告白
### 4-7 告白
夜は更けていた。
館の中は静寂に包まれ、使用人たちはそれぞれの部屋へ退いている。
ミユキは、自分の部屋を出た。
足音を立てないようにしながら、父エルヴィンの書斎へ向かう。
『今、言わないと』
『もう、隠しきれない』
『グスタフさんに知られてしまった以上、言うなら今だ』
ドアの前で、ミユキは一呼吸置いた。
勇気を振り絞る。
ノックする。
「入れ」
低い声が返ってくる。
ミユキが扉を開くと、父エルヴィンは書斎の奥の椅子に座り、書類を見ていた。
「ミユキか。こんな時間に何の用だ」
「お父様……その……お母様にも……。聞いていただきたいことがあるんです……」
ミユキの真摯な表情を見て、エルヴィンは何かを察した。
「カタリーナを呼んでくる。応接室で待っていろ」
「はい。ありがとうございます」
◇
応接室には、豪華な調度品が置かれていた。
炎がぱちぱちと燃える暖炉の前。
ミユキは、そこに座って両親を待った。
『どうやって言おう』
『どう説明すれば、信じてくれるだろう』
『前世の記憶がある、なんて——常識で考えれば狂気の沙汰だ』
心臓が、ドクドクと大きく鼓動する。
『でも……言わなきゃ』
『隠し事のままじゃなくて』
やがて、エルヴィンがカタリーナを連れて戻ってきた。
母親の顔には、心配の色が浮かんでいる。
「ミユキ、どうしたの?」
カタリーナが、そっとミユキの隣に座った。
「大丈夫? 何か怖いことでもあった?」
「いいえ。怖いわけじゃなくて……」
ミユキは、言葉を探した。
「お父様、お母様……大切な話があります」
エルヴィンが対面の椅子に座る。
「話せ。何か、言いたいことがあるのだろう」
「実は……私は……」
ミユキの声は、小さく震えていた。
「なんと、いったらいいか……、私、実は……。前世の……記憶があるんです……」
「前世、というと? 生まれる前の記憶ということか?」
「いえ……、というより、別の世界で生きていた記憶……です。転生って、前の世界では言われていました……」
「転生者……」
エルヴィンのつぶやきに、静寂が応接室を覆った。
「ミユキ……」
カタリーナが、ミユキの手を握った。
その手には、微かな震えがある。
「私、別の世界から来たんです」
ミユキは、続けた。
「地球という世界で、志藤美幸という名前で、ゲームプログラマーをしていました」
「志藤……?」
エルヴィンが、眉を寄せて聞く。
「その世界で二五歳の時、事故で亡くなりました。そしてここに……ミユキ・フォン・ヴェルナーとして転生したんです」
「ミユキ……」
カタリーナが、ミユキを抱きしめる。
「それは……本当なの?」
「はい。お母様」
「あの、熱を出して寝込んでいたときに、全てを思い出した……、というか、前世の記憶が蘇ったんです……」
沈黙。暖炉で薪がはぜる音だけが響く。
『なるほど、たしかにあの日から、ミユキの様子が変わった』
『それで、何かが加わったように思えたのね』
『とうとう、言ってしまった……』
三者三葉の思いが重なる。
「あのっ! でもっ!」
ミユキは叫ぶ。
「前世の、お二人からしたらぜんぜん知らない人の記憶があるからといっても、私、お父様とお母さまの娘であることは変わらないんです!」
「ちゃんと、ここで育った、生きてきた私の13年間の記憶も、あります!」
胸を抑えるミユキ。
「あたりまえでしょう!」
母カタリーナが、ぎゅっとミユキを抱き寄せる。
「あなたは私の大切な娘よ」
「ふむ……。そうだな。たとえ別の記憶があったとしても、お前が私たちの娘であることは変わらない」
「お父様……」
「心配するな。どうも優秀過ぎる娘だと思っていたが、理由がわかってむしろ安心した」
「そ、そんな……」
「エルヴィンったら……」
「それで、その前世の美幸とやらは、どのような人間だったのだ?」
エルヴィンが尋ねた。
「あちらでは、両親を早くに亡くしていて……兄との二人暮らしでした」
ミユキの声は震えていた。
「兄は……プロライダー。バイクで競争する仕事をしていました」
エルヴィンが、何かを思い出したかのように眉をひそめる。
「だから……ここでも魔導バイクに興味が……」
「はい。前世の兄への想いが……私の中に残っているんだと思います」
◇
「そしてもう一つ……実は、もっと大切なことがあります……」
ミユキの声が、再び震え始めた。
「実は、この世界……私が前世で作っていた乙女ゲームの世界なんです」
「乙女ゲーム……?」
「ええと、女の子向けのお話、物語の世界やお芝居の中に入り込んで、恋をする遊び、ゲームというものがあって、そのゲームを作る仕事をしていました」
ミユキは、言葉をじっくり選びながら続けた。
「ゲームの製作は……とても辛いものでした。デスマーチと呼ばれる……長時間の労働が続いていて……」
ミユキの目に、また涙がにじむ。
「でも、私たちは……この世界を作っていました。完成には至りませんでしたが……その設定が……ここに実在しているんです」
「なんだと……?」
「あの……」ミユキは、震える声で問いかける。
「イザベラ、という名前に心当たりはありませんか?」
「女性の名前ね、あなた、心当たりは?」
「いや、知らんな」
首を振る二人。
「ゲームの、設定資料にはこうありました。『ヴェルナー家の次女、悪役令嬢、イザベラ・フォン・ヴェルナー』と……」
「なんだと!」
机をたたいて立ち上がるエルヴィン。
「そのゲームとやらとは違うではないか、我が家の娘は、次女の名は『ミユキ・フォン・ヴェルナー』だ。ミユキ、お前は実はイザベラなどという名だったとでも言うのか?」
「い、いえ、そんなことはありません」
「落ち着いて、あなた」
「13年前から、誰が何と言おうとお前はミユキ・フォン・ヴェルナーだ」
どさりと椅子に座りなおすエルヴィン。
「ありがとう……ございます」
父に認められて思わず涙するミユキ。
「なので、いろいろ混ざっているようなのです。ゲーム開発チームが作ったものもあれば、私個人の妄想も混ざっています。でも……基本的には、私が携わって作ってきた世界です」
「信じられんな」
「あなた……」
「いや、ミユキの言うことはもちろん信用しているのだが……」
「荒唐無稽……ですよね。わかります。私だってそう思いますから……」
「ミユキ……、それで、その『悪役令嬢』というのは何なの?」
「え、ええ、それなんですけど……」
長い説明になった。
ゲームには主人公となるヒロインがいること、攻略対象という男性陣がいること、そして、ヒロインのライバル役に『悪役令嬢』が設定されているということ。
「設定されたシナリオでは……悪役令嬢イザベラは主人公に嫉妬し、いじめたり……陰謀を張り巡らしたり……最終的には破滅するというストーリーになっていました」
「そんな……」
カタリーナが、ミユキを抱き寄せた。
「あなたが……破滅する? そんなの許さない」
ミユキは、カタリーナの腕の中で言葉を続けた。
「私の名前はミユキです。だから、まだこの設定……、前世の記憶の通りにシナリオが進行するとは限らないんです……」
「そして、将来、悪役……令嬢に……、なんて……ならないよう、に、嫉妬……、なんて、しない、いい娘に、なりたくて……」
途中からどうしても涙をおさえられず、涙声になってしまう。
「それで、ずっと頑張っていたというわけか」
「はい。ゲームのシナリオから『外れる』ことで、自分の運命を変えようとして……」
「ミユキ……」
エルヴィンが、再び立ち上がった。
彼の目には、静かな怒りが灯っていた。
「聞き給え」
父の声は、いつになく厳格だった。
「この家の娘が『悪役令嬢』などという汚名を受ける道理はない」
「お父様……」
「前世のゲームとやらの設定など……この家にとっては何の意味も持たない。あらためていうがお前は『ミユキ』だ。他の誰でもない」
エルヴィンは、妻を見つめた。
「カタリーナ、聞いたか?」
「ええ」
カタリーナは、毅然とした表情で頷いた。
「ミユキが『悪役令嬢の破滅エンド』に至る……?」
「そんなことは絶対にさせない」
母の声には、強い決意が込まれていた。
「エルヴィン、私たちは……」
「わかっている」
父が、妻に同意した。
「ミユキ……これをよく聞いておけ」
エルヴィンは、ミユキの前に膝をつき、ミユキと目を合わせる。
「お前は、ヴェルナー家の娘だ」
「ゲームの『設定』など、くそ喰らえだ」
「我々は……お前が悪役だろうと、聖女だろうと……関係なく、お前を愛する」
「そして何より大切なことは……」
父は、ミユキの頭に手を置いた。
「お前自身の人生を、『ゲームのシナリオ通り』に歩む義理などない、ということだ」
「お父様……」
「好きな者と付き合い……嫌いな者は嫌いと言え」
「正しいと思うことをしたまえ」
「その結果が『ゲームのシナリオ』と異なろうとも……我々ヴェルナー家は、お前を守る」
エルヴィンは、いつもの厳格さではなく、父としての強い愛情で言った。
「むしろ……世界が『お前の意思』に合わせるべきなのだ」
「世界が……私に合わせる……?」
「そうだ」
カタリーナが、ミユキを抱き寄せた。
「あなたの人生は……あなたのものよ」
「ゲームのシナリオなんて……知ったことではないわ」
「もし誰かが、あなたを『破滅させようと』したなら……」
カタリーナの目は、静かに光っていた。
「ヴェルナー家の名と権力を全て使ってでも……その者を打ち砕くわ」
三人は、暖炉の前で再び抱き合った。
ミユキは、初めて理解した。
『この家族は……私を守ってくれる』
『ゲームのシナリオなんて関係なく』
『私という存在を……受け入れてくれるんだ』
◇
「そうか、そのゲームとやらが始まるのはミユキが王立学園に入学してからか」
父の声が、厳格になる。
「この情報は、家族以外に漏らすな」
「特に王国への報告義務はない」
「俺たちは、お前を信頼している。家族で絶対にこの秘密を守ろう」
「はい。ありがとうございます」
カタリーナが、ミユキの手を握った。
「ミユキ……どんなことがあっても、あなたはヴェルナー家の娘よ」
「前世のご両親にはもうしわけないけれど、あなたは私の娘。前世で受けられなかった分、……ここで、その分の愛情をお受け取りなさい」
「お母様……」
「泣いて、笑って、この家で思いっきり生きなさい」
母の優しい言葉に、ミユキの心は満たされていった。
『前世では……親に恵まれなかった』
『でも、ここには……親がいる』
『本当の親だ』
「ありがとうございます。お父様、お母様」
ミユキは、涙を流しながら、親に抱きしめられた。
『この感覚……前世では知らなかった』
『親に受け入れてもらうことの……このぬくもり』
『この家族があるから……外の世界へも歩み出せるんだ』
◇
暖炉の炎が、静かに燃えている。
三人は、そこで時間を過ごした。
言葉もなく、ただ親と子が同じ時間を共有する。
やがて、カタリーナが声を掛けた。
「ミユキ……これからは、隠さなくていいのよ」
「何か困ったことがあれば、私たちに相談しなさい」
「あなたの秘密は……絶対に守るから」
「はい」
ミユキの心に、ようやく平穏が訪れた。
『親に知られるのが……一番怖かった』
『もし受け入れてもらえなかったら……どうしようと思った』
『でも……お父様とお母様は……受け入れてくれた』
『それだけじゃなく……理解してくれた』
『信じてくれた』
エルヴィンが、ミユキの髪を撫でた。
「お前は……ヴェルナー家の誇りだ」
「これからも……その力を領地のために使ってくれ」
「また同時に……自分の人生も大切にしなさい」
「はい、お父様」
◇
翌朝。
ミユキは自室の窓から、朝焼けを見た。
二つの月が、薄く見えている。
グローセモントとクラインモント。
やがて、輝きとともに朝日が昇ってくる。
『新しい朝だ』
『新しい人生が……本当に始まったんだ』
『これからは……隠さずに進もう』
ミユキは、新しい決意を胸に、朝日を見つめていた。
窓の外では、領地の朝が確実に明けていく。
『お父様……お母様……みんな……』
『みんなの信頼を……絶対に裏切らない』
『この世界で……この人生で……前に進もう』
ミユキの心は、ようやく軽くなった。
秘密を明かし、両親に理解されることで、新しい勇気が湧いてきた。
転生者としての自分を受け入れ、それでも娘として信じてくれる父母。
その信頼が、ミユキの背中を押していた。
『学園にも入らなきゃいけない』
『新しい仲間もできるだろう』
『でも……一番大切なのは……ここにいる』
『家族との繋がり』
『この信頼の絆』
朝日はますます明るくなり、ヴェルナー領の大地を照らしていく。
新しい日が、確実に始まっていた。
**あとがき**
第四章、ここで終了です。
エルヴィンお父ちゃん、かっこええですね♡
このシーンはしっかり書いておきたかったのでよかったよかった。
いちおう今のところプロットとしては第10章まで書いてあるので、予定しているお話の半分のちょい手前ってところです。
今あるプロットを完遂して、でもってさらにその先まで書くとしたら、この章の出来事がキーになってくるかも? というネタのタネもこっそり仕込んであります。はてさて、そこまでプロット通りに続くかどうか……。




