表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第1章  晴れ【Friends】
11/300

第10話  ~土下座~



「土下座したら、許してくれるんですか?」


「まあ、思うところはあるが水に流そう」


「クラウドへの罰金は?」


「そうだな……彼にも後日、同じように謝って貰えるなら、罰金の件も見送ってよかろう」


 さて、言質は取れたが信用していいものだろうか。経緯も加味すれば、こんな男に土下座するのは死んでも御免こうむりたいところだが、謝罪ひとつで話が穏便に纏まるなら、それも妥協案として有力だ。気がかりなのは、これだけの暴虐を見せてきた男が、本当に土下座しただけで全部水に流してくれるのだろうかという点。


 頭だけ下げて、やっぱりそれじゃ不充分なんて後から言われてはたまったものではない。こいつは正直、邪推抜きでそういうことを言いかねない奴だ。訝しげな顔を解くことが出来ないサニーの悩みは、頭を下げることに対してのものではなく、その後のことについてである。


「……わかりました」


 信用していいのかどうか正直わからない、というのはファインもそうだろう。それでも、話を進めるためには相手の可能な要求を呑んでから。決意を固めたファインの声が、隣のサニーを振り向かせる。あなた本当にやるの? というサニーの眼差しを受けても、ファインの決意は変わらない。


「謝罪するのだな?」


「はい」


「それでは、やりたまえ」


 町長の椅子にふんぞり返り、机の向こうからファインを見下すカルム。唇を引き絞り、ゆっくりと両膝を着くファインの姿から、温厚な彼女ですらそれが本意でないのは明らかだ。それを目で見て実感するカルムは、ファインを屈服させられた今、にやつく顔が抑えられない。


 跪き、床に両の掌を置き、床に額をぴったりと着けるファイン。姿勢がなっていない、と、いちゃもんをつける余地もない姿だろう。


「……町長様に多大なるご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」


 絞り出すような声であったことからも、ファインの屈辱はカルムの耳に届いた。カルムはさぞかし満足したようで、掌を2度叩いてファインの土下座を受け入れた。その拍手も、どれだけサニーの神経を逆撫でしたかわからない。


「よろしい、顔を上げたまえ。君のことは、もう水に流すことにしよう」


 顔を上げてなお、ファインは正座したまま立ち上がらない。立って良いとは言われていないからだ。相手に言い分を与え、つけ入られる可能性を僅かでも摘むファインの徹底した姿勢は、ここに来て彼女の頭の回転の速さを密かに物語っている。


「次は君だ。謝罪するかね?」


「……わかってますよ」


 サニーなんかファイン以上に、カルムみたいな奴への嫌悪感は凄まじく、こうして謝らせられるだけでも、胃がぎりぎり痛むストレスだ。ファインもやったんだから、と、自分に必死に言い聞かせ、ゆっくりその場で膝を置きに行く。正座の形になった時点で、隣に座ったファインの、案じるような目線が視界に入る。サニーの性格をよく知るファインの、親友を気遣う目線に振り向くサニーは、大丈夫だよと辛うじての笑顔を作って返した。


 顔を一度伏せ、目を閉じふうと一息吐くサニー。敵意に満ちた目を隠し、最大限平静に近づけた眼差しでカルムを正面見据えると、床に両手を置く。何度見ても腹の立つ顔だが、自制に成功した今の頭であれば、謝罪の言葉を並べることも出来るだろう。


 ゆっくり頭を下げ、床に額を押し付けるサニー。謝罪し顔を上げろと言われるまでの、長い数秒の我慢だ。


「町長様に、ご迷惑をおかけしたことを、深くお詫……」


 サニーの言葉が半ばで突然途切れたのは、彼女がその意志で言葉を遮ったからではない。土下座したサニーの頭を、横から思いっきり蹴り上げた人物がいたのだ。サニーが床に額を押しつけ、視界を失ったその瞬間、彼女のそばに近付いたマラキアが、サニーの側頭部を思いっきり蹴飛ばしたのである。


 即時失神してもおかしくない強烈な一撃に、サニーの肉体が吹っ飛ばされて隣のファインを押し倒す形になる。サニーの体に下敷きにされ、咳き込んだファインだが、彼女の意識はすぐにサニーに向く。ぞっとするような一撃を目の前にしたばかりのファインは、力なく自分の上にのしかかるサニーの名を呼ばずにいられない。


 そんなサニーの髪を掴み、乱暴にファインの体の上から引き剥がすマラキア。人形のようにサニーを投げ飛ばしたマラキアは、既にその掌をファインの腹に向けている。顔を上げたファインの目の前、嗜虐性に満ちたマラキアの妖しい笑みがある。


「天魔、氷結弾丸(アイスバレット)


 マラキアの掌から放たれた大きな氷の塊が、ファインの腹に勢いよく突き刺さった。床と挟み撃ちにされた重い一撃を受け、ファインが肺の奥の空気を全部吐き出す。その一撃は華奢な少女の肉体にはあまりにも重く、その衝撃でファインが気を失うには充分すぎるものだった。


「はっはっは! よくやったぞ、マラキア!」


 カルムはやはり、ファイン達を許すつもりなどなかったのだ。昨日の一件で、サニーがそれなりの手練であることはわかっていたし、なんとか隙を作って不意打ちするため、視界を封じる土下座という形を取らせた。作戦は上手くいったようで、力なく横たわるサニーの姿と、血の気の引いた顔色で気を失ったファインの姿が、町長室に実現している。


 カルムにとっては、自分で手を下せなかったことが唯一の不満といったところだろう。そういう主人の性格を把握しているマラキアは、悪辣な進言でカルムの機嫌を取ることを欠かさない。


「そこの小娘は、地下牢にでも幽閉するといいでしょう。これから毎日、その玩具で遊べますよ」


「うむ、それはいい。明日からが楽しみだ」


 カルムにとって最も許しがたい対象はファインだ。サニーはサニーで生意気な口を叩いた奴だという印象だが、昨日自分に岩石の弾丸を放ったファインこそ、地人のくせに刃向かってきた不届き者であるという記憶を拭えない。天人であるカルムにとって、確定的に地人であるとわかった相手が逆らってきた事実の方が、最も許しがたい一事である。


「それと、カルム様。窓を壊してもよろしいでしょうか?」


「何?」


 卑しい笑みを浮かべてファインに近付いたカルムに届く、マラキアの予想外の一言。その言葉の真意を理解するより早く、振り返ったカルムの目にはどきりとする光景があった。頭を蹴飛ばされ、完全に失神したと思っていたサニーが、床に手をかけてゆっくりと立ち上がろうとしていたからだ。


「あんた、達……!」


 側頭部から血を流しながらも、顔を上げて二人を睨みつけるサニーの眼力は、手負いながらもカルムを一歩後ずさらせるほどに鋭い。頭を蹴られたダメージは如実で、視界も歪んでふらつく上半身だが、それでも温室育ちの町長を怯ませるほどの覇気は纏っている。


 だが、百戦錬磨のマラキアは怯まない。かつかつと何気ない足取りでサニーに近付くと、その親指と人差し指でサニーの喉元を掴む。強い握力と、戦い慣れた腕力でサニーを力ずくで立たせると、定まらない目の焦点と呼吸を絶たれた苦しみに喘ぐ彼女を、町長室の窓の前まで引きずっていく。


「逆らう相手が悪かったな」


 マラキアはそのまま、大きな窓に向けてサニーを突き飛ばした。背中から窓に激突させられたサニーの肉体は、窓を破壊しそのまま外へと吸い込まれていく。町長室は3階、その高さから背中を下にして放り出されたサニーは、窓ガラスの破片と共に、硬い地面に向けて真っ逆さまに落ちていった。


「事が大きくなれば、暴徒が暴れたのでやむなくこうしたと説明すればいいでしょう。窓の修理費は少々高くつくかもしれませんが、言い訳を作るための経費とでも考えれば良いかと」


「まあ、その程度の金ならいくらでもある。構うまい」


 人一人を殺しておきながら、実に涼しい口ぶりで言葉を交わす二人。こういうことを、過去に何度もやってきた証拠だろう。人は悪事を重ねすぎると、その罪深さを意識する良心もやがて失っていく。横柄な天人とはいえ、相手が地人でも殺生をはたらいた場合、罪の意識を感じるぐらいの良心ははじめ持ち合わせていたはずなのに。


「おい! 誰かいないか!」


 カルムの呼び声に、使用人が駆け寄ってくる。ガラスの破壊音に反応していたせいもあってか、呼び声に対して駆けつけるのも普段より早かった。入室した途端、町長の席の後ろの窓に風穴が開いていたのが気にかかったが、どうせこの人達のことだから、また一人やってしまったんだろうなと使用人も察する。


「そいつを地下牢に連れて行け。いつものようにしておけよ」


「かしこまりました。……地人ですよね?」


「飽きたらお前達にも卸してしてやろう。その時は、存分に楽しめばよい」


「ありがとうございます。カルム様は部下に優しいお方ですね」


 使用人もまた、天人。地人のファインに対する憐憫の情など、ひとかけらだって持ち合わせていない。カルムのそばで働く者達もまた、彼の権力をかさに着て好き放題してきた連中であり、悪行に対して良心を痛める感性など、とうの昔に失っている。


 カルムは今夜が楽しみ、彼の部下はカルムがファインに飽きた後が楽しみ。悪人の城とさえ呼べる町長の豪邸は、今日も下種な男達の笑い声で満ちていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ