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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第6章  台風【Assault】
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第118話  ~夢よりも怖い現実~



 ふと気がついた時、ファインは鎖に繋がれていた。壁から伸びる鎖に両手両足を縛られ、体を守れない大の字で壁にはりつけにされている。身動きのとれない状況の中、うろたえる彼女の前方、闇の向こうからゆっくりと近付いてくる影がある。


 全身を重々しい鎧に身を包んだ重装戦士が、鞭を片手に近付いてくる姿にはファインも短く裏返った悲鳴を漏らした。震える体、逃げたいと望む想い、それをあざ笑うかのように鎖はファインを離さない。表情の全く読めない、無感情な重装戦士の接近に、いやいやと首を振って泣き出すファインは、壁に背を押し付けて少しでも距離を取ろうとする。


 鞭を振り下ろしてきた重装戦士は、何度も何度もファインを打ち据えてきた。あまりの痛みに悲鳴をあげ、体をよじらせるファインにも容赦せず、服を裂き、血を流させ、何度も何度も叩き伏せる。お願いやめてと言葉を使うことも出来ず、泣き叫ぶファインのことなど意にも介さない。顔意外のあらゆる場所を叩きのめし、ファインの服と体をずたずたにしていく重装戦士は、まさに悪魔のようにさえファインには思えた。


 慈悲なき苦痛を一身に浴びせ続けられるファインに、重装戦士は一切手を緩めない。枯れることのない涙と悲鳴の中、終わらないファインの苦しみは彼女を暗黒の中へと捕え続けた。











「ファイン、ファイン……! しっかり……どうしたんだよ、っ……!」


「いや……いや……! やめ……いやあぁっ……!」


 目覚めぬままだったファインが、不意に悲鳴をあげてじたばたとのたうつ姿には、クラウドも驚いて這い寄ったものだ。決して大きな動きではないものの、痛めつけられたはずの体をよじり、閉じた目から涙を流して叫ぶファインの様相は尋常じゃない。ぐっと彼女を抱きしめて、必死で呼びかけるクラウドの声とファインの悲鳴が交錯する。


「ファインっ!!」


「や……!?」


 女の子にこれほどの声で怒鳴ったのはクラウドも初めてだ。その大声は、悪夢の世界の中にいたファインを現実に引き戻し、とうとうばちりとファインが目を開けた。泣き腫らしたような真っ赤な目のファインだが、すぐそばで抱き起こすように顔を覗きこむクラウドも、ただならぬファインに対する心配で必死の顔だ。自分の体を力強く抱くクラウドに抗うかのよう、まだぐぐっと体を逃がそうとするファインだが、目の前にいるのが信じる彼だとわかってくると、抵抗する力がゆっくりと弱まっていく。


「く……クラウド、さん……」


「……落ち着いたか?」


 ふるふると震える唇から、自分の名を読んで腕の中で脱力するファインに、クラウドもようやく嵐が過ぎ去ったことを実感し始める。息の荒いファインがゆっくりと目を伏せ、次第に深い息をつくようにして、息を整え始める姿に伴い、クラウドもほっとする溜め息をつくのだった。


「っ、痛……!?」


「あっ、あ……ご、ごめん……でも、あんまり動かない方が……」


 落ち着いてくると蘇ってくる痛み。ぎゅっとクラウドに抱きかかえられていた体だが、力を加えられなくても、少し前に手酷く痛めつけられた体なのだ。慌ててファインをゆっくり床に降ろし、ばつの悪そうな声で謝るクラウドだが、彼がそう気に病むほどの話ではないのである。




 しばらく時間を挟んだら、すっかり落ち着いたファイン。ひどく取り乱していた自分を見せた恥ずかしさや、心配をかけたらしい状況への申し訳なさやらで、超低姿勢でクラウドに謝り倒していたのは、もはや恒例行事である。そんなに謝らなくても、とファインをなだめるのに忙しかったクラウドだが、普段どおりの彼女を見ると、ただごとじゃなかったさっきまでと比べて、ほっとする想いの方が大きかった。


 冷静になったファインに顔を上げてもらい、話を聞いてみたら、ひどい悪夢を見ていたという。闇の中で鎖に繋がれ、痛めつけられる悪夢だったというが、ある意味彼女の今の体を思えば、そういう悪夢にうなされ苦しむのもうなずける話だ。重装戦士との戦いで打ちのめされ、ろくに動かせない体は、気を失っている間も痛みを訴えていたのだろう。それが、動けないまま苦痛に苛まれ、直近の恐怖対象であった重装戦士を嗜虐の主として描いてしまったのは、悪夢を見る原理として遠からぬ事象である。あまり具体的な内容までは話してくれなかったファインだが、それであんなにうなされていたのかと聞けばクラウドにも、余程恐ろしい悪夢を見たんだろうなとは伝わった。


「あの……それで、その……こんな立場でお伺いするのも何なんですけど……」


「いやいや、あの、そんな神妙な言葉遣いしなくても」


 すいませんモードのファインって、付き合いも長くなってきた友達のクラウド相手でさえ、えらく腰の低い言葉遣い。流石にクラウドも可笑しくなって苦笑したら、さらにファインを羞恥心でいっぱいにして小さくしてしまうのだが、もうそこまで気を遣うのも馬鹿らしい。クラウドの側も付き合いの長さに比例し、こういう子なんだなって諦めもついてきた頃である。


 ファインが疑問視しているであろうことを、今の状況であると想像で補ったクラウドが説明し始めた。ここはマナフ山岳の一角、山道はずれの野良小屋であり、ここで一夜を過ごそうとクラウドの判断で腰を落ち着かせたそうだ。今は真夜中、重装戦士との交戦があったのは夕暮れ頃。ファインが目覚めずにいた時間はそれなりに長く、クラウドも随分心配したことだろう。わざわざここで、心配したんだぞと口にでもしたら、またファインに謝られてめんどくさい気がしたから、言わなかったけど。


 マナフ山岳には山中いくつか村もあり、まともな宿泊施設もあったのだが、敢えて人里を避けてこうした場所を選んだのは、追っ手から身を隠す目的あってのことだ。傷ついて気を失ったファインを抱え、環境の良い人里に行くのが本来推奨されることだが、ファインを狙っていると思しき奴ら、人里ぐらいは押さえて目を通してくるかもしれない。こうして山道はずれの悪い環境、雨漏りも意識しなくてはならない場所で夜を過ごしたのは、交戦した重装戦士や、仮面の男との再遭遇を避けるために手を尽くしたゆえである。その理由を添えつつも、こんな場所でごめんなと謝るクラウドだが、ぷるぷる首を振ってむしろ感謝の言葉を返してくるのは、ファインとして普通の反応だろう。この程度のやり取りは、過剰の他人行儀ではなく普通の謙遜し合いの範疇か。


 ひとまず現在の状況は、ファインにも伝わっただろう。恐ろしい敵に襲撃され、気を失った自分をクラウドが、こうして身を隠す場所へと運んでくれた。それはいい。あとは自分を狙っているという、謎めいた連中から逃れつつ、目指すホウライ地方へと向かえばいいということだろう。少し前に起こったことも、これからすべきこともだいたい見えたし、現状の把握は追いついたと言っていい。


 だが、何につけてもファインには気になることがある。それはクラウドも、ファインが最も気にしていることであると知っていながら、説明するのを先送りにしていた問題。


「……サニーは?」


 さあ、上手く嘘をつくことが出来るか。ファインが目覚めるまでの間、痛めつけられた体を休めながらずっと考えていたことだ。ありのままを口にすることが、どれほどファインの心を傷つけるかで恐ろしかったクラウドは、用意していた嘘をつくための顔を作り上げる。残酷な真実を悟られぬよう比較的軽い表情で、しかし明るすぎる顔では嘘くさいと知り、敢えての僅かな陰りを顔色に添えて。


「二手に分かれて逃げたんだ。俺がファインを抱えて、サニーは別の道に」


「え……」


「多分、大丈夫だと思う。あいつも別れ際、ホウライ地方で落ち合おうって言ってたし」


 自分達を追いかけてきた重装戦士から逃れるため、サニーと二手に分かれたと言うクラウドだが、こっちに来ていないということは、今サニーの方は? 当然の疑問に不安な顔をするファインだが、きっと大丈夫だよと、少し不安ながらも元気付けるような顔で返すクラウド。すべてが作りものの顔でなく、真実を知る立場からすれば今にでも溢れそうな不安顔を、努めて隠そうとしたら、この嘘をつくに適した"少し不安な顔"に丁度なる。むしろ、ファインをちゃんと騙せているか不安な顔が出そうで、それこそクラウドが最も神経を使って隠そうとするものである。


 サニーと協力して敵の脚にダメージを与えられたとか、それで二手に分かれて撹乱もしたことだし、きっとサニーも上手く逃げているだろうとか、想定していたとおりに話して嘘を上塗りする。つつけばぼろが出てくる部分は、クラウドも自覚するほど沢山ある。ひとつ嘘をつけば、それを隠すためにさらなる嘘をつき重ねねばならぬのは世の常で、嘘は積み重なるにつれてどんどん脆くなるものだ。真実と違うことを積み重ねていけば、いびつな積み木を重ねたのと同じく、全体がいびつかつぐらつくのが世の常である。


先に(・・)ホウライ地方に向かおう。きっとサニーも、後から追いついてくるはずだからさ」


 ふと気を抜いて発したこんな言葉の中にも、小さなぼろがあるものだ。クラウドは気付いていない。ファインは気付かずにいてくれているだろうか。


「……そうですか」


 顔を伏せ、ぼそりとつぶやくようにしたファインの態度が、嘘に勘付いたものでないことをクラウドは祈るばかり。多分大丈夫だろうと言われつつも、拭いきれない不安が彼女をそういう顔にしているのだと、クラウドは思い込んででも信じることにした。騙せているはずだって。


「……ちょっと早いけど、もう行こうか。こんな場所でも、安心は出来ないからな」


 ファインに余計な推察をされないうちに、立ち上がったクラウドはファインに手を差し出す。一度はあの重装戦士からも逃れたとはいえ、奴がしつこくファインを探しているとすれば、山道はずれの山小屋すら一息つける場所ではない。獲物を追跡する狩猟者というのは大概執念深く、いつまでも休んでいたら連中の魔の手も、ここへ辿り着いてしまうかもしれない。


「立てそうか?」


「……はい、走れます」


「走らなくていいよ。体、痛むだろ」


 ファインの手を引き優しく立たせたクラウドだが、びしりと全身が軋んだ瞬間に、目に見えてファインが表情を歪めた。投げ出されるように地面に叩きつけられて、そんなに時間も経っていないうち、体が健全に動いてくれるはずがない。予断の許されない状況に、走るべきだからそうすると発したファインだが、無理をさせるのはクラウドだって嫌なことだ。


 背を向け、ファインの両手を自分の両肩を超えさせ、彼女の膝裏に両手を差し込んだクラウドは、ひょいとファインを背負い込む。何もしていないのに軽々背負われ、相変わらずクラウドのパワーには驚かされるばかりだ。ふにゅんとファインの胸が背中に当たるとか、女の子の脚に触れているとか、クラウドも正直集中力を乱しそうな気分だが、いやらしいこと考えるな俺と自分に言い聞かせ、ファインを背負って小屋を出るクラウド。そんなつもりでやってるんじゃないだろって、自分が一番わかってるんだから。


「……走るから、ちょっと揺れるぞ。我慢してくれよ」


「……はいっ」


 ぎゅうっとクラウドを抱きしめるようにしがみつくファインを感じながら、クラウドが夜の山を駆け始める。夜明けの近付く時間帯とはいえ、まさに何寸かは先が闇の山中は、二人の心を不安にする。自分の脚で進む立場でないファインは、自らの命運をクラウドに託すかのように、震えながらしがみつく。その重さと温かさ、生きた彼女の存在を実感しながら走るクラウドもまた、大切な誰かの未来が自分の手にかかっている今、僅かな不安にも胸が痛んで仕方ない。


 こんな時に、あいつがいたら何て言うだろう。今までに出会ってきた誰よりも快活で、一緒にいるだけで笑顔でいられた彼女がいないだけで、太陽を失ったように気が沈むのは今が夜だからじゃない。ずっと一緒だった3人、その一人が欠けてしまった空白は、今や手を伸ばしても取り返せない大切なもののように、二人の心をひどく苦しめた。


 悪夢はいつか必ず醒める。一度定まった現実は、寝て覚めたところで容易には変わらない。

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