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壁を見据えて、手を繋いで


『ここから先へは進めないよ』


 成長という壁が立ち塞がった。

 成長しないと、この壁が越えられないらしい。

 おかしい。私は完璧な人間のはずなのに。

 何が足りないの?


『何もできない貴方を認めないと成長はできないよ』


 何もできない自分なんていない。

 私はなんでもできる人間だ。

 できない自分なんかとっくの昔に閉じ込めた。


「できない」

「やりたくない」


 そう言う自分を閉じ込める事で、できる自分になろうとしていた。

 できる振りをしていた。

 心では嫌がっているのに、顔は笑顔で、なんでもできる自分を気取っていた。

 できる振りをしていれば、いつかできるようになれると思っていたんだ。

 できる自分に、なろうともしないで。


『貴方は何も考えていないね?』


 言われたことに対して、都合の良い言い訳をして自分を守った。

 自分はちゃんと考えてる。

 何にもできないのに、自尊心だけは高い。

 だって、何でもできる自分のつもりだから。


 ふと、できる振りの自分の仮面が壊れて外れた。

 出てきたのは、情けなく涙を流した、自分の顔。


 でもまだ認めない。

 こんなのは自分じゃないと、壊れた仮面をつけ直す。

 壊れた仮面のまま、笑い続ける。

 誤魔化して、本気で向き合う事を避けた。

 誰も信頼できなかった。


「怖い」


 どうしよう。

 壊れた仮面から 、心の中が漏れていた。


「できない」

「やりたくない」

「貴方を信用できない」


 本音が、相手に伝わってしまった。


『貴方は何もしようとしないね?』


 そんなことない、壊れた仮面が剥がれそう。

 私はできている、壊れた仮面にひびが入る。


『そんなんじゃ成長できないよ』


 壊れた仮面は、跡形もなく崩れて消えた。

 鏡の前で向き合うと、今まで見ようとしなかった自分がいた。

 ようやく向き合った自分の顔は、ぐちゃぐちゃに歪んでいた。


『貴方は私。情けない私』


 違う違うと泣き叫んでた。

 本音を言えずにしまいこんで、弱い自分を閉じ込めた。

 寂しがりの自分を閉じ込めた。

 強い自分になったつもりだった。

 見透かされても誤魔化して、前に進もうとした。

 進める振りをした。

 そうすれば進めると思った。


『ここから先へは進めないよ』


 立ち塞がる成長という壁はいつも迂回した。

 そうしなければ進めなかった。

 越えられないんじゃない。

 できる自分はそんな壁越えなくても、目的地にたどり着くはずなんだ。


 でもいつも、同じ壁がいつの間にか目の前に立ち塞がった。

 見たくない自分がいた。

 見たくない自分はいつも見なかった。

 できる自分でいなくちゃいけなかった。


『誰が決めたの?』


 問い掛けにびくりと肩を震わせる。

 誰だろう、そう決めた誰かがいるはずなんだ。

 誰かがいなくちゃいけないんだ。


『自分でしょう?』


 できる自分でいたかった。

 できない自分なんていないはずだった。

 なんでもできる自分でいたかった。

 できない事なんかあっちゃいけなかった。

 できないなんて言っちゃいけない。


『良いんだよ』


 認められない、できない事が良い訳ない。

 できない自分と向き合うのは、恐いんだ。

 できないって言ったら、価値なんかない。


『大丈夫だよ。顔をあげて?』


 あげられない、恐い。

 そのままただ、長い時間だけがすぎた。

 なんの声もしなくなった。

 恐る恐る、ゆっくりと、顔をあげた。


『やっと見つけた』


 泣き顔の自分が、自分を抱き締める。


『ここからだよ』


 できない自分が、自分を抱き締める。


『できない私を認めて。一緒に行こう』


 できない自分が、自分の手を取った。

 成長という壁を、正面から見据えた。


『大丈夫だよ』


 ここから進めるかは、自分次第だ。

 また迂回するかもしれない。

 乗り越えられるかもしれない。

 迂回したまま、ゴールまで行くかもしれない。


『大丈夫だよ』


 けど、どうしたって、ついてくるらしいから。

 いい加減認めよう。

 自分は、まだまだ成長途中の未完成だ。

 いくつになっても、できない自分がついてくる。

 それなら仕方ない、認めて、一緒に手を繋いで、鼻歌なんか歌いながら、ゴールまで行こうか。


『大丈夫』


 なんの根拠もないんだ。

 何もできないんだ。

 それが、自分なんだ。


 それで、進んでいくんだ。



 end


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