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ハッピーエンドはその手の中に  作者: 田尾風香


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1/4

ハッピーエンドはまだ遠く

「姫様、おはようございます」

「おはよう……」


 王女のアリスは侍女に声をかけられて、大きく欠伸をしながら起き上がる。そして、一つ大きく深呼吸すれば、寝ぼけ眼はなくなった。


「ねぇ、ライアンはいるかしら?」


 自らの護衛騎士の名前を出すと、侍女は微笑ましそうに笑った。


「ええ、扉の外におりますよ」

「呼んでちょうだい」

「着替えましたら、呼びましょう」

「…………あ」


 アリスの顔が赤くなった。今の自分は夜着姿なのだ。この格好でライアンの前に出るわけにはいかない。


「それとも姫様、ライアン様に襲われたいのでしたら、もっと薄い夜着に着替えましょうか?」

「そんなこと、言ってないっ!」


 侍女のからかいの含んだ言葉に、アリスは絶叫したのだった。



※ ※ ※



「お呼びと伺い、ライアン参りました」


 アリスの着替えが終わり、朝食が並び始めた時点でライアンを呼ぶ。

 いつでもどこでも堅苦しいこの男は、それを証明するかのような、片膝をついたキッチリした礼をする。


「ライアン、朝食は食べた?」

「は。無論でございます」

「……あ、そう」


 アリスの勇気のいる渾身の誘いだったが、あっさり振られた。不満そうに唇を尖らせたが、膝をついてうつむいているライアンは気付かない。


「ライアン、まだ食べられるわよね?」

「は?」


 驚いて顔を上げたライアンに、アリスは満足そうに笑った。


「食事、たくさんあって食べきれないから。あなたも一緒に食べてちょうだい」


 向かい側の椅子を指し示すと、ライアンは笑えるくらいの動揺を示した。堅苦しい男のこういう姿は、なかなか貴重だ。


「い、いえ。臣下たる私めが、姫様と同じ席に着くわけには……」

「あら、王女の私の命令がきけないの?」


 アリスが切り札を切れば、ライアンは困り果てたように周囲を見回す。しかし、近くにいる侍女たちはそっぽを向いて見て見ぬふりだ。


 その様子を見て、ライアンは大きくため息をついて立ち上がった。指し示された椅子に、大人しく座る。


「最初からそうしなさい」

「……姫様、こういうことに、命令を持ち出さないで頂きたい」

「いやよ。せっかくあなたを従わせることができる権力があるのに、使わないなんてもったいないじゃない。――ほら、食べなさい」


 アリスが食事を示せば、ライアンは素直に手を伸ばす。伸ばしながら、愚痴のように言った。


「小鳥が怪我をしてると言っては木に登るし、犬が流されていると川に飛び込むし。そういうことを自分でやらずに、命令して欲しいのですが」


「し、しょうがないでしょ! 体が勝手に動いちゃうんだから! 大体、どっちもやる前にあなたに止められたじゃない!」


「当たり前です。そんな危ないことを主君にやらせる部下は、どこにもおりません」


 ライアンのなんとはなしの言葉に、アリスの食事の手が止まった。そのまま手が膝に置かれる。


「姫様?」

「ライアンは……私が姫だから、守ってくれてるだけ?」

「……姫様?」


 ライアンの窺うような呼びかけに、アリスは思わず本音を言ってしまったことに気付いて、大慌てで手を振った。


「な、なんでもないわっ! ライアン、今日街の視察に行くから、付き合いなさい!」

「……承知致しました、姫様」


 強引に話を切り替えてビシッと指を指せば、ライアンはどこか硬い表情ながらも、頭を下げたのだった。



※ ※ ※



 街中の視察。

 最初はお忍びだったのだが、母たる女王にバレてからは、“視察”という名目で街に出ることを許してくれている。


「ねぇライアン」

「は」

「後ろにいないで横に来て。ちゃんと私をエスコートしてちょうだい」

「……は」


 命令という名の文句を言えば、渋々な返事ながらも言われたとおりに横に立つ。

 これも最初はなかなか頷いてくれなかったのだ。「護衛が横に立つなどあり得ません」とか言い張って。


 アリスは、ライアンを見上げる。

 こうして並んで立っていると、ライアンは頭一つ分は大きい。


(いつからだろうな)


 堅苦しいだけで面白みのなかったこの男に、惹かれてしまったのは。カタブツで生真面目すぎても、それでもこの男の側が一番居心地がいいのだと、知ってしまったのは。


(でも、私は王女だから)


 この想いは、外に出してはいけない。母の命令で、いつかは顔も知らぬ男の元に嫁ぐことになる。

 それでも今はまだ許されるだろう。自分には相手となる男の姿など、影も形もないのだから。今くらい、この男の側にいられる幸せを感じたって。


(……それにしても、お母様は私の結婚を、どう考えているのかしら)


 アリスはすでに十七歳。人によってはとっくに結婚している。だというのに、未だに婚約者すらいない。

 いて欲しいわけではない。けれども、これ以上ライアンと一緒にいると、気持ちを抑えられなくなりそうで怖い。


 結婚なんかしたくない。ずっとライアンの側にいたい。

 でもさっさと結婚してしまいたい。取り返しがつかなくなる前に。


 矛盾した想いをアリスは抱えつつ、そっとライアンを見上げたのだった。


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