レオンとマリア登場
### 4-4 レオンとマリア登場
「よし、決まった!」
グスタフは豪快に手を叩いた。
「こいつは祝わねえとな! お嬢ちゃん、ちょっと付き合ってくれ」
「え……?」
「歓迎会だよ、歓迎会!」
ミユキが戸惑っている間に、グスタフは周囲の冒険者たちに声をかけた。
「おい、みんな! 酒場スペースにテーブル並べろ! 今日は新しい仲間の歓迎会だ!」
冒険者たちは、待ってましたとばかりに動き出す。
あっという間に、併設の酒場に長いテーブルが並べられ、料理と酒が運ばれてくる。
◇
ローストチキン、パン、スープ、サラダ……豪快な料理が次々とテーブルに並ぶ。
ミユキの前には、果実水の入ったジョッキが置かれた。
「お嬢ちゃん、遠慮すんな。好きなだけ食え」グスタフは満面の笑みで言った。
「ありがとうございます」
ミユキは遠慮がちにローストチキンに手を伸ばす。
『ギルドの食事って、こんなに豪華なんだ』
前世で深夜残業の時に食べたコンビニ弁当とは、大違いだ。
冒険者たちは次々とミユキのテーブルにやってきて、自己紹介をしていく。
◇
「お嬢様、オレはトーマスって言います!」
最初に話しかけてきた若手冒険者——トーマスが、元気よく自己紹介した。
「C級冒険者で、まだまだ駆け出しですが……よろしくお願いします!」
「よろしく、トーマスさん」ミユキは微笑んで答えた。
「あの……」トーマスは遠慮がちに言った。「オレの剣、最近切れ味が悪くて……付与効果の魔法陣が壊れてるのかもしれません。見てもらえますか?」
「いいですよ。後で見せてください」
「ありがとうございます!」トーマスは嬉しそうに頭を下げた。
続いて、四〇代くらいのベテラン冒険者が近づいてきた。
がっしりとした体格、腕には無数の傷跡。腰には、見事な装飾が施された剣を帯びている。
「お嬢さん、オレはギルベルトだ」
その声は、職人らしい落ち着きを持っていた。
「武具職人でもあるんだが……付与魔法陣の修理、頼めるか?」
「どんな魔法陣ですか?」
「炎属性付与の剣なんだが、最近威力が落ちてきてな」ギルベルトは腰の剣に手をかけた。「魔法陣の一部が欠けてるみたいなんだ」
「見せてもらえますか?」
ギルベルトは剣を抜き、ミユキに見せた。
刀身に、細かく刻まれた魔法陣——だが、確かに一部が薄れている。
ミユキは剣を受け取り、魔法陣を観察する。
『なるほど……これは経年劣化ね』
魔法陣の入力部から処理部への流れを追う。
『魔力の流れがここで滞留している……だから威力が落ちてる』
「後で、詳しく診断しますね」
「助かる」ギルベルトは満足そうに頷いた。
◇
歓迎会が盛り上がっている最中——
ギルドの扉が、静かに開いた。
カランカラン、と入口のベルが鳴る。
途端に、冒険者たちの会話が一瞬止まった。
ミユキは、その空気の変化に気づいて扉の方を見る。
入ってきたのは——黒髪の男だった。
身長は180センチメートルほど。黒を基調とした冒険者装備を身に着け、剣と魔導具を携帯している。黒髪はミディアムヘアで無造作に流され、深い青色の瞳が冷たい印象を与える。
無駄のない動き。無表情。
だが——その存在感は、圧倒的だった。
「おお、レオンだ!」
「久しぶりだな!」
冒険者たちが声をかけるが、男——レオンは無表情で会釈するだけだ。
◇
レオンは受付カウンターへ向かった。
「グスタフ、依頼の報酬を」
低く、静かな声。
エリカが受付から顔を出した。
「レオンさん、お疲れ様です。依頼書を確認させてください」
レオンは依頼書と、小さな袋を差し出す。袋の中身は——魔物の核だ。
「森の魔狼討伐……確認しました」エリカは書類に記録する。「報酬は金貨二枚です」
金貨を受け取るレオン。
その視線が——ふと、ミユキに向いた。
深い青色の瞳が、じっとミユキを見つめる。
『……あの娘、魔力が異質だ』
レオンは内心で呟く。
『この世界の住人ではない……いや、それとはまた違う何かを感じる』
ミユキは、その視線に少し緊張する。
レオンの冷たい雰囲気——だが、その目には、鋭い観察眼が宿っていた。
◇
レオンは、ミユキのテーブルに近づいた。
冒険者たちが、自然と道を開ける。
「……初めて見る顔だな」
レオンの低い声が、ミユキに向けられた。
ミユキは緊張しながらも、背筋を伸ばして答える。
「初めまして——」
「おお、レオン! ちょうどいいところに」
グスタフが割って入った。
「こちら、ヴェルナー侯爵家のミユキ嬢。今日からギルドの協力者だ」
レオンはミユキを見つめる——無表情だが、その目は全てを見透かすような鋭さを持っている。
「初めまして。ミユキ・フォン・ヴェルナーです」
ミユキは丁寧に挨拶した。
「……レオン・ブラックソーン。A級冒険者だ」
短い自己紹介。それ以上は、何も言わない。
沈黙が流れる。
レオンの内心では——
『この娘……転生者か? いや、それとはまた違う何かを感じる』
『魔力の流れが……機械仕掛けのように整然としている』
『魔法陣を最適化する能力? 違うな、それ以上か……』
「お前、魔法使いか?」
レオンが突然、質問した。
「は、はい。魔法理論の研究をしています」
「……面白い」
レオンはそれだけ言うと、受付へ戻った。
グスタフは苦笑する。
「レオン、お前も協力してやれよ」
「……考えておく」
レオンはそう答え、報酬を受け取る。
◇
その時——
「レオン、待ってよ!」
明るい声が、ギルドに響いた。
扉から駆け込んでくるのは、赤髪の女性だった。
身長は165センチメートルほど。赤みがかった茶髪をポニーテールにまとめ、明るい緑色の瞳が輝いている。弓と短剣を携帯し、軽装の冒険者装備を身に着けている。
親しみやすい雰囲気——レオンとは正反対だ。
「もう、置いていかないでよ!」
女性はレオンを追いかけてきたようだが——途中でミユキに気づいて、足を止めた。
「あら? 新しい顔ね」
その緑色の瞳が、興味深そうにミユキを見つめる。
「え? それに、貴族様?」
◇
グスタフが立ち上がって紹介する。
「マリア、紹介するぜ」
「ヴェルナー侯爵家のミユキ嬢だ。魔法の研究者で、今日からギルドの協力者だ」
「まあ!」
マリアは満面の笑みでミユキに近づいてきた。
「初めまして! マリア・フェンリルよ!」
その笑顔は、まるで太陽のように明るい。
「B級冒険者で、情報収集が得意なの。レオンとよく組んで仕事してるわ」
「初めまして。ミユキです」
「ミユキちゃん、不思議な響き。可愛い名前ね!」
マリアはミユキの隣に座り、果実水を注文した。
「ねえねえ、魔法の研究してるって本当?」
「はい。魔法陣の最適化とか……」
「すごい!」マリアの目が輝く。「私、魔法使いだからそういう話大好き!」
マリアは弓を取り出した。
「私の魔法、風属性なんだけど。弓に風魔法を乗せて、射程を伸ばしたり威力を上げたりするの」
「でも、最近魔力消費が多くて困ってるのよね」
「魔法陣を見せてもらえますか?」
「いいわよ」
マリアの弓には、魔力強化の魔法陣が刻まれていた。
ミユキはそれを観察する。
『これは……無駄な魔力の流れがあるわね。ここを修正すれば、もっと効率的に……』
「後で詳しく見ますね」
「ありがとう、ミユキちゃん!」
マリアは嬉しそうに笑った。
◇
その時——レオンが依頼の報酬を受け取って戻ってきた。
「レオン、この子がギルドの新しい協力者よ!」マリアが声をかける。
「……ああ、聞いている」
「相棒なんだから、もっと愛想よくしなさいよ」
「……俺は愛想がないのが売りだ」
マリアは肩をすくめ、ミユキに向き直った。
「ミユキちゃん、こいつ無愛想だけど悪い人じゃないから」
そして小声で付け加える。
「実は面倒見がいいのよ。若手冒険者の指導とかしてるし」
「……余計なことを言うな」
レオンは無表情のまま、そっぽを向いた。
ミユキは微笑む。
「はい。分かりました」
マリアの明るさと、レオンの無愛想さ——対照的な二人だが、どこか息が合っている。
『この二人、いいコンビなんだろうな』
ミユキはそう感じた。
そして——
マリアの内心では、別の思考が渦巻いていた。
『ヴェルナー家の令嬢……報告すべき対象かしら?』
マリアは、ある組織から「特定の人物の情報を集める仕事」を受けていた。
だが——組織の真の目的は、いまだ彼女には知らされていない。
『侯爵令嬢が冒険者ギルドに……これは珍しいわね』
『魔法陣の研究者——才能がある子なのかも』
マリアは笑顔のまま、ミユキを観察する。
明るい表情の裏で——冷静に情報を収集していた。
『危険な雰囲気は感じない。ただの研究熱心な令嬢……かしら?』
『でも、一応報告はしておくべきよね……』
◇
歓迎会は、さらに盛り上がっていく。
冒険者たちの笑い声、料理の香り、酒の匂い——ギルドの温かな雰囲気が、ミユキを包んでいた。
「冒険者ってのはな」とグスタフが豪快に笑う。「いつ死ぬかわからねえから、今を精一杯生きるんだ!」
周囲の冒険者たちも、声を上げて笑った。
その笑顔には——命の危険と隣り合わせで生きる者たちの、力強さがあった。
トーマスは剣の修理を心待ちにし、ギルベルトは職人として魔法陣の話に興味を示す。
マリアは明るく話しかけ、レオンは遠くから静かに見守る。
『冒険者、ファンタジーの定番よね。この人たちは……家族とは違う、でも良い仲間になりそう』
ミユキは心の中で、そう感じた。
家では侯爵令嬢として、家族の愛情に包まれている。
だが、ここでは——一人の魔法使いとして、対等に扱ってもらえる。
『魔法の研究を、もっと深められる』
『実戦の知識が、ここにはある』
冒険者ギルド——魔法の研究と、実戦の知識が交わる場所。
そして、新しい仲間たちとの出会い。
これから始まる冒険への、第一歩だった。




