厩舎での発見
## 第三章:魔動バイクと新たな出会い
### 3-1 厩舎での発見
回復から二ヶ月が過ぎた初夏の午後。
ミユキは兄フリードリヒと共に、領地内の厩舎にいた。
兄が熱心に勧めてくれた馬術の訓練——最初は戸惑っていたが、何度か乗るうちに、その感覚が体に馴染んできた。
「よし、今日はここまでだ」
フリードリヒが馬から降りながら言う。
「ミユキ、筋がいいな。この調子なら、領地巡回にも馬で同行できるんじゃないか?」
「ありがとう、兄様」
ミユキも馬から降り、手綱を厩舎番に渡す。
馬のバランス感覚——それは確かに二輪に通じるものがある。だが……。
『馬は大きくても可愛いし、別の生き物が乗らさせてくれている感覚はとても新鮮。だけれど、私にはやっぱり、二輪の方が……』
心の奥で、何かが疼く。
前世の記憶——週末のサーキット、ミニバイクレースの興奮、兄・隼人の後ろ姿。
あの感覚が、無性に恋しくなった。
◇
訓練後、フリードリヒと一緒に馬の世話をしながら、厩舎の奥を何気なく見回す。
積まれた藁束、整然と並んだ鞍と道具類——そして、その隅に、大きな布が被せられた何かがあった。
埃を被り、長年放置されているのが一目で分かる。
「あれは……何?」
ミユキが指さすと、フリードリヒが視線を向ける。
「ああ、あれか。確か父上が若い頃に買った乗り物だったような……」
近くにいた厩舎番の老人が、ゆっくりと近づいてきた。
「あれは……古い魔動バイクでございます」
「魔動バイク!?」
ミユキは思わず声を上げた。
老人は少し驚いた様子で頷く。
「はい。もう何年も……いえ、そうですな、二十五年ほど前でしょうか。侯爵様が領地巡回用に使えればと購入なさったものでして」
「魔動バイク……」
ミユキの胸が高鳴る。
「見せてもらってもいい?」
「もちろんでございます」
老人が布を引き剥がすと——。
そこに現れたのは、長い眠りについていた二輪車だった。
埃にまみれてはいるが、流線型の美しいフォルムは健在だ。魔動機関を内蔵した独特の構造、精緻に刻まれた魔法陣の痕跡。
「すごい……」
ミユキは息を呑む。
前世の知識が蘇る。いや、正確には——この世界の設定資料として自分が企画会議で提案したものだ。
だが、ボツになったはずの魔動バイク設定が、こうして実在している。
『あの時、ディレクターにそんなもの乙女ゲームにいらないと却下されて……でも、私、諦めきれなくて企画チームと設定資料だけは作り込んでたんだ』
その記憶が、今、目の前の現実と重なる。
「知っておられるのですか?」
老人が不思議そうに尋ねる。
「珍しいものでございます。魔動バイクなぞ最近ではほとんど見かけません」
「あ、いえ……本で読んだことがあるというか……」
ミユキは慌てて言葉を濁す。
「ミユキはまたヘンなモノに興味を持つんだな」
フリードリヒは不思議そうに首を傾げた。
◇
ミユキは魔動バイクに近づき、埃を手で払う。
今はくすんでしまった銀色の金属製のボディは冷たく、しかし確かな存在感を持っていた。
自転車のサドルのようなシートに跨ってみる——身体にぴったりと馴染む感覚。
『ああ……これだ』
前世の記憶が、体の奥から湧き上がってくる。
週末のサーキット、ヘルメットを被る瞬間の緊張と興奮、エンジン音、風を切る感覚と解放感——。
兄・隼人の背中を追いかけた、あの日々。
厩舎番の老人が言う。
「侯爵様が乗られたのも数えるほどでしたでしょうか……すぐに故障して動かなくなってしまいまして。当時、うまく修理できる職人が見つかりませんでな。それからずっと、ここに放置されているのでございます」
「故障……」
ミユキは魔動機関の部分に視線を移す。
魔法陣が精緻に刻まれた機関部——しかし、その構造を見た瞬間、プログラマーとしての本能が反応した。
『これは……』
エンジンカウル……魔動機関のカバーを開けさせてもらい、内部の魔法陣を観察する。
複雑に絡み合った魔力の流れ、変換回路、出力制御の構造——。
そして、明らかなエラー、不具合を発見した。
『魔力供給系の配線が逆だ……!』
入力と出力が逆接続されている。なんだこれは。これでは魔力が正常に流れるはずがない。数回でも走れたのが不思議なほどだ。
『安定化回路もショートしてる。それに……』
さらに観察を続けると、魔動力伝達軸にも問題があることが分かった。
『長年の放置で劣化してる……だけじゃなくて、激しく摩耗してる。きっと軸がずれてるんだ』
設計ミスなのか、施工ミスなのか——おそらく両方だろう。
だが、魔法陣はデバッグできる。
「お前、何か分かるのか?」
フリードリヒが驚いた様子で尋ねる。
「理論的には……魔法陣は直せると思う」
ミユキは魔動機関から顔を上げる。
「ただ、機械部分の修理は……私では無理」
『プログラムのバグは直せても、ハードウェアは……』
そこまで考えて、ふと思い出す。
町のドワーフの武具店主——アグスという名の職人がいた。
魔動機関の知識にも精通していると、オットーから聞いたことがある。
『もしかしたら……』
「どうした?」
「兄様、町のドワーフの武具店主……アグスさんという方をご存知ですか?」
「アグスか、店は知っているが、店主と俺は話したことはないな。父上なら知っていると思うが……」
「その方に相談してみたいんです。この魔動バイク……もしかしたら、直せるかもしれません」
「本気か?」
フリードリヒは目を見開く。
「父上も諦めた代物だぞ。それを、お前が……」
「やってみないと分かりません。でも……」
ミユキは魔動バイクに手を置く。
冷たい金属の感触——だが、その奥に眠る可能性を感じる。
「直したいんです。この子を、もう一度走らせたい」
その言葉に、フリードリヒは少し驚いた表情を見せた。
そして、ゆっくりと笑みを浮かべる。
「分かった。父上に話してみよう。それに、たぶんアグスへの紹介状も書いてもらえると思う」
「ありがとうございます、お兄様!」
ミユキは嬉しさで思わず兄に抱きつきそうになるが、辛うじて踏みとどまる。
フリードリヒは少し照れた様子で頭を掻く。
「ま、まあ……ミユキがそこまで言うなら。父上も喜ぶんじゃないか?」
◇
その夜、ミユキは自室で魔動機関の構造図を描いていた。
記憶を頼りに、魔法陣の配置、魔力の流れ、問題点をノートに書き出す。
『魔力供給系は完全に書き直し。安定化回路も再設計が必要。それから……』
プログラマーとしての思考が、次々と解決策を生み出していく。
変数の導入、関数化の徹底、エラーハンドリング——前世の知識を魔法陣に応用する。
『プログラマブル魔法陣の、実践例になるかもしれない』
興奮で胸が高鳴る。
だが同時に、別の感情も湧き上がってきた。
『兄さん……』
前世の兄——志藤隼人。
プロライダーとして世界を舞台に戦っていた、憧れの背中。
彼が今、どこで何をしているのか——それは分からない。
でも、この魔動バイクを直すことで、少しでも兄に近づける気がした。
『兄さん、見ててね。私、この世界でもバイクに乗るから』
窓の外、二つの月が静かに輝いていた。
大きな月・グローセモントと、小さな月・クラインモント。
地球とは違う夜空——だが、その下で、ミユキは前世と今世を繋ぐ何かを感じていた。
『この世界で……私は、私らしく生きる』
そして、その第一歩が——この魔動バイクの復活だった。
**あとがき**
第三章、スタートです。前回予告しておりました例のアレ、ようやく登場ですね。




