冒険者ギルドへの出発
## 第四章:冒険者ギルドと新たな仲間
### 4-1 冒険者ギルドへ
翌朝、目覚めた時、ミユキの胸には期待と少しの緊張が混ざり合っていた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、部屋を淡く照らしている。窓の外には、まだ空に残る小月、クラインモントの残光が、薄く溶けかけている。
起き上がり、昨夜、机の上に置いた紹介状を見つめる。
オットーからもらった紹介状——押し花が添えられた、丁寧に封蝋された手紙。
『実戦での魔法の使い方……きっと新しい発見がある』
前世でプログラムを組んでいた時も、新しい技術を学ぶ時はいつもこんな気持ちだった。期待と、少しの不安と、そして挑戦への高揚感。
『魔動バイクにも興味を持ってくれるかな』
昨日のオットーの言葉が蘇る。
——グスタフは私の友人で、元S級冒険者だ。魔導機関にも詳しい。
——冒険者は魔法を実戦で使っている。お嬢様の研究に役立つはずだ。
——グスタフは鋭い男で、お嬢様の「特別さ」に気づくかもしれない。
最後の言葉に、ミユキは少しドキッとした。
自分が転生者だということ——薄々でもそれを感じ取っているのは、恐らくセバスチャンと母、そしてオットーさんだけ。けれど彼らは何も言わず、ただ温かく見守ってくれている。
だが、外の世界では——特に、鋭い観察眼を持つ冒険者には、気をつけなければならない。
ミユキは紹介状を手に取り、軽く握りしめる。
窓の外を見れば、朝日がすっかり昇り、領地の麦畑が黄金色に輝いている。
『よし、これも経験! チャレンジしなきゃ!』
◇
朝食を済ませ、ミユキは出発の準備を始めた。
侯爵令嬢らしい上品さは保ちつつも、動きやすい服装——乗馬用のズボンに軽い上着、革のブーツ。魔動バイクに乗るには、スカートでは危険だ。
小さな革のバッグに、紹介状、魔導ノート、魔法石の予備を詰める。万が一、ジルバーヴィントが動かなくなった時のために。
部屋を出ると、セバスチャンが玄関で待っていた。
いつものように、完璧な執事の姿勢で——だが、その灰色の瞳は、いつもより少しだけ心配そうに見える。
「お嬢様、本日は町の冒険者ギルドへ?」
「はい。オットーさんの紹介で」
セバスチャンは無言で頷く。
だが、その背後から、もう一つの声が聞こえた。
「ミユキ、冒険者ギルドなんて危険では……」
振り向くと、母のカタリーナが心配そうな顔で駆けつけていた。
銀の髪を優雅にまとめ、朝の光を受けて柔らかく輝いている。だが、その青い瞳には、母親としての心配が滲んでいる。
「大丈夫です、お母様。オットーさんの友人に会うだけですから」
「でも……冒険者ギルドなんて、荒くれ者ばかりだと聞くわ」
「オットーさんが紹介してくれた人なら、大丈夫です」
ミユキは優しく微笑む。
だが、セバスチャンは一歩前に出て、提案した。
「念のため、護衛を……」
「セバスチャン、私一人で行きたいんです」
ミユキは真剣な表情で答える。
「魔動バイクもあるし、何かあればすぐに帰れます。それに……」
少し言葉を詰まらせる。
「……一人で行動する経験も、必要だと思うんです」
前世では、一人で働き、一人で帰宅していた。誰かに守られるのではなく、自分の力で行動する——それが、志藤美幸としての生き方だった。
そして今、ミユキ・フォン・ヴェルナーとしても、同じように自立したい。
セバスチャンは少し考えて、静かに頷いた。
「……承知しました。ただし、日が暮れる前にはお戻りください」
「約束します」
カタリーナも、ため息混じりに微笑んだ。
「無理はしないでね。あなたは……私たちの大切な娘なのだから」
「はい、お母様」
ミユキは母を抱きしめる。
温かくて、柔らかくて、安心する香り。
『前世では、こんな風に母に抱きしめられる機会なんて……』
心の奥で、少しだけ涙が滲む。
だが、すぐに顔を上げ、笑顔を見せる。
「行ってきます」
◇
玄関を出ると——中庭で、二人の人影が待っていた。
セシリアとエドワードだ。前日から泊まりに来ていた二人は、今日、ミユキを見送った後に帰る予定だった。
「ミユキ!」
セシリアが赤みがかった茶髪を揺らして駆け寄ってくる。その明るい茶色の瞳が心配そうに揺れている。
「今日、冒険者ギルドに行くって聞いて……」
「見送りに来たんだ」エドワードも続く。
ミユキは少し驚いて、微笑んだ。
「二人とも……ありがとう」
「本当に一人で行くの?」セシリアが不安そうに尋ねる。「冒険者ギルドって、危ない人たちもいるんじゃ……」
「大丈夫よ。オットーさんの知り合いに会うだけだから」
「でも……」セシリアはミユキの手を握る。「心配なの」
その手は、温かくて——幼い頃から一緒に遊んだ、大切な友達の手。
「私、ミユキとはずっと一緒だと思ってた」
セシリアの声が、少し震える。
「魔法の研究も、あの魔動バイクも……すごくって」
「最近、ミユキがどんどん遠くへ行っちゃう気がして……」
ミユキは、セシリアの手を強く握り返した。
「セシリア……」
「私は、遠くへ行ったりしないわ」
ミユキは真剣な表情で答える。
「ただ……少しだけ、外の世界を見てみたいの」
「家族と、セシリアと、エドワードと——みんながいる場所は変わらない」
「そこが私の帰る場所だから」
セシリアの目に、涙が滲む。
「本当……?」
「本当よ。私たち、ずっと友達でしょう?」
ミユキは笑みを深めてセシリアを抱きしめた。
幼い頃から一緒に遊び、魔法の研究を一緒にして、魔動バイクが復活した時も一緒に喜んでくれた——家族のような友達。
『セシリアは……家族の延長線上にいる、大切な友達』
『だから、絶対に変わらない』
エドワードも、照れくさそうに笑う。
「俺も心配だったんだ」
「ミユキが急に大人びて、俺たちと違う世界に行っちゃうんじゃないかって」
エドワードは少し恥ずかしそうに頭を掻く。
「でも……お前が帰る場所を忘れないなら、それでいい」
「俺たちは、いつでもここにいるから」
ミユキは二人を見つめ——心から微笑んだ。
「ありがとう。二人とも」
「私、頑張ってくるね」
「うん!」セシリアは涙を拭いて、笑顔を作る。「応援してる!」
「無事に帰ってこいよ」エドワードも拳を軽く突き出す。「土産話、期待してるからな」
ミユキはエドワードの拳に、自分の拳を合わせた。
「約束するわ」
◇
離れのガレージに着くと、ジルバーヴィントがいつもの場所に置かれていた。
ゆっくりと車体を押し出し、サイドスタンドをかけてガレージ前におく。
朝日を受けて、流線型のボディが美しく輝いている。
ミユキは車体に顔を寄せ、最終点検を始める。
魔法石の残量確認——満タン。魔力伝達軸の動作確認——問題なし。制御魔法陣の応答速度——良好。
「よし、調子は完璧」
エンジンを起動すると、滑らかな回転音が響く。
魔力が魔法陣を通って流れる感覚——それは、まるで血液が体を巡るように、自然で心地よい。
『この感覚……やっぱり、二輪が好きだ』
前世の兄・隼人の顔が浮かぶ。
——美幸、バイクに乗る時は、集中しろ。周りをよく見て、予測して、安全に走れ。
兄の教えが、今でも心に残っている。
『兄さん……私、ちゃんと安全運転してるよ』
心の中でそう呟いた時、後ろから声がかかった。
「お嬢様、お気をつけて」
振り向くと、アンナが小さな包みを抱えて駆けてきていた。
「お昼にはきっとお腹が空きます。お弁当をお持ちください」
差し出された包みからは、ヘルガ特製のサンドイッチの香りが漂ってくる。
「ありがとう、アンナ」
ミユキは包みを受け取り、ジルバーヴィントに取り付けたバッグに詰める。
「無理はなさらないでくださいね」
「うん。大丈夫」
ミユキは車体に跨り、エンジンをふかす。
低く、力強い音が響く。
「行ってきます」
アクセルをひねると、銀の魔動バイクはゆっくりと動き出す。
振り返れば、アンナが、マルタが、ヘルガが、そして厩舎番の老人たちが、手を振って見送ってくれている。
中庭では、セシリアとエドワードも手を振っている。
ミユキも片手を上げて、応える。
『みんな……ありがとう』
胸が、温かくなる。
『この温かさが……私を支えてくれる』
前世では一人で生きていた。孤独で、誰にも頼れなくて。
でも今は違う。
『植物が根を張って、大地から養分を得るように……』
『私も、家族やみんなから温かさをもらっている』
『この根っこがあるから——外の世界にも、行ける』
そして——彼女をのせたジルバーヴィントは、屋敷の門を抜け、領地の道へと走り出した。
◇
朝の爽やかな風が、頬を撫でる。
麦畑が広がる領地の道を、ジルバーヴィントは軽快に走る。
前方には、作業をしている農民たちの姿が見える。
「あ、お嬢様だ!」
「魔動バイク、すごい速さだな!」
農民たちが手を振ってくれる。
ミユキも、片手を上げて応える。
『この領地を守る……それが私の使命』
風景を見渡しながら、改めてそう思う。
ヴェルナー侯爵家の領地——広大な麦畑、森、川、そして人々の暮らし。
麦は、見えない地下に根を張り、大地から養分を吸い上げて育つ。
『私も……家族という根っこから力をもらって、成長できる』
この全てを守り、より良くする。それが、侯爵令嬢としての責任。
『冒険者ギルドとの協力で、もっと強くなれるかも』
魔法を実戦で使う冒険者たちから学べることは、きっと多いはずだ。
そして、彼らもまた、ミユキの「プログラマブル魔法陣」に興味を持ってくれるかもしれない。
『お互いに助け合える関係を築けたら……』
そんなことを考えながら、ミユキは町への道を走り続ける。
いつもの慣れた道を走り、ヴァルフェルの町の入り口が見えてきた。
城壁に備え付けられた石造りの門と、その両脇に立つ門番たち。
ミユキはジルバーヴィントの速度を落とし、門番の前で停止する。
「おお、お嬢様! 今日もお出かけですか」
門番の一人が、驚いた様子で声をかける。
「はい。冒険者ギルドへ」
「冒険者ギルド……! お嬢様がそんな場所に」
門番は目を丸くする。
だが、ミユキは笑顔で答えた。
「大丈夫です。人に会いに行くだけですから」
「そ、そうですか。お気をつけて」
門番は少し心配そうだったが、それでも道を開けてくれた。
ミユキは再びアクセルをひねり、町の中へと進む。
石畳の道——そこに、ジルバーヴィントのタイヤが心地よい音を立てる。
町の中は、すでに活気に満ちていた。
市場では、商人たちが威勢よく声を上げている。
八百屋、肉屋、パン屋、雑貨屋……様々な店が軒を連ねる。
「お嬢様だ!」
「魔動バイクだ!」
商人たちが驚きの声を上げる。
子供たちが駆け寄ってきて、ジルバーヴィントを興味津々で見つめる。
「すごーい!」
「かっこいい!」
ミユキは苦笑しながら、ゆっくりと速度を落とす。
子供たちに怪我をさせるわけにはいかない。
市場を抜ければ、パン屋「ローザの店」が見えてきた。
せっかくだから——ミユキはジルバーヴィントを停める。
店の前に立つと、ローザが笑顔で迎えてくれた。
「あら、ミユキお嬢様! 今日はどちらまで?」
「ええ。冒険者ギルドへ行く途中なんです」
「冒険者ギルド!? お嬢様がそんな危ない場所に」
ローザの目が丸くなる。
「ローザさんも同じこと言うんですね」
ミユキは苦笑する。
「だって……冒険者って、荒くれ者ばかりなんでしょう?」
「知り合いに会うだけだから大丈夫よ」
「そう……でも、気をつけてくださいね」
ローザは心配そうに言う。
「お腹空いてません? 焼きたてのパンがありますよ」
「じゃあ、クロワッサンを三つください」
ローザは嬉しそうに店の奥へ入り、すぐに温かいパンを持ってきてくれた。丁寧に紙袋に入れ、手渡してくれる。
「ありがとう、ローザさん」
「お気をつけて、お嬢様」
ミユキはパンを受け取り、再びジルバーヴィントに跨る。
◇
繁華街に入ると、雰囲気が変わった。
装備を整えた冒険者たちが、あちこちを歩いている。
剣を腰に下げた男、弓を背負った女、魔法杖を持った老人——みな、どこか実戦を経験した者特有の鋭い目をしている。
「おい、見ろよ。貴族の令嬢が魔動バイクに乗ってるぜ」
「あんな若い嬢ちゃんが……珍しいな」
冒険者たちの視線が集まる。
だが、ミユキは気にせず進む。
『冒険者の人たち……みんな武器や防具を持ってる』
すれ違いざまに、武具の魔法陣が目に留まる。
『あの剣、魔法陣が刻まれてる……炎属性付与かな』
『あっちの弓は……風属性強化?』
プログラマー視点で、つい武具の魔法陣を観察してしまう。
それぞれの魔法陣には、職人の個性が反映されている。だが、同時に——無駄な処理も多いのだろう。
『もっとよく見てみたいな……おっといけない、よそ見しないで運転に集中しなきゃ』
そう思いながら、ミユキは繁華街を進んだ。
そして——広場に面した場所に、その建物はあった。
石造りの頑丈な三階建ての建物。
看板には、剣と魔法杖が交差したデザイン。
——冒険者ギルド ヴェルナー領支部。
ミユキは深呼吸をする。
『さあ、ここからが本番』
ジルバーヴィントを建物の前に停めると、すぐに周囲に人だかりができた。
「おい、あれ……本物の魔動バイクか!?」
「伝説の乗り物じゃねえか!」
冒険者たちが興味津々で集まってくる。
ミユキは少し恥ずかしそうに、彼らに頭を下げる。
「あの……通してください」
「お、おう……」
冒険者たちは道を開けてくれた。
ミユキはジルバーヴィントから降り、革のバッグを肩にかける。
そして——重厚な木製の扉に手をかける。
『セシリアやエドワード、幼馴染は……家族の延長線上にいる、大切な友達』
『でも、この先で出会う人たちは——私が自分の力で築く、新しい繋がり』
『家族という根っこがあるから……こうして外の世界に踏み出せる』
扉を押し開けると、冒険者ギルドの内部が姿を現した。
『新しい世界へ——ようこそ、私』
ミユキは、一歩を踏み出した。




