VS サンタ 4
――12月23日 午後23時59分59秒
ハッと気が付くと、そこはいつもの見慣れた〈カトレヤ〉のギルドホームだった。
シュウト:
「あれ? 何かと戦うんじゃ……?」
居眠りしていたらしく、意識が少しばかり混濁しているようだ。2階の食事スペースで、ジンさん達が見慣れない女性と話している。
イッチー:
「――ってことでして。協力してほしいんですヨ!」
そうだった。ケイトさんの仲間のネナベPKプレイヤー達は、だいぶ前にロデ研が作った〈外観再決定ポーション〉で元の姿に戻ったのだ。彼女はイッチーさん。〈カトレヤ〉専属のパティシエだ。
葵:
「スイーツコンテストねぇ。 賞金とか賞品とかって何かでるの?」
イッチー:
「そういうことじゃないんですっ。確かに砂糖20キロも欲しいんですけど、それよりも何よりも1番になりたいんですっ!」
砂糖が20キロもあったら太りそうな気がするのだけど、ギルドは人数もそれなりにいるので、食材の量や額はバカにできない。
レイシン:
「……どうするの?」
腕組みして目を瞑っていたジンさんが、ゆっくりと眼を開けた。たっぷりとタメていたに違いない。
ジン:
「決まっているだろう。……勝ちに行くぞ!」くわっ
こうなるだろうと思った。そうして作戦会議が始まった。問題はなにを作るか?ということにある。スイーツコンテストのチラシを熟読し、葵さんが頷いた。
葵:
「審査員が誰かってのもポイントだろうね」
ジン:
「スイーツの味が分かるかどうかってことだしな」
葵:
「レイネシア姫とか客引きで呼びそうだけど、審査傾向がどうなるのかが問題だね」
レイシン:
「うーん。その前に、勝つために作るか、作りたいものを作るか、が先じゃない?」
レイシンさんが冷静に、今回の主役であるイッチーさんに話を振っていた。サポートに徹するつもりのようだ。
イッチー:
「作りたいものは特に決まっていません。なので、そのふたつはあんまり区別しなくても大丈夫かもですっ!」
シュウト:
「なるほど」
葵:
「他の参加者と被らないようなのがいいよねぇ~」
ジン:
「生クリーム系を出して、〈ダンステリア〉辺りとネタ被りするとピンチだしな。勝てたとしてもインパクトが薄くなるのは避けられない」
イッチーさんの生クリームはジンさんの弱点でもある。コダワリの生クリームの前に何度も敗北を喫していた。シンプルに美味しいからだ。ワッフルやプリンに生クリームをプラスするのは、僕もお気に入りだ。
葵:
「ロデ研にも神パティシエがいるらしいしね」
英命:
「こういったものは、我々の優位性がどこにあるか?という話だと思いますが?」
静かに聞いていた英命さんが話に加わる。なんとなく勝てそうな気がしてくる不思議な人だ。
ジン:
「アクアの力を借りよう。素材で負けてちゃ話にならない」
葵:
「コーヒー系とかだ?」
市場に流通している材料を中心に作ろうとすると、ロデ研に置き去りにされてしまいかねない。対抗するにはセブンヒルの生産力を利用することになる。
ジン:
「完全新規というよりは、現実世界では普通に食べてたけど、こっちの世界だとちょっと再現が困難、みたいなラインだろうな」
イッチー:
「……それって、ベルギーもありですか?」
葵:
「なんで?」
ジン:
「そりゃ、アリっちゃアリだが?」
イッチー:
「いま思ったんです。超濃厚なベルギー系チョコで勝負したいなって。で、その前に、ちょっとベルギーで修行したいんですけど……?」
チョコレートの本場といえばベルギーになるのだろうか。ともかく、コンテストに向けてさっそく準備することに。ジンさんが念話でアクアさんを呼び出し、イッチーさんを連れてベルギーへ行くことに。
僕らはイッチーさんが修行している間に、最高峰のカカオなどを求めて素材収集を行った。
そうしてコンテストの週に。
本場ベルギーの職人の元で腕を磨いた(磨き直した?)イッチーさんは楽々と予選を通過し、本戦出場枠のひとつを勝ち取ることができた。
イッチー:
「できました! 味見お願いしまっす!」
ジン:
「うっしゃ、キタキタ!」
濃厚なチョコレートケーキに舌鼓をうつ。もの凄く美味しい。
イッチー:
「どうですかっ!?」
リコ:
「濃厚~」
ユフィリア:
「とろけるぅ~」
タクト:
「凄いな……」
ニキータ:
「まとまりも良くて、とても美味しいわ」
ジン:
「……だな。逆からいえば、特徴のないチョコレートケーキってことだ。ちょっと上等の」
ユフィリア:
「もぅ、ジンさんのイジワル!」
葵:
「確かにね。味はいいんだけど、絶対に勝てるかって言われると」
イッチー:
「微妙ですかー。うーん?」
ジン:
「文句なしに旨い。ただ濃厚すぎて後味がエグいことになったりはしてないってことだ。つまり、超濃厚とは言えない」
レイシン:
「バランス良くまとまっちゃってるんだね。……じゃあ、こうしてみるのはどうかな?」
こうして決勝ステージに向けた改良が行われることに。
レイシンさんの大胆アレンジに僕らは作戦を根本から変更することになった。
◆
花乃音:
「記念すべき第1回 アキバ・スイーツコンテスト! 司会はわたくし、〈ロデリック商会〉の花乃音で よろしくお願いしま~す?」
――甘めの美声&良く通る声質で司会に抜擢されたのは花乃音だった。
無闇に沸き上がる会場は、戦いを前に温まりつつある。
花乃音:
「解説はこの方にお越し頂きました~。〈海洋機構〉の誇る美人おねいたま」
トモコ:
「おねいたまのトモコでーす。よろしくお願いしまーす?」
――普段は絶対にやらない『きゃるるん♪』といった効果音すら出すトモコ。どこか古強者の貫禄が見え隠れしていた。トモコの親衛隊らしき人々が野太い濁音を発した。「ドッモゴー」……これだと誰のことか分からないはずだが、本人達はそうとは考えないようだ。
花乃音:
「……というか、トモコ姉さんこういうのやらない人ですよね? どーして引き受けたの?」
トモコ:
「それはもちろん、アキバ食文化の発展を祈願したしまして」ぐっ
花乃音:
「はい、嘘くさい嘘ありがとうございましたー。それでは審査員の紹介に参りましょう!……えっ、まだ来てないの?」
――審査委員長の遅刻にも慌てず、柔軟に場を回す花乃音。安心して見ていられる司会進行に、会場は頼もしさすら感じていたことだろう。
花乃音:
「それでは先に特別ゲストをご紹介! 『イースタルの冬薔薇』、みんな大好き、レイネシア=エルアルテ=コーウェン姫~。本日は弟君のイセルス様と一緒に参加をお願いしちゃいました~」
――ここぞと盛り上がり大歓声がわき起こる。レイネシアは何かを言い掛けたが、潔く諦めた。ふんわりと微笑み、一礼する。メイド長のエリッサが椅子を引き、座るのをサポートしていた。傍らで立ったまま会場に向けて会釈するエリッサの動作はそつがなく、陰ながら主人の格の高さを表現している。
レイネシアに倣うイセルスは肩肘が張っているところから、〈冒険者〉のこうした集まりに緊張していることが伺えた。
花乃音:
「審査委員長の到着が遅れていますので、本戦出場者をサクサクご紹介!――我が〈ロデ研〉料理部から、優勝候補!『スイーツは芸術』ミカカゲ&アリー!」
――お揃いの服装でポーズを取るミカカゲとアリーに大きな拍手が降り注いだ。
花乃音:
「続きまして、こちらも優勝候補! 皆様もお馴染みの〈ダンステリア〉から、ギルドマスター、加奈子ー!」
――余裕たっぷりで歓声に答える加奈子。
サクサクと出場者の紹介が続き、最後に〈カトレヤ〉の紹介となった。
花乃音:
「そして、本大会のダークホース! 並みいる強豪をおさえてまさかの予選1位通過。ギルド〈カトレヤ〉、イッチー&レイシン コンビ~!」
――無名であるからだろう。歓声というよりは静かなどよめきが上がる。
トモコ:
「レイシンさん、がんばってくださーい!!」
花乃音:
「ちょっ、トモコ姉さん? アンタまさか……」
トモコ:
「フフフ。レイシンさんの新作が食べたくて解説係になりました」
花乃音:
「なんでそんな? 〈カトレヤ〉さんに行って食べさせてもらえばいいでしょ!?」
トモコ:
「観客に混じって見てるだけとかイヤだったの! 早く食べるためなら手段なんて選びません(きっぱり)」
花乃音:
「うはぁ(ドン引き)……まぁ、いいです。予選会では全審査員が絶賛した『衝撃の』ティラミスだったそうですが、本戦では何を出してくるつもりなのか」
トモコ:
「う~っ! たのしみぃ~」クネクネ
花乃音:
「それでは最後にプラスワンゲスト。特別参加枠でお越し願いました。その華やかにして華麗なレパートリーの数々から、誰が言ったか、ついたあだ名は『オシャレ番長』! 食卓の騎士団 筆頭料理人!」
――ずいっと現れたのは、長身の猫人族。
花乃音:
「〈記録の地平線〉、にゃん太班長!」
セララ:
「にゃん太さーん!!!」
――かん高いロリボイスが会場を貫く。気持ちのこもった声援だった。
にゃん太:
「……テレますにゃ」
――余裕たっぷりの大人の笑みだが、猫人族なのでただ微笑んでいるようにしか見えなかった。会場が自主的に盛り上げる方向で歓声を放つ。
ジン:
「出てきたか……」
葵:
「だね。ウチらを簡単に勝たせないようにするためだよ。この会場のどこかで策を巡らせたヤツが今頃メガネをスチャってるはず」
シロエ:
「…………」キラリーン
花乃音:
「あっと、到着したようです。それではお願いしますっ! 本日のスペシャルゲスト兼、特別審査委員長!」
――待ってましたとばかりに炸裂する黄色とピンクな声援。耳をふさぐ男性多数。ゆったりとした着物姿。手を振ってニコニコと笑顔を返している男性とは……。
花乃音:
「落としたおにゃのこは数しれず、バレンタインにもらったチョコは天井知らず! ご存じこの方! 〈西風の旅団〉ハーレムマスター! ソウジロウ=セタ!」
ソウジロウ:
「あははは(苦笑)」
花乃音:
「副委員長は『酒くれ』でおなじみ、同じく〈西風の旅団〉、ナズナさんにお願いしました~」
ナズナ:
「甘いのはいいから、酒くれ」
――お行儀よくソウジロウがちょこんと座ったところで審査開始となる。その後、特に問題なく進行したが、問題は〈カトレヤ〉の出番の際に起こった。
花乃音:
「ありがとうございました! 次はいよいよ、今大会のダークホース、ギルド〈カトレヤ〉の番です。準備お願いしまーす!」
トモコ:
「たのしみぃ~、超、たのしみぃ~(はぁと)」
花乃音:
「申し訳ありません。解説者はしばらく役に立ちそうにないです。……それはそうと、トモコ姉、予選のティラミス食べたの?」
トモコ:
「もちろん! 絶品だったよ。マスカルポーネもそうだけど、コーヒークリームとか、カカオパウダーとか、素材からなにから全部のレベルが段違い!どうやって作ってるのかみんな頭抱えてたし」
花乃音:
「マジで? これは、期待が持てそうですね……。おっと、準備が整ったようです。お願いしま……?」
――ここで葵の仕込みが発動した。
カトレヤ〉関係者がおもむろに歌い始めたのは、某悪魔マン的なアニメのオープニング曲であった。 基本アカペラだが、合間に指をならしている。
スイーツコンテストの会場で、唐突にアニソンを歌い始めたらどうなるだろう。普通はドン引きされるのがオチである。だが逆にアニソンだったので受け入れられた部分はあった。エンタメ不足のセルデシア世界だからこそ、懐かしの古いアニソンはよく馴染む。問題はむしろデキの善し悪しにあった。低く抑えめのテンションで歌は続く。
アクアが立ち上がり、押さえ込むように歌う。ボルテージは蓄えられ、爆発の予感が会場を貫く。
蓄積されたパワーが炸裂する。
アクアのフルパワー大絶唱に、観客たちは聴衆となりかわって奇跡を体験した。イデア界に存在する、理想的・究極的な歌を追求する、見えざる戦いの姿に魂が揺さぶられる。
誰もが思った。『本当はこれが聴きたかった』、と。どんな歌を聴いても、満たされない、癒されない。どこか『欠けたピース』があるような気分。それが、今、アニソンによって満たされつつあった。そうした『奇跡の体験』に、自らの意思とは関係なく涙が溢れて止まらなくなっている。しかし、ひゃくりあげる者は誰もいない。このステージを邪魔することは神への冒涜に他ならないからだ。
ニキータだけではなく、〈カトレヤ〉のメンバーをコーラスに従え、最後の1音を歌い上げた奇跡の歌姫は、一礼すると、さっと席に座ってしまった。余韻の部分に決め台詞的なものを葵が叫んだ。
葵:
「デビー~ルっっ!!」
――ステージが終わってしまったという、残酷な現実。詳しかったもの達は、テレビサイズなら2番も来るはず、来て欲しいといった希望を抱いていた。だが願いも虚しく、呆然とするばかり。巨大な喪失感のみが後に残った。
ソウジロウ:
「凄い……」
ナズナ:
「まじかー、歌、巧すぎだろー?」
――あまりの展開に呆然としていた花乃音が再起動した。
花乃音:
「はっ! えーっと、歌うまグランプリ優勝は〈カトレヤ〉さんでした! でも、今回はスイーツコンテストなので、続けたいと思いまーす」
トモコ:
「デスヨネー」
ナズナ:
「なんか、さっきまで食ってたヤツのこと忘れちまったよ」
葵:
「フッ、計算通り」にやり
――イッチーがスイーツを持って登場した。審査員達に配る間に、花乃音がトモコに話を振った。
花乃音:
「おっと、あの黒さは?」
トモコ:
「チョコレートですね!」
花乃音:
「〈カトレヤ〉さんは飲食店などを出していないので、ご存じない方も多いと思うんですが」
トモコ:
「ですね。イッチーさんは元パティシエ志望で本格的な勉強をされていたと伺っています」
花乃音:
「パティシエの卵ということですか?」
トモコ:
「作りたいものを作ることにしたとかで、趣味としてやっていくことにしたようです」
花乃音:
「なるほど。レイシンさんのお料理は私も何度か頂いてますが、絶品ですよね!」
トモコ:
「もう、大っファン! 『バランスの魔術師』って言われてます。今回も期待してますっ!」
花乃音:
「……さて、用意ができたようです。では、説明をお願いできますか?」
イッチー:
「デビー~るっ!(顔真っ赤)」
花乃音:
「…………」
レイシン:
「はっはっは」
イッチー:
「……すみません、コレやれって言われてて(照)」
花乃音:
「そうですか(苦笑) えっと、チョコレートケーキでしょうか?」
イッチー:
「はい。名前は、えっと。(メモ)『悪魔ハイドラと真紅の首飾りの物語。序章……』うわっ、ながっ。……いわゆる『デビチョコ』です!」
葵:
「くおら~っ、最後まで読めぇぇぇぇ!」
トモコ:
「おっと。ファミマ系ですか?」
イッチー:
「そうです。テーマは、……『悪魔の誘惑』です」しなりん
――ちょっと流し目で『しな』を作ってみるイッチーであった。恥ずかしがってた割に、ノリが良い。
花乃音:
「それでデビルマンなんですね。ではっ、試食の方、お願いしまーす」
ソウジロウ:
「いただきます」
ナズナ:
「どりどり?」
トモコ:
「私も、いただきまーすっ」ぱくっ
花乃音:
「トモコ姉、あたしにも一口ちょうだいね?」
――だが、微妙な顔色に変わっていく。
ナズナ:
「うわっ、濃いな~。酒が欲しい」
ソウジロウ:
「ダメですよ。でも、もの凄く濃厚なチョコレートですね」
トモコ:
「なんで? なんでなの?」
花乃音:
「あれ? 美味しくない感じ?」
――イッチーがそわそわし始めるが、レイシンが肩に軽く手をおいてなだめている。
ナズナ:
「なんか、一口でおなか一杯な感じ」
ソウジロウ:
「……ん? 下の方に真っ赤なソースがありますね」
ナズナ:
「そうなん? じゃあ、もう一口だけ……(ぱくっ)……なんだこれっ!!?」
トモコ:
「!!!!?!?」
ソウジロウ:
「消えた! 凄い!!」
花乃音:
「え、えっ? どうしたの? どうなったの?」
――審査員は手がとまらず、次々とスプーンを口に運んでいる。
ナズナ:
「ゆーしょー! これスゲェ、ウマい! 優勝!!!」
トモコ:
「止まんない! 美味しい、美味しすぎる!!」
花乃音:
「それじゃ分かんないよ。誰か説明してってば!」
ナズナ:
「あああああっ! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~っ!!」
ソウジロウ:
「ちょっ、ナズナ? ナズナさん?!?!」
――狂ったようにソウジロウに襲いかかるナズナ。どこから出したのか、ロープで腕を縛り上げると、着物を引き裂く勢いで乱暴にはだけさせた。『おはだけ』である。ソウジロウの引き締まった胸板に、悲鳴と嬉しい悲鳴とが轟く。
またもやどこから出したのか、墨汁をたっぷりと付けた筆で、輝く胸板に一筆したためるナズナ。書いたのは一言『私の(はぁと)』である。
黄色とピンクの悲鳴が、ドス黒く野太い怒号へと変わる。ざけんなナズナの大合唱であった。
花乃音:
「『食戟のソーマ』みたいなリアクション出ちゃったけど、つまりどういうことなの?」
――さっぱり理解できずに困った顔の花乃音。縛られていたソウジロウのロープを解くにゃん太。縛られたまま笑顔でお願いするソウジロウであった。
ソウジロウ:
「班長、それ、凄く美味しいんですよ! 食べてみてください」にっこー
にゃん太:
「フム。……では、いただきますにゃ」
――口に入れてしばらくすると、にゃん太の瞳が驚いたように大きくなった。
にゃん太:
「そういうことでしたか。超濃厚なチョコレートケーキと酸味の強いベリーソースの組み合わせですにゃ。後味を消すことで、新鮮な気持ちで次の一口を誘う工夫がされていますにゃ」
花乃音:
「はぁ……」
トモコ:
「私もなんだけど、日本人って後味にこだわる人が多いし、口の中でチョコ感がこんなに残っちゃうとイヤだなってはじめは思ったんだ。けど、それが消えちゃうの!」
にゃん太:
「秘密は『コールドフレイムベリー』、ですにゃ?」
イッチー:
「そうなんですっ! チョコレートって冷たくても温かくても美味しい食材なので、コールドフレイムベリーの特性と相性抜群なんですっ! 冷たくしたチョコレートで濃厚さを感じてもらって、コールドフレイムベリーで口の中が温まると、チョコの溶け具合が変わるんです。それでソースの酸味と相まって、『消えたみたい』になるんですっ!」
――インパクトの強い濃厚すぎるチョコレートの後味が消えてしまうことで、今度は逆に物足りないような寂しさが生まれる。その事で次の一口がまた欲しくなる。テーマ通りの『悪魔の誘惑』であった。
にゃん太:
「言うは易し、ですにゃ。この組み合わせの絶妙なバランス、そしてそれを実現する巧みな技術。見事ですにゃ」
レイシン:
「…………」にこり
イセルス:
「姉さま、ボクもあれ食べたいです!」
レイネシア:
「ダメです。イセルスにはまだ早すぎます。ここは私が身代わりになりましょう!」
イセルス:
「そんな、姉さまばっかりずるい!」
ジン:
「よし、ここまでは計画通りだな」にやり
葵:
「…………」
ジン:
「どうかしたか?」
葵:
「何か引っかかる。順調すぎる。なんか見落としがあるような気が……」
シロエ:
「…………」スチャ
花乃音:
「それでは、最後に特別枠のにゃん太班長にお願いしましょう!」
――白いお皿に黄色い生地のようなものが用意されていた。
トモコ:
「……あれは、クレープかな?」
にゃん太:
「ここから最後の仕上げをしますにゃ」にっこり
セララ:
「にゃん太さーん、がんばってー!!」
葵:
「あっ、マズっ!?」
ジン:
「どうした、葵……?」
アクア:
「どういうこと?」
葵:
「『デザートの王様』!? やられた、そういうことか!!」
――りんごの皮むきをするように、オレンジの皮をナイフで軽やかに剥いていけば、オレンジの皮が螺旋状に繋がったまま垂れることになる。レイピアのような器具に剥きかけのオレンジを刺した。そして、照明を落とすように指示すると、フランベしたブランデーをオレンジの皮に振りかける。
ソウジロウ:
「うわぁぁぁぁぁぁ☆☆☆」
ユフィリア:
「すごぉぉい!」
イセルス:
「凄いです!姉さま! 凄いです!」
レイネシア:
「なんて、美しい!」
――螺旋を描く、青い炎。
ブランデーがオレンジで香り付けされる。含まれるアルコールは飛ばしつつ、炎を纏ってクレープの上に振りかけられる。会場に爽やかな香りが広がっていった。
その料理の名は、『クレープシュゼット』。幻想的な光景を前に、ソウジロウの瞳に少年の憧憬が宿った。
ソウジロウ:
「初心を思い出しました。初めての冒険、初めてのダンジョン、仲間と旅した様々な場所や景色。そんな思い出が――」
――優勝はにゃん太のクレープシュゼットであった。
一応、〈カトレヤ〉はナズナ副審査委員長が無理矢理作った『一番美味しかったDe賞』で暫定2位になった。
ジン:
「やられた~」ぐったり
葵:
「負けた~」べっこり
イッチー:
「すみません、負けちゃいました」
レイシン:
「ごめんねー?」
ジン:
「気にするな、お前らは悪くない」
葵:
「あたしらの責任だよ。ごみんして!」
シュウト:
「味では負けないと思ったのに、なんで負けたんですか?」
アクア:
「そうね。味で大差がつかない場合、演出の差が効いてくるのよ。視覚効果や香り、物語性では向こうが上だったわ。しかし、今回の場合、敗因は別にありそうだけど?」
葵:
「『審査員の人選』だーねぇ。思いっきりやられたよ」
ユフィリア:
「ソウ様だからってこと?」
葵:
「そそ。審査の傾向でほんの少し、向こうが有利になるように持って行くように操作されてた。最後の最後までそれに気が付かなかった」
シュウト:
「それじゃズルじゃないですか」
ジン:
「まぁ、ズルっちゃあ、ズルだが、こっちも海外食材でチートかましてるし、アクアの歌まで使ったからな。文句いえねーだろ」
ニキータ:
「ですね(苦笑)」
そー太:
「そんで、あっちの料理ってなんだったの?」
ジン:
「知らん。食ったことねぇ」
イッチー:
「クレープシュゼットです!」
葵:
「日本だと『デザートの王様』って言われてたんよ。スイーツって言葉が流行る前だけどな!」
シュウト:
「ジンさんが食べたことないって、もしかして高いものなんですか?」
葵:
「ホテルオークラだと4000円ぐらいだっけかな? でも食べようと思ったらコース食わなきゃだし。やっぱ2人で5万とかみとかないと」
イッチー:
「格好良く給仕してくれるんですよ! さっきみたいに!」
英命:
「今回は、仕方ありませんね」
◆
シロエ:
「班長、優勝おめでとう」
にゃん太:
「ありがとうですにゃ、シロエち」
シロエ:
(……どうにか勝てたけど)
――シロエ本人にもよくわからない衝動だった。どうしても勝たなければならないような気がした。勝った今となっては、どうしてそんなに激しく思い詰めていたのか分からないほどに。
にゃん太:
「ひとつ、聞いてもいいですかにゃ?」
シロエ:
「うん」
にゃん太:
「これで、シロエちは良かったのですかにゃ?」
シロエ:
「…………」
アカツキ:
「どうしたのだ、主君?」
――にゃん太に参加してくれるように頼むだけならともかく、審査委員長にソウジロウをねじ込んでいる。そしてそのことをにゃん太に伝えてもいた。
シロエ:
(でも、僕がしたのは『それだけ』だ)
――行為としては限りなく黒に近いグレーだろう。それでも十分に反則なのはシロエも理解している。にゃん太はソウジロウの好みを把握していて、勝ってくれると分かっていたからだ。シロエの行動自体から『汲み取って』くれることも知っていた。勝ってもらうように依頼したのも同然だ。だからこそ問題は『なぜか』ということなのだろう。
シロエ:
「あえて言葉にするとしたら……」
にゃん太:
「……?」
シロエ:
「クリスマスだったから、かな……?」
ピシ/リ。
――世界にヒビが入る。割れて、崩れていく。そのことによって、脆く崩れやすい夢のようなものだったことが知れた。
サンタクロース:
「フォッフォッフォッ。メリー、メリー、クリスマス!」
哄笑が空高く消えていく。
――つまり問題は、これは一体、誰の夢だったのか、ということになるのかもしれない。シロエとシュウトの意識は曖昧に拡散していくのだった。
(VS サンタ 4:デザートの王様 了)




