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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第5章  砂嵐【Rescue】
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第97話  ~理念と道理は別問題~



「――ってわけ。一応、闘技場の名誉のためにはお話しておこうと思ったんだけど……」


 クライメントシティの地人区画の片隅、サニーとリュビアは喫茶店でのんびりした昼下がりを過ごしていた。


 サニーがリュビアに話したのは、彼女を攫った者達の正体と真意である。はじめリュビアは、遠き地で人攫いに遭い、お前はタクスの都の闘技場で奴隷として売られるんだ、と教え込まれていた。しかし、真実はまったくの別物であり、リュビアを攫ったのは当の闘技場とは全く関係のない連中。そしてその目的は、闘技場が人買い、人攫いをするような施設であると嘯くことだ。首謀者のザームから聞き出せた事実は、本当に思いもよらぬ形で発覚したものだ。


 元闘士のザームは特にわかっていることだが、闘技場にいる闘士なんてのは、天人優勢のこの世界で差別を受け続けた末、ああした場所でしか働けない人生に陥った地人が多いのだ。そこに、天人が運営している闘技場が、そんな悪行に手を染めていることを唆せば、抑えていた天人への不満を爆発させる者も多いだろう。事実、そんなザームの策謀に乗せられ、此度のクライメントシティ侵略、つまり天人に一泡吹かせる騒動に力を貸した闘士も少なくなかったそうだ。


「うーん、それはそれで別の意味で複雑な気分……」


「あはは……黙っておいて欲しかった?」


「ああいえ、本当のことを聞けたこと自体は嬉しいですよ。私も誤解したままでいるよりは、ちゃんと本当のことを知れた方がいいと思いますし」


 リュビア目線、タクスの都の闘技場というのは、自分を奴隷として買おうとした連中であって、遠き地で慎ましやかに妹と過ごしていた暮らしをぶち壊した組織、だった。そうではないことをサニーが説明したので、ひとまずリュビアも、不要に闘技場を恨む必要が無くなったわけだ。


「……ん? ということは、私はもう……」


「うん。多分だけど、もう狙われることはないんじゃないかな」


 それよりも、これ。リュビアが攫われた目的は、闘技場の不信感を煽ること。それがクライメントシティ侵略に繋げていくためのものなら、その話はもう終わっている。自分達を攫った連中から逃げ、いつ追手が来るのかと恐れてやまなかったリュビアだが、もう自分が狙われる理由がなくなってしまったのだ。断言は出来ないけどきっと大丈夫、と笑いかけるサニーの目の前で、みるみるうちにリュビアの目尻が下がっていく。


「あははは、そりゃあ泣きますよね」


「なっ、泣いては別に……でも、本当ほっとしちゃって……」


 不安まみれの半月近く、不意にようやく重圧から解放されたリュビアが、軽く涙ぐみかけたところをサニーが指摘する。リュビアも年上、そうそう泣き顔ばかり見せてると恥ずかしいのか、意地を張って否定するものの、潤んだ瞳までは流石に消しきれていない。とはいえ、零れ落ちるはずだった涙の粒まではこらえて落とさなかったので、ぎりぎり意地を張るための体面は保つことが出来た。先に突っ込んでもらえたから我慢できたようなものか。


 中指で目尻を一度だけ拭うリュビアの仕草にも、特にサニーは触れない。苦難の闇を抜けたリュビアを祝福するかのように、歯を見せ笑うだけのサニーの笑顔が、釣るようにリュビアを笑顔にしてくれた。とりあえず、この話に関してはめでたしめでたしである。


「……にしても、複雑だなぁ」


「リュビアさんは完全に、一方的に巻き込まれた被害者なんだし、気にすることは何もないと思うけど」


「いや、気に病むとかそういうのじゃないんですけどね。なんだろう、この……うーん」


 ひとまずお茶を一口飲み、時間を稼いで少し考えるリュビア。今回、悪事の駒にされただけのリュビアだが、当事者になってしまったことで、思うところが色々発生してしまったようだ。


「……トルボーさん、でしたっけ? サニーさんが面会に行った闘士さん」


「あー、うん、昨日話しましたね」


「私、その人の言ってることすごくよくわかるんですよ。未来が見えない、っていうその感じ」


 先が見えない、希望の見えない、そんな半生の末に"でっかいことをしてみたかった"という動機に一括し、侵略軍勢に加担したトルボーの行為は、やはり肯定されるべきものではない。自分の人生を絶望視したからって、破壊活動に乗り込むなんて、平穏に暮らしている人々からすればたまったものではない。そんなトルボーの動機を聞き及んだリュビアが、批難するよりどちらかと言えば、共感に近いものを感じている。


「昔、魔女アトモスの軍勢が天人支配を終わらせるために、大クーデターを起こしてましたよね。あんまり大きな声で言っちゃいけないことなんですけど……」


 ふと、周りをきょろきょろ見渡す目線を泳がせるリュビア。サニーもその後の言葉を察する。


「コレ?」


「それです、はい」


 くるんと何かをひっくり返すような手つきで、今とは逆の結果の方がよかった? と無言で問いかけたサニーにリュビアがうなずく。要するに、本音を言えば昔のリュビアは、魔女アトモスの陣営が勝って、天人支配の時代が終わってくれた方が嬉しかったと言っている。確かにこれは、天人様が沢山いるこの街で口にしてはまずい。かなりやばい。


「その時はまだお母さんもいてくれてて、妹と三人暮らしだったんですけど、私達を養うお母さんが日に日にやつれていく姿、つらかったですよ。今だからわかりますけど、日雇いの仕事をこなしながら、なんとか私達を育ててくれてたんですよね」


 地人の働き口なんて、ろくに用意されていないもので、見つけられても安い安い給金。シングルマザーのリュビアの母は、低賃金たる重労働と、子育てを両立させるという過酷な毎日だったのだ。逆算すると当時のリュビアなんて10歳にも達していないわけだが、そんな子供が生活苦に文句を言うより、母の気苦労を察してつらいと感じていた時点でよっぽどである。


「結局お母さんも、それが祟ってか数年前にちょっと……私がお母さんの代わりにお仕事できる年になっていたのは幸いでしたけど、それでやっと地人に対する当たりのきつさを実感しましたから」


「……まあ、私はクライメントシティでも地人の知り合い多かったからわかる方、のつもり」


「攫われる前から、正直けっこうお先真っ暗でしたからねぇ……こんな暮らしで、妹を幸せにしてあげることが出来るのかなぁって……」


 二十歳未満でこんな悩みと切に向き合わなきゃいけない天人なんていない。天人というだけで、何かしら福祉は受けられるんだから。何の庇護もなく、社会的差別だけ真っ向から浴びせられ、そんなビハインドから自分の幸せは自分で勝手に掴め、と、暗黙に強制されるのが地人である。クラウドみたいに、自分に向いた働き方や生き方を若いうちから見つけ、何があっても負けずにやっていこうと、指針を立てられる方が相当に稀なのだ。


「だからこう……くるん、っと。たらればですが、昔そんなふうに、ね?」


「皆まで言わないその感じね? わかるわかる」


 アトモス陣営が勝って、天人優勢の時代が終わっていたら、母も早世せずに済んだのかもしれない。リュビアがそう思ってしまうのは仕方のないことだ。叶わなかった歴史を想像しても虚しいし意味のないことだが、失ったものが大き過ぎると考えもしてしまうというものである。貴重な"地人の"意見であろう。


「……まあ、"アトモスの遺志"がそういった策謀のために、私を攫ったことなどを考えると、目的のために手段を選ばないことのひどさも実感するわけですけど」


 だから、複雑。大願の成就のためには、汚いことに手を染めることが必要なこともあるだろう。革命活動においてはとりわけ言えることだ。語られざる水面下の駆け引きの中、魔女アトモスの陣営も、罪なきはずの人を傷つけたり、殺めたりすることがあったはず。無かったと観測する方がむしろ無い。


 天人達の支配の時代を終わらせようとした、アトモス陣営の応援をすることは、地人のリュビアにとってむしろ当然のことだ。人は渇望する結果を求める時、過程にあるものから目を逸らしがち。今まで誰にも言わなかっただけで、魔女アトモスの陣営、ひいては、かつて目指した革命を未だ諦めずに目指す"アトモスの遺志"に対して肯定的だったリュビアだが、こうして巻き込まれてしまえばどうか。仮にいつかアトモスの遺志が、悲願を叶えて天人の覇権を崩しても、妹と引き剥がされたリュビアの時間は返ってこない。彼女からそれを奪ったのは、彼女が密かに応援していた"アトモスの遺志"である。


「えぇと……ともかく、トルボーさんの気持ちもわかる?」


「はい。絶望したからって破壊活動に加担したことを肯定しちゃいけないのはわかってるんですが……未来が見えなくて、っていうのは、私も自分の経験からすごく共感してしまいます」


 絶対に明るい結論の出ない話へ横道に逸れそうになったので、話の舵を切り返すサニー。リュビアも今の話はばつが悪かったのか、素直に話を本筋に戻した。


「トルボーさんと、その、タルナダさん達? っていうのは……いい人だったんですよね」


「私達の目線からは少なくともね。荒っぽいところはあるけど、一緒にいて温かい気持ちになれる人だったわ」


「……その人達への処断って、どうなりそうですか?」


「わかんない。天人のお裁きは地人には厳しいからねぇ」


 憂いた瞳で空を仰ぐサニーの姿からも、風向きは良くないのだろう。サニーにとって"いい人"だったトルボー達だが、クライメントシティ侵攻軍に加担して捕縛された以上、厳しい刑罰が待っていることは明らかだ。サニーの予想では、死刑とまではいかず、最悪で終身刑だろうと見越しているが、最後に決めるのは地人を見下す天人様なんだからわからない。何せ天人達にとっての聖地とも言えるクライメントシティ、そこへの侵略劇など前代未聞だから、判例らしきものが無い。


 具体的にサニーが話せないのは、想定最悪もしくはそれ以上も起こりえるから口にしたくないのだ。親しくなれた4人の人生が、場合によっては完全なる破滅に至ることなんて、仮定の中でも口にしたくない。何でもはっきり言うタイプのサニーがああ濁す時点で、相当に良くない未来もありえるんだなと察せるぐらいには、リュビアもサニーとの付き合いは長くなってきている。


「まあ、続報を待ちましょうよ。今からあんまり考えても、ね?」


「……そうですね」


 あまり元気のない笑顔のサニーを見て、その言葉はむしろ、サニーが不安になった時に自分の方がかけるべき言葉だったんだろうな、とリュビアは思う。それどころか、その話題を出したのは自分の方だっていうのが、リュビアにとっては悔いの残るところ。


 リュビアを攫った者達の姦計に乗って、都市侵略に乗り込んだ男達のしたことは、やはりどうしたって罪深い行為だ。それでも、友達であるサニーが良い人だったと形容する4人の男に、願わくば慈悲あらんと思ってしまうのは、不謹慎な考え方なのだろうか。


 人はたとえ道徳に反してでも、侵略行為によって痛みを受けた見知らぬ人々より、友人の悲しむ顔を見たくない想いが先んじることがある。











 だが、運命は既に動き始めていた。獄中で身動きの取れなかった闘士達も、街の各地で各々の時間を過ごすファイン達も、まったく予想していなかった展開が幕を開こうとしている。


 この日、天界兵テフォナスは医療所を抜け、法務施設で罪人の監査資料に目を通していた。傷ついた翼も癒えていない彼だったが、動ける彼の強い要望もあって、捕えた暴徒達への刑を思案中だったのだ。本来そうした仕事は、クライメントシティの司法官が定める仕事なのだが、天界から遣わされた彼の立場は、一介の街の役人より強い。決定権にまで関わることはしないまでも、ご意見番としての役目を預かる資格はある。


「邪魔するぞ」


 そこへ訪れた一人の老人の姿は、そんな彼らにとってあまりにも予想外のものだっただろう。同時に、顔を見て思わず身構えてしまうほどには。


「……あなたは」


「簡潔に言うぞ。拘留された闘士どもを保釈して貰いたい」


 唐突に現れ、開口二番に強烈な要求。強気で頑固、手荒な資産家で知られる、タクスの都の闘技場オーナー、ルネイド。出会い頭のその態度には、法務施設の天人達も絶句する。返す言葉を失うのではなく、相手が何を言っているのか耳を疑うばかりの者達の中、テフォナス一人が冷静に相手を見据えている。


「……場所を移しましょうか」


「おう」


 腰の曲がった老人が、テフォナスに導かれて別室に向かっていく。残された法務施設の者達が、数秒遅れてざわつき始める頃には、既に運命の時は目の前に迫っていた。

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