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六十三億分の一 その3

「――あ」

 カメのような鈍さで階段を下りていると、御膳を持った女将さんと鉢合わせになった。あらまあ、という顔で一博を見上げると、女将さんは御膳を目配せして「ちょうど持っていくところだったんですよ」と言った。

 完全に研修旅行のノリでいた一博はどこか朝食を食べる部屋が別にあるとばかり思っていた。ふと大広間にひとり寂しく朝食を食べる自分を想像し、まだ頭が回っていないと確信した。

 朝食は和食だった。病み上がりとしてはありがたかったが、それでも半分食べたあたりで箸がとまった。

 胃がいやいやをする。吐き気はないが胃の中で渦をまいているのがわかる。

 ――あれから丸一日たった。

 あの日のことはつい昨日のことだというのに、ずっとずっと過去のことのように感じてしまう。現実離れ過ぎて「昨日」というページに記憶することを脳が拒否している。

 今日は一日、なるみを探してみようと思う。もしかしたら見つからないかもしれない。それでも三日間くらいは彼女を探すのに費やしてもいいかな、などと思えた。

 三日探してもだめなら、あれは夢だったのだと思える気がするのだ。――気がするだけ。それはぎりぎりの、妥協をするかしないかの線引き。

 渦巻く胃袋に残りの朝食をかきこんだ。胃がひっくり返るのではないか、というほどの波がきたが水を流し込むとすぐに落ち着いた。

 やってしまえばどうということもなかった。そう思うと生気がみなぎってきたような気がした。


 しばらくすると、女将さんが食い散らかした朝食とセミの抜け殻のような布団の後片付けをしにやってきた。時間も惜しいので、チェックアウトまで時間はあるが出発の準備をする。

 かばんの中からサイフを取り出しジーパンのポケットに入れる。原付の鍵はどこに埋まったのだろう、と掘り進んだ先、あの生徒手帳に目がとまった。

「あの――、女将さんひとついいですか?」

 女将さんは三つ折にした布団を抱えながら「どうかしましたか?」と笑顔で答える。一博はそっと、机の上に生徒手帳をおいた。

「この高校って、近所にあるんですか?」

 女将さんは手帳の表紙にある学校名を一目見ると「ありますよ」と即答した。やけに滑らかな口調でソフトボール部が強いだとか、このあたりだと偏差値も上位だとかを話し、加えて口頭で道まで教えてくれた。やけに詳しいなと思っていると、女将さんは満面の笑みで、

「うちの娘も通っていますので」


 ――実を言うと、この高校の所在地は地球の裏側まで考えていた。

 少なくとも県のふたつやみっつ挟むのは覚悟していた。そんな一博にとって、この距離はとてもありがたかった。原付でなら三十分かそこらでつくだろう。

 かばんを背負い、チェックアウトのお願いし、一階に下りていく。

 階段を下りる途中、背中から女将さんが思い当たったことがあるように声をかけてきた。

「すみません――、私からもひとつよろしいですか?」

 なんだろう、と一博は思う。思ったところで、自分が女将さんの立場だったら自分に対していくらでも質問できてしまうことに気がついた。

 一博はいぶかしげに見ると、女将さんは聞くべきか悩むような顔をした後、予想のはるか斜め上をいく角度から爆弾を投下してきた。

「あの――なぜ女子高の生徒手帳をあなたが?」

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