王立学園——学食ランチ騒動
### 7-9 王立学園——学食ランチ騒動
入学から二週間ほど経った昼下がり——。
ミユキとクララは、学園の食堂にいた。
食堂は、まるで貴族の館のような豪華な内装だ。
天井から下がるシャンデリアが輝き、白いテーブルクロスに銀の食器が並ぶ。大理石の柱が立ち並び、壁には絵画が飾られている。
昼食時とあって、多くの生徒たちで賑わっていた。
「今日のメインディッシュ、銀角鹿のステーキだって! 楽しみ!」
クララが弾んだ声で言った。
給仕が二人の前に料理を運んでくる。
大きな皿に、ジューシーな肉料理、色とりどりの野菜の付け合わせ、そして香ばしいパン。
「本当にすごいよね、ここ……」
ミユキは思わずつぶやく。さすが王立の学園だけあって、食事も豪華だ。
ミユキは、小さく笑顔を浮かべた。
◇
「ねえ、あそこ」
クララが小声で言った。
視線の先には——金髪の少女が一人で座っている姿があった。
リリアーナ・ローゼンベルク。
彼女のテーブルには他に誰もいない。周囲の貴族令嬢たちは、距離を置いている。
「あの子って平民なのに特待生だから、やっぱみんな近づきにくいんだって」
クララが続ける。
「でもなんかドジなところが可愛いよね! さっきも階段で転びそうになってたし」
リリアーナは「ドジっ子聖女」という設定で、何かと物を落としたり転びそうになったりするのだ。
それが攻略対象たちの保護欲をくすぐる——という、典型的な乙女ゲーム設定だった。
『でも現実だと……周囲から避けられる原因にもなっちゃうのかー』
ミユキは、少し複雑な気持ちになった。
「クララもあの子、近づきたくないと思う?」
「そんなことないよ、だってあの子めっちゃかわいいじゃん!」
「そうなのよね! 実は私、この間お友達になったの。それじゃ、一緒に食べましょう」
ミユキはクララを誘って立ち上がると、リリアーナに近づいて声をかけた。
「リリアーナさん……一緒に食べません?」
◇
リリアーナは、嬉しそうに顔を上げた。
「ミユキさん! いいんですか?」
「ええ、もちろん」
ミユキが微笑むと、リリアーナは立ち上がろうとして——。
ガタン!
椅子に足をひっかけた。
体が前に傾く。
『あ、危ない!』
ミユキが手を伸ばそうとした瞬間——。
どこからともなく、黒髪の青年が現れた。
「大丈夫か!?」
カイル・ヴァルトハイム——騎士団長の息子で、実技試験でトップの成績を誇る青年だ。
彼がリリアーナを支えた。
「あ、ありがとうございます、カイル様……」
リリアーナが真っ赤になって俯く。
「気をつけろよ」
カイルは優しく微笑んで、さっと立ち去った。
その場に、沈黙が訪れる。
クララが小声で言った。
「うわー! 守護騎士だ! カッコいい!」
目をキラキラさせている。
ミユキは——。
『あっぶな。カイルに近づく気はなかったんだけれど……。それにしても、カイルまで物理法則を無視してくるとは……』
内心でため息をついた。
椅子に足をひっかけて転びそうになる——それは分かる。
でも、どこからともなく攻略対象が現れて助ける——これはさすがに奇妙で、このシーンだけ切り取ったイベント的な動作に見える。
『瞬間移動? テレポートでもしてきたみたい。それこそ魔法みたいだ。ゲームの演出が、そのまま現実になってる……』
ミユキは、改めてこの世界の不思議さを実感するのであった。
◇
三人でテーブルを囲む。
クララを紹介すると、一瞬にして仲良くなる二人である。両者の陽キャスキルに若干引いてしまうミユキだったが、リリアーナが楽しいならまあ良いかと娘を見守る保護者気分になる。
リリアーナは嬉しそうに笑っている。
「お誘いありがとうございます、ミユキさん、クララさん」
「気にしないで! 友達でしょ?」
クララが明るく答えた。
『友達になるのはやっ!』
驚きつつ、ミユキも頷いた。
「ええ。一緒に食べましょう」
三人で食事を始める。
リリアーナが、おずおずと口を開いた。
「あの……ミユキさん、魔法の勉強、まだお願いしてもいいですか?」
「もちろんですよ」
ミユキは微笑んだ。
「今日の午後、時間がありますか?」
「はい!」
リリアーナの顔がぱっと明るくなった。
クララが割り込んだ。
「私も参加していい? ミユキの魔法理論、めっちゃ興味あるの」
「もちろんよ」
三人で魔法の話をしながら、食事を楽しむ。
『いいな、こうして友達と食事を楽しめるの……』
ミユキは、胸の奥がじんわりと温かくなった。
◇
ミユキは、銀角鹿のステーキを一口食べる。
そして——思わず眉をひそめる。
『うーん……?』
味付けは悪くない。
でも——。
『この肉、下処理が甘い……臭みが残ってる』
前世でデスマに陥る前にはけっこう真剣に料理を趣味にしていたミユキには分かる。
鹿肉は、下処理をしっかりしないと獣臭さが残るのだ。
ハーブと香辛料の配合も重要。
『それに、加熱しすぎて硬くなってる……』
思わず、口に出してしまった。
「これ、もっと美味しくできるのに……」
小声のつもりだったが——。
「えっ?」
リリアーナが驚いた顔で見た。
「十分美味しいと思いますけど……」
「あ、いえ、その……」
ミユキは慌てた。
『しまった! 言ってしまった!』
クララが声をあげる。
「ミユキってば料理も詳しいの!?」
「ええ、まあ、少し……」
ミユキは、小さく答えた。
『また心の声を漏らしちゃった……』
その時、クララがふっと小さく笑った。
「ミユキは、ほんと何でもできて羨ましいなぁ……」
その声には、少しの寂しさが混じっていた。
「魔法陣も、理論も、料理も……全部得意で……。私は……何もできないのにね。魔法実技の授業でも、いつも失敗ばかりで……。このあいだ教授に『基礎からやり直しなさい』って言われちゃったよ」
クララの声が、さらに小さくなる。
「姉は私と同じ年齢の時、もう上級魔法を使いこなしてたのに……私は基礎魔法すら……」
ミユキは、クララの表情を見た。
いつもの明るさが影を落としている。
「クララ……」
「あっ、ごめん! 変なこと言っちゃった!」
クララは慌てて笑顔を作った。
「いいえ、そんなことありませんよ! 私も魔法の理屈ってよくわかってなくて! それで、ミユキさんに教えてもらってるんです!」
とフォローするリリアーナ。
「そうなんだ、やっぱ、ちゃんと教わらないとね! ミユキ、よろしくね!」
「うん、もちろんよ」
「一緒に頑張りましょう!」
両手でガッツポーズをするリリアーナ。
「リリアーナちゃんかわいい! ささ、食べよ食べよ? 冷めちゃったらもったいないよ!」
その笑顔は——まだ少し無理をしているようにミユキには見えた。
『クララは……周りに弱さを見せないようにしている。努力して明るくすることで、自分を守っている。自分に自信がないことを、明るさで覆い隠しているんだ』
ミユキは、心の中で決めた。
『クララを助けよう。彼女の得意を見つけてもらって……そして彼女自身にも、自信を持てるようになってほしいな』
ミユキが考えつつ食事をつづけようとすると、リリアーナが興味津々で聞いてきた。
「それで、ミユキさん、どうすればもっと美味しくなるんですか?」
「あ、ええっと……鹿肉だったら……」
クララのことが気になっていたミユキは、ついうっかりと料理法を説明し始めてしまう。
「ハーブと香辛料の配合を変えて、加熱しすぎないよう低温でじっくり……それから、下処理の段階で血抜きをもっとしっかりして……」
説明しているうちに、止まらなくなる。
料理理論が次々と口をついて出る。
「ミユキ、それ絶対プロレベルだよ!?」
クララが驚いた声を上げた。
「い、いや、えっと、本で読んだだけで……」
ミユキは慌てて言い訳した。
◇
その時——。
重い足音が近づいてきた。
振り返ると——がっしりとした体格のドワーフ族の男性が立っていた。
白い料理服を着て、コック帽を被っている。
食堂の厨房長——グリムナル・アイアンハートだ。
「今、この料理の批評を……?」
低く、重い声だった。
ミユキは、凍りついた。
「あ、いえ、その……」
「若いの」
厨房長が一歩近づく。
「批判するなら、自分で作ってみるか?」
挑発的な口調だった。
クララが小声で囁く。
「ミユキ、逃げて!」
でも——。
食べかけの料理をおいて逃げるわけにもいかない。そして——ミユキの職人気質が、突然火を吹いた。
『批判するなら作ってみろ……?』
『それは……この私に対する挑戦ッ!?』
前世で、プログラマーだった時もそうだった。
「やれるものならやってみろ」と言われたら——つい『カチン』ときて、やらずにはいられなかった。
ミユキは、厨房長を真っ直ぐ見た。
「……やりましょう」
「えええええ!?」
クララとリリアーナが同時に叫んだ。
「ミユキさん、本当に大丈夫なんですか!?」
リリアーナが心配そうに聞く。
でもミユキは——もう止まらなかった。
「厨房を、貸していただけますか?」
厨房長が、ニヤリと笑った。
「面白い。来い」
クララが頭を抱えた。
「ミユキったらいつも大人っぽいのに……なんでこうなっちゃうの……」
◇ ◇ ◇
学園の厨房——。
巨大な調理場に、様々な調理器具が並んでいる。
魔導コンロ、魔法冷蔵庫、魔法のナイフ。
食堂のスタッフたちが、興味津々で見守っている。
ミユキは、銀角鹿の肉の塊を前に、深呼吸をした。
『落ち着いて……前世で何度もやってた』
『料理は、化学だ。手順を守れば、誰でも美味しく作れる』
ミユキは、ナイフを手に取った。
まず——肉の下処理。
余分な脂と筋を丁寧に取り除く。
手際が良い。
まるで、何年も修行した料理人のようだ。
厨房長が目を細めた。
「この手つき……一体どこで修行を……?」
「独学です」
ミユキは、淡々と答えた。
次に——血抜き。
塩水に浸して、丁寧に血を抜く。
これが、鹿肉の臭みを取る鍵だ。
そして——ハーブと香辛料。
ローズマリー、タイム、ニンニク、黒胡椒。
前世の知識を総動員して、最適な配合を決める。
肉に下味をつけ——。
魔導コンロに火をつける。
低温でじっくり、焼き上げる。
香ばしい香りが、厨房に広がり始めた。
◇
約三十分後——。
完成した料理が、皿に盛られた。
美しく焼き上がったステーキ。
表面はカリッと、中はジューシー。
付け合わせの野菜も、彩り鮮やかに配置されている。
香りが——素晴らしい。
厨房中が、その香りに包まれた。
厨房長がナイフを入れ、一口食べる。
そして——。
目を見開いた。
「これは……!」
スタッフたちも、次々と試食する。
全員が、驚愕の表情を浮かべた。
「臭みが完全に消えてる……」
「肉の旨味が、こんなに引き出されるなんて……」
「これが……銀角鹿の本当の味なのか……」
厨房長が、ミユキを見つめた。
「嬢ちゃん……」
「はい」
「うちで働かないか?」
真剣な顔で言った。
「い、いえ、学生なので……」
ミユキは慌てて断った。
「そうか……」
厨房長は残念そうに頷いた。
「なら、たまにレシピを教えてくれ! 頼む!」
大きな手を合わせて、懇願する。
ミユキは、少し考えてから答えた。
「それぐらいなら……」
クララとリリアーナが、厨房の入口で呆然と立っていた。
「ミユキ……また才能を見せつけちゃったね……」
クララが、疲れたように呟いた。
「すごい……ミユキさん、本当に何でもできるんですね」
リリアーナが、尊敬の眼差しで見ている。
◇ ◇ ◇
その日の夕方——。
噂は、学園中に広まっていた。
「魔法陣デバッガーの令嬢が、料理の達人でもあるらしい」
「厨房長が、弟子入りを志願したって」
「あの厳格なグリムナル厨房長が!?」
生徒たちの話題は、ミユキ一色だった。
図書館で勉強していたセオドアが、ミユキに声をかけた。
「君、料理もできるのか」
眼鏡の奥の目が、興味深そうに光っている。
「研究者で、技術者で、料理人……多才だな!」
「い、いえ、そんな……」
ミユキは、照れくさそうに答えた。
そこに、マルコ・ロッシーニが通りかかった。
商会御曹司の彼は、いつも笑顔だ。
「ヴィルナー嬢、噂を聞いたよ」
「マルコさん……」
「料理の腕もあるなら、レストラン経営も提案したいところだね」
冗談めかして言うが——目は真剣だった。
ミユキは、疲労困憊だった。
「もう……勘弁してください……」
クララが、笑いながら肩を叩いた。
「ミユキ、この学園で一番有名な新入生になったね!」
「有名って……」
ミユキは、小さくため息をついた。
『まあ、しかたないか』
乾いた笑いとともに、開き直りの境地に達しつつある。
『目立たない計画、やっぱり失敗だなあ……』
『本当は、リリアーナさんこそ、もっと注目されるべきなのに』
乙女ゲームの主人公は、彼女だ。
ミユキではない。
でも——。
リリアーナが、嬉しそうに笑っている。
その笑顔を見た瞬間——胸がほっと温かくなり、もうそれだけで良いかという気分になる。
『リリアーナの笑顔……』
あの笑顔は——
『私が開発資料に「天使のような笑顔」って書いた、あの表情』
彼女の「笑顔」は、特にこだわった部分だった。
『設定通りに……いや、設定以上に、輝いている』
ミユキは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
『彼女が幸せそうにしていると……嬉しい』
『親心……なのかなあ』
創造主として、リリアーナを産み出した。
設定を作り込んで、性格を練り上げて、彼女という「命」を形にした。
だから——。
『彼女が笑っていてくれるのが、何より嬉しい』
そう思った。
クララも、楽しそうだ。
セオドア達も、友好的に接してくれる。
『前世では味わえなかった、温かい日常』
ミユキは、小さく笑顔を浮かべた。
『この友情は、本物だ』
そう思った。
『悪くない……かな』
でも——ふと、料理対決のことを思い出す。
『「批判するなら作ってみろ」って言われると……つい本気になっちゃうんだよね』
『前世でも、プログラムをバカにされるとつい暴走してた』
『大人の知識と経験があるのに……挑発されると感情的になる』
ミユキは、少し困惑しながらも苦笑した。
『まあ……前世でも短気だったし』
学園での日々は、前世とは違う。友達と笑い合える温かさがある。
その日々は、賑やかで——温かかった。
**あとがき**
学園編も順調に進んでまいりましたので、定番&お約束のお料理ネタです。
前後のエピソードもいれたらまた少々長めになってしまいましたすいません。
それにしても、鹿肉の料理なんてミユキすごいですね。
前世でジビエ料理でも嗜んでいたのでしょうか。




