ファースト・コンタクト その2
一博は十七年間生きてきた。
言っちゃ何だが、そこいらの貧乏な家よりはよっぽど裕福な生活を送ってきたと思う。飯は毎日三食あったし、クリスマスになればサンタも現れ、正月の御節だってちゃんとありつけていた。来なくていいと言っても授業参観には決まってきていた。運動会にもばかでかいカメラをもって応援しに来た。そこそこの進学校に入れるだけの成績だってあった。手際は悪いと思うが運動だってみんなの足を引っ張らない程度にはできた。
――だからだろうか。
核心的な意味で失敗というものをしたことがなかったのではないか、と一博は思う。
テストで悪い点をとったことだってある。試合に自分のミスで負けたことだってある。
でも、そんな薄っぺらいものではないのだ。
人間の失敗とは、そんな薄っぺらい言葉で語れるようなものではないはずなのだ。
成功だってそうだ。テストで百点をとったってなんの役にも立たない。ガキのころに自転車に乗れるようになったことのほうが、今思えばよっぽど大きな成功だろう。
高校三年にまでなって、ふとそんなことを思ってしまったのだ。
だからいわばこれは将来組み込まれる社会とやらに対するわずかな反抗心。受験勉強やら補修やらから少しのあいだ逃げ出す、そんな時間のむだとやら。
こんな自分を大人は非行だのぐれただのとぬかすのだろうか。
――大きなお世話だ。
人生に一度くらい、自分の力だけで行けるところまで行ってみたいのだ。
有り金もすべて合わせればそれなりの額になる。使い道もないのにバカみたいにバイトしていたのが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
まずは海にぶち当たるまで進むのだ。そしたら海辺の民宿にでも泊まって、うまいもんでも食って、温泉に入って、それから、
――それからどうしたものか。
それからは――、まあそれから考えればいい。
あと五キロもすれば海道に出る。原付を停められそうなところを探して、海まで降りよう。
海に行くのなんていつ以来だろうか。どうしてだろう。ずいぶんと昔のことで、忘れてしまった。