ハッピーエンドはすぐ目の前に
「……あれ、ライアン?」
「ひ、姫様。お、お目覚めですか!」
寝ていたアリスが目を覚ました。しかし、その目は戸惑うように周囲を見回す。
「ライアンだけ、なのかしら? 侍女は?」
「そ……それが……!」
聞かれた問いに、ライアンは思い切り口ごもった。結婚を申し込むぞという覚悟は、起きたアリスを見たらどこかに行ってしまった。
「その、実は、姫様の侍女は一時的に担当をすべて外されてしまいまして、自分がお世話をすることになりまして……」
結局ライアンが言ったのは、ただの事実である。「着替えから入浴から」という王子の言葉が浮かんで、顔が赤くなりそうになるが……。
「え……?」
アリスの反応を怖々確認したライアンだが、その反応は予想とは違った。顔が強ばり、青ざめているように見える。
「……それ、お母様の指示よね?」
「は、はい……」
「そう。……ちょっと、行ってくるわ」
「ど、どこへ、でございますか!?」
「お母様のところに決まっているでしょう」
言うやいなや、アリスはソファに寝て少し乱れてしまった服をパンパンと手で叩いて直しながら、歩き出していた。
「多分、私が何かやらかしてしまったんでしょう? 侍女が外されたのは自業自得だとしても、あなたに私の世話をさせるのは間違っているわ」
慌てて後を追うライアンを振り返ることなく、アリスは無表情といっていい表情で、淡々と語った。
「ついてこなくていいわよ、ライアン。心配しないで。あなたは私の護衛であって、世話係じゃない。きちんと母に言うから」
無理に笑ったような顔で言うアリスに、ライアンは何も言えず、ただアリスを見送る。……というわけにはいかないライアンは、慌てて呼び止めた。
「お、あ、お、お待ち下さい! 姫様! そうではないのです!」
「そうじゃない?」
「は、はい。姫様が何かをしてしまったわけではないのです!」
このままアリスを行かせたら、後から女王に何を言われるか分かったものではない。何とか留めなければ……という思いで必死に言うが……そこまでだった。
アリスが何かしたのでなければ、なぜ侍女が外されてライアンが世話をすることになったのか。
おそらく、その理由を求めてライアンの言葉の続きを待っただろうアリスだが、それ以上ライアンが何も言わないので、小さく笑って、再び足は女王の部屋へと向かう。
「……ありがとう、ライアン。慰めてくれるのね。でも平気だから」
何一つ誤解が解けないまま……というかますます悪化させたアリスに、ライアンは再び叫んだ。
「そ、そうではないのです、姫様。そうではなくてですね……」
言え。たった一言、「結婚して下さい」と言えばそれで済む。たったそれだけ。何も難しいことはない。
「…………………」
だが、ライアンは結局言えなかった。アリスはもう泣くのを堪えるような顔で、何も言わずに立ち去る。
「お、お待ち下さい! 姫様!」
それを再びライアンが呼び止めて、アリスは立ち止まる。しかしライアンは何も言えずに黙り込む。
――その流れを何度も繰り返してしまった結果。
「ひ、姫様、お待ち下さい!」
ライアンが呼びかけても、アリスが立ち止まることはなくなった。
そうこうするうちにライアンの視界に入ったのは、兵士二人の姿。それは、女王の部屋の前に立っている護衛兵士たちだ。
つまりすでにもう、女王の部屋の前だ。
このままでは本当にマズいと、ライアンの顔が青くなった。
「姫様っ!」
必死に、それはもう泣きたくなるくらい必死になって、アリスの前に回り込む。そして、そのまま跪くと、さすがにアリスも止まった。
「ライアン……」
暗い顔で何かを言いかけたアリスだが、それよりもライアンが叫んだ。
「け、けっこんを!」
「……え?」
「けっこんを、したいと、かんがえて、まして!」
「…………」
どもって、途切れ途切れのライアンの言葉に、アリスの目が少し見開いた。しかしすぐ俯く。その目にはうっすらと涙が浮かんでいるが、必死なライアンは気付かない。
「だ、だから、その……」
「……そう。おめでとう、ライアン」
「その、……え?」
必死で言葉を紡ごうとしているライアンは、アリスを見返す。「おめでとう」の意味が分からない。
「後でお相手のことなど、聞かせてちょうだい。私はお母様と話をしてくるわね」
平坦でいて、必死に何かを堪えているような、アリスの言葉。下を向いているから、表情は分からない。
ライアンと目を合わせることなく、その脇を通り過ぎようとしているアリスに、ライアンは致命的な失敗を悟った。先ほどの言葉は、どう考えても「ライアンが他の女性との結婚を考えている」ようにしか聞こえない。
(ああもうだから、いい加減勇気出せ!)
心の中で自分をぶん殴り、口を開いた。
「ひ、姫様と! 結婚をしたいのです!」
言った。ついに言った。
アリスの足が止まった。その視線がライアンに注がれたのだった。




