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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第6章  台風【Assault】
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第110話  ~潜伏した殺意と哀愁~



 長旅の疲れもあるだろうしということで、ファイン達は天界都市カエリスの宿に、一夜泊めて貰えた。流石は天界王様のお膝元とも言える天界都市、宿ひとつとっても高級。美味しい夕食に、今までに寝たどんな布団よりもふわふわのベッド。恐らくこんな贅沢は二度と出来ないだろうなと、三人とも笑い合いながら夜を過ごしたものである。


 朝になって宿を出て以降、ファイン達の旅筋はもう決まっている。ファインの母、聖女スノウが滞在するホウライ地方へと一直線だ。宿の手続きを済ませ、心も体もリフレッシュしたファインの表情は、朝日に迎えられていつもより輝いていた。ホウライ地方に辿り着ければ、今度こそお母さんに会える。そんな想いが、彼女の表情を普段よりも明るいものにしている。


 さて、本来ならば三人旅でホウライ地方に向かう旅路だが、予定とは異なり付添い人がいる。宿を出た三人を待っていたかのように、宿の前に馬車を泊めている天界兵が二名だ。


「あれ、テフォナス様? ハルサ様?」


「待っていたよ。君達を、ホウライ地方までお送りする役目を仰せつかってね」


「え、お二人がですか?」


 そういえば、ホウライ地方に向かうファインに天界兵の護衛をつけると、天界王フロンも言っていた。どうやらその役目を任されたのは、短期間でもファイン達との付き合いのある、テフォナスとハルサということらしい。あまりそう想定していなかったサニーが、少し驚いた声で確かめたところ、馬車に手招きするハルサは小さく笑いを漏らした。


「まあ、志願させて貰ったんだがな。お前らのこと、ちょっとは気に入りつつあるし」


「天界王様としては、誰が付き添ってもいいという方針でいてくれたようだからね。もっと練達の天界兵様の護衛を期待していたなら、少し期待を裏切ってしまったかもしれないけど」


「いいえ、そんな……! テフォナス様達がご一緒してくれるなら、とっても頼もしいです!」


 似合わぬ謙遜を言うテフォナスに、心底嬉しそうな顔で駆け寄って、頼りないだなんてとんでもない、とファインが強く推す。ハルサに、ちょっとは気に入りつつあると言って貰えたことも、彼女をここまで彼らに懐かせる一因なのだろう。ファインは好かれること、好意的な言葉を貰えることに、あまりに慣れていなさすぎる。


「え~、でもそんな、申し訳ないですよ。ここ何日も護送して貰ってきてるのに、さらにまた天界都市を離れさせて、お付き合いして頂くなんて」


 そんなファインと真逆の言葉を、頭をかきながら言うのはサニーだ。人を拒絶する言葉ではないものの、テフォナス達の同行を忌避するサニーの言動には、少しクラウドも驚いた。ここ数日間、社交辞令抜きでテフォナス達と仲良く過ごしていたサニーだけに、この提案には真っ直ぐ喜ぶと思っていた矢先だったのに。


「気にすることはないよ。僕達もこの際に乗じ、ホウライ地方の戦線に加わるよう命じられたからね」


「ホウライ城は今、"アトモスの遺志"の指令軍、セシュレス率いる軍勢との抗争真っ只中だからな。俺達はお前らの護送でホウライ地方へ向かうに伴い、天人陣営への加勢を兼ねてる形なんだよ」


 つまり、テフォナス達もホウライ地方に向かうという任務を背負っている立場であり、ファイン達を護送するのはそのついでとも言える。どちらがついででどちらが本筋かはさておき、ともかくテフォナス達がファインに付き添うことが、彼らの仕事を増やすことになる、ということはない話のようだ。


「僕達も、二人だけでの長旅では少々退屈する時間もあるだろう。君達と一緒なら、それなりに楽しめる旅にもなりそうだ。ご一緒させて貰えると嬉しいな」


「ええ、それはもう……! 私も、そうして下さると嬉しいです……!」


 嬉しそうに馬車に乗り込むファインの頭を、お前は無邪気だなとハルサが撫でれば、ファインも幸せそうに微笑むばかり。悪く言えばちょろいとさえ言えるが、優しくされるだけでここまで喜ぶファインというのは、サニーも否定できないところである。それだけ彼女は、混血児という理由だけで、殆どの人に優しくもして貰えない時間が長すぎたのだから。


「いいじゃん、ファインも喜んでるんだし。遠慮することはないんじゃないか?」


「……まぁ、そうね。テフォナス様達もいいって言ってくれてるなら、甘えさせて貰った方がいいのかも」


 ファインの無垢な笑顔を眺めて、仕方のない子ねと苦笑するサニーも、テフォナス達の馬車に乗り込んでいく。クラウドも乗り込んだところで、馬車は街の外へと歩きだす。ホウライ地方への五人旅の始まりだ。


「天界王様はどうだった? 僕達も殆どお会いしていないから、今どうされてるか興味が沸くんだよ」


「俺なんか一回もお会いしたことないんだぜ。どんなお方だったか、聞かせてくれよ」


「威厳すごかったですよ~。私なんか緊張しちゃって、殆ど――」


 テフォナスとハルサ、そしてファインが三人で談笑し合う光景は、サニーにとって心温まるものだろう。元々サニーが天人を嫌っているのは、混血児の親友を差別するからだってクラウドも知っているし、ああして普通にファインと接してくれる天人がいるのは、彼女にとっては嬉しいはず。そんなサニーの心模様を予想して、隣に座るサニーの顔を見たクラウドだったのだが。


「…………? どうしたんだよ」


「……いや、別に」


 微笑ましくファイン達を見守る、そんなサニーの表情を見たかったクラウドの期待が、軽く裏切られた気分だ。テフォナス達と仲良く語らうサニーの表情は、彼女らしくないほど堅くて。出発前に、テフォナス達の同行を軽く拒否しかけていた言動といい、ちょっと今日のサニーはクラウドの知る彼女ではない。


 別に、と彼女に返されたものの、胸の奥底では何か思うところがあるとしか思えない。深く詮索し続けるつもりのないクラウドだが、この日のサニーの態度には引っ掛かるものがあった。











「混血種の子供、ですか」


「この目で見ておいて良かったとは思っている。予想に反し、我ら天人に敵意を抱くような器ではないようだ」


 ファイン達が天界都市を出発したのとほぼ同時、その遥か上天。昨日、ファインと顔を合わせた天界王フロンが、天界の中でも第二の地位に就く者と語らっている。言うなれば大臣とも呼べる人物であり、天界兵と言えど滅多にご尊顔を拝めぬ天界王と、毎日のように顔を合わせられる唯一の存在だ。


「異を唱えるつもりはありませんが、思い切ったことをされましたね。天人の少女に天界都市への居住を許したこともそうですが、地人に天界都市へ出入りする権利を与えるなどとは」


「あの混血児の親友だそうだからな。間接的に、あ奴にとっては嬉しい褒章だったはずだ」


 天界王フロンがサニー達に許した新たな権利とは、天人社会においては誰もが、喉から手が出るほど欲しいものなのだ。天界都市に住まえるようになれば、天界兵という、誇りある仕事への志願も可能になる。天界都市に自由に出入り出来るだけでも、天界王様のお膝元という栄え都への往来が自由で、商売でも営もうものなら莫大な稼ぎも見込める。サニーとクラウド、二人の価値観においてはたいしたものではないが、実際には相当なものを授けられたと確かに言えるだろう。


「お言葉ですが、少々混血種に対して気を遣いすぎなのでは?」


「私とてそうは思う。だが、用心に越したことはあるまい。かつての魔女アトモスも混血種だったのだからな」


 そんな特別待遇をクラウド達に許したのも、すべてファインのご機嫌取りのため。親友がそれほどの権利を授かったとなれば、ファインも喜ぶだろうと思ってだ。ファイン自身にも、母に会うための旅に天界兵を付き添わせるという褒章を与えているが、それもその一貫である。


「見たところ、あれは我らに敵意を持っているわけでもなかろうし、少々大盤振る舞いが過ぎたかとも思っているがな」


「先の言葉には反しますが、具合の良い折衷案にお纏めにはなられたと思いますよ。混血児に、天界都市への出入りを許したわけではないのでしょう?」


 まあな、と笑う天界王フロン。一過性の旅のサポートはファインに添えたものの、また天界都市に来てもいいとはファインに許していない。褒美を与えはしたものの、旅が終わればファインに残る褒章は何もなく、長い目で見れば混血児に与えた旨みは最も少ない。結局フロンも混血児のファインに対して、多くを与えようとしてはいないのだ。


「"アトモスの遺志"が殲滅できれば、どうとでもやりようがあるのだがな」


「混血種は地雷そのものですからね。出来ることなら、根絶してしまいたいものです」


 天人の魔術と地人の魔術、その双方を一手に扱える混血種というのは、それだけで戦闘要員としては特別なものである。混血種の魔女アトモスがそうだったように、ひとたび彼ら彼女らが戦場に並べば、敵対陣営に対しての脅威的な存在となるのだ。天人への怒りと恨みを糧に、戦の最前線に立ち並び続けた彼女が、天人陣営に及ぼした被害は計り知れない。彼女が特別、才覚に恵まれた術士であったこともあるが、混血種が合戦においていかに恐るべき存在となり得るかは、近代天地大戦で強く認識されたことである。


 だから天界王フロンは、ファインという存在を危惧している。16歳という若さで、クライメントシティを襲撃した暴徒達を圧倒し、天人陣営の勝利に貢献したという混血児のことを。当の暴動では天人陣営の味方をしたようだが、その年でそれほどの実力を身につけたファインという存在が、もしもかつての魔女アトモスのように天人に牙を剥いたら? そんな未来が今から見えるわけではないが、少なくとも十数年前の天人の覇権を脅かされる歴史を、天界王フロンは繰り返したくない。


「つくづく、血筋が邪魔だ。奴が聖女スノウの一人娘でなければな」


「ええ、仰るとおりです。魔女裁判の門は、常に開いているのですがね」


 本音を言えば"強硬手段"に出てでもと、同意する二人がうなずき合う思想は闇深い。見るからに悪事の一つもはたらいていないファインだが、天界王の権限を持ってすれば法の場に引きずり出し、不当な罪を被せて"裁く"ことも出来るのだ。いつ、どのような形で、天人にとって不都合な存在になるかもわからない爆弾、混血児を"永遠に掃除"しておくことこそ、天界王の望む最善の結末である。


 だが、今それをしてしまうと、一人娘を不当に扱われた聖女スノウは、二度と天人に手を貸してくれはしないだろう。魔女アトモスを討伐した、今なお天人陣営の切り札とも言える最高戦力を、アトモスの遺志が未だ跋扈している現在、手放すわけにはいかない。ファインがスノウの一人娘でなければ、というフロン達のだが、言ってもどうにもならないことを口にしてしまうほど苦々しく思っている証拠だ。


「虫も殺さぬような娘であったことは僥倖だ。飼い慣らすという選択肢もあるわけだからな」


「幸運とは、我々にとってですか? それともあの娘にとって?」


「どちらも、だな」


 自分達に害を為さないであろうファインでいてくれる幸運、ならびに、牙を剥かないがゆえに天界王に飼って貰えるというファイン自身の幸運。そう評した天界王の言葉も、彼の傲慢を如実に表したものだ。この世界の命運は我が手にあり、そう信じて疑わない彼には、実際それほどの権限がある。王とは傲慢であると同時に、そうであるべきと言えるほどの実権を以って世界を動かせる存在だ。


「まあ、もっとも」


 ひととおりの話を終え、玉座に背をもたれさせて天井を仰ぐフロン。ふうと息をつく一方で、疲れとは違う息の吐き方に、側近の男も次の言葉が予想できる。


「ホウライ地方への旅の中、不慮の災に巻き込まれて命でも落としてくれれば、最も良いのだがな」


 人の命を命とも思わぬ言動もまた、最高権力をかさに着た暴君のそれ。天人優遇の世界を導く、最高指導者の無慈悲な言葉に、そうですねと笑う側近も同じ思想の持ち主だ。


 天人とはかくあるべし。そう推奨する天界王が治めるこの大陸には、王と同じく天人こそ至高の存在と信じてやまない、天人達で溢れている。

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