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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第1章  晴れ【Friends】
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第9話  ~罰金~



「ちょっと」


 午前中の、町長の豪邸の門番を勤める男は眠そうだ。そんな彼の目を覚ます人物が現れ、決して穏やかでない口調で語りかけてきている。見た目には可憐な顔立ちだが、見るからに不機嫌なその表情と態度には、門番を勤める男もちりっと苛立ちを覚える。


「昨日、町長さんに手を出した者です。謝罪しに来たのですが、門を開いて貰えないでしょうか」


 口ぶりだけは敬語混じり、しかし目に見えて怒りを露にしたサニーの態度は、決して申し訳なさのみで訪れたわけでないのが一目瞭然だ。彼女のすぐ隣、気弱そうなファインでさえもが、可愛らしい顔立ちに陰を抱いている。こちらも恐らく、心中は穏やかではない。


 門番はもう、何があったのかを聞かされている。マラキアにも言いつけられているのだ。怒った子兎が二匹カルム家の門を叩くことあらば、丁重に茨の門を開けと。こいつらがそうか、と見た門番は、態度の悪いサニーへの不機嫌も正し、入れとばかりに門を開く。


 二人が豪邸への門を通り過ぎてから、門番はほくそ笑んで門を閉じ、固く鍵をかけた。侵入者を阻むための行動ではない。不届きな地人を罰するカルムやマラキアから、獲物を逃がさないための行動だ。











 今朝の早く、クラウドの家を訪れた使者がいた。来客など珍しいクラウドの家だが、嫌な予感がしつつもそれを迎え入れた瞬間から、運命ははっきりと悪い方向に動き出していた。


「は? 差し押さえ?」


「結論を申し上げますと、そういうことでございます」


 町長であるカルムが寄越した使者。それが言うには、ファインとサニーは現在、天人かつ町長であるカルムに手を上げた罪人扱い。そしてその逃亡に加担したクラウドも、共犯者たる罪人として扱うというものだった。


 どうしてそれが差し押さえとかいう話になるのかとクラウドが問えば、その罪に対する罰金を払えという話だった。その額が尋常ではなく、クラウドの月々の家賃で言えば、2年分に相当するものだったのだ。それの支払い義務を果たせないなら、住んでいる家も差し押さえる、家を出て行きたくないなら、そのぶんの罰金を即刻支払えという言い分だ。そんな金、今のクラウドが持ち合わせているはずがない。


 賃貸で暮らしている家を差し押さえだとか、罰金が法外すぎるとか、おかしな所は山ほどある。だけど、この町では、天人かつ町長たるカルムが法なのだ。横暴な者に三権を与えれば、これだけ馬鹿な話も容易に通ってしまう。クラウドは反論すらも許されず、明日からこの家に帰る権利を剥奪されてしまうのだ。


 話を聞いたファインとサニーの温度差は、片や凍りつき片やマグマのような怒りを胸に。クラウドを巻き込んだことで、ここまでの事態に発展させてしまったことに蒼ざめるファインだったが、それを通り越してサニーはカルムの横暴に直情の怒りを向けている。確かにクラウドを巻き込んだのは自分達だったし、もしもクラウドが自分達を批難するなら、怒りを受け止める覚悟が必要だろう。だが、だからと言ってカルムの横暴を棚に上げることは出来ない。


「あっ、あの……な、何とお詫びすれば、いいのか……」


「……んー、まあ実際のところはそんなに困らないんだけどな。どうせ俺、金を貯めたらこんな町出て行くつもりだったし、それが早まった程度の話かな」


 住む所を横暴に奪われた直後だと言うのに、クラウドの態度は実に涼しげなものだ。タンスの奥に隠してある貯えを片手に、今日か明日ぐらいには旅に出ればいいや、ぐらいの認識であった。せいぜいの誤算は、もう少しぐらい金を貯めてから出発したかったかな、という程度のものである。取り返しのつかないレベルの迷惑をかけたと顔面蒼白のファインに対し、素からクラウドはたいした問題じゃないよと返している。


「……クラウド、ごめんなさいね。それと、二度も屋根を貸してくれて、本当にありがとう」


 なんだかんだで昨日の朝は、泊めてくれた事に対して丁重に礼を述べていたサニー。それがここにきて、声に実感はこもってあれど、なんと淡白な礼であろうか。胸の内にある、カルムへの怒りをこの場で炸裂させぬよう抑えつつ、果たすべき礼と謝罪だけは言葉に表す、サニーの最低限が形になっている。


「ファイン、行きましょう」


「おい、どこ行くつもりだよ」


 立ち上がったサニーは、クラウドに対して這うように謝っていたファインを見下ろして、低い声で言い放つ。彼女の言葉に問いかけたのは、まさかを意識したクラウドの方だ。


「決まってるじゃない、あのバカ町長に話つけにいくのよ」


 顔を上げたファインまでもが、虫も殺さないような顔立ちに決意を宿し、立ち上がる始末。やめろって、俺はいいから、とクラウドも引き止めるが、二人はとっくに腹を決めている。カルムにこれ以上積極的に関わっても、何一ついいことはないと案じるクラウドだが、ここまで来た以上、これは二人にとって黙って見過ごせる問題ではない。


 玄関の扉を開き、クラウドに一礼して二人が去っていく姿を、クラウドは黙って見送ることしか出来なかった。ま出会って3日目の二人だし、協力してと言われて手を貸した結果、家まで剥奪される結果になったクラウドの立場、案じなければ冷たいとされる謂れはないだろう。ただ、カルムがファイン達を見つけられず、ムカムカすれば面白そうだという理念から手を貸した自分が、無関係な被害者だと言い張る思考は、クラウドも持ち合わせていない。


 一人暮らしの居間で息をつくクラウドは、これからどうしようかと考える。町を出て行くのは確定事項なのでもういい。考え込むのは、今日の行動についてだ。











「どういうことですか?」


「どういうことも何も、法の手続きを踏んだだけですが?」


 町長室に乗り込んで来た二人の少女に、涼しい顔で対応するのはマラキアだ。彼の横で町長の椅子に座るカルムは、昨日と違って上機嫌。憎いファインとサニーの表情が、自らの権力で下した鉄槌によって、目に見えて気を害しているのがわかるからだ。マラキアも、見下す相手にわざと慇懃無礼な敬語を用いて、サニーの怒りを逆撫でするのに一役買っている。


「罪人に加担した罪だと言っても、あんな罰金はあまりにも法外でしょう!」


「それを決めるのは我が町の長。あなた達が決めることではありません」


「だったら私達にそれと同じか、それ以上の罰金を提示する方が先でしょうが! それをすっ飛ばしてクラウドに法外な罰金を要求してる時点で、あなた達の行動は筋が通ってない!」


 主犯がファインとサニーであり、共犯がクラウドという図式が仮にも成立しているのだ。クラウドにあんな罰金を要求するぐらいだったら、二人に対する罰の方が重くなくては理が合わない。怒鳴るように訴えるサニーの言い分は、たとえ自分達の立場をより悪くしてでも、カルムの不当を糾弾するものである。


「そうは言っても、旅人であるあなた達には支払い能力も無ければ、差し押さえるものも無いでしょう? あなた達に本来請求したい罰金を求めないのは、そういった事情からです」


「そうした話を私達に持ちかける前から、真っ先にクラウドの方に矛先を向けてるじゃないの! こういうおかしな段取り組んでおきながら、そんな理屈が通ると思ってるの!?」


「あなた達の所在など、こちらはすぐにわからなかったものでしてね。確かにそう思われるかもしれませんが、旅人とあなた達自身の立場も踏まえれば、理解して貰えると思いますよ」


 流石に周到に策を敷いてきただけあって、マラキアも返す言葉に長けている。思った以上に雑を突いてくるサニーの反論は想定以上のものだったが、それでも法的な話になった場合、なんとか話が通る程度には理論武装してあるマラキアの守備力は硬い。天人の立場を利用して最後は押し切るにしたって、この辺りでも返せる限りは返しておいた方が、話が大きくなってもカルム側の立場は安定する。


「もっとも、あなた達に彼と同じ罰金を請求して、それが来るなら私達としてもそれが最も望ましいのですがね。何なら、彼のぶんの罰金をあなた達が補填してくれたって構わないのですよ?」


「あなた、私達に支払い能力はないだろうって言っておきながら、よくもまあそんな都合のいい口が利けるわね……!」


「あなた達は女性(・・)ですし、覚悟して頂けるならそういう選択肢もあるんですよ? ほら、この町にもいくらか儲けやすい職場(・・・・・・・)はありますし」


 これにはサニーも町長の机を蹴飛ばす寸前だった。向こう何年働くと契約すれば、前払いで多額の金を出してくれる場所もある。文字通り、女の体を売る施設というやつが。そういう施設の紹介をほのめかす態度、人をなんだと思ってるんだと、サニーも今すぐマラキアを殴りたい衝動を抑えるのに必死である。


 若い町娘を鞭で叩きのめそうとしていた町長の邪魔をして、まして怪我をさせたわけですらないのに、そこまでしなきゃ返済できない罰金の請求なんか、正論だと首を縦に振る当事者はどうかしている。昨日、衛士に抵抗したことを公務執行妨害として上乗せしたって、流石にあの額にまでは届くまい。というか、それを罪にカウントしようとしても、あまりに強引かつ理不尽であったのは目撃者の多くが知っているだろうし、あまりそれはマラキアにとっても武器にならない。昨日、サニーが理路整然と状況を説明していたことや、それに対しカルムが稚拙に言い返していたことが、図らずしてあの件を風化させている。


 しかし、無関係であるはずのファインが手を出したという事実だけは、マラキア達の唯一にして最大のカードだ。そんな一事だけで、ここまでの滅茶苦茶を二人やクラウドに吹っ掛けてくるのだから、天人の理不尽な優越は本当にわかりやすく根付いたものだ。今も世界各地では、天人と地人の逆転を実現するために"アトモスの遺志"なる者達が活動しているようだが、こんな時代が何年も続いていては宜なることだと、サニーも感じずにはいられない。


「まあまあ、マラキアよ。あまり女性に対し、下品なことを言うものではないぞ?」


「ふふふ、そうですね。これは私としたことが」


 下品なのは今のお前の卑しい笑い顔だろうと、サニーは喉まで出かかって押さえ込む。だいたいこんな状況を作り上げたのは誰だと、胸ぐらを掴んででも問いただしてやりたい気分だ。


「私としても、昨日の自分の行動は、いささか大人げなかったと反省しておるのだ。君達の無礼な思い立ちには理解も出来るし、許すべきかとも考え始めているのだよ」


 はあ、それを接頭語にしてその次に何が続くんですかと、サニーはカルムを睨みつける目を揺らがさない。大人めいた言葉をつらつら並べるカルムだが、心からそんなことを言えるような奴が、あんな法外な罰金を今日クラウドに吹っ掛けてくるはずがあるまい。


「しかし君達の行動は、天人であり町長である私に対しての横暴である。これを見過ごせば、町の者達にも示しがつかない。何もなく無罪放免、とするのは、心苦しいが私にも出来ないことだ」


 白々しい言動の数々に、今にもサニーは何か怒鳴り返してしまいそうだ。ファインがサニーの裾を握っているからぎりぎり耐えられたが、思ってもいない言葉をしゃあしゃあと吐くカルムの態度には、サニーも握った拳が震え始める寸前だ。


「そう、土下座だな。罰金を課すことが現実的には出来ぬ以上、それぐらいはして貰わねばなるまい」


 これが、"心苦しいが"と言っていた男の吐く言葉だろうか。年下の女二人に、頭を床にこすりつけて謝る姿を強いようとするカルムの言葉には、怒りを通り越してサニーもあきれ果てていた。

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