幼馴染たちとの再会
### 2-12 幼馴染たちとの再会
回復から五週間が経った頃、ヴェルナー家に来客があった。
セバスチャンが書斎にいるミユキを訪ねてきた。
「お嬢様、お客様がいらっしゃいました。エドワード様とセシリア様です」
「エドワード……セシリア……?」
ミユキの脳内で、ミユキ・フォン・ヴェルナーの記憶が引き出される。
幼い頃から一緒に遊んでいた幼馴染たち。隣接領地の男爵家の次男エドワードと、宮廷魔法使い家系の子爵令嬢セシリア。
『ゲームには出てこなかったキャラクター……でも、ミユキの記憶にははっきりと残ってる』
ミユキは本を閉じ、立ち上がった。
「すぐに行きます」
庭園のテラスに、二人の姿があった。
明るい茶髪の少年——エドワード・アーベント。活発そうな雰囲気で、少し日焼けした健康的な肌。
赤みがかった茶髪のショートカットの少女——セシリア・ブラントン。好奇心に満ちた明るい瞳がキラキラと輝いている。
「ミユキ!」
セシリアが立ち上がり、駆け寄ってきた。
「回復したって聞いて! 心配してたのよ!」
「セシリア……」
ミユキは少し戸惑いながらも、笑顔で応えた。前世の記憶と、ミユキの記憶が混ざり合う。
エドワードも近づいてきて、少し照れくさそうに言った。
「久しぶり。なんか……すごく変わったな、ミユキ」
「変わった?」
「うん。なんていうか……雰囲気が。前より、こう……大人っぽいっていうか」
ミユキは内心ドキリとした。
『やっぱり、転生したことでオーラが変わったのかな……』
「そう……かな? 病気で寝込んでたから、ちょっと成長したのかも」
セシリアがミユキの手を取った。
「とにかく、元気になってよかった! ねえ、お茶しましょう! 話したいことがたくさんあるの!」
三人は庭園のテーブルに座った。アンナがお茶と菓子を運んでくる。
エドワードが剣術の訓練の話をし、セシリアが最近学んだ魔法理論について語る。
ミユキはそれを聞きながら、不思議な感覚に包まれていた。
『前世では……こんな風に、友達とお茶する時間なんてなかった』
デスマーチの日々、一人暮らしのアパート、コンビニ弁当。
それが今は——。
陽光が差し込む庭園で、幼馴染とお茶を楽しんでいる。
「ミユキ? どうしたの?」
セシリアの声で我に返る。
「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「やっぱりまだ本調子じゃないのかな? 無理しないでね」
エドワードが心配そうに言う。
「大丈夫。それより——」
ミユキは少し躊躇してから、話題を変えた。
「二人とも、最近どんな勉強してるの?」
セシリアの目が輝いた。
「魔法理論よ! 私、宮廷魔法使いの家系だから、小さい頃から魔法ばかり勉強してるの」
「どんな魔法?」
「基礎魔法陣の構築とか、魔力の制御とか。でも、理論ばかりでつまらなくて……」
セシリアは少し不満そうに頬を膨らませた。
「教科書通りの魔法陣を覚えるだけで、全然面白くないのよね」
ミユキの目が輝いた。
『魔法陣に不満……それって、まさに……!』
「ねえ、セシリア。ちょっと見てほしいものがあるんだけど」
「え? 何?」
ミユキは懐から、折りたたんだ羊皮紙を取り出した。オットーとの実験で作成したプログラマブル魔法陣の試作版だ。
羊皮紙を広げると、そこには従来の魔法陣とは明らかに異なる構造が描かれている。
セシリアが身を乗り出した。
「これ……魔法陣? でも、見たことない構造だわ」
「うん。私が独自に研究してる魔法陣なんだけど」
ミユキは説明を始めた。プログラミング用語は使わず、できるだけ魔法理論の言葉で。
「従来の魔法陣って、一つの用途に特化してるでしょ? 火魔法なら火魔法、治癒魔法なら治癒魔法って」
「うん、そうね」
「でも、それって……もったいないと思わない? 同じような構造の部分がたくさんあるのに、毎回ゼロから作り直してる」
セシリアが頷いた。
「確かに……言われてみれば」
「だから、共通する部分を独立させて、再利用できるようにしたの。それに、威力や範囲を調整できるように、『変数』の概念を導入して」
「変数……?」
ミユキは羊皮紙を指差しながら説明を続けた。
「ほら、この部分。ここで魔力の量を調整すると、同じ魔法陣で小火球から大火球まで出せるようになるの」
セシリアの目が驚きに見開かれた。
「すごい……! それって、一つの魔法陣で複数の用途に対応できるってこと!?」
「そう。理論上はね。まだ実験段階だけど」
セシリアは興奮した様子で魔法陣を見つめた。
「これは……革命的だわ! もし実用化できれば、魔法理論が根本から変わる!」
エドワードは少し困惑した表情で二人を見ていた。
「えーと……俺、魔法はあんまり得意じゃないから、何がすごいのかよく分からないんだけど……」
セシリアが振り向いた。
「エドワード、これはね——」
セシリアが興奮気味にエドワードに説明を始める。ミユキはその様子を微笑ましく見守った。
説明を聞き終えたエドワードが、納得したように頷いた。
「なるほど。つまり、一つの道具でいろんなことができるってことか」
「そういうこと!」
エドワードはミユキを見た。
「ミユキ、お前……本当に変わったな。前は魔法の勉強、そんなに好きじゃなかったのに」
「うん……色々、目が覚めたっていうか」
セシリアがミユキの手を握った。
「ねえ、ミユキ! 一緒に研究しない!? 私も協力するから!」
「え? いいの?」
「もちろん! こんな面白い魔法理論、放っておけないわ!」
セシリアの瞳が輝いている。純粋な知的好奇心に満ちた目だ。
ミユキは嬉しくなった。
『前世では……こんな風に、研究を一緒にやってくれる仲間なんていなかった』
一人で黙々とコードを書き、デバッグし、誰にも理解されず——。
でも、今は違う。
「ありがとう、セシリア。ぜひお願いします」
エドワードが少し寂しそうに言った。
「俺は魔法はダメだけど……何か手伝えることあったら言ってくれよ」
「もちろん。エドワードにしかできないこともあると思うから」
「本当か?」
「うん。例えば……実戦での魔法の使い方とか。エドワードは冒険者を目指してるから、実戦の感覚が分かるでしょ?」
エドワードの顔が明るくなった。
「それなら任せろ! 俺、冒険者になるために毎日訓練してるからな!」
三人は顔を見合わせて笑った。
午後の陽光が庭園を照らし、薔薇の花が風に揺れている。
セシリアが思い出したように言った。
「そういえば、ミユキ。二年後、王立学園に入学するでしょ?」
「うん、多分」
「私も入学する予定なの! エドワードも?」
「ああ。親父が冒険者ギルドに入る前に、まず学園でしっかり学べって」
ミユキの心が躍った。
『学園で……幼馴染と一緒に……』
ゲームでは出てこなかった幼馴染たち。でも、この世界では実在する、大切な友人たち。
「じゃあ、学園でも一緒だね」
「うん! 楽しみ!」
セシリアが立ち上がった。
「ミユキ、学園が始まる時までに、この魔法陣のこと、もっと詳しく教えてね!」
「もちろん」
「私も家で魔法理論の本を調べてみる。何か参考になりそうなものがあったら持ってくるわ」
エドワードも立ち上がった。
「俺も、冒険者ギルドで実戦での魔法の使われ方とか、見てくるよ」
「ありがとう、二人とも」
幼馴染たちを見送った後、ミユキは一人庭園に残った。
夕暮れが近づき、空がオレンジ色に染まり始めている。
「幼馴染……か」
前世では、学生時代の友人とも疎遠になり、社会人になってからは仕事仲間しかいなかった。
それも、デスマーチの中で潰し合うような関係。
でも、今は——。
『家族がいる。使用人がいる。オットーさんがいる。そして、幼馴染がいる』
ミユキの心に、温かいものが広がっていく。
「この世界……悪くないな」
小さく呟いて、ミユキは夕暮れの空を見上げた。
そしてふと、疑問が浮かんだ。
『こんなに良い幼馴染や家族がいる。素敵な環境に恵まれているのに、イザベラ……ゲームの元設定での私は、なんで悪役令嬢なんかになっちゃったのかしら』
ミユキ・フォン・ヴェルナーの記憶を辿っても、家族や幼馴染との関係に問題があった記憶はない。むしろ、みんな優しく、温かい。ミユキは皆から愛されている。
『もしかして……学園で何か決定的な出来事があるのかも。だとしたら、絶対に回避しないと……』
悪役令嬢フラグへの警戒心を新たにしつつも、ミユキは現在の幸せを噛み締めた。
遠くで、母カタリーナが呼ぶ声が聞こえる。夕食の時間だ。
『メイドをよこせばいいのに、お母さまったら……』
ミユキは微笑んで、屋敷へと歩き出した。
新しい世界で、新しい友人たちと、新しい研究を——。
前世では味わえなかった、かけがえのない日々が、ここにある。




