一年三組の机
僕はずっと昔から、幽霊とかそういうものを見てきた。
そのことを誰かに話し続けると、親にも兄弟にも友達にも気味悪がられちゃって、もう僕の周りには人間の味方なんて居なかった。
「太郎君っ!」
そう、人間の味方は居ない。つまり、人外の味方なら居るんだ。……そっちも多いとは言えないけれど。
「ご飯食べよう?」
教室の空いていたドアから飛び込んできた一人の少女。かなりの速さで、大きな声を出しながら飛び込んできたというのに誰もそちらを見ようとしない。それは、彼女が人じゃないから。本人曰く、彼女は細かく言えば幽霊ではないらしいが同じようなものらしい。
「いいよ、屋上に行く?」
この一年三組の教室は一階にある。この校舎は四階建てなので、屋上まで行くのに階段を上るのは正直しんどい。僕はみんなから無視されるから、友達と外で遊ばないせいもあり、体力があまりないのだ。それでも、屋上に行くのは誰も居ないから。というか、鍵がかかっていて誰も来ることができないからである。
「屋上に行こうっ!」
彼女は来たときと同じ速度で教室を飛び出していく。僕はお弁当と水筒を持ち、一番後ろの窓側にある自分の席を立って、彼女を追いかけていった。それにしても速い、速すぎる。僕は待ってよぉなんて情けない声を出して、急いで走る。
廊下の喧騒を抜け、階段を駆け上がり、彼女はずんずんと進んでいく。僕は走りながら、しかし人にぶつからないよう慎重に彼女のあとをついていった。
階段を登りきった先には固く閉ざされた扉。……なんてものは無く、彼女がもうとっくの昔にそこに着いていて、ドアを開けて笑いながら立っている。
「太郎君、遅いぞぉ」
どういうことかよく分からないが、彼女は学校の管理人で、学校のどの扉も鍵無しに自由に開けられるんだとか。まず僕と同い年に見える人外の彼女が学校の管理人とはどういうことだという気はするが。
「早く食べようよ!」
彼女は屋上の真ん中まで軽やかに駆けていき、そこに座る。僕も彼女の元へ、今度は歩いていく。
二人並んで座り、いっせぇのぉで! という彼女の声で、同時にお弁当のふたを開ける。僕のお弁当箱には卵焼きやら二つの唐揚げやらが綺麗に入っている。対して彼女のお弁当の中は焼き魚やたくあん……これぞまさに日本の弁当だ! とでも主張しているようなお弁当である。
「いっただっきまぁす!」
「いただきます」
僕はまず卵焼きを口に運ぶ。鮮やかな黄色の、お母さんが作ってくれた卵焼きはほんのり甘くておいしい。僕は彼女といつものように雑談しようと思って、しかしふと一つの疑問がわき起こる。
「ねぇ、君は何で名前を教えてくれないの? すごく不便だよ」
僕はおいしそうに焼き魚を頬張る彼女に問う。幽霊でも食事はできるのかな、なんて思うけど、そういえば彼女は幽霊と少し違う存在なんだった。それなら、食べられるかもしれない。
「んー? 私の名前は教えれないなぁ。だって強すぎるもの」
……ちょっと意味が分からない。
「こいつ何言ってんだみたいな顔をしているね? いいだろう、この私が説明してあげよう! ありがたく思いなさい!」
ドヤっと高らかに言う彼女。但し、たくあんを食べながら、である。説明する気は本当にあるのだろうか。
「まぁ、太郎君も私が何をしているか、知るべきだしね。えっと、私が学校の管理人って話はしたよね? ……もぐもぐ」
僕は頷いた。食べながら話すのはどうかと思うが、ここで彼女の機嫌を損ねても得はないので何も言わない。
「学校の管理人っていうのは、扉の鍵の管理……というより正確には扉そのものの管理をするんだよ。太郎君は昔から幽霊を見ていたって話してたよね。幽霊には扉をすり抜けれるやつと、すり抜けれないやつの二種類いなかった? 他にも、扉もないのにある一定の地点からこちらには来ることができないやつとか」
僕は今まで出会った幽霊を思い出す。言われてみれば確かに壁や扉をすり抜けるやつもすり抜けないやつも居た。神社などに入ったら、基本的には幽霊はこちら側には来ることができなかった。
「うんうん、居た」
「死んだらこの世界の壁をちゃんと認識できない幽霊なんてものが出てくるんだ。壁は壁として目に入っているけど、それを障害物と思わないやつとか。そういうものたちは、大抵壁や扉をすり抜けられる。逆に、壁や扉を障害物と認識できるものは無理。ここまでは分かる?」
僕は頷く。こうして幽霊の知識を教えてもらうのも結構ためになる。……世の中、良い幽霊ばかりじゃないから身を守るために敵の知識は少しでも多い方が良い。
「これの逆バージョンが、結界とかだね。人間にとって結界は目に見えないものだから、普通にすり抜けられるけど、私たちにとっては一つの扉なの。さっきは幽霊が壁や扉をちゃんと認識していないときは、壁とか扉を通り抜けられるって言ったけど、結界は無理。結界は言っちゃえば、全体に無数の針が付いてるような扉なんだよ。太郎君は、ドア全体に針が付いている扉を開けることができる? もちろん、ドアノブにも針は付いてるよ」
ドア全体に針……。どこの針地獄の話だろう。
「針を折ったりしない限り、無理……かな」
「だよね。私たち人間以外にとって結界ってそんな感じ。だから、結界を結界と認識していなくても、結界を通ろうとすれば針が刺してくるでしょ? ってわけで、痛くて痛くて通ることなんてできないってわけ。ちなみにその針が、数本程度だったり、すっごく細かったら折ったりして、扉を開けることができるわけじゃん? これがいわゆる、結界を壊すってことで、針の本数とか太さが結界の強さかな」
「ほぉ……」
彼女はいつの間にか弁当を食べ終わっている。僕は話を聞いててほとんど食べていないのに。卵焼き一つと唐揚げ一つ減ったお弁当を僕は少し急いで食べる。のんびりまったり食べていると予鈴が鳴ってしまう。
「まぁ、前置きが長くなっちゃったけど、学校の管理人は結界も含めてこの学校内の全ての扉を管理する役割なんだ。言ってみれば、私自身がマスターキーって感じかな。全部の扉を開けられるし。……で、太郎君の質問は何だったっけ」
話が長すぎて忘れてる……。僕はそのことにそっとため息をついて、最初の質問を繰り返した。
「あ、そうそう。私の名前を教えられないのは何でってことだったね。名前っていうのは、その人を最もよく表す言葉って言わてるんだ。言霊思想ってやつだね。学校の管理人である私の名前を呼ぶと、どうなるか分かるかい?」
学校の管理人を最もよく表す言葉を言うとどうなるか……。僕は考える。これでも成績は悪くない方だと自負している。考えるのは得意だ。
「つまり、君の名前を呼ぶと学校の管理人になれるってこと?」
「惜しいっ、九十九点だね。学校の管理人にはなれないんだなぁ。それでも、管理人とほとんど一緒のことができるだろうね。これで私の名前を呼んじゃ駄目な理由が分かった?」
僕はこくんと頷く。つまり、彼女の名前を利用すると、結界を無効化にしまくったり、扉を開けまくったりできるということか。なるほど、他人に教えたくないのも理解できる。
「ま、こんな話やめよ! デザート持ってきたから、食べようー?」
そういって彼女が取り出したのは、鉄製のプリンカップに入ったプリン。それにしても、お弁当箱しか持っていなかったはずなのに彼女は、このプリンをどこから取り出したのだろう。まぁ、人間じゃないんだし、そのくらいできるか、なんて思い、考えることを放棄した。
僕は二つあったプリンのうちの一つをもらい、しかしお弁当箱の中身をまだ完食していなかったことを思い出し、急いで食べる。彼女はこれまたどこからか取り出したスプーンで美味しそうに黄金色のプリンを口に運んでいる。
「……ね」
「え?」
彼女がボソッと呟いた言葉がよく聞き取れなくて、聞き直す。彼女の方を見ると心なしか表情が暗い。
「ん? 何でもないよ。ほら、はやく食べないと、私がプリンを奪っちゃうぞぉ!」
もう一瞬後にはいつも通り、明るい笑顔の彼女。その笑顔に僕は少し不安を覚え、でもその不安すらすぐ忘れ、僕は彼女につられて笑った。そして彼女にプリンを食べられないように急いで残りのご飯をかきこむ。
「ほーれ、食べちゃうぞぉ。早くしないと食べちゃうぞぉ~」
「もう食べないでよ! 楽しみにしてるんだから」
「それはどうかなぁ。……って、え。太郎君!? ちょっと急いで食べ過ぎ! むせないでぇ、ほら水筒持ってきてるでしょ!?」
今日も賑やかな僕らの頭上には、明るく青い空が広がっていた。
夏のホラー2015に提出させていただく予定の作品です。誤字、脱字、アドバイスなど、ご指摘いただければ泣いて喜びます。
※夏のホラー2015には完結してからじゃないと提出できないため、まだ提出はしてません。