた女の奴隷は、売り払う時に一気に値が落ちる。買い取る側も、奴隷の女の働かせ方には、悪い意味で選択肢が多いのだ。服の下はともかくとして、顔など傷つけてしまっては良くないと、マラキアに箴言されるまでもなくカルムもわかっている。何度もそういうことをしてきた経験があるからだろう。


「それに、まだゆったりと楽しむには早いようですしね」


「何?」


 カルムが振り返った先には、牢の出口に向けて歩きだしたマラキアの姿がある。私のそばを離れてどこに行くんだ、とカルムが言いかけるものの、想像力でマラキアの真意を補ったカルムはその言葉を吐かない。ファインは仮にも土属性の魔術を放てる身、カルムの護衛として有力だったマラキアが、主人のもとを離れる行動が意味するのは、一つしか思い当たる節がない。


「……賊か」


「はい。一人……とは思えませんが、いずれにせよ穏やかな相手ではないようです」


 天人の戦闘魔術師として有能なマラキアには、風を感じ取る力がある。この地下室と地上を繋ぐ風の揺らめきを肌で感じ取り、屋敷内の慌しさを僅かながら感知しているのだ。この風の流れは、使用人達が羽目をはずしてはしゃいでる騒がしさなどでは絶対にない。


「少々、きつい灸を据えて参りますのでカルム様はご自由に。あまり遊びすぎて、しっぺ返しを食らわぬようにはお気をつけ下さいませ」


「フン、誰に口を利いておるか」


 マラキアは鉄格子の扉を抜け、向こう側からその扉をがしゃんと閉める。その音はまるで、再びファインが外界と隔絶されたことを暗示するかのようだ。


「さて、と」


 マラキアを見送ったカルムは、後ろ手のまま身動きの取れないファインを見下ろしてくる。いよいよとなった時、抵抗しやすいよう脚を風晒しに置いたファインの姿だが、カルムから見れば若い女の綺麗な素肌が露になっただけの光景。それを見下ろすカルムの悪辣な笑みを見た時のファインの悪寒は、とても言葉で表せるものではない。


「売りに出す前に、少々味見しておいてもよかろう」


 ぺろりと舌を出したカルムの行動には、思わずファインが顔を引きつらせてしまう。壁を背にしてなお、さらに後ろに下がろうとしてしまったファインへと、カルムが悪意に満ちた一歩を踏み出した。











 それはもう、カルムの豪邸に乗り込んだ侵入者どもの強いこと強いこと。流石に天人たる町長のお屋敷、門番のみならず用心棒も数人揃えられている豪邸であり、不届きな輩を撃退するだけの力を持つ者には不自由していないはずなのだが。


 逞しい肉体、タンクトップでクラウド達に駆け迫る男も、喧嘩慣れして用心棒を務める人物だ。問答無用で侵入者を捕まえる速度にも、反撃があったところでそれを打ち返す格闘術にも長けている。それが侵入者、クラウドをリーチ内に捕えかけた瞬間、その姿を見失っているのだ。急加速して懐に飛びこんできたクラウドの速度は、戦い慣れたはずの用心棒の反応速度も上回るもの。その瞬間にクラウドが突き出した拳は、自分よりもふた回りも大きな男の腹に突き刺さると同時、その巨体を吹っ飛ばした。


「サニー、どっちだ?」


「この階段!」


 ファインはどこだ。指針なきサニーは、町長室に向けての道を示し、クラウドがその前を駆けていく。速いサニーの足が焦れないほどにクラウドも速く、後ろのサニーに一切の苦を任せない形で、立ちはだかる邪魔者を次々なぎ倒していく。仮に一人であったとしても、意地でも立ち回っていただろうサニーだが、心強い味方が道を拓き続けてくれるおかげで、傷ついた体での交戦を避けられている。だらりと落ちた左腕を右手で抱え、顔を苦痛に歪ませながらも走る時点で、サニーも自分相手に相当戦っているが。


 快速の二人の足が町長室に辿り着くのは早く、数人の邪魔者をクラウドがぶっ飛ばす程度に済んだ上で、上等の木であつらえた町長室の扉を目の前にする。鍵がかかっているかを確かめるのも面倒なクラウドは、回し蹴り一発でその扉を蹴り砕く。ドアノブの位置を粉砕すると、扉の内掛け金を無視する手遣いで強引に開放。壁を失った町長室の光景を目の前にしたクラウドだが、そこには既に誰もいなかった。


「駄目か……!」


「ああっ、もう!」


 今最も探し当てるべき対象は、救出対象のファインか、彼女の居場所を知るであろうカルム。流石に時間も過ぎた今、やはりカルムもいつまでもこの場所でのんびりとはしてくれていなかったようで、もしかしたらの唯一の希望が潰えたサニーが地団駄を踏む。ここから広い屋敷をしらみ潰しに探すしかない結論は、急ぐ今においては認めたくない現実だ。


「……もしかしたらだけど」


「何?」


 不意に独り言のようにつぶやいたクラウドに、その続きを聞くより早くサニーが振り返る。早く続きを言って、とばかりに急かすサニーの眼差しには、頼る辺があるなら何にでもすがりたい想いが溢れている。


「カルムの家には、地下牢があるって話を聞いたことがあるんだ。眉唾だけど、もしかしたらファインはそこに閉じ込められているのかもしれない」


 この町で長く過ごしてきたクラウドがもたらす、サニーには知り得ない情報。気に入らない奴を自分の家の地下深くに隔絶し、痛めつけるカルムやマラキアの話は、この町の裏では噂話として有力なものだ。クラウドも、知り合いがそうした目に遭わされたわけではないので、具体的な話の深みを知るわけではないのだが、まことしやかに囁かれて長いそのゴシップには、ある程度の信憑性がある。


 もしもそんなものが実在するのであれば、きっとファインはそこに幽閉されているのだろうと思って。天人のカルムとて、気に入らない相手を相当に痛めつけようと本気で思ったら、人前で過剰な暴力を見せたがりはしまい。だとしてファインへの心配はいっそう増すのも事実だが、地下牢があるのならそれを探すべきだという結論には繋がる。


「それはどこに?」


「そこまでは……だけど、探すならここじゃない」


「……わかった、降りましょう!」


 地下牢なるものがあるとして、まずまず入り口は一階だ。クラウドの提案に命運を託したサニーがうなずき、一階への道へ駆け出したクラウドについていく。不確かな情報、つきまとう不安、それでも僅かでも頼る綱があるなら、サニーはそれを手放さない。出会って二日のクラウド、自分達を案じてここまでしてくれた彼に全幅の信頼を寄せ、ファインを求めて走り続ける。


 騒がしく侵入者の所在を求める使用人達の声が、警報のように飛び交う屋敷内。クラウド達を見つけた男達は容赦なく飛びかかってくる。それを真っ向から迎え撃ち、反撃の拳一発でぶっ飛ばすクラウドの暴れぶりは、まさしく快進撃という言葉が似合うもの。そうした彼の立ち回りに慌てる使用人達は、真っ向から彼らを抑えるのをやめにして人を集め始めるが、そちらの焦燥以上にクラウドやサニーの焦りは大きい。クラウドが拓いた道の端、片っ端から扉を開き、ファインを捜し求めるサニーの声は必死さに満ちている。あいつらを止めろ、人を集めろと使用人がガードマンに怒鳴りかける声も大きいが、どこなのファインと叫び続けるサニーの大声も良い勝負だ。


 がむしゃらにものを探すしかない現状に焦れるクラウドは、導く先のないサニーを先導するように、屋敷の入り口に向けて駆け抜けていく。そっちは出口でしょう、と呼びかけるサニーに対し、いいから来いと走り続けるクラウド。その言葉を信じ、サニーも後を追うばかりだ。彼女も密かに天術を駆使し、屋敷内を駆ける風を感じ取ってファインを探そうとするが、特別この力に秀でるわけでない彼女のアンテナに、地下牢に囚われたファインの気配は引っ掛かっていない。


 やがて屋敷の入り口すぐ、豪華なシャンデリアを天井に構えた、広間とも呼べる玄関口に到達したクラウド。近況にうろたえる女中が数名いたものの、階段の上から飛び降りて広間の中央に着地したクラウドの姿を見るやいなや、悲鳴を上げて逃げていく。それで結構、いつここが危ないことになるかわからないので、離れてくれた方がありがたい。


 ここが改めスタート地点。一階のどこかにあるはずの、地下牢への道の探索を始めねばならない。それが本当に実在するのか、まずそこから不安はあるものの、求めるならば全力で探さねばならないのだ。まずはどちらに向かうべきか、しらみ潰しへの道へ踏み出そうとしたクラウドだが、前に出かけた足が再び止まった。


 ある扉を向こう側から開き、ゆったりとした足取りでこちらに姿を見せた男がいる。無法者が暴れている屋敷内において、落ち着いた歩みの男の態度とは、その腕に自信があることの裏打ちだ。クラウド達の暴れぶりに慌てふためいていた使用人達や、見敵必殺の想いでクラウド達に駆け寄ってきたガードマンとは一線を画す登場に、その男の名を知るクラウドもサニーも身構える。


「あんた……!」


「騒がしいと思ったら、お前達か」


 冷たい瞳に漂う静かな敵意。離れて対峙する、敵意むき出しの眼差しと声を放つサニーとは対極、冷徹な瞳でクラウドとサニーを見据えたマラキアは、不届きな侵入者を目の前にして小さく舌打ちした。

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