ハッピーエンドに近づきたくて
「ライアン様、女王陛下がお呼びでございます」
アリスとライアンが視察から戻ると、それを待ち構えていたかのように、ライアンに声がかかった。
「またぁっ!? なんでいつも視察から帰ると、ライアンだけ呼び出すの!? 私は!?」
アリスが不満そうに言うが、それに答えられるのはアリスの母たる女王しかいない。よって、誰もが曖昧そうな笑みでごまかす中、ライアンは憂鬱そうに頷いた。
「すぐ伺いますと伝えてくれ」
「かしこまりました」
女王からの使者は安堵したようにうなずいて、その場を去る。ライアンは不満そうなアリスに、片膝をついた。
「姫様、お疲れ様です。お部屋でごゆるりとお休み下さい」
「……ええ、そうするわ。あなたもお母様の話が終わったら、顔を出して」
「承知致しました」
笑みを含めてライアンが答えれば、アリスの機嫌が少し良くなったように見える。それを確認し、ライアンは踵を返したのだった。
※ ※ ※
「それでライアン、どうだったのだ?」
「は。街は特に変わりなく、人々も穏やかに生活しているようで……」
「そうではない。アリスと、どうだったのかと聞いておる」
女王の私室に呼ばれ、言われて椅子に座る。その開口一番言われた言葉に、素知らぬ顔で視察の結果を報告するが、途中で切られた。
わざわざ“アリス”を強調して言われた言葉に、ライアンは口ごもった。何も答えられないでいると、女王の指が肘掛けの上で動く。コツコツと音を出した。
「どうだったのだ?」
「……そ、その」
「またも、何もなかったのか」
「……は、その、も、申し訳なく」
女王の指の出す音が、コツン、とひときわ大きく響いた。
「ライアン、わたくしは言ったはずだ。アリスはそなたにくれてやると」
「……は、は」
「そなたとて、我が国筆頭の公爵家の者。王女を降嫁させるに、何も問題はない」
「……は」
ライアンは頭を下げたまま、いつも言われるフレーズに、ただただ頷くしかない。
「だが、わたくしも女であるから、アリスの気持ちが分かる。わたくしの命でそなたと結婚させるより、そなた自身から結婚を申し込まれた方が嬉しいであろうと」
「……は」
同じ返事を返しながら、ライアンの脳裏によぎるのは、朝食を共にしたときの、アリスの言葉だった。
(違うんです。私はあなたがあなただから守りたいのです)
あの場でそう言えば良かった。それを言っていい権利は、この女王からもらっている。言えないのは、ひとえに自分が臆病なだけだ。
「母上、妙案が浮かびました」
「ん? なんじゃ?」
同席していた王子、アリスの兄であるアルノートの言葉に女王が聞き返し、ライアンの頬が引き攣った。この王子の"妙案"は碌でもないことが多い。
「たった今から、アリスの侍女をすべてその担当から外しましょう。そしてこのライアンに世話をさせるのです。着替えから入浴から何から何まで」
「殿下っ!」
「おおっ、それは妙案じゃ!」
「陛下もっ!」
やはり碌でもなかった。何ということを言い出すのか。女王までうなずかないで欲しい。しかし、二人はそっくりなニヤニヤ笑いで、ライアンを追い詰める。
「なに、心配するでない。おぬしが何をしようと、わたくしが許可したと言えば、何も問題はない」
「大丈夫さ。アリスもお前が手を出せば喜んで受け入れる」
「そういう問題ではありません!」
絶叫するライアンだが、女王も王子も気に掛けることなく、話を進める。
「期限は、ライアンがアリスに手を出すまで、で良いかな」
「母上、論点がずれておいでですよ。アリスとライアンが結婚することが大前提なのですから」
「ああ、そうであった。では、ライアンがアリスに結婚を申し込み、快諾を得るまでで良いな」
「よろしいかと存じます。――そういうことだ、ライアン。いつまでもお前が何も行動しないと、アリスが不自由することになるから、よく覚えておけ」
「で、ですから……」
抗議しようとしたライアンは、早く行けと手を振られて、それを飲み込む。
結局そのまま女王の私室を辞するしかなかったライアンは、そのままトボトボとアリスの部屋へ向かう。
(いつからだっただろうか。お仕えすべき姫様に、それ以上の感情を抱いたのは)
仕えるべき姫。
妹のように、手がかかって我が儘だけれど、可愛い姫。
そんな存在だったはずのアリスが、気が付けばライアンの中でそれだけの存在ではなくなっていた。他の騎士たちを寄せ付けず、公爵家の権力をかざして自分だけが護衛騎士を務めるようにまでした。
それらの言動は当然ながら女王にまで知られたが、罰を受けることもなく、笑いながら結婚の許可をくれたのだ。
ただし、ライアンから結婚を申し込むように、という条件づきで。
「……参った」
条件づきの結婚許可に、飛びついたまでは良かった。アリスの自分を見る目は、“ただの護衛騎士”にむけるものではない。きっと、言えばアリスは受けてくれる。
そう思っているのに、アリスを前にすると何も言えなくなる。そんな臆病な自分がいたことに、ライアンは驚き情けなくなっていた。
「……だれも、いない。早すぎるだろう……」
アリスの部屋の前まで来たが、誰もいない。普通ならあり得ない。本当に、侍女も誰も側に置かせないつもりなのか。
「よし」
気合いを入れる。
アリスのためにも、早くしなければならない。簡単なことだ。一言「結婚して下さい」と言えばいいだけ。
扉をノックする。が、返事がない。どうしたのだろうと思いつつ、扉を開ける。見えたのは、ソファに横になって寝ているアリスだった。
「姫様っ!?」
驚いて近寄るが、顔色は問題ない。呼吸も問題なさそうだ。視察に出て、疲れてしまったのだろうか。
「こんなところで寝たら、風邪を引きますよ」
小さくつぶやく。何か掛けるものをと周囲を探してみるが、どこにあるのか分からない。
しょうがないと思い、自分が着用している騎士の上着を脱いで、アリスにかける。無防備に眠っているアリスが、可愛くて愛しくてたまらない。
「……ん、ライアン……」
アリスのつぶやきに、ライアンがギクッとして手を止める。が、目はあかない。寝言なのか。
ホッとして、寝言で自分の名前を呼んでくれていることに嬉しさを感じながら、ライアンは自然に微笑んだ。
「……ライ、アン……すきぃ……」
「っっっっっ!?」
つぶやかれたアリスの寝言に、ライアンの顔が一気に赤く染まった。
凄まじい瞬発力を発揮して、アリスの側から離れ、部屋を出る。起こさぬように静かに扉を閉めて、ハァと大きく息を吐き出した。
「……勘弁して下さい、姫様」
赤い顔のまま、その場にうずくまる。
あれはないだろう。不意打ちなんて卑怯だ。一体どんな夢を見ているのか。あんな幸せそうな顔で。
「……このあと姫様と顔を合わせるとき、どうしたらいいんだ?」
この一連の流れを女王が見ていたら、「だからさっさと結婚を申し込め」とツッコんだであろうことをつぶやき、しばらくその場から動けなかった。




