転生管理局・魂の通路
## 第一章:世界の狭間
### 1-1 転生管理局・魂の通路
目を開けると、そこは白い空間だった。
全てがただただ白い空間だった。床も、壁も、天井も見当たらない。
「ここは……?」
美幸は自分の体を見下ろす。白い背景に透けている。半透明の、まるで幽霊のような、魂だけの存在になったかのよう。
「例外判定か……」
突然、声が聞こえた。低く、しかし優しい響きを持つ声。
「最近多すぎる。管理システムが破綻している」
声の主を探すが、誰もいない。美幸は混乱しながらも、プログラマーの習性で状況を分析しようとした。
「えーと……私、死んだ? よね? で、ここは……、なにか、三途の川的なところ?」
「ここは『魂の通路』だ。君はずいぶんと冷静だな」少し面白がる調子の声が答えた。「私はセラフィエル。君たちが『神』と呼ぶ存在の一柱で、転生管理局の事務処理を担当している。なるほど、君がここに留まれたということは……」
神様はなにかを調べている様子。
転生というとアレか、流行りのやつか。美幸とてゲーム業界の一員。転生もののネット小説ぐらいは嗜んでいる。まさか自分の身に降りかかるとは夢にも思わなかったが。
「転生管理……局?」とつい疑問が口に出る美幸。
「ああ、そうだ。地球の魂は本来、地球内で循環する。死んだ魂は肉体と肉体に刻まれた記憶を失い、再び地球で生まれ変わる。それが自然の摂理だった」
セラフィエルの声は、疲労と後悔に満ちていた。
「しかし近年、予定されていない戦争や紛争、事故が多発しすぎて、管理システムが過負荷状態なんだ。処理待ちの魂が数万単位で滞留している。そうだな、君にはバッファオーバーフロー状態と言えば理解できるだろうか……」
「あー……」
職業上、たいへんよくわかる説明をいただいた。そして思わず神様の苦悩に共感してしまう美幸だった。
「そして、その脆弱性を突いて……悪意ある第三者が、魂を強奪している」
「ご、強奪、ですか?」
「ああ。魂を奪い、別の異世界へと強制転送しようとしている。犯罪者たちは——巧妙だ。システムの隙を完璧に突いてくる」
セラフィエルの声に、怒りと無力感が混じる。
「君の場合、転送の瞬間に私が割り込みをかけられた。だが、これも長くは保たない。すでに君の魂は、私の管理領域から滑り落ちようとしている」
「つまり……私、異世界行き確定ってことですか?」
「残念ながらそうだ。君を轢いたあのトラック——あれは予定された事故ではない。ログを確認したところ、明らかに意図的に仕組まれたものだ」
美幸は半透明になった自分の手を見つめた。プログラマーの習性で、つい実装の詳細が気になってしまう。
『実行時割り込み……ブレークポイントみたいなのが、私の魂のコードに設定されてたりするのかな?』
自分の体を見回すが、当然ながらそんなものは見当たらない。
そのしぐさに何かを感じたのか、セラフィエルの声が沈む。
「詳細なメカニズムは……正直なところ、私にも完全には把握できていない。管理システムの深い部分に侵入され、我々の監視を掻い潜って魂の横流しが行われている」
「そんな……神様でも分からないって……」
「ああ。だが、一つだけ確かなことがある——これは組織的な犯罪だということだ。そして、その目的はまだ不明としか言いようがないが……」
セラフィエルの声にも、無力感と焦燥が滲んでいた。
「とはいえ、せっかく捕まえられた例外だ。せめて、君には幸せになってもらいたい——だから」
「だから? あ、そうだ! 異世界転生するなら、なにかチートください!」
前世で読んでいた小説を思い出し、ここぞとばかりに声をあげる美幸。
「現金なやつだな」今まですまなそうだった神の声に、苦笑がこもる。
突然、美幸の体が光に包まれた。温かく、それでいて圧倒的な力を持つ光。
「ほとんどの補正は管理権限外なのだが、それでも。少しだけ……せめて君が新しい世界で幸せになれるように、わずかばかりの『祝福補正』を施しておこう」
セラフィエルの声が、わずかに温かみを帯びた。
「君の持つスキルが、あの世界で役立つように。詳細は……向こうで確かめてくれ」
「ちょっと! 待って! 私、まだ——」
「幸運を祈る、志藤美幸。新しい世界で、自分らしく生きてくれ」
光が強まり、美幸の意識は再び遠のいていく。
最後に聞こえたのは、神の小さな呟きだった。
「……何者かの思惑があるにせよ、君には幸せになってほしい……」
そして、彼女の魂が白い空間を去ってから、神はさらに小さくつぶやいた——。
「魂を奪った者たちは、大きな誤算を犯したようだな……。彼女、ミユキは世界を壊すのではなく……『デバッグ』することになるだろう……」




