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ファースト・コンタクト その4

 なるみに着替えをおしつけ堤防の上のトイレで着替えてくるように言うと、一博はその間に影ですばやく着替えた。幸いにも着替えは二着ぶんあり、年頃の女の子が着ていてもなんとかごまかせそうなティーシャツをなるみにはあけわたした。

 さて、どうしたものか。

 女の着替えはながそうだし、海を眺めて待つのもおっくうだ。このあいだに温かい飲み物でも買ってこようと重い腰を上げる。堤防を上ったところに自販機があったはずだ。そこなら着替え終えたなるみと入れ違うこともないだろう。

 腰の砂を払うと堤防に作られた階段をのぼる。海でなれない運動をしたせいだろうか。とにかく体中がいたるところがずんと重い。一段を上るごとに海辺でのやりとりが脳内をぐるぐるとまわる。

 ――名前は?

 ななせ、なるみ。

 ――年は?

 じゅうなな。

 しかしまあ情報が少ないものだ。何となく「病院」とか「家族」とかその手のワードが禁句のような気がして、まだ聞き出せずにいた。いずれ聞かなければならないことだが、まだ夜があけるまでくらはいいだろう。

 自分から望んで外に出てきたのだ。女子高生だか幽霊だか自殺志願者だか病人だかしらないがやりたくてしていることくらいやらせておこう。誰にだっていろいろ悩みとか問題とかあるもんだ。よっこらしょ、と親父くさい掛け声と共に最後の階段を上りきる。自販機を見つけるとポケットの中をまさぐり、

「あ、」

 自販機を前にしてサイフを忘れたことに気がついた。まったく何をしているんだろう、と一博は思う。サイフはかばんの奥底に入れたままだ。ため息をつききびすを返す。が、

 そのすぐ背後に人影があった。

 一博はうわあと情けない声を上げた。それも声を上げてから犯人に気づいたものだから、遅れて顔まで赤くなった。

「どうしたの?」

 誰だもくそも、なるみであった。よく見覚えのあるティーシャツを胸元がきつそうに着ている。

「さ、サイフかばんごと忘れちゃって」

 聞かれたのはそこではないような気がするが、照れ隠しにそうこたえた。と、そこでなるみが渦中のかばんを持っていることに気がついた。

「もどったけど、かばんしかなかったから」

 そう言うと、はいとかばんを差し出してきた。無用心だからもってきたとでも言うのだろうか。というよりも、いつ入れ違いになったのだろう。瞬間移動装置でもついているのだろうか。

「ありがと。――あ、何か飲む?」

 かばんの奥底からサイフを取り出し、百円玉を二枚自販機に入れた。なるみは無言で自販機と対峙たいじすると、ゆっくりと一番下の段にある右から二番目のボタンを押した。


『北国産あずき使用 粒しるこ』


 夏にもおしるこ売ってるんだ、と一博は思った。なるみはガコン、と落ちた缶を取り出すとプルを上げ、一口飲むとなんとも言えない顔でほっと一息ついた。

 へえ、と一博は嘆息をもらす。

「おしるこ好きなんだ?」

 こくん、となるみは力強くうなずき、もう一口すすった。なんだかめずらしいものが見れた気分だった。

 せっかくなのでなるみと同じのを買うことにした。小銭を入れなるみと同じボタンを押す。ガコン、と落ちてきた缶を拾い上げるとプルを上げる。ではさっそく、と一口つけたところで思わず声が出た。

「あま」

 通常のあんこの三倍は甘かった。缶に大きくプリントされた粒の文字の下を見ると「はてしなく甘さを追求する」のキャッチコピーがある。

 あまりにも甘いものだからどうしようかとも考えたが、ええいと中身を一気に飲み干した。そのままの勢いでゴミ箱に缶をシュートする。甘さに震える一博をよそに、なるみはポコポコと底にたまった粒を叩いて落としている。

「――こんな甘いのがいいの?」

 なるみは飲み干した缶をカコン、とゴミ箱に入れ、

「あんこは文化」

 と言い放った。これは筋金入りだと思う。

 さて、一服ついたところでこれからどうしたものか。時刻は夜中の三時を回ったところ。家から脱走することもありこんな時間に外にいるが、それもひとりで行動するつもりであったからこそ。あまった時間は二十四時間開いているファミレスあたりで潰す予定だった。

 が、しかしだ。

「その格好はむりだよなあ」

 ティーシャツならなんとかなると思ったが、現実はそこまであまくなかった。やっぱり女なだけあって出るとこは出ている。あまり気にしないようにはしているが、一博が女性物の下着などもっているはずもなく、つまりはなるみの下はあれなわけで、胸なんてもうかなり危うい。

「このあたりコインランドリーなんかあったっけ」

 行きの最中に見かけた記憶もなければ気にもしていなかった。通ってきたのはずっと田んぼばかりの田舎道だったので、おそらくその通りにはなかったと思われる。

 するとなるみは海沿いの道を指差し、

「ここをまっすぐいくと小学校があって、そこを左にまがってずっといくとミマスってパーマ屋さんの看板がある。そこを右にいくとすぐコンビニがみえるんだけど、そのとなりにある」

 いつものおとなしいトーンはそのままで、口はぺらぺらと話し出すものだから一博は度肝をぬかれた。

「け、けっこうしゃべれるんだね」

 そう言うとなるみはきょとんとした顔をし、あらん方向を見ながらしばしの思案。ぽん、と手を叩くと思い当たったことがあるという顔でポツリとよくわからないことをこぼした。

「パンツないとさむいから」

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