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悪役令嬢はデバッグしたい ~転生したら作りかけの乙女ゲームの悪役令嬢だったので、前世の知識で世界をデバッグすることにしました~  作者: 神楽坂らせん
第四章:冒険者ギルドと新たな仲間

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冒険者ギルド

### 4-2 冒険者ギルド


 深呼吸をひとつ。


 ミユキは重厚な木製の扉に手をかけた。


 ——大丈夫。ここは敵地じゃない。情報を得る場所。


 鉄の取っ手は冷たく、手のひらに確かな重みを感じる。


 扉を押し開けると、視界が一気に広がった。


 ◇


 広い。


 天井が高く、木材と石材を組み合わせた内装が、実用性と堅牢さを兼ね備えている。左手には長い受付カウンター、右手には大きな依頼掲示板。奥には酒場スペースが広がり、階段が二階へと続いている。


 そして——様々な装備を身に着けた冒険者たちが、ホール中に散らばっていた。


 昼間だというのに酒を飲んでいる者、依頼書を真剣に吟味している者、仲間と談笑している者。皆、一様に実戦を経験してきた者たちの雰囲気を纏っている。


 ミユキが一歩足を踏み入れると——


 一瞬、ホール全体が静まり返った。


 視線が集まる。


 乗馬用のズボンを履いているとはいえ、仕立ての良い服、整えられた銀の髪、そして何より、侯爵令嬢特有の気品——この場所では、明らかに場違いだ。


「おい……貴族の嬢ちゃんがこんな場所に?」


 誰かが小声で囁く。


「迷子じゃねえのか?」


「それとも、依頼を出しに来たのか?」


 冒険者たちのざわめきが、じわじわと広がる。


 ミユキは怯まず、背筋を伸ばして受付へ向かう。


『大丈夫。これは冒険者ギルドのお約束……。敵意じゃない……好奇心と、少しの警戒』


 前世で、初めてのIT企業に面接に行った時も、こんな感じだった。場違いな自分を見られる視線——でも、それに負けずに、自分の能力を証明した。


 今回も同じ。


『私は、ここに来る理由がある』


 受付へ向かう途中、視界の右端に大きな掲示板が目に入った。


 依頼掲示板だ。


 ミユキは思わず足を止め、興味津々で近づいた。


 ◇


 掲示板には、無数の依頼書が貼られていた。


 羊皮紙、時には普通の紙に書かれた依頼——それぞれに報酬と難易度が記されている。


『【討伐】森の魔物退治。報酬:銀貨五〇枚』


『【護衛】商隊護衛。期間三日。報酬:銀貨一〇〇枚』


『【採集】希少薬草の採取。報酬:金貨一枚』


 そして——


『【修理】魔導具の修理求む。報酬:応相談』


 ミユキの目がその依頼書で止まった。


『魔導具の修理……私にできるかも』


 魔法陣の最適化なら、今まで何度もやってきた。武器や防具の魔法陣も、基本的な構造は同じはず。


「あの……お嬢さん」


 声をかけられて、ミユキは振り向いた。


 一八歳くらいの若手冒険者が、遠慮がちに話しかけてきた。短剣と弓を背負い、革の軽鎧を身に着けている。顔つきはまだ幼さが残るが、目には冒険者としての真剣さが宿っている。


「はい?」


「あの……何か依頼を出すんですか?」


「いいえ」ミユキは首を横に振る。「ギルドマスターに会いに来ました」


「グスタフさんに?」若手冒険者は驚いたように目を見開いた。「何か用事ですか?」


「オットー・ベックさんからの紹介で」


 その名前を聞いた瞬間——若手冒険者の表情が一変した。


「オットーさん!?」


 声が大きくなり、周囲の冒険者たちも振り向く。


「あの伝説の冒険者の!?」


「え……?」ミユキは首を傾げた。「オットーさんって、冒険者だったんですか?」


「知らないんですか?」若手冒険者は信じられないという表情で言った。「元A級冒険者で、すごく有名だったんですよ。オレたち若手は、オットーさんの武勇伝を聞いて育ったようなもんです」


『オットーさん……そんな過去が』


 いつも庭で静かに植物の世話をしている、優しい庭師のオットー。その裏に、そんな歴史があったとは。


 ミユキは心の中で、改めてオットーへの尊敬の念を深めた。


「ありがとうございます。教えてくれて」


「いえ……あの、もしグスタフさんと話すなら、よろしく伝えてください。トーマスって言います」


 若手冒険者——トーマスは照れくさそうに頭を下げた。


 ミユキは微笑んで頷き、受付カウンターへと向かった。


 ◇


 受付には、二五歳くらいの女性が立っていた。


 明るい茶色の髪をポニーテールにまとめ、冒険者ギルドの制服を着ている。名札には「エリカ」と書かれていた。


 エリカは、ミユキが近づくと驚いたような表情で迎えた。


「いらっしゃいませ……あの、どのようなご用件でしょうか?」


 声には、丁寧さと同時に、戸惑いが混じっている。恐らく、侯爵令嬢がギルドを訪れるなんて、初めてのケースなのだろう。


「ギルドマスター、グスタフ・アイゼンハルト様にお会いしたいのですが」


 ミユキは、革のバッグから紹介状を取り出した。


 封蝋がされた手紙——そして、魔法植物の押し花が添えられている。オットーらしい、丁寧な仕事だ。


 エリカは紹介状を受け取り、封蝋の紋章を確認した途端——


「これは……オットー様の花押!」


 その声には、明らかな驚きが混じっていた。


「少々お待ちください。すぐにお呼びします!」


 エリカは受付を飛び出し、奥へと駆けていった。


 ミユキは受付カウンターの前で待つことにした。


 ◇


 待っている間、ミユキは周囲を観察した。


 遠巻きに、冒険者たちがこちらを見ている。


「あの嬢ちゃん、只者じゃねえな」


 ベテランらしき冒険者が、低い声で呟いた。


「オットーの紹介とは……あの偏屈親父が、誰かを紹介するなんて珍しい」


「しかも侯爵令嬢だぜ。何か苦情を言いに来たんじゃねえだろうな」


 トーマスは遠くから、心配そうにこちらを見ている。


 ミユキは気にせず、受付カウンターに並べられた魔導具を眺めた。


 魔法石、魔導ランプ、簡易的な魔法陣図……冒険者が使う実用品だ。


『あの魔導ランプ……魔法陣がちょっと古い設計ね』


 発光部分の魔法陣を目で追う。


『入力部はいいけど、魔力変換の効率が悪い。最適化すれば、もっと明るくできそう』


 職業病、というか、もはや本能だ。魔法陣を見ると、つい分析してしまう。


『デバッグしたい……』


 そう思った瞬間——


 奥から、豪快な笑い声が響いた。


「ガハハハ! オットーの紹介か!」


 ホール全体が、その声に注目する。


 階段を降りてきたのは——大男だった。


 身長は185センチメートル以上。筋肉質で、がっしりとした体格。顔には無数の傷跡があり、歴戦の冒険者であることを物語っている。黒髪には白髪が混じり、鋭い灰色の瞳がミユキを捉えた。


 グスタフ・アイゼンハルト——元S級冒険者にして、この冒険者ギルドのギルドマスター。


 彼は階段を降りきると、ミユキの前で立ち止まり、豪快に笑った。


「侯爵令嬢がこんな場所に来るたぁ、面白いじゃねえか!」


 ホール中の視線が、ミユキとグスタフに集中する。


 ミユキは緊張しながらも、背筋を伸ばして丁寧に挨拶した。


「初めまして。ミユキ・フォン・ヴェルナーと申します」


「堅苦しい挨拶はいらねえ」グスタフは豪快に手を振った。「オレはグスタフだ。オットーの友人のよしみで、気軽にそう呼んでくれ」


 そして——


「お嬢ちゃん、オットーから話は聞いてるぜ。魔法の研究をしてるんだってな」


 グスタフの灰色の瞳が、ミユキを真っすぐに見つめる。


 その目は——ただの好奇心ではなく、何かを見抜こうとしているような鋭さを持っていた。


 ミユキは、心の中で小さく緊張を覚えながらも——


『この人……信頼できるかもしれない』


 そう直感した。


 そして、この出会いが、後の冒険の大きな転機になることを——この時のミユキは、まだ知らなかった。


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