第103話 ~コーディネーターごっこ~
「や~だ~! 行きたくな~い!」
「ああもう、往生際悪いぞ」
「ちょっとサニー、暴れないのっ」
道着姿の赤毛の少女が、二人の友達に街の真ん中を引きずられていく。両肩を掴んで後ろから押すクラウドと、帯の結び目を握って引っ張るファインの合力で、じたばた暴れても身体は前に進んでいく。
「警備兵さ~ん! セクハラ男がいま~す! 捕まえて下さ~い!」
「アホかお前っ! そこまでして行きたくないかっ!」
「たすけて~! お~かさ~れる~!」
「クラウドさん気にしなくていいですよ、周りも気にしてないですから」
クラウドを痴漢呼ばわりしてまで助けを周囲に求めるが、周りの目は穏やかなもの。巡回している警備兵もちらっと見ただけで以後無反応なのは、サニーのことは知っているからだ。あの暴れん坊じゃじゃ馬娘が、本当に変質者に絡まれているのだとしたら、容赦なくぶっ飛ばしているはずだもの。
「そんな大嘘ついてまで嫌なのかよっ……いてっ、こら、暴れるなっ!」
「や~だ~! あんた達私のこと弄んで最後はポイする気に決まってる~!」
「サニーさ、なんでいちいち言い方がそんなやらしいの?」
暴れるサニーの手首で二の腕を小突かれたクラウドも、容赦なくぐいぐいサニーを引っ張るファインも、とある店へとサニーを引きずり込んでいく。押すクラウド、引くファイン、力を合わせる二人の動きは息ぴったりで、暴れるサニーを順調に動かす一方だ。出来のいいコンビネーションである。
「いらっしゃ……おや、珍しいお客さんですね」
「すいません、なんかこう、可愛らしい服を探してるんですけど……」
「はなしてっ、クラウド……! 私のアイデンティティがピンチっ……!」
「何をそんなに危機感感じることがあるんだよ……」
店先の女性店員にとことこ駆け寄り、目当ての品を探し始めたファインの声を聞きながら、蛇に囲まれたように冷や汗だらだらのサニーが暴れている。逃げ出そうとしても、腕を掴んだクラウドのパワーが凄くて、サニーの力じゃびくともしない。流石に現役で格闘娘やってても、クラウド相手では技でもほどけない。
「ちょっともうっ、痛いから放してよっ! 逃げない、もう逃げないから……」
「ふーん、じゃあこうする」
掴まれた腕が痛いと訴えるサニーの嘘を看破しつつ、ぐいっと引き寄せ羽交い絞めにするクラウド。これなら弁解の余地もなく痛くあるまい。絶対に逃がさないし、同時に痛めつけもしない。
何ということもない、今日はちょっとサニーに可愛い服を着せてみようとファインが提案しただけの話である。どうにもサニーは、それに気が乗らないようだ。
そもそもこの話は何週間か前に持ち上がっていた話で、クライメントシティに着いたらファインもクラウドもそのつもりだったのだ。ただ、サニーものらくらはぐらかし続けているうちに、あんな大騒動に巻き込まれ、落ち着くまでの数日間でも、なかなか手をつける機会がなかった。しかし、明日にはクライメントシティを出発しようというこの日、最後にそれだけはやっていこうとファインがばちんと提案してしまったのである。クラウドも乗り気になってしまったし、こうなるといくらはぐらかそうとしても無駄。こうしてサニーは服飾店に連行され、数日遅れの企画を遂行中というわけだ。
「だ、駄目だってこんなの……絶対私に似合わないって……」
「そんなことないない! すっごい可愛い! サニー自己評価おかしいよ!」
試着室のカーテンの向こうから、サニーのおろおろした声が聞こえてくる。普段の彼女からは想像できない、小動物みたいな弱い声だ。一方そのそばではしゃぐファインの声がまた、テンションの高いこと高いこと。普段の二人の真逆である。
「ほら、来て来て! クラウドさんに見せてあげようよ!」
「やっ、やっ、ちょっと待ってっ!? こ、こんなの……」
心の準備が出来ていようがいまいが、ばさっと試着室のカーテンを開けてしまうファインの無慈悲さたるや。ファインの後ろに隠れたサニーより、上機嫌お日様スマイルのファインを先に見たクラウドだが、悪意なきその笑顔を敵に回すとちょっと怖いなと思った。
「ほらっ、サニー」
「あっ、ちょっ、だめっ……!」
ファインの背中にしがみつくように隠れていたサニーだが、くるっとファインが身体を回せば晒し者。クラウドの前に明らかになったサニーだが、これはちょっと彼にとっても驚きの姿である。
「なんだよ、普通に可愛いじゃん」
「ねっ、ねっ、そうですよね! サニーって普通に着飾れば可愛いんですよ!」
「ううぅぅ……だ、騙されないもん……こんなの、私に似合ってるわけない……」
農家の娘を思わせるような、若草色と白を基調に彩られた質素な服だが、しおらしい姿も相まって、せっかく可愛いのにそんな内気じゃ勿体ないよ、というサニーの姿がある。くせのある赤毛がいいアクセントになっているが、それで三つ編みでも作ってみたら、また別の味が出てくるかもしれない。
長いスカートをぎゅうと握って縮こまるサニーだが、顔を真っ赤にしてうつむき震えている。じと、とクラウドの言葉に反発する目をするサニーだが、そんな目で睨まれても怯まされるどころか、お前も可愛い顔するじゃんと言いたくなるぐらいである。言わないけど。
「次はあれだよ! ほら、サニー来て来て!」
「えっ、ちょっと!? もう終わりじゃないの!?」
一着目でファインが満足するはずがあるまい。クラウドがサニーを押さえている間に見繕った服を、次々に、半ば強引にサニーに着せて、はしゃぐ声がカーテンの向こうから聞こえてくる。サニーもあまり強く抵抗できないのは、試着の服を破くわけにはいかないからだろう。
「はいっ、クラウドさん! こんなサニーも素敵でしょ!」
「へー、確かに。サニーって案外、何着ても似合うなぁ」
「案外って何よっ、案外って……!」
口先だけは強気でも、羞恥のあまりに弱りきった赤い顔からじゃ、覇気のかけらも出ないもので。今度は黒を基調にしたドレスで、鎖骨周りだけを露出したアクセントの利く服を着たサニーだが、これはこれで案外似合ったものだから意外。髪もファインに梳かしてもらったらしく、ふんわりした赤毛すらどこかのお嬢様の上品なものに見えて、十年後の淑女が想像できる風貌だ。上品でない尖り目が頂けないが、これを差し引いてもそうなのだから、よほど肌に服が合っている証拠である。
試着室に引っ込んで、着替えて、髪を整えて、クラウドの前に姿を見せ、また引っ込んで、その繰り返し。回を追うごとに乗ってくるファインと、どんどん顔が紅潮していくサニーに、上限と下限がない。日頃サニーに抱き枕にされまくってきたファインが、この日ばかりは果てしなく幸せそうで、代わりにサニーがいっそ殺してと言わんばかりに弱っている。
なんだかんだでファインもサニーのことが大好きだから、可愛いサニーの姿をクラウドにお披露目できるのがたまらなく嬉しいご様子。一方でサニーは、そういう自分には全然自信がないものだから、褒められても素直に受け入れられずに動揺するばかりなのだ。
「うーん、サニーって何着せても似合う! 素材がいいんだもんね!」
「ん、んうぅ……」
ただ、ファインのチョイスが良いせいもあるが、今のところはずれが一つもない。クラウドからも、ご披露のたび、褒める言葉がスムーズに出る。はじめは私がこんな服着たところで、と素直に受け止められなかったサニーも、何度も褒められているうちに態度で抵抗しなくなってくる。
「はーい、次はこちらですよー。とびっきりの自信作です!」
「自信"作"?」
「サニーは着せ替え人形よりも着せ替えてて楽しいですから!」
「ふ、ファインっ……!」
「だって可愛いもん! ほんっと可愛い!」
「ぁぅ……」
もの扱いするような発言に噛み付こうとしても、その場しのぎでなく本気でそう訴える笑顔を間近に見ては、サニーも目を伏せて言い返せなくなる。サニーって、貶されるのには強い。大人の態度で聞き流すことも、真っ向から強気に言い返すことも出来るからだ。でも、実はべったり褒められると弱い。
「この髪飾りいいな。すげぇ似合ってる」
「わっ、私にこんなの似合うわけ……」
「サクラソウの髪飾りですよ。花言葉は"乙女の愛"、そして"かわいい"ですっ!」
「へぇ、ぴったりじゃん」
「っ……」
抵抗したってあっさり止まる。髪飾りを掌で隠しつつ、顔を伏せて頭から煙を吹かせ、口をもごもごさせるばかり。クラウドも、日頃元気いっぱいのサニーが、自分の言葉でここまでしおらしくなるサニーの姿が、ちょっと珍しくてもっと見たくなる。
「……ホントに?」
「え?」
「……ホントに、かわいいと、思う?」
だが不意打ちが来た。上目遣いでか細い声、本音では嘘だよと言って欲しくないであろうサニーの顔は、まるで初恋の告白をするような少女のそれ。思わずクラウドもどきりとしたものだ。言葉だけでサニーを詰まらせてきたクラウドが、思わぬ反撃で言葉に詰まる不覚を取る。
「あ……う、うん……マジで可愛いと思う……」
「そ、そう……クラウドが言うんなら……信じる……」
また表情がうかがえないほど顔を伏せたサニーだが、片手を口に持っていったのは、思わず嬉しくて笑みがこぼれた口元を隠すためだろうか。自称するほど荒っぽい普段が目立つサニーだが、蓋を開けてみれば17歳の少女、可愛いと言ってもらえて嬉しい乙女心はちゃんと持っているのだ。
「どうする? サニー、もうやめる?」
「っ、ファイン……あなたそういうとこ、ずるいわね……」
やっと褒め言葉が胸に沁み入ってきたこのタイミングで、もうやめますなんて気分になれるものではない。読み取ってかまをかけてくるファインの意地悪には、サニーも返せる言葉がなく更に顔を赤くする。日頃は常にイニシアチブを握り、ファインを手玉に取り続けてきたサニーだが、ここまで劣勢に陥ってはファインの掌の上で、為すすべなく転がされる一方だ。ファインだってサニーのことは熟知しているし、攻める気になれば頭の回転も速いからそう簡単には負けない。
「ふふ、じゃあサニー、次の服いこっ」
「……うん」
あれだけハイテンションだったファインの声が、ここに来て急におとなしくなる。満更でもなくなってきたサニーの態度を見て、幸せな想いがテンションの上限を振り切ったのだ。日頃から女子力女子力と騒ぐ割には、可愛い服なんか自分には似合わないと言って、挑戦しようとしないサニーの姿は、どれだけファインにとって歯がゆかったか。着飾れば、本当に可愛らしい人だって、ファインは誰よりも知っている。彼女の外面も内面も知り尽くしているファインをして、やっと着飾る自分に前向きになりかけてくれた親友が、誰に見せても誇れる可愛らしさを飾る姿は、自分のことのように嬉しいものだ。
あれだけはしゃいでいたファインが、これとこれを組み合わせると、とか、大丈夫自信持って、とか、落ち着いた声でサニーに語りかけている様からは、ファインがどれだけ真剣かがクラウドにもよくわかる。やがて着替えたサニーが新しい服をお披露目すれば、やはり抜群の安定感ではずれ無し。こうした自分に自信を持ちきれないサニーの態度は変わらないが、おずおずとでも自分の口で、どうかなと聞いてくる姿は、さっきまでより前進している。クラウドも、作らない言葉で可愛いよと言うだけで、はにかみ喜ぶサニーの姿を見られるから嬉しい楽しい。自分の言葉で友達が喜んでくれるのって、無条件で気持ちがいいものだ。
思い出作りが目的で来たわけじゃなかった。少し前にやろうと決めて、企画倒れになりかけていた遊びに興じただけである。それが、もっと他にも街を回る予定だったのに、夕暮れまでこの店で遊んでしまうぐらいには楽しかったのだ。さすがにそれだけ遊んで何も買わないのではひどい冷やかしだから、それなりに買い物はさせて貰ったものの、貴重な路銀をはたいてもお釣りが来る時間とは、まさにこういう時のことを言うのだろう。
クラウドが残念に思っていたのは一つだけである。もう少し早く、この時間を迎えられたらよかったのにって。この楽しい時間を、もう一人の友達リュビアとも共有したかった。




