保健室の声
夜。夕日が沈んですぐのことだ。私は保健室へ向かった。
「……居る?」
「居るぞ」
保健室に入って呼びかけると、男の人の声が返ってくる。カーテンで区切られた二つのベッドの方から聞こえる。私はカーテンをジャッと開けるが、そこに人影はない。私は綺麗に整えられたベッドにパタンと寝ころんだ。
「まぁた、泣いてたのか」
声は言う。
「んー、何回経験しても慣れないよ」
「まぁ慣れたらお前も本格的に人間卒業だぞ。心まで妖になってくれるなよ」
私はその声に頷いた。彼は恐らく七不思議の中で最も精神年齢が高いと思う。私の相談にいつも乗ってくれるのは彼だ。
「人間の心まで手放すつもりはないよ」
私はポツリと言った。寝ころんだまま手を空に伸ばす。
「ならいいが。……で、いつなんだ」
私は、彼の言葉足らずな言葉を嫌というほど理解して、そしてため息をついた。誰かからこの質問が来ることは覚悟していたが、いざ来ると暗い気持ちになる。
「分かってんだろ? 俺らは誰かが語り継がないと存在できないって。もう俺らが生まれて何十年だ? もうそろそろ古い怪談は消える頃だろうよ」
何も言わなかった私に、彼は追い打ちのように言葉をかけてくる。その言葉一つ一つが私の心に突き刺さる。
「……多分、そこまで長くない。もうすぐ集められて消えると思う」
語られない怪談は、消える。特に七不思議は語られて生まれる存在だ。自然と発生するわけではない。語られなければそこで消える。
「おいおい、そこまで自分を責めんなって。いつかこうなっちまうことは分かってたんだからよ」
「でも……」
管理人は、七不思議を守らなければならない。それを私は果たすことができない。
「まぁ、いいんじゃねぇの? 人も妖も何でも、永遠に存在するもんはねぇし。存在する時間が長いか短いかの違いだしな」
声はいつもの調子で淡々と話す。その声に私は幾度救われたことか。
「そう……だね。でも、本当にごめんね。私なんかが管理人になったせいで」
「まぁ、長生きすることがいいってわけでもねぇしなぁ。お前はお前でよく頑張ったと思うよ」
彼には一生頭が上がらないなぁ。本当に感謝の気持ちしかない。
「まぁ、俺らがいなくなるまでよろしくな。管理人さん」
私は頷くだけだった。声を出せば涙が零れそうだったから。お世話になってるからこそ、彼の前では泣きたくない。心配させたくない。
彼の苦笑した気配が伝わる。
「ま、行ってきな。他に仕事あるだろ」
とても優しい声で言われたその言葉に私はまた頷き、保健室を後にした。
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