第102話 ~旅の計画~
「んで、出発は明後日?」
「勝手に話を進めちゃったことはホントごめん」
「いいよ別に。どうせ断れるお話じゃなかったよね、それ」
宿の夜、夕食を終えてのお喋りタイムにて、サニーからの報告だ。天界王フロンが、クライメントシティ騒乱を鎮める大役を果たした少年少女を、ひと目見たいと言っていること。明後日の朝にでもクライメントシティを出発し、王様の待つ天界へと向かうこと。その旅には、天界兵テフォナスとハルサも同行すること。決まったことは、以上である。
「俺はなんでもいいけどさ。地人の俺が天界なんかに入って、王様に会うのってどうなんだ? 許されることなのか?」
「私も混血種だし……」
「二人には差別的なこと言いたくないけど、そうなのよ~。なんか引っ掛かるのよね、この申し出」
ファインとクラウドの意見も聞かず、テフォナスとの話をつけてきたサニーの行動はやや前のめりだが、話の纏めようは全体的に適切なところだ。天界王なる者から頂いているお誘いを断るわけにもいかないし、加えてそのお偉い様を待たせ過ぎるわけにもいかないから、なるべく早めに動かなくてはならない。出発の日を明後日に設定してもらい、あと一日ぐらいはクライメントシティで遊べる時間を作ってくる辺りは、サニーも上手いこと猶予を貰ってきた方である。明日さっそく行きましょう、なんてのは流石に、ファイン達含めたこちらの気分として性急な話だから、一日稼ぐのはいい意味でゆとりのある選択だろう。
それよりも、とにかく引っ掛かるのが、血。天人達は地人を見下し、混血児なんか蛇蝎のように嫌っているものである。天人こそ崇高、地人はその下、よって崇高なる天人が地人なんかと結ばれて作った子供なんて、忌むべき絆の象徴というわけだ。その天人のトップ、選民意識も最も強いであろう天界王が、地人のクラウドや混血児のファインを招いてまで、クライメントシティを守った功を褒めてつかわす、なんて。
百歩譲って、天人の聖地クライメントシティを守るために戦った功績を認めてくれるにせよ、天界に招いて直接謁見したいとまで言ってくるのは流石に。王のおわす天界は、クライメントシティ以上に天人の聖域だ。そこに、地人や混血児を踏み入らせるという天界王の判断は、長い歴史上における天界のあり方と全く一致していない。
「テフォナスさんは、光栄なことだねって顔で言ってたけどさ。なんだかねぇ」
「……何か他意、ありそうだなぁ」
「あれ、ファインも人のこと疑ったりはするんだ」
思わず発したクラウドに、えっ、とファインも振り向いた。クラウド目線では、根っからいい人丸出しのファインが、ここまで誰かへの疑念を口にすることは珍しく感じたからだ。
「クラウドはファインのことどう見てるか知らないけど、この子けっこう疑り深い性格してるのよ?」
「……サニー、なんかその言い方って語弊ない?」
「あんた一度信じた相手のことは徹底的に信じるけど、そこに至るまではかなり警戒するじゃん」
「そりゃあ私、一度信じるって決めた人には、騙されてもいいやって思うようにしてるし……」
「私のことは?」
「サニーは私のこと、絶対騙したりなんかしないでしょ」
「クラウドも?」
「当たり前……もう、なに、何の話してるの」
「あぁもう、ファインは可愛いなぁ」
「抱きつかない抱きつかない」
ファインとの信頼関係を確かめられたことやら、クラウドさんのことは勿論信じてますと口にして、少し顔が赤くなったファインを見られたことやらで、テンションの上がったサニーがファインにじゃれつく。頬ずりしてくるサニーの熱烈なスキンシップには、ファインもくいくいとサニーの肩を押して距離を取ろうとする。あなたのことは好きだけど、それはちょっとさすがに、という力加減だ。
「えーっと、だから、サニーから見て天人様はどこか信用ならない、と」
「あん、ちょっともうクラウド、どーして邪魔するの」
サニーの強引なスキンシップを、普段はしばらく傍観していがちなクラウドだが、今日は早く腰を上げてサニーの後ろから近付き、肩を握ってファインから引き剥がした。ひっつき虫から助けて貰えたファインは、なんだか今日はいつもより優しいクラウドに、すごく嬉しそうに微笑んでうなずく。無言だが、ありがとうございますということだろう。
「なにクラウド、あなたのこと信じてますって言われたからファインに優しくしたカンジ?」
「っ……べ、別にそういうわけじゃないし……」
呆れるほど図星の反応。あなたになら騙されてもいいって思えるぐらい信頼してます、ってファインに言って貰えたのがちょっと嬉しくて、今日はファインに肩入れしてしまったのを一発で看破されたらしい。クラウドの耳元でぼそりと言われたサニーの言葉は、ファインまで届くことはなかったが、目に見えてうろたえるクラウドの表情は、にししと笑うサニーと首をかしげるファインの前に晒される。余計に無性に恥ずかしくなったクラウドは、サニーの両肩を軽く突き放して照れ隠し。
「おっとと……まぁともかくさ。私は正直、あんまり乗り気じゃないのよね」
腰を降ろしたままで軽く押されたサニーは、少しふらつきながらも体勢を整え、話を本題に戻す。ファインは再び話に意識を戻してくれるが、一方でファインを変に意識してしまったのか、かりかりと頭をかくクラウドは少し上の空だ。ほっとけばそのうち戻ってくるだろうと見て、サニーもそのまま話を続けるが。
「って言っても、断れるものじゃなかったと思うし、行くしかないんじゃないかなぁ」
「いっそのこと、約束ほっぽり出してどっか逃げちゃうのもありかなぁと」
「それはやばいんじゃないのか」
「やばいです。ホントは無いです」
王様との謁見約束を勝手に破棄してどこかに逃げるとか、あり得ない仮定を冗談でも持ち出してくるほどには、心底サニーも乗り気でないのだろう。約束を取り付けてきたのはサニーだが、どうせ天界王様から提案された謁見なんて断れるはずがないんだから、仕方なしでしかなかったのだ。テフォナスには、ほぼ二つ返事で快諾してきたような顔で振る舞ってきたが、ごねても心象悪くするだけ、かつ粘っても回避も出来そうにないから、無駄を省いて話を早く纏めてきただけであって。
「天界行きの旅路は、途中まで次の目的地行きと一致してるから、そういう意味では無駄足はないけどさ」
「次の目的地って?」
「ホウライ地方よ。聖女スノウ様、そこにいるんだってさ。テフォナスさんにも聞いてみたけど、そうみたい」
そもそもファインとサニーの長旅は、ファインの母スノウに会いに行くためのものだ。今日、テフォナスに会ったついでにスノウの行方を尋ねてみたサニーだが、首尾よく今のスノウの所在地を聞きだすことが出来た。かつて魔女アトモスを討伐し、今は聖女様と呼ばれる天人スノウだが、現在も彼女はアトモスの率いた軍勢の残党を鎮圧するために各地を転々としており、その行方は天人のお偉い様の耳にはよく入るのだ。
「今、ホウライ地方は"セシュレス"が直接指揮する軍団と睨み合ってる状態なんだってさ。そういう状況だもんで、切り札のスノウ様もそこから動きづらい状況みたい」
「セシュレスって、魔女アトモスの側近だったっていう?」
「そそ。今では"アトモスの遺志"を率いる総大将になってるそうね」
かつて魔女アトモスが存命であった時代、最高指導者であり最強の兵でもあったアトモスのそばに、参謀格として仕えた人物がいた。それがセシュレスと呼ばれる者であり、兵を率いる力にも、戦においての実力にも秀でた存在である。現在は表向きに"アトモスの遺志"を率いる人物として君臨しており、言うなれば天人と対立する軍勢のボスであるということだ。
「そんなだから今のホウライ地方は、戦況が両軍膠着状態なんだって。ホウライ城は元から頑強な上に聖女スノウ様がいるし、かと言ってアトモスの遺志陣営にも大ボスがいるしで、なかなか退かない崩れない。決着の目がまだ見えないし、聖女スノウ様もそう動くことはないだろうって、テフォナス様も言ってた」
「それじゃ……」
「ええ、ホウライ地方に行けばお母さんに会えるわよ。今度はきっと、すれ違わない」
この日に至るまでのずっと前から、ファインとサニーは二人で旅を続けてきた。ファインの母、聖女スノウに会うためだ。しかし、はじめ聞き受けた母のいるであろう地に行っても、既に去った後でしたの繰り返しで、結局対面叶わぬまま今日に至ってしまった。
だが、今度はきっと違う。ホウライ城にさえ辿り着ければ、そこに必ず母がいる。そう示唆してにかっと笑うサニーは、自然とファインに光ある未来を想像させてくれる。楽しみないつかがようやく見えてきたことに嬉しそうなファイン、それを見て一番喜ぶのもまたサニーのはずだ。
「正直天界に行くのは変な気分だし乗り気じゃないけど、それを済ませたら帰りがけの道を曲がって、ホウライ地方に向かうっていう道筋があるからね。そういうルートでもいいかな、とは思うわよ」
「俺は何でもいいけど、ファインは?」
「うん、それでいい……!」
ちょっと前には天界へのご招待の件を、少し考え詰めていた一方、疑念も忘れたように上機嫌。それほどファインにとっては、お母さんに会えそうというのが堪らなく嬉しいのだろう。人は明確な希望が、多少は遠くてもはっきりと見えれば、過程にある些細なことなど見過ごせる気分になるものだ。さすがにこんなに肩をそわそわさせて、母との再会に頭いっぱいの姿は、16歳とは思えないほど子供っぽいが。
「それじゃ、明後日にクライメントシティを出発ね。明日は1日いっぱい使って、じっくり遊びましょ」
ぱちんと胸の前で手を叩いて話を纏めるサニーを最後に、明日から2日間の方針が確定した。クライメントシティに滞在するのは残り1日、明日が思い出作りの日ということだ。不運にも大きな騒動に巻き込まれ、滞在期間に反して遊ぶ時間が作れなかった3人だが、復興もよく進んで落ち着き始めたクライメントシティの中、明日1日使って遊べるなら充分楽しめるだろう。ここはファインとサニーの育ちの故郷、遊び方ならいくらでも知っている。
一度ひとまず当面の計画さえ立てられれば、その日は先のことを深く考えず、無心で楽しく過ごしやすい。宿の寝室に集まる3人が、なんでもないような話を繰り返してお喋りする時間は、生産性無く3人の心を温かく満たしていた。それもまた、月日が経てば素敵な思い出になる。




