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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第6章  台風【Assault】
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第114話  ~春に堕つ~



 戦いが始まってから5分後の光景を簡単に表現しただけで、勝負は見えたと誰もが思うだろう。全身から血を流す天界兵の二人が、ぼろぼろの翼でなんとか空を舞い、敵に近付くことさえ出来ない。花畑の中心、あぐらをかいて天界兵を見上げる仮面の男は、開戦から一度も脚を動かさず、つまり立ち上がりすらしていない。無傷で首だけ動かして、空の敵二人を見やりながら、両膝の上に置いたままの肘すら、一度も脚から離していない。


 戦いの中にあってあの態度、舐めやがってという感情も、既にハルサからは消え失せている。傷ついた体でなんとか滑空し、サーベルの刃を仮面の男に届かせようと加速する。後方斜め上から迫る翼戦士に、振り返る仮面の男は焦りの色も見せない。


 仮面の男の周囲の花々、その中のいくつかがつぼみをつけた小さな花なのだが、それらが一斉にハルサの方を向く。そしてそれらがつぼみの頭から、小石ほどの大きさの種子を、まるで弾丸のように放つのだ。地上あらゆる方向から放たれる種子弾丸に、ハルサもなんとか滑空軌道を操って回避。しかし、逃げた先にも種子弾丸は放たれており、その弾丸のうち一つが大きなハルサの翼を貫く。空を舞う要の翼が傷つられ、ハルサも軌道を乱されて敵への到達が遅れてしまう。


 そして地上に近付けば、今度はさらに大きな槍が迫るのだ。地表を突き破って花畑の一点から、象牙のように太い怪植物の根が突き上がる。先端を尖らせたそれは、術者に迫る空の敵を串刺しにする凶器に等しく、それを差し向けられたハルサも、かわしきれずにサーベルを構えた。同時に体をひねったところで、構えたサーベルを根の先端が勢いよく突き、猪に体当たりされたような重みでハルサも吹き飛ばされる。ぎゅるぎゅるときりもみ回転して仮面の男から離れさせられるハルサを、座ったまま動かない術者が無機質に見送っている。


 側面から滑空して迫るテフォナスにも、仮面の男は動じず対処。凄い速度で迫るテフォナスの正面、花畑を構成する一角の植物が急成長し、あっという間に(つる)を絡め合った植物の壁を生成するのだ。金網に絡みついた朝顔の壁のように、結ばれた蔓の間々から花を除かせる壁に、テフォナスも正面突破出来ない。僅か迂回し仮面の男への迫撃軌道を保つも、敵の姿が視野に入った瞬間、先読みしたかのように正面の地面から種子弾丸が放たれている。花の壁を回避した直後、景色が一転した瞬間にも種子弾丸を剣ではじき返すテフォナスの腕は、流石とも言えるものだ。


 だが、そこまで。あと少しで仮面の男に到達するという瞬間に、テフォナスの背筋も凍る死の予感。急遽、敵に接近する軌道も捨てて急上昇した直後、人をまるまる捕まえてしまうほどの巨大食虫植物の大口が、花畑の底からばくんとテフォナスを食おうとしたのだ。急上昇していなかったら、あのまま奇怪な巨大ハエトリソウの大口の中に呑み込まれていただろう。


「楽しくもなんともない遊びだな」


 勝負にならないから。地上広くを席巻した花畑が暗示するように、今の地上は仮面の男の操る、木属性の魔力で支配されている。地表あらゆる場所から、望む形の植物を芽生えさせ、一瞬で武器にする仮面の男の魔力は、空から迫る天界兵さえも敵にしない。何度接近されかけても、好きな場所から迎撃の植物武器を生成して撃退、それを繰り返すだけ。仮面の男にとっては工夫する楽しみもなく、それほどまでに相手との力の差が大きいのだ。天人達の中でも最高位の兵力とされる天界兵を、比較的若い二人であるとはいえ、ここまで弱者扱いしてあしらう術者など他にいないだろう。


 傷だらけの二人が一度距離を取るべく、高度を一気に稼いだ。その姿を見て、仮面の男は密かに表情をしかめた。怒りでも焦りでもなく、呆れる想いからだ。


「喧嘩を売っておきながら、逃げ腰になるのが早過ぎないか?」


 場合によってはそのまま逃亡も可能であろう動き、それを仮面の男は許さない。術者のすぐそば、丸い頭の植物が、地面を突き破って空高くまで背を伸ばす。テフォナス達の高さまであっという間に追いつき、なおも加速する成長速度で背を高めると、丸い頭がバンと開いて大きな傘を作る。数階建ての建物よりも大きい、怪物クラスの巨大キノコが、瞬く間にテフォナスとハルサの上方を大きな傘で塞いでしまったのだ。


 下から傘にぶつかりそうな所を、飛空軌道を折って回避したテフォナス達だが、キノコの傘の裏側から無数のつぼみが芽生え、テフォナス達に種子弾丸を放ってくる。傘の下に舞う獲物を、お化けキノコの傘裏に雇われた雑兵が狙撃するかの如く、二人の上から無数の弾丸が降り注ぐ。テフォナスもハルサも旋回飛行するが、いくつもの弾丸に体と翼を撃ち抜かれ、穴だらけにされた体から血と力を失い、やがてふらふらと地上へと近付いていく。


 仮面の男の両脇に生じた、背の低いひまわりが敵二人に頭を向け、ぐぐっと頭を震わせた。直後、ひまわりの頭から同時発射された数百の種子弾丸は、反動でひまわりが倒れるほどの勢い。ずどんという轟音と共に放たれた、敵を蜂の巣にする弾丸の集合体が、テフォナスとハルサを的確に迫っている。息も絶え絶えの二人だが、なんとか不屈の精神で翼を振るい、体の位置をずらして回避。一撃死さえも視野に入る弾丸集合体を二人が回避した瞬間には、既に仮面の男がとどめの魔力を発している。


「がフ、っ……!」


 地表から飛び出した一本の針、大樹の枝をすべて削いだような、太くも先を尖らせた巨大なひと突きが、ハルサにとっての致命傷となる。弾丸の嵐を回避した直後のハルサを真下から貫き、腹に風穴を空け、モズの早贄のように捕えた木の幹は、飛翔していたハルサを急停止させ、彼の口から残酷なほどの血を吐かせた。


 テフォナスも似て非なる終焉。地上から突き出た一本の(つる)は、人の胴ほどの太さを持つ、大王烏賊(いか)の足か怪物の触手のようなもの。それが地上まで近付いてきたテフォナスの足に巻きついて、彼の飛空力を強引に引っ張って、地面へと投げ落とす。飛ぶ鳥が狩猟者の投げ縄に捕えられたかの如く、なすすべなく地上へと落とされたテフォナスが、花畑盛る地上へと叩きつけられた。


 落下の衝撃を水の魔力で緩衝し、相当な速度で叩きつけられてなお継戦能力を保ったテフォナスは、すぐに立ち上がろうとした。しかし、体を起こそうとした彼がすぐに動けなくなったのは、完全に勝負の決した光景が、前方と周囲にあったからだ。真正面には仮面の男、その向こう側には串刺しにされたハルサ、そしてテフォナスの周囲には4本の巨大なひまわりが既に立ち、そのいずれもが頭を下げてテフォナスを見下ろしている。仮面の男が魔力一筋注げば、一瞬で上方四点から放たれるひまわりの種子散弾丸が、テフォナスを粉砕するだろう。


 幾多の戦いで目覚ましい戦果を挙げ、天界においても優秀な一兵と称され、天界兵の先輩を除けば誰にも負けたことのなかったテフォナス。あまりの強さゆえに戦場での死など、迫真に感じたことのなかった優秀な天界兵が、この日初めて自分の死を、真に迫って意識する。


「お……お前、は……」


 震える声で短く発したテフォナスだが、頭に浮かんだ次の言葉が口から出てこない。半信半疑の仮説を急な閃きで立ててしまった自分の発想が、正解だと思いたくなかった表れだ。そんなテフォナスの口様を見て、仮面の男はくふっと噴き出すように笑う。


「ぐげあ、っ……!?」


 仮面の男の後方で、さらにハルサが鋭い悲鳴を漏らす。下からハルサの腹を貫いた木の槍が、ぐぐっと先端を曲げたのち、さらに上からハルサの胸を貫いたのだ。前から腹を、後ろから胸部を、一本のかぎ爪で二度貫かれた形のハルサの意識が遠のく中、仮面の男が最後の魔力を揺らめかせる。


 地表から高みまで背を伸ばしていた木の槍が、急加速して地中へと帰っていく。ハルサを捕えたままにしてだ。あの捕まえられ方をしたハルサが、地中へ引っ込むかぎ爪に引き寄せられ、地面に叩きつけられた末路は、もはや語らずとも知れたものだ。前面から無抵抗で地面に激突させられたハルサ、その体の真ん中を木のかぎ爪が引きちぎって地中に去り、腹と胸を繋ぐ大きな風穴を開けられたハルサは、痙攣するばかりで二度と自分の意志で体を動かすことはなかった。


「アトモスの……影……」


「面と向かってそう呼ばれたのは久しぶりだな」


 天界兵二人を子供扱いするような圧倒的な実力、そして顔も名も明かされぬ正体不明。仮面の男を形容する二つのキーワードに該当する、アトモス陣営の化け物が二人いる。その正体が何年にも渡り、誰にも知られぬままでいるのは、それと交戦した者がただの一人もこの世に生存していないからだ。


 死にゆく者への最後の手向けか、アトモスの影が仮面をはずして見せた。そして、仮面の下から現れたその顔には、テフォナスも絶句したものだ。そいつは若くから役者として名を馳せた人物で、よほど世の中に疎い奴でなければ誰でも知っているであろう、地人の中でも最も有名な部類に入る存在だ。


「負けたことを恥じる必要はないよ」


 相手が悪かっただけだと言い、仮面をはずした"アトモスの影"の目が、淡く光ったような気がした。魅入ったように目を逸らせなかったテフォナスの上方から、ひまわりの砲台が死を放つ一瞬前。そして、四重の炸裂音が天高く響いた瞬間、岩石をも削ってひしゃげさせる千の種子弾丸が、四方からテフォナスを貪り抉った。


 人としての原型も留めないほど破壊されたテフォナスが、糸の切れた人形のように花畑に沈む。飛散した血飛沫が草花を真っ赤に染め、ヒトであったそれを無数の花が包み込み、ぎゅうぎゅうと地面の底まで押し込んで埋めていく。


「恥ずべきは敵の本質を知ろうともせず、勝利を信じて疑わなかったその慢心だ」


 再び仮面を顔に張り付けたアトモスの影、カラザはそう言って立ち上がる。彼を中心に広がっていた花畑が、無数の草花が地面へと引っ込んでいくとともに消えていく。間もなくして元の様相を取り戻した山道の端には、ハルサの事切れた亡骸と、少し前までテフォナスであった血溜まりが残るのみ。


「さて。あとは"アストラ"に任せるだけだな」


 立ち上がるに際して杖を拾い上げ、カラザは西へと山道を歩いていく。クラウド達が逃げた方向を追う足取りはゆったりしたもので、追うための足取りではない。目指す次なる地、ホウライ地方への気ままな旅をただ歩いていくためだけのものだ。


 "アトモスの影"の正体がカラザであることを知る者は、今の世界にたった四人。"アトモスの遺志"の元帥たるセシュレス、カラザの忠実なる部下であるミスティ、そして彼の相棒であるもう一人のアトモスの影、アストラの名を持つ重装戦士が、その限られた数名だ。

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