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EX  ソウジロウ特訓

 

ソウジロウ:

「こんにちはー!」にっこにっこ


 ちょうど、おやつの時間でギルドホームに戻ってきたところだった。少し離れた位置から、西風の剣聖・ソウジロウが、なかなか大きな声で挨拶してきた。この距離でも分かるぐらいに笑顔。逆にジンの顔からは表情が消えた。いかにも『面倒が来やがった』という態度に苦笑いしてしまう。


ソウジロウ:

「あれ? 聞こえなかったのかな? 『こんにちはー!』」


 更にボリュームが上がる。逃げられないと思ったのか、とりあえず相手することにしたようだ。


ジン:

「……んだよ、なんか用か?」

ソウジロウ:

「今日は、お願いがあって来ました」キリッ

ジン:

「へー。がんばれ。じゃ、そーいうことで」しゅた


 どういうことなのか分からないが、とりあえず『逃げる』を選択。……ミス、回り込まれた。なかなかの機動力。扉の前に回り込まれたら、中に入れないではないか。


ソウジロウ:

「ボクに、武術を教えてください」

ジン:

「やだ」

ソウジロウ:

「そこを、どうか」

ジン:

「ダ~メ」

ソウジロウ:

「そこを、なんとか!」

ジン:

「だが断る!」

ソウジロウ:

「よろしくお願いします!」


 どうやらYES以外の選択肢はループするらしい。イラっとしたジンが本格的に断るべく動いた。


ジン:

「テンメ、前にも言ったよなぁ? なんで、タダで、技を見せたり、教えたりしなきゃなんねーんだよ! 舐めてんじゃねーぞ、コラぁ?」

ソウジロウ:

「これで、お願いします!」


 さっ、と差し出された金貨袋。しかし受け取らずに尋ねた。


ジン:

「幾ら入ってんだ」

ソウジロウ:

「金貨6000枚、入ってます!」

ジン:

「だー! 強くなろうってのに、たったそれっぽっちか。こんのクソガキャア!」

ソウジロウ:

「だ、だめでしたか!!?」


 そんな醜い争いを演じていると、ガチャりとギルドホームの扉が開いた。


葵:

「まー、まー、落ち着きたまえよ」

ジン:

「……なんの用だ? てか、なんで現れた」

葵:

「殿下が教えてくれた。それはいいやん。……フッフッフ、あたしに考えがある!」

シュウト:

「それ、アイデアがない時のヤツですよね?」

葵:

「シュウくん、お黙り! ……いいかい、ソウジロウくん。お金の話が分かる子を呼んでおいで」

ジン:

「ついでに武術の話が分かりそうなヤツも呼んどけ」

ソウジロウ:

「わかりました!」


 醜い争いは中断となり、ここからしばらく『イッチーさんのおやつタイム』である。ソウジロウにも振る舞われ、「わぁい♪」とか言いながら、みんなでシュークリームを食べた。カスタードと生クリームが入った、いわゆるダブルクリームタイプ。生クリームが大好きなジンも大満足。なんと3つも頬張って食べていた。ちょっと欲張りすぎの気もする。ちなみにイッチーさんは生ソウジロウに握手してもらってギャーギャー叫んでいた。

 そんなこんながあって、ギルド前の広場で待機モードへ。


ナズナ:

「おーい、そーじー! きたぞー」


 現れたのは、ナズナという、クノイチ?みたいな格好の〈神祇官〉と、ドルチェというマッチョな〈吟遊詩人〉。メイクがちょっぴり濃いめの男性?だった。


ジン:

「ほぅ、あの女。なかなかダラしないボディではないか」

シュウト:

「???」


 格好がダラしないのは分かるけれど、ダラしないボディってなんだろう。……謎だ。


葵:

「よぅ、ナズナっち。元気そうじゃんか」

ナズナ:

「あー、あおいさんだー。どーも、こんちゃ~」


 どうやら2人は顔見知りのよう。ナズナの方は、ほんのり赤みが差し、ふわふわ酩酊感な印象。まだ15時過ぎなんですけど……。


ナズナ:

「で、これって何の話すかー?」

葵:

「キミんとこのソウジっちが、うちのジンぷーに、武術をおせーて欲しいんだって~」

ナズナ:

「へー。いいんじゃないですか?」

ジン:

「いっとくが3日で金貨100万枚だからな? それ以上はまからんぞ」

ナズナ:

「ひゃ、ひゃくまん!??」


 途端に酔いが吹き飛ぶナズナ。やっぱりジンに情け容赦はなかった(笑) しかし、その計算だと、僕らは一体幾ら支払わなきゃいけないのだろう? 怖すぎて考えたくもない……。


ナズナ:

「ややや、さすがに金貨で100万枚はむりっしょー」

葵:

「えー?ぜんぜんイケるっしょやー。ファンクラブからひとり幾らで徴収すればいいだけやん」

ナズナ:

「無理・無理・無理・無理!」

葵:

「刷っちゃえよ、ソウジCD刷っちまえよ。なー? 大丈夫だってー。握手券入れときゃ、幾らでも捌けんだべ?(邪悪)」ニヨニヨ

ナズナ:

「100万は、100万はムリですから~(涙)」


 完全に悪ノリ状態でナズナを追い込んでいくウチのギルドマスター。最悪ここに極まる。味方で良かった。ほんっとに味方で良かった。


ナズナ:

「おゆるしをー(涙) 後生ですから、おゆるしをー(涙)」←土下座

葵:

「チッ、んだよっ、だらしねぇーなぁー!(怒)」

ジン:

「無理だったか。しょうがねぇな。……少年、諦めろ」

ソウジロウ:

「ナズナ……」ショボーン

ナズナ:

「うっ」ドキんコ


 しょんぼり子犬モードのソウジロウをみて、ナズナが逆方向に怯んだ。そうした僅かな隙も見逃さず、追撃に移る葵。なんていうか、久しぶりにあった人を殲滅する気まんまんのご様子(苦笑)


葵:

「しょうがないなー。夕飯タイムまでの3時間だけなら、大負けに負けて、金貨30万でいいよ?」

ナズナ:

「30万……?」


 単位時間当たりの価格は上がっている気がしないでもないが、見かけ上は大幅な価格ダウンである。しかし、それでもまだかなりの大金だ。ナズナの脳内では複雑な計算が駆け巡っていることだろう。


ソウジロウ:

「ナズナ、ダメかな……?」きゃるるるる

ナズナ:

「ぐふはぁ!」


 上目遣いのソウジロウに、計算がすべて吹き飛んだご様子。……もう一押し、ぐらいか。


ドルチェ:

「ちょっと、……大丈夫?」

ナズナ:

「30万、30万かー!(懊悩)」

葵:

「おやおやぁ~? ナズナっちは、ソウジっちの強くなったところをみたくないのかにゃ~?」

ナズナ:

「そりゃ観たいっすよ!? だからって……」

葵:

「課金しちゃえよー。ソウジ課金、みたいな?」

ナズナ:

「ソウジ課金て!(涙)」

葵:

「もしソシャゲで、最高レアのソウジっちが手に入るとしたら、課金せんの?」

ナズナ:

「します(断言)」

葵:

「夏のボーナス、いくっしょ?」

ナズナ:

「当然っすよ!」

葵:

「だよねー。ソウジっちの喜ぶ顔、みたいもんねー?」

ナズナ:

「み、みたい……」

葵:

「ちょー感謝してくれるよ。ちゅーぐらいは期待できんじゃん」

ナズナ:

「えー?(嬉) どうしよー。ちょっとだけ、がんばっちゃおっかなー?」

葵:

「うし、決まりだ! 金貨30万枚、おありがとー、ゴザイマァ~ス」


 無事、陥落した。というか本気で相手が悪かったというべきだろう。


ソウジロウ:

「ありがとう、ナズナ!」

ナズナ:

「いいってことよ(涙) ……あとで ちゅー、だかんな?」

ジン:

「じゃあちょっとだけやってやっかー!」←声がデカい

ソウジロウ:

「ナズナ、ごめん、今なにか言った?」

ナズナ:

「うーうん、なんでもなーい(涙)」


 憐れみを覚えるような、でも喜劇的といおうか。

 ここで葵がお役御免のため「またあとで~」ってことで退場。ナズナはかなりホッとした様子。僕らは修行場所を求めて移動することになった。アキバからごく近いところにある開けた場所に決めた。

 

ジン:

「んで、ご希望は?」

ソウジロウ:

「みんなを守れる強さを!」ギンッ

ジン:

「じゃあ、前の続きでいっかぁ。……おまえ、右利き? 左利き? どっちの方がうまく剣を使える?」

ソウジロウ:

「どっちも大丈夫です!」

ジン:

「は? 両手利きってこと?」

ナズナ:

「ソウジはどっちの腕でも器用に受け流すかなぁ~?」

ジン:

「じゃあ、念のため確認すっか。……構えろ」


 何歩か下がると、ボッコボコ棒(低レベルの剣)を構えるジン。


ジン:

「左右交互に攻撃を受けろ。だんだんスピード上げてくからな?」

ソウジロウ:

「わかりました!」


 そうして準備させると、唐突に始まった。


 ゴッ!


ソウジロウ:

「くっ!」


 風を切り裂く苛烈な一撃。それを辛うじて受け止めるソウジロウ。


ドルチェ:

「あらま!」

ナズナ:

「って、いきなり全力じゃん!」


 それはどうかな?と思いつつ、視線をジン達へと戻す。


ジン:

「無理せずに口伝を使え。ここはただの確認作業だからな。……次、左」


 左……、右……、左……、右……、と繰り返し攻撃していく。斬撃と斬撃の間隔があるから慌てる必要こそないが、だとしても、油断できる攻撃速度ではない。


ジン:

「テンポアップするぞー。はい、左、そら、右!」


 左、右、左、右。ギリギリで追従し、受け流していくソウジロウ。


ジン:

「次、テンポはまた落として、攻撃をスピードアップさせるぞ」

ソウジロウ:

「っ! 少し、待ってください」


 たまらず、口伝『天眼通』を発動するソウジロウだった。まぁ、そうなるよね。


ジン:

「目つきワリーな。……行くぞ、オラ」

ソウジロウ:

「お願いします!」


 更に速度や鋭さを増した斬撃がソウジロウを襲う。火花を散らしつつも、どうにか受け止めてみせた。……思った以上に、やる。


ナズナ:

「う、うっそだぁ」

ドルチェ:

「あらあら、まぁまぁ……」


 見学の西風2人組は凍り付いていた。ここからもう1段、更にもう1段と速度が上がったところで受けきれなくなった。切り裂かれたダメージで出血。剣の攻撃力が低いので大したことはない。しかし、止まらなかった。テンポを守るように攻撃を淡々と繰り返すジン。2撃、3撃と切り刻まれていくソウジロウ。


ジン:

「よし、ここまでだ」

ソウジロウ:

「ありがとう、ござい、ました」ゼッ、ゼッ、ゼッ、ゼッ

ジン:

「なんで防御側のテメェが(あえ)いでんだ。息 詰めてんじゃねーよ」

ソウジロウ:

「すみません!」ぜぇ、ぜぇ

ジン:

「……おい。ボサっとすんな、回復!」

ナズナ:

「ソウジ!」


 3時間ぽっちで金貨30万枚相当の成果を出すのは厳しい。最初に少し実力を見せ、やりやすくしたのだろう。圧倒的な実力を前にすれば、大抵の人間は黙るしかなくなる。

 実際、いまのジンは片手でも〈天雷〉を繰り出せる。余力を残しているのは僕の目には明らかだった。


ジン:

「かなり良いな。本当にどっちの腕も同じぐらい使えてやがる。そんなヤツ、滅多にいないんだがなー」

ソウジロウ:

「ありがとうございます!」

ジン:

「厳しい攻撃、特にここぞって時は得意な側の腕で受けるように教えるつもりでいたんだが、これなら不自然な動きを入れなくて済むな。ロスも小さくて済むだろう」


 そうして考えると、かなりのアドバンテージだ。罠にも使えそうな気がする。


ジン:

「今の確認作業でも分かったことが幾つかあるだろ」

ドルチェ:

「かなりの速度でも、受け流すこと自体は出来ているってことね」

ソウジロウ:

「そう言われるとそうかも。必死だったから……」

ジン:

「だろうな。構え、いわゆる防御姿勢ができていれば、かなりの速度でも攻撃を捌くことができる。逆に、防御姿勢が出来てなければ、防げない割合が跳ね上がる。そして口伝で斬撃の予測線が見えていても、必ずしも受け流せる訳じゃない。……これらの事実から出発し、論理的に周辺の要素を補強してやることが肝心だ」


 堅牢というのか、頑強というのか、さながら鋼鉄が隙間なくがっちりと噛み合ったような印象。抜け道を許さない徹底性もまた、ジンの本質である。


ジン:

「じゃあ、今のを踏まえて、今度は実戦形式でどのくらい使えるか観てみよう」

ナズナ:

「あえ? いま確認したばっかじゃ?」

ジン:

「訓練と実戦じゃ大違いだぞ」

ソウジロウ:

「大丈夫。……いけます!」


 ボッコボコ棒を構え直すジン。ぐぐっと立ち上がるソウジロウ。それを見て、心に沸き立つものを感じていた。


シュウト:

「ジンさん」

ジン:

「ん、どうした」

シュウト:

「僕が()ります。いいですよね?」

ジン:

「おまえ……」


 ジンからの視線に『大丈夫です、僕は勝てます』と視線で返しておく。


ジン:

「まさか、一口乗って、俺の金を巻き上げようって魂胆か?」

シュウト:

「そんなこと考えてません!(笑)」


 ズルッとずっこけそうになるのを堪え、どうにかこうにか言い返す。

 

ジン:

「なんだよ、じゃあタダ働きしようってのか?」

シュウト:

「えっと、少しはお役に立とうかと……」


 言っててこっちが恥ずかしくなってきた。


ジン:

「おまえ、いいやつダナー」

シュウト:

「…………」


 愕然とした。果たして、今までどう思われていたのだろう。orz


ジン:

「じゃあ、そうだな。シュウトは弓の使用とアサシネイトを禁止。少年は木霊返しをオフにしとけ。HPゲージが赤になるまでな。つまんなかったら途中で止めるぞ」

シュウト&ソウジロウ:

「「はい!」」


 セットアップを急ぐ。身体各所のチェック。軽く跳ねながら、肩の力を抜き、手を握ったり・開いたりしておく。ヒザのロックも解除。精神3力をチェック、熱力、鋭力、静力。ハイ・コンセントレーション、OK。エンジョイ、リラックス。ハイ・リラクゼーション、OK。


シュウト:

(よし、楽しんでいこう……!)ゴウッ


 油断なく身構えるソウジロウに、殺意の一瞥を送る。『僕は、強いぞ』のメッセージだ。


ドルチェ:

「あの男の子もすっごくカワイイわねぇ。ドキドキしちゃう!」

ナズナ:

「お、しらんの?」

ドルチェ:

「なにかしら」

ナズナ:

「彼だよ、アキバで最初にレベル100に到達したっていう〈暗殺者〉(アサシン)。アタッカーでは断トツの最強候補。〈カトレヤ〉のシュウト。別名、〈最上位〉(ハイエスト)、シュウト」

ドルチェ:

「あらあらあら、ソウちゃん大丈夫かしら……?」

ナズナ:

「流石に、きびしーだろうねぇ(苦笑)」

ドルチェ:

「ところで、さっきの超おっかない女の人はだぁれ?」

ナズナ:

「あおいさん? あっちはもっとやばい。アキバの女裏番長のひと~」きひひ


 すんごい噂だなーとか思いつつ聞き流す。とはいえ、女裏番長を知ってて、最強を知らないんじゃ片手落ちもいいとこだ。


ジン:

「よーし、はじめ!」


 相手の様子を見つつ、戦闘を組立てて行かなければならない。相手の口伝の能力は分かっている。それを考えると中途半端な距離で戦っても無駄。そしてこちらも弓を封じられている以上、接近戦、もっと言えば超接近戦が活路になるだろう。……では、どうやって間合いに入り込むか? このあたりが中心的な課題になるはずだ。


シュウト:

(まぁ、そういうの得意なんだけど)


 ソウジロウから攻めてくる気配が見えない。であれば、こちらから前に出るまで。基本は相手が前に出している足の側に回り込みつつ、距離を詰めていく。彼は左足前の構えなので、こちらは右手側へ回り込んでいく。こうすると相手の背中側へ移動する形になるため、向こうは早い段階でポジションを修正する必要が出てくる。


シュウト:

「フッ!」


 相手がこちらに向き直るのに併せて、瞬間的に強く踏み込む。いわゆる『踏み込みフェイント』だ。ちょっとした駆け引き用の小技。しかし、ソウジロウはこれで強く刀を握り締めた。減点1。自分からゆるみ度を下げてくれた。この分だと少し揺さぶりを掛ければ、歯を食いしばったり、必要以上に身体に力を入れたりしてくれそうだ。ゆるみ度が下がれば下がるほど、相手の反応も、動きも、鈍くなる。

 もう一度、回り込みつつ、同じことを繰り返す。しかし、3回目は相手が踏み換える寸前に突撃を掛けた。


ソウジロウ:

「っ!」

 

 ソウジロウは同じことの繰り返しを期待したのだろう。目論見通り、こちらへの対処の前に踏み換えを行った。テンポが僅かにズレたため、こちらが微妙に有利。


シュウト:

(さぁ、前回のおさらいだ!)


 相手の能力は斬撃の予測線をみるというもの。それを分かっている状態で戦闘するのであれば、当然、『予測線をどこで出すか?』というレイヤーまで含めた『メタ戦闘』になる。体当たりするつもりで接近し、武器を振るう気が無ければ、ここで予測線は発生しないはずだ。


 僕はあのクリスマスの夜から、ソウジロウと戦うことも考えていた。そもそも純粋な未来予知として予測線が見えるということは考えにくい。もっと現実的には、特技やオートアタックの命中補正や誘導補正、追尾補正が『線形』で処理されていて、それにアクセスするような能力だろう。動きの素早さや、ダメージ量を度外視していいのであれば、オートアタックを解除しての攻撃もアリかもしれない。

(ただしオートアタックによる『戦闘状態』を解除してしまうと、こちらのダメージが2~3倍に跳ね上がってしまうため、あまり現実的な方法ではない)


ソウジロウ:

「クッ!」


 予測線なしの攻防を嫌ったのか、バックジャンプで仕切り直しを選んだソウジロウだった。相手のバックジャンプに刺激され、苦い思い出が甦る。タクトのヤツに1撃喰らったせいで、あのあと調子に乗らせてしまった。そんなことはどうでもいいけれど、どうせなので苦い思い出をお裾分けしようと決める。

 スピードは使いこなしてなんぼ。ここで惜しまずに最高速を披露する。感触のなかった空気が、風へ、そして風圧の壁に変わった。どうにか着地寸前の、相手の眼前へと滑り込めた。体勢不十分なところに攻撃をまとめて叩き込んでいく。ダメージエフェクトが連続して弾けた。


シュウト:

(ここで仕留める!)


 この不利を振り払うため、大振りの攻撃が来るだろうと予感する。(しか)してやってきた大振りを最小の動きで躱し、身体を跳ね上げた。左腕で彼の肩をはたき体幹をひねる助けにする。太股で首を挟むようにしてヒザで相手の肩に着地。技後硬直がとけたソウジロウの喉元に向けて、右手の武器を……


ジン:

「ストーップ! 終わりだ! ヤメ、ヤメ!」


 ジンのストップが掛かり、攻撃を中止。ソウジロウの肩から滑り落ちるようにして、地に降り立った。


ジン:

「シュウト! このドアホウ! 何がお役に立ちますだコラァ!」


 ビクッとなって首を竦める。なんで怒られているのか、まだ分からなかった。もしかして、勝ったらダメだったのだろうか……?


ジン:

「がっつり対策かまして、準備万端じゃねーか。このバカ、テメーが戦りたかっただけだろうが。お前の訓練してんじゃねーんだぞ!」


 言われてみると、レベルはこっちが上だし、相手の口伝の情報も得ていて、対策もチマチマと練ってあった。3時間しかない訓練時間中に、自分のエゴ丸出しで勝ちに行ったのは、流石にちょっとマズかったかもしれない……。いや、結構ダメなことやっちゃってたかも。


ジン:

「今のは犬に噛まれたと思って忘れてくれ。……すまん」

ソウジロウ:

「いえ、大丈夫ですから」


 ジンが頭を下げているのを見て、(ようや)く恥ずかしさがこみ上げてきた。


ジン:

「ウチのノラ、まだ躾が行き届いてなくて。……お前も頭を下げろ」

シュウト:

「すみませんでした」


 ノラ犬扱いはけっこうショックだったけど、そんなことよりもジンに恥をかかせてしまったことのダメージが大きい。何をやっているんだろう、僕は……。


ソウジロウ:

「もう大丈夫です。それより、対策、してたんですか?」

シュウト:

「えっと。クリスマスの夜、僕もあの場にいたので……」

ソウジロウ:

「それはハッキリと覚えています」

シュウト:

「〈天眼通〉の話も、一緒に聞いていましたし……」


 だが、向こうも戦士だ。一流の戦士を相手に「やり過ぎてスミマセン」とか言えるわけがない。苦しいけれど、言葉尻を濁して誤魔化すしかやりようがなかった。


ナズナ:

「いくら対策してたからって、ウチのソウジが完封されるって」

ドルチェ:

「カワイイ顔して、アッチもスゴいのね!」


 真剣な顔で独白するソウジロウ。


ソウジロウ:

「正直、バレても平気だろうと思っていました」

ジン:

「実際、割と平気そうな内容だしな。しかし、コイツ程度の腕があれば、きっちり対策して潰すぐらいはそう難しくはない。……やり方は良くなかったけど」

シュウト:

「すみません……」


 形だけ神妙な顔をしておいた。目的と役割は十分に果たしている。怒られはしたけれど、これ以上のお咎めはないことも分かっていた。ソウジロウに現状を理解させるという仕事をキッチリこなしたし、完璧に勝ったからだ。(勝ったとしても、苦戦だと間違いなくネチネチ言われ続ける)


 僕個人としては、ジンの代わりにソウジロウに反感をもたれることが目的だったりする。いくら指導目的でも、ボコ殴りにされ、負けっぱなしで、相手に反感も抱かずにいられるほど、戦士は気楽な職業ではない。腹の底で怒り狂い、コンチクショウと思っていたら、相手の言葉など耳に、もっと深く『心にまで』なんか届くはずがない。……たまたま、そういうヤツを一匹、見知っていたこともある。

 身も心も屈服し、心酔するっていうのも時には悪くないだろう。でも、そういうのはもう定員をオーバーしている。


ジン:

「ついでだ。お前の考えてた対策ってのを言ってみろ」

シュウト:

「はい。具体的には『体当たり』と『超接近戦』です」

ドルチェ:

「どっちも近接戦闘ってことみたいだけど?」

シュウト:

「そうですね。そもそも、足を止めて相手と殴り合う場合、天眼通は最強クラスの防御技でしょう。何しろ斬撃の予測線が見えているわけですから」

ナズナ:

「だよね」

シュウト:

「ジンさんはこれを『棒振り』と呼んでいました。その上で、武術はただの棒振りじゃないと言っています。つまり重要なのは、相手の攻撃ポイントを予測すること、ですよね?」

ジン:

「FSSだな」

シュウト:

「FSS?」


 何かの略称みたいだけど、まるで分からなかった。


ジン:

「中途半端な理解だが、それはいい。こっちに同意を求めてないで最後まで言ってみろ」

シュウト:

「はい。逆に僕のような攻め手からすると、攻撃ポイントを誤魔化すことが必要になります。ですが、たとえ誤魔化したとしても、予測線を見せてしまったら、防がれてしまうでしょう」

ナズナ:

「ほんほん」

シュウト:

「ということは、予測線をどこで発生させるか?みたいな勝負になるハズなんです」

ドルチェ:

「だから体当たりなのね?」

シュウト:

「はい」

ソウジロウ:

「えっと、……どういうこと?」

ナズナ:

「あとで説明してやるよ」

シュウト:

「もう一つは、予測線を極限まで見えにくくすること。でも、距離が離れていて、こっちを見ていたら、どうやっても見えてしまう」

ドルチェ:

「べったり張り付いたり、背中側や脇の下なんかからの攻撃なら、見えたとしてもかなり見えにくいってことね?」

シュウト:

「そうです」

ソウジロウ:

「ナズナ、どういうこと?」

ナズナ:

「だから後で教えてやるって~」


 やっぱりよく分かっていない様子。これだと説明するのが面倒なので、理解して覚えて帰る役を連れてこさせたのだろう。


ジン:

「簡単に言えばだ、見えるモン見てもしょうがねぇだろ、ってこった。予測線は見えるんだろ?」

ソウジロウ:

「はい」

ジン:

「だったらそっちは見えるんだから、わざわざ見なくていい。もっと見えないものをよく見とけっつーことだ。つまり、相手の位置や自分との距離、移動ルートなんかをよく見て、どこから攻撃してくんのか、把握しとくんだよ」

ソウジロウ:

「なるほど! よくわかりました」にっこー


 ものすごーく、不安になるような返事だった。脳天気で底抜けに明るいのは美徳なんだろう、たぶん……。


ナズナ:

「これって……」

ドルチェ:

「口伝の『使いこなし』ね」フフフ


 ここからジンによる本格的な指導が始まった。


ジン:

「ここから3つの段階で訓練していく。まず、間合いの取り方だ」


 これは簡単で、1歩下がるだけ……だと思ったら、全然ちがっていた。


ジン:

「間合いの調整は比較的難しい技術だな。ちゃんと1歩下がる以外に、ちょっとだけ下がる、ちゃんと下がったように見せかけて、ちょっとしか下がっていない、下がっていないように見せて、実は下がっている、など工夫する必要がある」


 動作自体は簡単だが、その都度、どれを選ぶべきかは難しい。


ジン:

「それは適切な間合いとは何処か?という問題が入ってくるからだ。これは3段目の訓練の後で、またこのレベルに戻ってくる必要がある。目安になる考え方は幾つかあるんだが、たとえば『相手に気分良く振らせる』とかな」

シュウト:

「えっ?」

ナズナ:

「んー?」

ジン:

「変なこと言ってるように聞こえるか? だが、これも防御のコツのひとつなんだ。たとえば間合いが遠すぎる場合。こっちはミスらせたいんだから、それが正解のように思える。しかし、相手は空振りしそうだと思って、気分よく振れない。だから、もう何歩か踏み込んでくるかもしれない。または中途半端な攻撃になることで、軌道が狂って変な攻撃になる場合もある」

ソウジロウ:

「相手の攻撃の軌道が狂うと、受け流しは難しくなります」

シュウト:

「そっか。野球でいうと、イレギュラー・バウンドは防いだ方がやりやすいってことですね」

ナズナ:

「お! それすっごい分かりやすい」

ジン:

「まぁ、気分良く振らせてホームランやタイムリーツーベースとか打たれてたらダメなんだけどな」

シュウト:

「ですよね(苦笑)」


 野球で譬えて考えるのは、やはり有効な気がする。うんうん。


ジン:

「特技アイコンを連打してるような奴なら、攻撃の軌道が狂うことはないし、苦戦もしないだろう。しかし俺たちのように特技を手動入力していると、判断時間がそれだけ延びるから、イレギュラーを起こしやすい」

ドルチェ:

「特技の発動失敗!ならいいけど、予想しなかったような行動になっちゃったらイヤーン!ってことよね~」


 何か嬉しそうに腰をクネクネさせている。そしてそれをブン殴るのを必死にこらえているジンだった。オカマ嫌いの人なので、ドルチェがジンに色目を使わないことを祈るしかない。そんなことをしたらまず命はないだろう。……かといって、僕の方にも来て欲しくない。ノーサンキューである。


ジン:

「えーっと。そうそう、日本刀を使っての防御は、『受け太刀をしないこと』ってのは有名だから聞いたことがあるだろう。〈エルダー・テイル〉だと滅多なことじゃ武器は折れないから、そこまで気にしなくてもいい内容だな」

シュウト:

「一応、お願いしたいんですが……」

ジン:

「お前の訓練じゃねーって言ってんだろうが(怒)」

ソウジロウ:

「ぼ、ボクからもお願いします!」


 ソウジロウがすんごい良い人で助かった。


ジン:

「やれやれ。受け太刀ってのは、『対抗的操法』に分類される。攻撃の運動ベクトルと真っ向から『対抗』してしまうから、対抗的操法という。シュウト、武器で受けろ」

シュウト:

「はい!」


 とっさに腰の銀鞘の短剣で防御。ギリギリでジンの斬撃に間に合った。


ジン:

「こうして十字形に組み合わさるのが、受け太刀だ」

ナズナ:

「へー」


 ジンのボッコボコ棒と、僕の短剣が十字に組み合わさっていた。剣の厚みの関係で、一文字形で組み合わさることはないだろうから、形の悪いX字形とか、十文字形になるってことだろう。


ジン:

「続けて親和的操法な。シュウト、攻撃してこい」

シュウト:

「いきます!」


 短剣だけどいいのかなー?とちょっと思ったけれど、どうせ平気に決まっているので連続で攻撃を繰り出していった。どんどん加速させていくが、まったく当たる気配はない。


ジン:

「こうしてベクトルをズラしながら受け流すのが親和的操法だ。基本は……」

ナズナ:

「速い!速い!速い!」

ソウジロウ:

「凄い……!」


 どさくさに紛れて一撃ぐらい入れようと思ったのだけど、やっぱりダメだった。くっそー、残念。でもちょっと嬉しかったりした。ジンを他人に自慢したい気持ちが少しだけ満たされたからだ。


ジン:

「基本は、内内、外外。内側に来たものは内側へ、外側に切り抜けるものは、外側へ逸らしてやること。内を外に、外を内に、とすると対抗、つまり受け太刀になってしまう。こういうのは低速から慣らしていって、考えないで出来るようにならないと意味がないものだ。……そうだな、コツは、腕だけでどうにかしようとしないこと。左右にポジションを調整しながら受け流すといいんじゃねーかな。

 しかし、この世界だとモンスターとも戦うから、親和的操法にこだわっている場合じゃない。噛みつきに来た相手の顔面に盾をブチかますのなんかは定番だしな。正解は状況に応じて変化する」

ソウジロウ:

「わかりました!」


 基本はわかったような気がするけど、できるようになるかは別の問題だ。レオンの攻撃を受け流せなくてピンチになったのを鮮明に思い出す。……またゴブリンに訓練相手になってもらわなきゃ。


 ショートソードに持ち替え、しばらくソウジロウの訓練相手としてゆっくり攻撃しながら、親和的操法を確認していった。


ジン:

「それから受け流しのポイントは『決めに来た一撃』を選ぶことにある」

シュウト:

「大技ってことですか?」

ジン:

「うーんと、剣道経験者に喧嘩売りたくはないんだが、剣道だとポコンと当たればいいだけだから、受け流しが通用しないんだよ」

ドルチェ:

「全部、牽制してるようなモンってことね」

ジン:

「ああ。こっちの世界だとダメージで生き死にが決まるから、組立てで出してくる繋ぎの技だけじゃなくて、ダメージ奪いにくる強い一撃がある。それを受け流すと、相手を大きく崩すことができる。 とかいって、コンボ系の大技だったりすると、受け流しでは捌き切れない場合もあんだけどさー(苦笑)」

ソウジロウ:

「わかります(苦笑) そういう時は、むしろ防御特技ですよね」

ジン:

「そうそう、タンクあるあるっていう(笑)」


 ゲームと武術が融合しているため、独特の難しさがあるようだ。


ジン:

「こうした『深い受け流し』はその分だけ難易度が上がるから、トレードオフになるだろう。狙えそうなところでだけ狙っていくといい」


 ソウジロウはトレードオフでつまったらしい。ここではハイリスク・ハイリターンの意味で言っていると思われる。深い受け流しに成功すれば、反撃確定の大チャンス。しかし、難しいことを狙って、失敗すると大ダメージになってしまう。


ジン:

「次、第2段階。間合いの作り方。基本的にはこっから内側には入れない!ってラインを決めることなんだけども、さっきも言ったんだが、間合いを大きくとるのは良くない」

シュウト:

「やっぱりダメなんですか……?」

ジン:

「何より、こっちの攻撃や反撃が出来なくなる。それから武器の長さ勝負になってしまいやすい」

ナズナ:

「あー、そっか」

ジン:

「モンスターだとナチュラルにサイズがデカい場合もあるからな。武器で攻撃されるのはおっかないから、なるべく遠い間合いで戦いたい!って気持ちは分かるんだが、武器を長くするのはオススメできない。なによりも、自分の間合いを決める時、特に重要なのが『こちらからの攻撃』なんだ」

シュウト:

「防御の訓練なのに、攻撃が重要なんですか?」

ジン:

「当たり前だろ。守備100%の相手なんて、ただのサンドバックだ。ただし〈大規模戦闘〉(レイド)でタンクやる場合はこの限りじゃないんだけどなー(苦笑)」


 反撃が強烈なレイドボスの場合、シャウトや剣閃のような遠隔攻撃でヘイトを確保し、近寄らないで対処するケースもあるからだ。

 ……ケイオス・ロードは本当に強かった。

 

ジン:

「攻撃にも問題がある。現実の武術とは違って、ゲーム的な側面と巧く付き合っていかなきゃならないからな。どんなに楽勝で防げる攻撃だろうと、技後硬直中だったら喰らうしかない」

ソウジロウ:

「ですね(苦笑)」

ジン:

「俺は〈武士〉の特技構成だのに詳しい訳じゃないんで、その辺は自分で工夫してくれ。まぁ、思い切って仲間にフォローしてもらうってのも正解のひとつだけどな。そうして工夫することが、ソロプレイからパーティープレイへの変化になっていく。ソロじゃ隙が大きすぎて使えない技とかも、仲間がいれば強力な武器に変わるだろう」

ナズナ:

「そこ重要。テストに出るやつだね」

ソウジロウ:

「……肝に、銘じます」

ジン:

「ま、仲間にも頼れってことだな」


 それを言ってる本人がソロプレイヤーなんですけど(苦笑) 技後硬直のデカい特技とか大嫌いな人なんだよなー。……少しは頼ってくれているんだろうか。


ジン:

「普段は発生が速く、技後硬直の短い攻撃を使うことで、防御が難しい距離に入れないようにすることが大事だ。ただし、HPがあれば一発喰らうの覚悟で間合いを詰めるような戦法が可能になるから、常に注意は必要だぞ」

ソウジロウ:

「そういう場合はどうすれば?」

ジン:

「体当たりで攻撃に必要な距離を潰したり、ここばかりは間合いを大きく取るなりして、迷わせたいところだ。しかし仲間を守ることが目的なら、あまり下がれないだろう。戦闘状況に応じて行動は変化さぜるを得ない」

ソウジロウ:

「やっぱり、単純に下がってはダメなんですよね……」


 ごく弱い力でジンが相手をし、ソウジロウに様々な指摘をしていった。盾で牽制の攻撃を押し潰しつつ、踏み込んでいく重戦士的な戦い方や、連続攻撃を中心とした技と速度の軽戦士の戦い方などを器用に取り替えながらの指導である。種類の違う圧で翻弄し続けていた。


ジン:

「間合いを作るためには、間合いを作らなきゃならん。それには下がるだけではダメだ。しっかり前に出ることも重要。相手が使える距離を潰すのも大切なことだ。相手にアソビを与えるな!」

ソウジロウ:

「はい!」


 アソビや余裕を与えないことで、攻撃のタイミングを限定する効果も生まれる。そうすると、相手の選択肢を限定しつつ、同時に気分良く振らせることが可能になってくる。その結果、60~70点の攻撃を相手に行わせ、こちらは易々と防御できるようになって、攻守交代という展開が望めるようになる。攻撃は最大の防御というが、防御とは攻撃の手段でもあった。


ジン:

「見切りに関して言うと、『武器の見切り』と『距離の見切り』とがある。日本人ボクサーの井岡ってチャンピオンは、やたら防御が巧くて顔を腫らさないので有名なんだが、その防御のコツは『距離の見切り』にあった。いろいろ調べてみたら、相手との距離感に敏感なのが分かったんだ。

 こっちの世界だと相手によって得物の長さが変わるから、武器の見切りにばかり注意が行ってしまうが、本当に防御が巧いヤツは、相手との『距離の見切り』を重視していると思っていい」

ドルチェ:

「そういうことなら、切っ先がかすめる程度の攻撃は、装備で受け止めてしまってもいいかも?」

ナズナ:

「障壁もあるからな!」

ソウジロウ:

「そうですね」


ジン:

「間合いは、自分が踏み込んで攻撃できる距離も関係してくる。この攻撃距離が伸びるほど、防御にも有利に働く。相手はこちらに攻撃される危険に晒されながら、攻撃をしかけなければならない。……まぁ、実際に攻撃する必要はないんだがな」


 途端にジンの殺気が膨らむ。攻撃フェイントや気による牽制まで含めて、攻撃ということだろう。


ジン:

「では、第3段階。相手の攻撃をコントロールすること」

ソウジロウ:

「そんなことが、可能なんですか?」

ジン:

「可能も何も、すべてそのための訓練だ。時間はタイミング、空間は距離、距離感、そして心理……。『攻撃ポイントの予測』では受動的にすぎる。攻撃ポイント、タイミングを相手の自由にさせたら、予測できたとしても防御は間に合わない。

 攻撃側は防御側をコントロールしようとする。防御側は攻撃側をコントロールしようとする。その交差、瞬間的な立ち替わりの連続が戦闘ってもんだ」


 やって見せた方が早いということで、ジンが相手することに。


ジン:

「一発でいいから、当ててみな?」


 激しく攻めて掛かるソウジロウ相手に、スルスルと後退しつつ、円を描いて移動していく。


ジン:

「シュウト、お前も入れ。それと、こっちからも行くぞ?」


 足への攻撃をソウジロウがジャンプして回避。そのタイミングで割って入る。2人掛かりでも1撃入れられるかどうか。即席のコンビネーションが難しいのはよく知っていた。主導権を明確にするべきだろう。


シュウト:

「サポートに回ります」

ソウジロウ:

「お願いしますっ!」


 側背面へと回り込む。ミニマップが使えるジンには、背後からの攻撃というだけで通用することはない。それにしたって腕は2本しかないのだから、まったくやりようがない程ではないはずだ。ソウジロウの攻撃終わりのタイミングを見計って斬撃を送る。味方の隙を潰してジンの手数を奪う作戦だ。


ジン:

「エグい攻めができるようになったな。お前、性格 歪んだか?」

シュウト:

「近くにいる人たちが邪悪なので」

ジン:

「フフン。生意気っ!」


 飛んできた剣閃、〈パルス・ブレード〉に斬撃を当てて相殺する。

 足運び、視線、身体の向き、盾の位置、それぞれに意味があって、こちらの攻撃が制限される。ジンが移動することで、こちらの攻撃ポイントがコントロールされる。時間支配、距離支配、誤誘導、連携阻止のオンパレード。理解できるようになった分だけ、自分の実力が足枷に加わっているのを感じる。何もわからないまま突っ込んで行けた時期より、少しでもマシになっていると思いたかった。一撃も入れられないまま、ただ時間だけが経過していった。

 ソウジロウの視線や態度は何かを待っている『それ』だった。打ち合わせ無しの即興で、連携ができるかどうか。ソウジロウの作る『波』を捉えられるように、更に身体をゆるめて待つ。


ジン:

「〈パルス・ブレード〉!」

ソウジロウ:

「ここだ!」


 全力で突撃し、全身で剣閃を受け止めて打ち消しにいった。その意図を察し、一瞬だけ後から突撃をかける。ジンの特技を自ら喰らったソウジロウが叫んだ。


ソウジロウ:

「今です!」


 パルス・ブレードの大きめの技後硬直を狙った、即興の連携攻撃。攻撃役を譲ってもらったのだから、このチャンスを逃すわけには行かない。〈暗殺者〉最速の攻撃、アサシネイトを入力する。だがその瞬間、パルス・ブレードを撃ち終えたジンの腕がまだ動いているのを、目の端で確かに捉えていた。


シュウト:

「!?」


 信じられないものを見た。〈アサシネイト〉を入力し、システム・アシストに身をゆだねた直後、もう一本の剣閃に攻撃され、吹き飛ばされていた。2連続のパルスブレードだなんて、聞いたことがない。システム的にも不可能な芸当だろう。技後硬直どころか、再使用規制まで無視しているではないか。


ソウジロウ:

「そんなっ……!?」

ナズナ:

「ちょっ、どうなってんの?」

ドルチェ:

「パルスブレードでの連続攻撃。そんなことあり得ない!」


ジン:

「パルスブレード(クロス)。 またの名を『剣閃十文字斬り』。我が秘術、しかと味わったか!」わっはっはっは


 見せびらかしたかったのだろう。大成功でゴキゲンだった。


シュウト:

「また、新技ですか……?」

ジン:

「んだよ、アキバ通信に公開したやつだぞ。知らないのか? おまえら揃って勉強不足だなぁ」

シュウト:

「そ、それって、口伝を公開しちゃったんですか? そんなの聞いたことがありません。前代未聞ですよ!」

ジン:

「うっせーよ。そっちの方が面白いだろ?」ガハハハ


ソウジロウ:

「今の、まさか……!?」

ドルチェ:

「その、まさかね」

ナズナ:

「なに、何のこと?」

ドルチェ:

「パルス・ブレードを囮にしたのよ。今の連携そのものがコントロールされた結果なんだわ」

ソウジロウ:

「狙われていた……?」

ジン:

「正解♪」


 冬の日が落ちるのは早い。夕暮れとともに訓練は終了の流れだった。


ジン:

「さすがに1日じゃこのぐらいが限度だよなぁ~(悩)」

シュウト:

「30万には足りない感じですか?」

ジン:

「そうじゃねーけど……」


 金貨30万枚では足りないような濃密な時間だったのは間違いない。そこから何を学び取れるかは、ソウジロウ自身の問題の気もする。


ジン:

「ところで少年」

ソウジロウ:

「なんでしょう?」

ジン:

「ひとつ気になったことなんだが、お前の口伝って、自分の予測線は見えるのか?」

ソウジロウ:

「え? いえ……」

ジン:

「そうか。いや、いい。忘れてくれ」

シュウト:

「どうしたんですか?」

ジン:

「んー、攻防一体にできるかと思ったんだがな……」


 そうしてギルドホームの前まで戻ってきた。解散の前、出迎えに葵が現れた。


葵:

「お疲れ~。どうだった?」

ソウジロウ:

「たくさん教えていただきました!」

ナズナ:

「しんじらんないもんをいくつもみたよね?」

ドルチェ:

「こんなこと、言ったって誰も信じないでしょうねぇ(苦笑)」

葵:

「ジンぷー、まんぞくした?」

ジン:

「んー、微妙」

葵:

「りょうかーい♪」


 てくてく、とナズナの元へと歩いていく我らがギルドマスター。


葵:

「ナズナっち、ここで終わっていいのかにゃ?」

ナズナ:

「へっ? もう十分なんじゃ。約束の夕方だし……」

葵:

「でも3日コースの1日目の分なんだよねー。また別の日にする?」

ナズナ:

「えっとー、そのばあい……?」

葵:

「『また』金貨30万枚だね。もしくは残りの70万用意してくる?」

ナズナ:

「いやぁ~、さすがにちょっと、それはぁ~(苦笑)」

葵:

「今日、ちょっと追加した方がよくない?」

ナズナ:

「えー? でもぉ……」

葵:

「ナズナっちの、ちょっとイイトコみてみったいっ♪ あ、ほれ、あっと10万っ♪ あっと10万っ♪ あっと10万っ♪ ご一緒に!」

ナズナ:

「うっぎゃあああああ!??」


 全力でトラウマ植え付けに行ってる気が……。そうして無事(?)に金貨10万枚をもぎ取った。崩れ落ちたナズナが泣いている。ウチのギルマス、おっかない。


ジン:

「少し移動するぞ~」


 夕暮れがやがて夜へと切り変わっていく。通りではポツポツと明かりが灯っていくところだった。夕食の買い出しで人の流れが増えている。繁華街の入り口付近で足を止めた。


ジン:

「よし、ここを向こうまで歩いて行って、往復してくるんだ」


 ソウジロウの後に回ると、顔を両手で挟み込む。


ジン:

「いいか、顔を傾けるな。両目を結んだラインを『結目線』(けつもくせん)と呼ぶ。結目線を水平をたもつこと」


 ナズナとドルチェが体を寄せて、しっかりと話を聞いていた。


ジン:

「人がたくさんいるだろ? あの合間を通り抜けていくんだ。しかし、誰かを見てはいけない。全部を、全員を同時に観るんだ」

ソウジロウ:

「同時に、ですか?」

ジン:

「武術の技法のひとつだ。いっぱい人がいるだろ? でも、同時に全部を観て、観続けろ。……よし、いってこい」


 この辺りはスタナに教えていた内容と同じだった。


ナズナ:

「これって、どんな練習?」

ドルチェ:

結目線(けつもくせん)ってのはわからないけど、同時に見ろっていうのは、周辺視よね?」

ジン:

「周辺視、もっというと『観の目』のことだな。基本的に『見の目』と『観の目』とがあってな。

 (けん)の目ってのは部分視のことで、普通に集中してみることだな。代表的な使い方は目標のちょっと奥を見るような『目付け』とかだ。これはフォロースイングと同じ理屈で、物体の表面を見ていると、切った時に刃が深く入りにくくなる。ぶつかった段階での抵抗や反作用を想定してしまうのが原因だ。少し奥を見ておくと、全身が深く斬るような体の使い方になりやすい。切腹の介錯で、首を落とす時なんかに使われる」

シュウト:

「部分視の見の目を使わないのが、『(かん)の目』ですよね」

ジン:

「そうだ。周辺視野を使うことで、場の全体的な情報を得られる。見の目と比べて反応速度が高まる効果があるんだが、使いこなすのが難しい。刀で斬られそうになって、パッとその刀をみたら、もう見の目になってしまう。乱戦向きの技法だな。あとは指揮官とか」


ナズナ:

「ふーん。じゃあ、結目線っていうのは?」

ジン:

「鷹の目、俯瞰視点用の訓練法とされているものだな」

ドルチェ:

「えっ!? あの、上から見ているように全体を把握するっていう?」

ナズナ:

「ん~? なにがスゴいの?」

ジン:

「マンガとかでは割とよくある能力なんだが、才能の問題になっていて、実際のところ訓練法は知られていない。現状その辺に関する記述があるのは『フットボールネイション』ぐらいだろう。 ……まぁ、現実世界に戻らないと読めないヤツだけど」


 次元の異なる話に息を呑む。ジンの言葉の続きを待った。


ジン:

「人間の目はふたつあるだろ。視覚は二次元的な画像のように思えるが、それは補正された結果であって、三次元的な情報を取得している。このお陰で距離感を把握できるんだ」

ドルチェ:

「片目だと距離感の把握が困難になるんですってね」

ジン:

「そうだ。つまり、空間を三次元として認識する能力を、ほとんどの人間が持っていることになる。しかし頭を傾けると、視覚補正が働いて、画像を修正する力をそっちに使ってしまうんだ。同じ画像をみてるんですよーって頭の中で納得させるのに使ってしまうらしい。

 結目線を水平に保っておくと、視覚補正を別のものに使える。水平を維持したまま移動すると、より『立体的な画像』が取得できるんだ。映画『マトリックス』の撮影みたいなもん……って言ってもわからんか?」

シュウト:

「なんとなく分かります」


 画角の異なる情報が集まれば、三次元的な立体画像になる。視覚補正を立体化に転用できるという話だった。


ジン:

「現実世界では、空から見下ろすなんてことはできない。幽体離脱して上から観てる、なんて説もあるにはあるけど、現実的な技術ではないからな。見下ろす視点を得るには、ドローンでカメラを飛ばすとか、そういう代替手段が必要になるだろう。こっちの世界ならアテがなくもないんだけど……」

シュウト:

「えっと、じゃあ、どうすれば?」

ジン:

「うむ。俯瞰視点ってのは、実際に目で見るんじゃなく、脳内でシミュレートして認識しているんだ。フィールドを立体的に知覚し、観の目で移動する人間の情報をリアルタイム、且つ、連続的に取得・処理し続けることで脳内に『箱庭的な空間』を構築するんだ。それが観の目を越えた、鷹の目・俯瞰視点として結ばれるわけだな」

ドルチェ:

「観の目と結目線、両方が必須なのね……」

ナズナ:

「難しそうだけど、ウチのソウジにできるかな?」

ジン:

「いくつかハードルを飛び越えなきゃならん。無意識の膨大な計算力とか。だが、なんとかなるだろ。あいつ、バカなのと引き替えに才能を確保してるみたいだし……」


 中途半端に小賢しいぐらいなら、いっそバカっぽい方が良かったかもしれない。……でも、ジンの言ってることが理解できなくなるのは、困った話だし、いまさらどうしようもない。僕は僕でしかありえないのだから、僕自身を選ぶしかない。


ジン:

「天眼通だとかの大仰な名前の割に、あの技には中身がない。天眼を手に入れさせろ。敵・味方全員の位置関係を同時に把握できるようになれば、あるいはその先で、背後からの予測線も『感じられるように』なるかもしれない……」


 そんな話をしていると、ソウジロウが戻ってきた。


ジン:

「どうだった?」

ソウジロウ:

「前からくる人とすれ違おうとすると、ぶつかりそうになっちゃいます」

ジン:

「お見合いだな。追い抜く場合は避けていいが、前からくるやつは避けないようにするんだ」

ソウジロウ:

「それだとぶつかりませんか?」

ジン:

「相手が勝手に避けるだろ。適当にニッコリしとけ。それも訓練だと思って、やってみな」

ソウジロウ:

「はい!」


 そうしてまたソウジロウを送り出した。


ドルチェ:

「今のはどういう理屈?」

ジン:

「……防御の根本的な仕組み、同調だよ」

シュウト:

「同調?」

ジン:

「人間は、相手と同調して同じ動きをしようとする。向かい合っていれば逆に動くことになるんだが。これが邪魔して『お見合い』になる。東に向かって避けると、相手も東に踏み出してくるのは同調による現象だ。人間同士は物理的に繋がっている訳じゃない。なのに、こうした同調現象が見られる。同調してないのが自然で、同調は特別なことなんだ」

シュウト:

「でも、ぜんぜん普通にやってますよね?」

ジン:

「世界の仕組みの話をしてんだよ。たとえば、同調の反対語はなんだ?」

シュウト:

「えっ?」


 頭を巡らせてみるものの、同調の反意語は出てこない。

 

ナズナ:

「うー、不同調とか非同調とか?」

ジン:

「対応する言葉がないから、フとかヒとかつけて否定してるだけだな」

ドルチェ:

「厳密に反義語じゃないけれど、不協和音、かしら?」

ジン:

「不協和音も協和音の否定形だがな。……ともかく、同調は特殊な事象でありながら、一般的な現象だってことだ。このことから、大抵の人間は防御と回避だと防御の方が向いていることになる」

ナズナ:

「はー、なーるほどー。とっさに同じ方向に動くからだ?」

ジン:

「そういうこと。一応、回避の方が向いている奴もいるらしい。『あっち向いてホイ』で、釣られやすい奴は同調型、つまり防御向き。まったく釣られない奴は回避向きっていわれたりする」

ナズナ:

「ふぅん。……ギルドの全員、チェックしとくのもいいかも」

ドルチェ:

「それより今の話って、もしかして不協和音を利用すれば、相手の防御を無効化できるんじゃないかしら?」

シュウト:

「あっ」


 それは凄まじいアイデアだと思った。あわててジンを窺うのだが、そっけなく視線をそらされた。確実に何か知っている顔である。


シュウト:

「ジンさん!?」

ジン:

「あー、なんだっけ、それ。ディゾナンスの攻撃応用? 完全にド忘れしちゃったなー。ボクしゃん、ワカンナーイ」

ドルチェ:

「どうやら、言うつもりはなさそうね(苦笑)」


 確かに、絶対に言わない時の態度だった。

 ……しかし冷静になってみれば、言うはずがないのだ。お金がまるで足りていない。自在に攻撃が命中するような技なら金貨200万枚、それ以上の価値があっておかしくない。ここでぺろっとしゃべったらサービスしすぎだ。


 そうこうしている間に、夕飯に出てきた〈冒険者〉でだんだん混雑してきた。そろそろ僕らも帰る時刻だろう。

 戻ってきたソウジロウに様子を聞いて、最後にもう一度送り出した。混雑の度合いが増しているから、戻ってくるのに今より少し余計に時間がかかるかもしれない。

 ソウジロウの姿が人混みに消えるのを見届けると、ナズナが振り返ってこちらを見た。


ナズナ:

「あのさ、ジン」

ジン:

「なんだ」


 高揚したように、ナズナの顔は輝いて見えた。


ナズナ:

「ソウジの師匠になってくれないかな? そうすれば、ソウジだって、あたしらだって、もっと……!」

ジン:

「…………」


 気持ちは痛いほど分かる。成長の予感が確信を帯びたのだろう。あの瞬間の高揚は何度味わっても堪らない。だけど、それはない。あんまりだ。

 この時は後から見ていたのだが、ジンは黙ってナズナに近づいていき、胸の谷間に右手を突っ込んだ。何が起こったのか分からずに呆然とする彼女の、左乳房の形が変わった。ジンの手が服の下でうごめく。めちゃくちゃセクハラなやつだった。


ナズナ:

「なっ、ちょ、やっ……」


 びっくりしすぎたのか、ロクに抵抗できていない。ドルチェも固まったままだ。ジンは平然と、しばらく揉み続けておっぱいを堪能していた。

 初対面の人が相手でよくあんなことができるなァと思う。しかも人通りがそこそこある。周りにバレたりするのが怖くないのだろうか(苦笑) こっちが気が気でない。

 ジンがナズナの耳元に囁く声が聞き取れてしまった。〈暗殺者〉の耳はときどき傍迷惑だ。


ジン:

「……お前、女の顔になってんぞ?」

ナズナ:

「っ!」


 ビンタが飛んだ。ジンは避けなかった。でも、頬を張った音はしなかった。なぜならジンの左頬の手前で、ナズナの手が止まっていたからだ。思いとどまったのではない。ただ防がれたのである。

 気の力だけで防いだとか言ったら、それはもうマンガの世界だろう。しかし、ジンの能力はマンガを可能にする。竜の魔力(ドラゴンフォース)〈竜血の加護〉(アイアンスキン)のシナジー効果だろう。パッシブ化した竜血の加護によって、ジン周辺の空間・空気は『装甲値』を持つに至っている。アタッカーが魔法の武器を手に全力で殺しにいくのならともかく、〈神祇官〉が素手で平手打ちしたぐらいでは、この護りを突破することはできない。

 ナズナは飛び下がり、ドルチェの背後に身を隠すようにした。


ドルチェ:

「無理を言って悪かったけど、ウチの子をあんまりイジメないでほしいわね」

ナズナ:

「くっそー、ソウジにだって揉まれたことないのにー!(涙)」


 ナズナは意外と折れていなかった。つよい女性だ。


ジン:

「モテモテのガキを囲ってるだけで満足してろよ。お前らのエゴを押しつけたら、結果は悲惨だぞ?」

ナズナ:

「だからって、揉むか!?」

ジン:

「たかが40万ぽっちで偉ぶってんじゃねーよ。足りねぇ分を補填しただけだろ。文句いうんなら、この後、一晩付き合わせたっていいんだぜ。 ……どうする、あのガキには内緒にしといてやるぞ」

ナズナ:

「ふぐっ」


 あっさりナズナを黙らせてしまった。

 日本人は情報や知識の価値を低く扱う傾向がある。タダで教えてもらって当然と思っている風潮というか。実際、金貨40万枚程度で得られるような内容ではない。だからっておっぱい揉んでいいのか?というと、それは別の話の気もするけど。

 ジンの話はなおも続いた。おっぱいボーナスでサービスタイム続行らしい。


ジン:

「だいたい『強さ』ってのはなぁ、敵をブッ殺して、ブッ殺して、ブッ殺すことを言うんだ。この世界じゃ戦闘は日常だ。綺麗事だけじゃ回らない。血塗れの手で惚れた女を抱くのが『守る強さ』だろうが」

ナズナ:

「……」

ドルチェ:

「……」

ジン:

「お前らに覚悟はあんのか? アイドルみたいにチヤホヤして、戦闘になったら『こわーい』『やっつけてー』って何でもかんでも押しつけて、今度は『もっと強くなってー』ってか? ……どうせ、血塗れになったらドン引きする程度のファン心理なんだろ。そんな連中、守る価値があんのか? 抱く価値があんのか? 強さに媚びて股をひらく女の方が、まだ覚悟があるんじゃねぇの?」

ナズナ:

「そりゃ、全員は無理かもしんないけど、そうじゃない子だって!」

ドルチェ:

「違うでしょ、ナズナ。ソウちゃんは変わろうとしてる。このままじゃ、この先、アタシたちはソウちゃんを支えられなくなるわ。アタシ達が変わらなきゃ、一緒に変わって行かなきゃダメってことなのよ……」

シュウト:

「ですね。少なくともアタッカーが弱かったら話になりません」


 最強のタンクであり、最強のアタッカーでもあるジンが言っても説得力に欠けるだろう。しかし、敵を殺すのは本来、アタッカーの役目だ。タンクの防御がどれだけ優れていようと、アタッカーが弱くては話にならない。敵を殺さなければ、どんな戦闘だろうと終わりはやってこない。


 ソウジロウと共に血塗れになれる仲間が必要なんだろう。ソウジロウの代わりに敵をブチ殺し、平然としていられる仲間がいなければならない。それができないなら、モラトリアムに満ちた『優しい世界』から出てきてはいけないのだ。


 僕は、僕たちは、ジンと共に往く道を選んだ。たとえ血塗れになろうと、綺麗に洗い流してしまうだけのこと。血塗れになった程度でいちいち悪人にならなきゃいけないだなんて、そんな律儀なことをするつもりはない。ただ開き直って、理想を、最善を、ハッピーエンドを目指すだけだ。



 ……重苦しい空気になったところに、ソウジロウが戻ってきた。何人か女の子がうしろから付いてきている。人通りの多い道を歩いてたら、彼の場合はそうなるのだろう(苦笑)


ソウジロウ:

「あれ? みなさんどうしました?」

ジン:

「なんでもねーよ。さ、終わりにするぞ。メシだ、メシ」

ソウジロウ:

「はい! 今日はありがとうございました」

ジン:

「おう。訓練は続けろよ。……よくよく吟味するように」

ソウジロウ:

「わかりました」


 そうして立ち去ろうとした時、思い出したみたいに振り返った。ニヤニヤしていた。どうも悪巧みを思いついたらしい。


ジン:

「そうだった。ひとつ、宿題を出しておこう」

ソウジロウ:

「宿題、ですか?」


 ソウジロウの肩に手を回して、がっちり捕まえると、振り返ってナズナの方を指さした。


ジン:

「あの、いろっぺーねーちゃんがいるだろう?」

ソウジロウ:

「ナズナですか?」

ジン:

「そうそう。……おまえ、あの女を抱いとけ」

ソウジロウ:

「へ?」キョトン

ナズナ:

「……ん?」

ドルチェ:

「あらあら」


ソウジロウ:

「だ、抱けというのは?」

ジン:

「もちろんセックスのことだ。なんだ、しらんのか? お互い裸になって、抱きしめて、ちゅーしたり、おっぱい揉んだり。あっちやこっちを、なでたり、舐めたり、いじったりするんだ。最後はチンポ突っ込んで、腰振りまくって、かきまぜて、どろどろのぐちゃぐちゃーって。きもちいいぞー?(笑)」

ソウジロウ:

「え、いや、でも……(汗)」


 ヒドい。なんかもう、メチャクチャだった(苦笑)


ジン:

「あの女をヒーヒー言わせられるようになったら、また稽古を付けてやらんでもない。……いっとくけど、金はたんまり用意しとけよ?」


 大きめの爆弾を置いていくことにしたらしい。たぶん厄介払いだろう。


ナズナ:

「そーじー? あたしはそう簡単にヒーヒー言わないかんな?」うへへ

ソウジロウ:

「ナ、ナズナさん? 何をいって……!?」


ジン:

「んじゃーな、サラバだ!」

ソウジロウ:

「……あ、ありがとうございました!!」


 セクハラの口止めを兼ねているっぽい。一石二鳥ってことだろう。軽く会釈して僕もその場を後にした。

 



シュウト:

「あの、ジンさん?」

ジン:

「あー?」

シュウト:

「ああいうのって、意味あるんですか?」

ジン:

「どれのことだ?」

シュウト:

「女の人を、その、抱いたりとか……」しどろもどろ

ジン:

「……あるような、ないような?」

シュウト:

「どっちなんですか」

ジン:

「童貞も守れないヤツに、世界を守れるわけねぇだろ。……とはいえ、やりまくりでも強いヤツは強いんだけどなー」

シュウト:

「僕の場合、どうするべきなんでしょう?」

ジン:

「なんだよ、ヤろうと思ったら、ヤレる女がいんのか?」にやにや

シュウト:

「そういう訳じゃ、ないんですけど……」

ジン:

「だいたいはモチベーションの問題だからなぁ。ヤッて煩悩スッキリで鍛錬に取り組めるヤツもいるだろうし、そっちが気になって身が入んなくなるヤツもいるだろうし。ヤッてもヤんなくても、そこそこ強くなれるから心配すんな」

シュウト:

「じゃあ、果てしなく強くなりたかったら?」

ジン:

「……そうだなぁ。強くなるまでご褒美としてとっておく、とか? 冗談だ。好きにしろ」

シュウト:

「は、はい。それとさっきのディゾナンスの攻撃応用っていうのは?」

ジン:

「アレなー、説明がチト面倒くせぇんだ。まず同調を戦闘に利用する方法がわりと重要で、次に自分が逆に相手に同調してしまうことをどうにかしなきゃならないんだが、ベクトル変換がちょい合気に似てたりしてなー。やっぱ、お前にゃまだ早いかなー」

シュウト:

「えーっ」

ジン:

「ま、そのうち教えやるよ」

 

 ちなみに、このあと葵が金貨40万枚から自分の取り分をゴネたため、殺し合い一歩手前まで行くことになるのであった。……南無阿弥陀仏。

 

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