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六十三億分の一 その5

 結局のところ、一博はなんのコマを進めることもなく民宿あさくらに帰還した。あの後、もう一度おなじところに宿泊するのも何だか損な気がして、近辺のホテルをあたってみたのが驚愕の値段に腰が抜ける羽目となった。

 五時ごろに再び来店すると、女将さんは一博を覚えていたらしく「また来たのかい」という顔をした。かわりに、まだ風邪が治りきらなかったのか、という旨を聞かれた。またしてもそんなひどい顔をしていたのだろうか。

 部屋に到着すると同時に一博は座布団の山へダイブする。ごろりと仰向けになり木造の天上を眺める。たしかに今日も精神がまいるようなめにあったものだから、顔に出ていたのかもしれない。

 ――行方不明、か。

 一月もまえということは、あたりまえだが無事なわけはない。あのふたり組みのほうがその事実を痛感しているだろう。

 なんでかなあ、とぼやきながら寝返りをうつ。そんなつもりで言ったわけではないのだが、なぜかうまくいかない。

 自分のみに怪奇現象が起きたかと思えば、次は行方不明ときた。近々自分も手帳の少女と同じ運命をたどるのではないか、と思うとゾッとする。


 あーだのこーだの悪い考えばかりが頭をぐるぐる回るうち、チェックインしてからわりと時間がたってしまった。こんなことでは何をしにきたのかわかったものではない。頭をぶんぶんと振って悪い考えを追い払う。あー、とうだりながら体を起こし、

「――風呂、」

 昨日風呂に入らなかったものだから体が気持ち悪い、いまさらなことに思い当たる。たしかここは露天風呂があったはずだ。

 カバンに手を伸ばしタオルやパンツ、その他もろもろを引きずり出す。――風呂に入れば、嫌なことも忘れられそうだ。

 部屋を出て、階段を下りる。すると下からひょこりと女将さんが姿を見せ、「あら」という顔をした。

 ちょうどよかった。ついでに風呂場までの行きかたを聞こう、と階段をおりていく。と、

「――げ、」

 あからさまに嫌そうな反応に女将さんは首を傾げるが、原因は彼女の背後にある。女将さんに娘がいるという話をしていたの思い出す。

 ――よりにもよってそれはないだろう。

 昼間に出会ったあの短髪少女が威嚇する目でこちらをにらんでいた。以前会ったときとは変わってジャージではなく、ぜんぜん似合っていない割烹着かっぽうぎを着ている。さすがに客と認識しているのか飛び掛っては来ない。まさか休息をとりにきたはずが、そこが敵の本拠地だとは思いもしなかった。今夜辺り寝首でもかかれるのではないだろうか。

 そんなこととは露知らぬ女将さんは営業スマイル全開で、

「入浴場でしたらこちらのつきあたりを右にありますよ」

 と、一博の質問を先回りして答えてくれた。一博は引きつった顔のまま、

「――あ、ありがとうございます」

 と言うと、そそくさと早足でその場を後にする。背後を見ずとも背中にピリピリとする視線が突き刺さり、こちらを見ていることがあからさまにわかる。

 右に曲がり、のれんをくぐる。さすがにここまでくると視線は感じなくなった。

 ――ため息をつく。疲れのウエイトがもう一キロほど肩に追加されたような気分だ。自分にはもう安息の地は存在しないのだろうか。

 そう思うと、一博はすこしだけ泣きたくなった。

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