クラス委員長との対立
### 7-10 クラス委員長との対立
食堂での騒動の後——午後の自習時間を終え、ミユキは廊下を歩いていた。
次の時間は選択授業だ。ミユキは応用魔法陣理論を選択している。プログラマブル魔法陣の研究に直結する授業だ。
クララは魔法基礎理論、リリアーナは基礎魔法実技を選んでいるため、今は一人だった。
廊下は静かで、壁に飾られた絵画が優雅な雰囲気を醸し出している。
「ヴェルナー嬢」
凛とした声が響いた。
◇
振り向くと——金髪を優雅にまとめた令嬢が立っていた。
アデライーデ・フォン・ノルトハイム。
クラス委員長で、伝統ある公爵家の令嬢だ。
整った顔立ちに、涼しげな青い瞳。完璧な姿勢で立っている。
「あの……何か?」
ミユキは少し緊張した。
アデライーデは、授業中も厳格な態度を崩さない。
魔法の実技でも、伝統的な手法を重んじる——そんな印象だった。
「少し、お話があります」
アデライーデが一歩近づく。
表情は穏やかだが——どこか堅い。
「あなたの魔法は……確かに効果的です」
「……はい」
「しかし」
アデライーデは続けた。
「伝統的な手法を無視しているのはどうかと」
ミユキは、内心で身構えた。
『やっぱり……批判か』
実技試験での魔法陣デバッグ、授業での最適化提案。
どれも、従来の魔法理論とは違う——プログラミング的な発想だった。
『伝統派の貴族には……受け入れがたいかも。でも、陰口じゃなくて直接言ってくれるのはありがたいな』
ミユキは、慎重に答えた。
「効率と安全性を優先した結果です」
「それは分かります」
アデライーデは頷いた。
「でも……魔法には美学があるべきです」
「美学……?」
「ええ」
アデライーデが、少し目を細める。
「魔法は芸術です。数式のように扱うなんて……」
言葉に、微かな不快感が滲む。
ミユキは——芸術より数式を低くみているアデライーデに、少しひっかかるものを感じる。
『芸術……?』
ミユキは、真っ直ぐアデライーデを見る。
「数式にも美学はありますよ」
きっぱりと、そう言った。
「無駄のない流れ、必要十分な構造、完璧な論理。私にとっては、それが芸術です」
アデライーデの眉が、ピクリと動く。
『あ、やば。つい……。料理に続いてまたやっちゃったかなあ。でも、ここはちょっと……プログラマー的に譲れない部分なんだ……』
「……」
一瞬の沈黙。
そして——アデライーデは、小さく息を吐いた。
「……そうかもしれませんね」
意外な言葉である。
『あら、もっと批判的になるかと思ったのに』
ミユキは続けた。
「伝統も大切だと思います」
「……」
「でも、進歩も必要だと思います」
アデライーデの眉が、またピクリと動いた。
◇
二人の間に、静かな緊張が走る。
アデライーデは——腕を組んで、ミユキを見つめた。
「進歩……ですか」
「はい」
ミユキは続けた。
「魔法は、時代とともに変わってきました。古代魔法から現代魔法へ。魔動機関だって新しい技術です。伝統を守るのも大事ですが……。変化を受け入れることも、必要だと思います」
アデライーデは——何も言わなかった。
ただ、じっとミユキを見つめている。
その視線は——批判的というより、観察するようだった。
『怒らせた……かな?』
ミユキは、少し不安になった。
でも——はっきり自分の考えを伝えておかないと……。
その時、廊下の向こうから——。
バタバタバタッと、派手な足音が響いた。
「うきゃああああ!」
クララが全速力で走ってきた。
手には、大量の資料を抱えている。
「ちょっ、クララ!?」
ミユキが叫ぶ間もなく——。
クララが、足を滑らせた。
「わわわ!」
ガシャーン!
資料が宙を舞う。
紙が、廊下に散らばった。
◇
「クララ! また何かやらかしたの!?」
アデライーデが、大きくため息をついた。
先ほどの厳格な雰囲気が——一瞬で消えた。
「ごめんごめん! でも面白いこと見つけたの!」
クララが起き上がって、笑顔で資料を拾い始める。
「あなたはいつもそう……」
アデライーデが頭を抱えた。
ミユキは——少し呆然としていた。
『クララとアデライーデ……知り合い?』
クララが、散らばった資料を拾いながら言った。
「ミユキ! 見て見て! 図書館で古代魔法の文献見つけたの!」
「え、ああ……」
「それがね、プログラマブル魔法陣に似た概念があって……」
「クララ」
アデライーデが、呆れた顔で割り込んだ。
「廊下で騒がない」
「はーい」
クララが、舌を出した。
アデライーデは、深くため息をつく。
「本当に……あなたは昔から……」
そして、ミユキに向き直った。
「失礼しました。友人が……騒がしくて」
「え、あ、いえ……」
ミユキは、驚いた。
『クララと、友人……?』
厳格なアデライーデと、明るいクララ——正反対のように見える二人が。
クララが、にっこり笑った。
「アデライーデとは幼馴染なの! 昔からお堅いのよね〜」
「お堅いって……」
アデライーデが、微かに頬を赤らめた。
「私は、規律を守っているだけです」
「はいはい」
クララが、軽く手を振った。
ミユキは——少し、笑いそうになった。
『意外な一面……』
◇
資料を拾い終わり、クララが駆けていく。
「じゃあミユキ、後でね!」
「あ、うん……」
廊下に、再び静けさが戻った。
アデライーデが、小さくため息をついた。
「……すみません、取り乱しました」
「いえ……」
ミユキは、少し微笑んだ。
「クララさん、元気ですね」
「ええ……元気すぎて困ります」
アデライーデの表情が、ほんの少し柔らかくなった。
そして——再び、真剣な顔に戻る。
「……話を戻しますが」
「はい」
「リリアーナさんも、もっとしっかりしてほしいものです」
唐突にリリアーナの名前が出た。
ミユキは、少し驚いた。
「え? リリアーナさん?」
「ええ」
アデライーデが、少し眉をひそめる。
「またドジを踏んでいましたし……」
「あー……」
「何もないところで転んだり、椅子に足をひっかけるなんて……」
アデライーデが、困ったように首を横に振る。
でも——その表情は、批判的というより——心配そうだった。
ミユキは、少し考えてから答えた。
「彼女は……純粋で、一生懸命ですよ」
「……」
「緊張すると不安そうな表情になってしまうようなんです。でも、それだけ真面目だということでもあります」
「……そうですね……」
アデライーデは、少し考える仕草をした。
「……はい。あの大きな瞳で不安そうに見回されると、つい心配になってしまいます」
表情が、少し和らいだ。
「ヴェルナー嬢も……リリアーナさんを心配しているのですね」
「はい」
「……なら、安心です」
アデライーデは、そう言って——ほんの少しだけ、微笑んだ。
◇
「それでは」
アデライーデが、優雅に一礼した。
「失礼します。授業に遅れますよ」
「あ、はい……」
ミユキも、慌てて一礼した。
アデライーデが、廊下を歩いていく。
その背中は——相変わらず、完璧な姿勢だった。
ミユキは、小さくため息をついた。
『伝統を重んじる人だけど……厳しいだけじゃないのかな』
そして——次の授業へと向かうのだった。




