六十三億分の一 その4
一博は拾ったの一点張りで難を逃れ、目下逃げるように原付を走らせていた。真夏の直射日光はやわな現代人にはきつく、信号に引っかかるたび洪水のような汗が湧き出してくる。
――三つ目の信号を右、三つ目の信号を右。
女将さんから教えてもらった道順を脳内で繰り返しながら進む。ぶっちゃけ女子高だと知ったときはいくのをやめようかとも思った。――不審者と勘違いされたらいやだし。
でもここで引き下がるのも何だか負けた気がする。手元に残った唯一の手がかりなのだから、何か情報のひとつくらい手に入るだろう。
入らなければ困る。なんとしてでも、見つけなくてはいけない。
到着してから気がついたものだから本当に救いようがない。もとより先生に話を聞くつもりなんてなければ、そんな勇気もない。部活動をしている生徒を数人捕まえて話を聞くつもりでいた。
下界はお盆シーズン真っ盛りであった。部活動をしている生徒なんていないどころか正門も硬く閉ざされていた。
ため息。ため息しか出ない。
別の方法を見つけなくては、と引き返そうとしたとき、
「あの、うちの高校に何か用ですか?」
と、ジャージを着たこの高校の生徒と思しき、おとなしそうな少女が声をかけてきた。学校が使用できないからランニングをしているのだろうか。その後ろには対照的に活発そうな短髪の少女が、明らかに不審そうな顔をして睨んでいる。
――まあ、ふつう不審に思うか。
しかしこちらとしては好都合だ。何部かしらないが、当初の予定通り話を聞くことができる。
「別に怪しい者じゃないよ? ちょっと落し物を届けにきたんだけど――」
と、ポケットから生徒手帳を取り出し、最後のページを開きふたりに見せた。短髪少女がずかずかとやってきて手帳をとりあげると「見にきいな」とごちりながら目を凝らし、おとなしめの少女は後ろから覗き込む形をとる。
反応したのはほぼ同時だった。
おとなしめの少女がポツリと何かつぶやいた。一博はそれが何か理解する前に、短髪の少女に信じられない力で胸ぐらをつかまれた。
わけのわからないことをわめき散らしながら正門に叩きつけられ、一博は面食らってなすがままだった。
少女はかまわず吼える。
「なんでこのタイミングで持ってくるんだよッ!?」
気づくと、片割れの少女は立ちすくんだまま泣いていた。そのとき、少女のつぶやいた言葉は手帳の少女の名前だと気づいた。短髪の少女は悪態をつくと駆け寄り胸をかす。
「エリは一月前に海で行方不明になったよ。だからそんなもの届けられても迷惑だ。――持ってくなら警察に持ってってくれ」
二度と面見せるな、と吐き捨てると少女は肩を支えながら去っていった。一博はその背中から目が離せなかった。
なんでこう、うまくいかないのだろう。やるせない気持ちばかりが肺に溜まっていき、うまく呼吸ができない。
くそっ、と壁に拳をつきたてる。
壁は揺るがず、ただ拳が痛かった。