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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第5章  砂嵐【Rescue】
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第98話  ~正義無き法への論駁~



 罪を犯した者を拘留することの目的は、再犯の防止や、刑の執行までに逃亡するのを防ぐことにある。しかし一方で、拘留することによって生じる社会的弊害――たとえば元の職場がその人員を拘留され、長期に渡って欠くことによって生じる損失などもある。それに折り合いをつけるための制度が"保釈"であり、罪を犯した者を塀の外へ、一時解放する法的措置である。


 ただし勿論、どんな罪人でも要求があれば保釈を認める、というものではない。闘技場の手駒である闘士を保釈せよとするルネイドと、易々とそれを認めるわけにはいかないテフォナスが、法務施設の一室で向き合って座る。


「まず初めにお尋ねしますが、あなたが保釈させたいとする闘士達が、何をしたのかを把握されていますか?」


「クライメントシティ侵攻軍に加担したんじゃろう? 今さら何じゃ」


 数日前、試合を予定していた数名の闘士達のうち数名が突然失踪したことや、その後新聞でクライメントシティ騒乱のことを知ったことから、ルネイドはこの街に駆けつけた。それなりに遠い旅路ではあったものの、事態を知った経営者というものの対応は早いものだ。


「それだけの悪事をはたらいた者を保釈なんて、あなた正気で訴えてるんですかね」


「ほう、保釈できんと言うのか。理由を言うてみい」


 保釈は、一般に認められている制度である。よって保釈の可不可とは、保釈を認められない理由があるかどうかによって決まるものだ。保釈を認めないとするならば、その理由を求められるのは司法の側である。


「彼らに対する罰も決まっていないのに、保釈するか否かなど決められるはずがないでしょう」


「死刑ないし終身刑、あるのかのう?」


「さあ? それはこれから……」


「阿呆抜かすな。じゃったらそれに値するであろう奴らの罪科を、おぬし一つでも挙げられるか?」


 罪人が死刑あるいは、終身刑つまり無期懲役に科せられるなら、保釈の要求を受け入れる必要はない。保釈はそもそもにして、罪人が拘留中に発生する弊害を解消するためのものなんだから、死罪になる者あるいは二度と塀の外に出ない者を、保釈する理由は存在しなくなる。闘士達がそれらの刑に科せられる可能性があるなら保釈は棄却できるが、ルネイドはそんな可能性は無いはずだと強調する。


「地人達が、天人の聖地クライメントシティへの侵攻に加担したのですよ?」


「天界法に、土地の重みで罪科が変わるような定めは無い」


 無いのである。天人達の法が、その辺り細やかに定められていないのは、最後は天人の匙加減ひとつで裁定を決められるからだ。そうした条項を敢えて明記することは、特に意味のないことである。


「加えて、彼らが為したことの詳細についての調査が完遂されていません」


「あいつらが殺人を犯したとでも言うのか?」


「未調査ですって。少なくとも、放火はあったでしょう」


「で、それは殺人ないし終身刑に相当する罪なのかの?」


「未調査のことを問われましてもね」


 保釈を認められないような終身刑以上の刑に達しようと思えば、大規模放火などの超過度な器物破損や、人を殺めでもしない限り無いことである。では、タルナダ達はどうか。ルネイドは、彼らが暴れ者であっても殺人を犯すような者達ではないと確信しているし、実際のところそれは事実の的を射ている。死者も発生した此度のクライメントシティ騒乱だが、命を奪われた者の死因というのは、主にトリコロールカラーの少女の殺意に満ちた魔術によるもので、それ以外の死者は皆無と言っていい。戦闘不能にされる中で大怪我させられた天人は少なくないが、それが終身刑相当の致傷行為かと言えば疑問符。要石の破壊などに加担しての器物破損行為についても、額はさておき結局のところ、最後には賠償金で話は片付くのだ。


 言い返したテフォナスだが、内心では風向きの悪さを自覚している。闘士達が殺傷行為を行なったかどうかを調べ上げ、ちゃんと証拠も出せれば話も変わるが、恐らくそうはならないだろう。そもそもどんな大義を掲げたところで、人はそう簡単に殺人行為には踏み込まない。人間ってそういうものである。笑いながら積極的に殺しを振り撒いた、トリコロールカラーの少女の方が人として特殊なのだ。


 あとは破壊行為でタルナダ達を、終身刑以上相当だと予見できるかであるが、刑をそう定めるには証拠が要る。あれだけの騒動、何をやったのが誰で誰でと証拠を集めるのは不可能に近いが、刑を定めるにはそれをしないわけにもいかない。それを蔑ろにしていいんだったら、法なんていらない。


「未調査なのはわかったがの。じゃが、証拠も出せんのに終身刑をぶつけるようなことをすれば、わしの職場の従業員を不当に裁いたということで、こちらから訴訟を起こさせて貰うが」


 こういう状況でなければ、証拠なんかなくても天人采配のごり押しで、闘士達を裁いてやってもいいのだが、ルネイドが割って入ると話が違う。彼は天人、それを相手に天人特権は使えない。過ぎた刑を不当に闘士達に下せば、従業員を不当に裁かれたとして、ルネイドがクライメントシティの司法を訴える筋合いが発生する。タクスの都という、クライメントシティに次ぐ都で、闘技場という大金が動く施設のオーナーを務めるルネイドを、そんな形で敵に回してはいけないのだ。ましてアトモスの遺志が活性化している今の世相、天人の有力者同士で内輪揉めしている場合ではないから特にである。


「何か勘違いをされているようですが、それすら大した問題ではないんですよ」


 この話は終わり。まだ札のあるテフォナスは冷静に次の話へ切り替えるが、今の話はルネイドの方に分があるという態度である。前座に過ぎない問答を終え、まだ何かあるならさっさと言えと、ルネイドが睨みを強くする。


「いずれにせよ懲役になるのは間違いないことです。それを保釈して、彼らが再犯しないとあなたには断言できますか?」


 拘留の末に実刑判決を受ければ、彼らは刑務所に移されて懲役されるだろう。懲役の目的はいくつかあり、"矯正"や"抑止"もそれらの一つだが、今回最も保釈に関わるのは"社会的安寧"である。抑止、というのは、悪行をはたらいた者にペナルティーを課すことで、罪科を"こんな目に遭うのなら割に合わない行為"と定義するためのものだが、保釈とその目的が争点になっている現在、それは大きな問題ではない。


 罪人を塀の中に閉じ込めるのは、悪人と定義された者を社会から隔離して、社会の安寧を計ることが目的の一つであり、つまりそれは、罪人の再犯を防ぐためのもの。闘士達を保釈させよと訴えるルネイドだが、彼らが再犯の恐れありとするなら、保釈なんか認めるべきではない。捕えた悪人を塀の外に出して、またそいつらが同じことを繰り返したら、司法は何をやってるんだという話になる。


「あやつらが今回のようなことに加担したのは、闘技場への不信感が原因じゃろう? じゃがそれは、アトモスの遺志の策謀による濡れ衣によるものと報じられておる。再犯もクソも、もう動機はなかろう」


 タクスの都の闘技場は人買いをするような施設であると、ザーム主導で敷かれた姦計については、勿論のことサニーが天人達に証言済み。それでタルナダ達のやったことを正当化させられるとはサニーも思っていないだろうが、慕う人達が騙された立場にあったことぐらいのフォローぐらいは入れてある。続報としてそれも報じられた結果、今ここでルネイドの主張の札になっているのは、サニーの方も意図していなかったことだ。


「それが彼らが再犯しないという根拠にはなりませんね」


「お前さん(ここ)大丈夫か? わしは再犯せぬ根拠を述べておって、それに同意できんのはわかった。で、おぬしは反論するなら再犯し得る根拠を述べるべきじゃろう」


 相手の言を否定する時には、その理由を述べねばならない。ルネイドの主張の逆を唱えるなら、タルナダ達が再犯し得るという根拠が必要だ。対話の道理である。


「天人への不満があったから彼らは侵略行為という、度を超えた行為にまで手を貸している。それほどの過激な思想を根底に持つ者が、再犯しないと見据えるのは滑稽なほど楽観的でしょう」


「話をすり替えるなよ? あやつらが不満を抱いていた対象がわし、闘技場であったのに対し、その疑念はとうに晴れた現状じゃというのに、なぜそれを無視して話を進める? わしの主張に対する反論になっておらんじゃないか」


 テフォナスも挑発的な言葉が増えてきた。ルネイドの口や態度が悪いせいなのだが、天界兵を相手におつむは大丈夫かと問うルネイドも相当な肝っ玉である。


「だいたい、あやつらが天人に不満を持つ地人じゃとおぬしは言うが、そういう世の中にしとるんは誰じゃ? そんな主張がしたいなら、天界王様の執政に問題提起せにゃいかんのじゃないかなぁ」


「いい度胸ですね。天界王様の体制にけちをつけるつもりですか」


「おぬしが言うたんじゃろうが。地人が天人に不満があるから、あんな行為に踏み出したと」


「そんなことを仰いますが、あなたまさか、アトモスの遺志が天人覇権の時代に異を唱えて革命活動を行なっていることも、その理論で肯定するつもりではないでしょうね」


「アタマ湧いとるんかおぬしは。破壊活動や殺生を肯定する理屈など闘技場でも設けとらんわ」


「ですから、闘士達の罪は確かなものでしょう。あなたそう仰ってますよね」


「で、それはあやつらが再犯し得るっちゅう根拠にどう繋がっていくんじゃ?」


 論点ずらしにルネイドは応じない。むしろテフォナスが、タルナダ達が天人に不満を抱いていることを理由に再犯の可能性あり、と反論することも想定内で、返し技まで突き返す始末。そういう根拠であいつらを再犯ありえると言うのならまず世の改善に動け天界兵様よ、と言われると、天界王に逆らえないテフォナスにこの話を続けることは出来ない。テフォナスにこそ危ない話になっていく。


「終身刑以上の見込みがない、ならびに再犯の可能性について強調できない、それなら時間の無駄じゃからとっとと保釈を認めて貰いたいもんじゃ。保釈許可の要項は満たしておるじゃろうが」


「……ですから、未調査の部分も多いわけでして、結論を急ぐことは出来ないと」


「ほう、調査の結果、大丈夫じゃと判断できれば保釈は認めるんじゃな?」


「当然です」


「あのなぁ、あいつらはわしの闘技場の従業員じゃぞ。調査調査と結論見えとる問題を先送りにして、それで調査にかかった時間、あいつらを拘束してわしの闘技場の売り上げに響いぶんを賠償してくれるのか? 言うとくがあいつら、うちの闘技場では客を呼べる稼ぎ頭じゃぞ? あいつらが不在のうち、どれだけ闘技場の売り上げに響いたか証拠書類でも見せてやろうか?」


 ルネイドは、つべこべ言わずにとっとと保釈を認めろと言う。調査はあくまで必要なことだ。されど、それをのんびりやられたら、こっちの闘技場にも被害が出るから早くしろ、というのがルネイドの本懐。敢えて過剰に押しているのは、交渉術の前置きみたいなものである。


「こっちも商売じゃ。ダラダラ調査されては無罪のわしの生活に関わってくる。調査が必要必要と訴えるなら、さっさとその期日ぐらい決めて貰えんかの。それで経営を立てるからのう」


「せめて一週間ぐらいは」


「長いわ! 保釈希望者がここにおって、なぜその対象を優先的に調査する配慮も出来んのじゃ! だいたい保釈後でも、後の調査で新たに問題が発覚したなら再拘留できるじゃろうに、なぜ今からそんな時間が必要なんじゃ! 商売人の商売道具を不当に長期剥奪することを軽視し過ぎじゃ! 舐めとるのか!」


 まったく譲らない。無茶を言っているように見えて、ルネイドも不当な処分を従業員に下されては被害の出る立場、よって無関係でないので案外筋は通っている。


 ここからさらに、まくし立てるように話を切り詰め、結局3日以内には結論を出せと強要するところまで青写真どおり。そろそろテフォナスの青筋もびきびききているが、天界兵を怒らせようがルネイドは全く気にしない。


「ああ、わかりましたよ。それではあと3日調査を深めて、それで彼らの保釈を認めるかを定めます。ただしそれで問題が発覚した場合は、保釈は認められませんのでご留意くださいませ」


「ふん、当たり前じゃ。こちらも筋違いの駄々をこねに来とるわけじゃないわ」


「保釈金はご用意できているんでしょうね? それに、彼らには罰金刑を課す見込みが高いですが、彼らがそれを支払い出来なければ、どのみち保釈は認められませんよ?」


「馬鹿にするのも大概にせい。素寒貧のあいつらに貸す金も、保釈金も用意しとるわい」


 罰金刑に課せられた場合、支払えないなら義務を果たしていないことになるので、保釈に関してまた議論の余地が発生する。そうなるとまた面倒なので、ルネイドは闘士達に罰金ぶんの金を貸して、話を有利に進める手筈を整えている。また、保釈対象が逃亡する場合もあるため、保釈希望者はその担保代わりに保釈金を支払わねばならない。保釈させたがるのは勝手だが、そのぶん無茶を言うあなたも腹を切りなさい、というお金である。普通はこれ、場合によっては返還されるものだが、おそらく今回の話の流れではそれも無さそうだ。


「では、保釈金の話に移りましょうか。絵に描いた餅になる可能性もありますが」


「おう、さっさとせい。言うとくが、わしも法を知らんわけじゃないからな。不当にふっかけるような真似をしおったら承知せんぞ」


 話がこれに移った時点で、主張は通ったようなものである。あと一日の調査で、闘士達の行動から定められる刑が変わったりすれば話も違うが、そのためには充分な証拠も必要になるわけで、そう簡単に現状から話が転がることはないだろう。つまりは、明日には闘士達の保釈が認められることが、半ばここで決まったのと同じことである。


 天界兵の自分にここまで楯突いてくるルネイドに対する怒りを、莫大な保釈金や罰金刑で報復の形にしようとするテフォナスと、提示される暴利にまた怒り心頭の声を荒げるルネイドの戦いが続く。ここからの方が長い。結局この日、夕暮れまで舌戦を繰り広げる両者の戦いが続き、どちらもはらわた煮えくり返った内心のまま、議論の幕が閉じられていくのだった。


 タルナダ達の罪科を定めるための調査を、これから3日で済ませろと天界兵様に命令された役人達は、その日から寝る暇もなく仕事する羽目になるのだった。ろくすっぽ調査などしなくても、地人なんかこっちの裁量できつく裁いてやればいいだろうと思っていた役人に対しては、いい薬になったぐらいかもしれない。

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