ギルドマスター・グスタフとの面会
### 4-3 ギルドマスター・グスタフとの面会
「立ち話もなんだ。上へ来い」
グスタフは豪快に笑いながら、階段を指差した。
ミユキは頷き、グスタフの後に続いて階段を上る。
周囲の冒険者たちは、好奇心に満ちた視線でこちらを見ていた。
二階へ上がると——廊下の突き当たりに大きな扉がある。
グスタフはその扉を開け、ミユキを招き入れた。
◇
ギルドマスター室は、思っていたよりも広かった。
壁には、様々な武器や防具が並んでいる。使い古された剣、傷だらけの盾、魔法陣が刻まれた短剣……どれも実戦を経てきた証だ。
そして——魔物の剥製。
巨大な狼、鷹のような鳥、角のある獣……迫力満点の剥製が、部屋の雰囲気を一層ワイルドにしている。
壁には古い地図が貼られ、机の上には書類の山と魔導ランプ。
「散らかってるが気にすんな。座れ」
グスタフは革張りの椅子を勧めてくれた。
ミユキは礼を言って座る。
グスタフも机の向こう側に座り——その鋭い灰色の瞳で、じっとミユキを見つめた。
◇
「オットーの奴、元気にしてるか?」
グスタフの最初の質問は、意外にも優しいものだった。
「はい。毎日、庭の手入れをしています」
「そうか」グスタフは満足そうに頷いた。「あいつ、昔は凄腕の冒険者だったんだぜ」
「A級冒険者として、何度もオレと組んで仕事した。魔物討伐、ダンジョン探索……色々やったな」
ミユキは驚いたように目を見開いた。
「そうだったんですね……知りませんでした」
さっきトーマスからも聞いたが、グスタフの口から直接聞くと、また違った重みがある。
「十五年前、大怪我をして引退した」グスタフの声が、少しだけ沈む。「それからヴェルナー家で庭師をしてると聞いてな。オレも時々様子を見に行ってるんだ」
「オットーさんは、私に魔法植物のことを色々教えてくれました」ミユキは微笑む。「とても丁寧で、優しい先生です」
「そうか」グスタフは嬉しそうに笑った。「あいつ、植物の扱いは天才的だからな。魔法植物の知識じゃ、王宮の学者にも負けねえ」
◇
「で、お嬢ちゃんはオレに何の用だ?」
グスタフは本題に入った。
ミユキは姿勢を正して答える。
「魔法陣の研究をしていて……冒険者の方々がどう魔法を使っているか知りたくて」
「ほう。実戦での魔法に興味があるのか」
グスタフの灰色の瞳が、興味深そうに輝く。
「学者連中は理論ばかりで、実戦じゃ使えねえ魔法を開発するからな。魔力効率が悪いとか、発動が遅いとか、そういう問題を気にしねえ」
「実戦で使える魔法こそ、本当に価値のある魔法だと思います」
ミユキは前世のプログラマー時代を思い出していた。
『机上の理論だけでは、本当の問題は見えない。実際に使ってみて初めて、バグや改善点が分かる』
「机上の理論だけでは、本当の問題は見えません」
グスタフはミユキを見つめ——そして、豪快に笑った。
「ガハハハ! お嬢ちゃん、面白い考え方をするな!」
「私も実は理論は完璧だと思って使ってみた魔法陣で、お庭を焦がしてしまったことがあり……」
「ハッハッハ! オットーのヤツに叱られたか?」
「いえ、実験に使うなら良いといわれて、その後、いろいろ教えていただいたんです」
「おお、ヤツらしいな。それに、普通の貴族なら魔法の実験なんて興味無いだろうし、冒険者のことも、"汚れ仕事"として見下すもんだが……どうやらお前は違うようだ」
◇
グスタフは椅子に深く座り直し、じっとミユキを見つめた。
その目は——先ほどまでの豪快さとは違う、鋭い観察眼だ。
ミユキは、その視線に何か特別なものを感じた。
『この人……何か、見抜いている?』
グスタフの魔力感知能力が、ミユキの魔力を探っている。
——この嬢ちゃん……普通じゃねえな。
——魔力の質が異質だ。まるで……二つの魂が重なってるみたいな。
——だが、悪意はないな。むしろ……純粋な探究心か。
グスタフは、長年の冒険者としての経験と勘で、ミユキの特異性を感じ取っていた。
「お嬢ちゃん、一つ聞いていいか?」
「はい」
「お前、何者だ?」
直球の質問だった。
ミユキは一瞬、動揺する。
「……何者、とは?」
「お前の魔力……普通じゃねえ」グスタフは真剣な表情で言った。「まるで、この世界の住人じゃねえみたいな感じがする」
ミユキは心臓が高鳴るのを感じた。
『見抜かれてる……?』
どう答えるべきか——
グスタフは冒険者ギルドのマスターだ。信用できる人物かもしれない。
だが——もし間違っていたら?
もし、この話が広まってしまったら?
『転生者だと知られたら……』
『悪役令嬢ルートどころじゃない。魔女裁判にかけられるかもしれない』
ミユキの手が、わずかに震える。
だが——グスタフの目を見つめると、そこには敵意がない。
ただ、純粋な好奇心と——そして、信頼を寄せようとする意志がある。
『オットーさんが紹介してくれた人……』
『そして、「守ってくれるでしょう」とも……』
『でも……』
ミユキは深呼吸する。
『どこまで話すべきか……』
◇
ミユキの心に、様々な思いが駆け巡る。
『家族のことを考えたら……リスクは避けるべき』
父エルヴィン、母カタリーナ、兄フリードリヒ、姉ソフィア——みんなが心配する。
『もし、私が「異世界からの転生者」だと知られたら……』
『ヴェルナー侯爵家にも影響が出るかもしれない』
父の政敵が利用するかもしれない。教会が異端視するかもしれない。
『でも……どうしよう、正直に言うべき?』
ミユキは、ギルドに入ってからの出会いを思い返す。
トーマスの屈託のない笑顔やエリカの親切な対応。
そして——グスタフの鋭いが、温かい眼差し。
『この人たちは、私を受け入れてくれるだろうか?』
迷いと恐怖——それでも、ミユキは決断しなければならない。
信頼するか、秘密を守るか——。
◇
ミユキは、ゆっくりと口を開いた。
「……詳しくは言えませんが」
まず、防御線を張る。
「私は、普通の侯爵令嬢です。ただ、魔法が好きで……」
そして——
「前世の……いえ、以前の記憶があって」
言葉を選びながら、慎重に。
「前世、か」
グスタフは、その言葉を聞き逃さなかった。
ミユキは観念して、小さく頷く。
「……はい」
『言ってしまった……』
後悔と不安が、胸を締め付ける。
だが——
「嘘はついてねえが、全部は話してねえな」
グスタフは鋭かった。
ミユキは息を呑む。
『やっぱり、見抜かれてる……』
恐怖が、背筋を走る。
だが——
「ふん。まあいい」
グスタフは、豪快に笑った。
「オレは詮索しねえ主義だ」
「嬢ちゃんが悪人じゃないことは分かる。それに、オットーが紹介したってことは、信用できるってことだ」
その言葉に、ミユキは——
安堵と、同時に、涙が溢れそうになるのを感じた。
『受け入れてくれた……ってこと……?』
◇
「あ、ありがとう……ございます……」
ミユキの声は、震えていた。
「気にすんな」
グスタフは手を振った。
「オレも、色んな奴を見てきた。中には、お前みたいに特別な過去を持つ奴もいた」
「大事なのは、今、お前が何をしようとしてるかだ」
その言葉が、ミユキの胸に深く響いた。
『過去じゃない……今なんだ』
前世の記憶——志藤美幸としての人生。
それは確かに自分の一部だが——
『今の私は、ミユキ・フォン・ヴェルナー』
『ヴェルナー侯爵家の次女として……そして、魔法研究者として生きている』
ミユキは、深く頷いた。
「……はい」
◇
「それより」グスタフは話題を変えた。「外に停めてあったあの単車……」
「あれ、魔動バイクか?」
ミユキは顔を輝かせた。
「はい! 父が昔使っていたものを修理しました」
「修理だと!?」グスタフは椅子から立ち上がった。「あの伝説の乗り物を!?」
グスタフは窓へ駆け寄り、外を見下ろす。
ギルドの前に停めてある、銀色に輝くジルバーヴィント。
「マジか! あれがそうか!」
グスタフの目が、子供のように輝いている。
「お嬢ちゃん、いい趣味してるな! オレも若い頃、魔動バイクに乗りたいって思ってたんだ」
「だが、金がなくて買えなかった。それに、すぐ壊れるって評判だったからな」
「魔法陣を最適化したので、今はとても安定しています」ミユキは誇らしげに言った。
「魔動機関にも興味があって……色々研究しているんです」
グスタフは振り返り、ミユキを見つめた。
その目には、興奮と——そして、大きな期待が込められていた。
「なあ、お嬢ちゃん。一つ頼みがある」
「はい?」
「そのバイク、実際に動かしてるとこ見せてくれねえか?」
グスタフは少年のように笑った。
「下の連中にも見せてやりたい」
ミユキは微笑んで頷いた。
「いいですよ」
「よっしゃ! 行くぞ!」
◇
二人が階段を降りると、ホールの冒険者たちが注目した。
グスタフは高らかに宣言する。
「みんな聞けー!」
ホールが静まり返る。
「この嬢ちゃんが、伝説の魔動バイクを実演してくれる!」
一瞬の沈黙の後——
「おお!」「マジか!」「魔動バイクって、あの!?」「すげえ!」「外にあるやつか!」
冒険者たちがゾロゾロと外へ出る。
あっという間に、ギルドの前に人だかりができた。
ミユキは魔動バイクに跨る。
『ちょっと恥ずかしいけど……仕方ない』
そして——起動魔法陣に魔力を注入した。
◇
魔動機関が滑らかに回り始める。
低い、心地よいエンジン音。
「おお! 動いた!」「音が静かだ!」「すげえ!」
ミユキはアクセルグリップを軽く回す。
「では、少し走ってみます」
ジルバーヴィントが滑らかに加速する。
広場を一周——軽快な走行音と共に、銀色の車体が風を切る。
急加速、急停止、方向転換……完璧なコントロール。
「すげえ!」「あんなに滑らかに動くのか!」
「速い! 馬より速いんじゃねえか?!」
ミユキはジルバーヴィントを停め、エンジンを切って降車する。
すると——冒険者たちが一斉に質問を浴びせてくる。
「お嬢さん、それどこで買ったんだ?」
「父の物を修理しました」
「修理!? 魔動バイクなんて、誰も修理できないって聞いたぞ!」
「魔法陣を最適化したんです」
「最高速度はどれくらい出るんだ?」
「時速80キロメートルくらいです」
「はやっ!」「馬の三倍じゃねえか!」
冒険者たちの興奮は収まらない。
◇
グスタフが前に出て、腕を組んだ。
「こりゃあ、いいもんだな」
その声には、確信が込められていた。
「冒険者でも使えるようになれば、移動が格段に楽になる。遠方の依頼も、日帰りで行けるようになるかもしれねえ」
「そうですね。実用化できれば……」
ミユキは心の中で考える。
『でも、まだ魔法石のコストが高いのが問題ね。それに、製造技術も確立してない』
「お嬢ちゃん」グスタフは真剣な表情になった。「オレから提案がある」
「……はい」
「ギルドと協力しないか?」
ミユキは驚いて目を見開いた。
「協力……ですか?」
「お前の魔法研究に、オレたちの実戦知識を提供する」グスタフは力強く言った。「冒険者が実際にどう魔法を使ってるか、見せてやる」
「武具の魔法陣の修理とか、魔導具のトラブルとか、実例はいくらでもある」
「その代わり、お前の開発した魔法や魔動機関を、ギルドでも使わせてくれ」
ミユキは少し考えた。
『これは……すごくいい機会かも』
実践データが手に入る。武具の魔法陣を直接見られる。デバッグの実践訓練にもなる。
それに——冒険者たちの役に立てる。
「……いいですよ。協力しましょう」
ミユキは微笑んで答えた。
「話が早くて助かる!」
グスタフは大きな手を差し出した。
ミユキはその手を握る——グスタフの手は大きく、傷だらけだが、温かかった。
「よし、契約成立だ!」
周囲の冒険者たちから、拍手と歓声が上がった。
「おお!」「侯爵令嬢がギルドの協力者に!」
◇
グスタフはホールに戻り、高らかに宣言した。
「みんな聞け! この嬢ちゃんは、今日からギルドの協力者だ!」
冒険者たちが注目する。
「ヴェルナー侯爵家の次女、ミユキ・フォン・ヴェルナー嬢だ!」
「おお!」「侯爵令嬢が!?」
「何か困ったことがあったら、助けてやれ! 逆に、お嬢ちゃんの魔法研究に協力してやってくれ!」
「魔法陣が得意なんだそうだ! 武具の修理とか、魔導具のトラブルとか、遠慮なく頼んでいいぞ!」
冒険者たちは一斉に声を上げた。
「了解!」「よろしく頼むぜ、お嬢さん!」
ミユキは冒険者たちの歓迎に、少し照れながらも微笑んだ。
「よろしくお願いします」
そして——この協力関係が、後の大きな冒険へと繋がることを、この時のミユキは、まだ知らなかった。




