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転生したら作りかけの乙女ゲーの悪役令嬢だったので、前世の知識で世界をデバッグすることにしました。【毎日更新中】  作者: 神楽坂らせん
第二章:異世界での新生活

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領地巡回

### 2-9 領地巡回


 回復から三週間が経った頃、父エルヴィンが領地巡回に出る日がやってきた。


 朝食の席で、ミユキが思い切って言った。


「お父様、今日の領地巡回……私も、同行させていただけませんか?」


 食卓が一瞬、静まり返った。


 エルヴィンが驚いた表情でミユキを見る。普段は厳格な侯爵の顔に、わずかな驚きが浮かんでいる。


「領地巡回に、か?」


「はい。領主の娘として……領地のことを、もっと知りたいんです」


 エルヴィンは少し考え込む素振りを見せた。そして——


「……わかった。領主の責務を学ぶのも、教育の一環だ。ちょうど、ヴァルフェルの市場の商人たちに会う予定もある」


 ミユキの目が輝いた。


「ありがとうございます、お父様!」


 カタリーナが優しく微笑む。


「ミユキ、無理はしないでね」


「はい、お母様」


 ◇


 馬車に揺られながら、ミユキは窓の外を眺めていた。


 シルバーエッジ館から南東へ向かい、ヴァルフェルの西門シルバーゲートを目指す。


 約二キロメートルの道のり。馬車でおよそ二十分。


 左手には麦畑が広がり、右手には雑木林が連なる。領地の農業を支えるのはこの麦畑だ。


 馬車の中で、エルヴィンがミユキに説明する。


「我々ヴェルナー家は、辺境防衛の任を負っている。ヴァルフェルの北東、約五キロメートル先には、ダンジョンがある」


「ダンジョン……」


「ああ。時折、魔物が溢れ出すこともある。だから、ヴァルフェルの町は城塞都市として築城されている。城壁で完全に囲むことで、領民を守るんだ」


「城壁で……完全に?」


「そうだ。ヴァルフェルは周囲三キロメートルほどの城壁で囲まれている。四つの城門があり、兵士が常時警戒している。夜間は城門を閉鎖するため、不用意な外敵の侵入を防げる」


 ミユキは真剣な表情で頷いた。


「つまり、お屋敷は……ダンジョンとヴァルフェルの町に挟まれた場所にあるんですね」


「その通りだ。我々の暮らしているシルバーエッジには騎士隊が常駐している。彼らがダンジョンからの最初の防衛線。ヴァルフェル城塞は、領民最後の砦。この二層防衛体制が、領地を守っているわけだ」


『つまりファイアウォールってことか、壁だけに……』


 ミユキはそう理解した。


 ◇


 やがて、ヴァルフェルの城壁が見えてきた。


 高さ四メートル、全周三キロメートルにわたる石造の城壁が存在感を放っている。


 西門の前で、馬車は止まった。


「証明をお見せください」


 兵士が馬車に近づき、警備を行う。


 エルヴィンが身分を示すと、兵士は最敬礼して道を開ける。


「お疲れ様です、侯爵様。本日も領地巡回ですか?」


「ああ。そして今日は娘も同行させている」


 ミユキは馬車の窓から身を乗り出して、城門の兵士たちに丁寧に頭を下げた。


「よろしくお願いいたします」


 兵士たちは目を丸くしたが、すぐに笑顔で返礼してくれた。


 ◇


 ヴァルフェルの中は、活気に溢れていた。


 放射状に整備された通り。商店街、市場、冒険者ギルド——様々な施設が整然と配置されている。


 人口は八千人程度。中核都市としての機能を完全に果たしている。


 訪れたのは、領地の主要な交易商人の館だった。


 町の中心部にある比較的大きな建物。ヴァルフェルと隣接領地の間の物流を管理する商家である。


「侯爵様! ようこそ!」


 主人の商人がエルヴィンを出迎える。


「いや、巡回の途中だ。最近の交易状況を確認したくてな。それと、今日は娘も連れてきた」


 商人はミユキを見て、驚いた表情を見せた。


「これは、ヴェルナー家のお嬢様まで! 光栄でございます」


 ミユキは丁寧にお辞儀をした。


「よろしくお願いいたします」


 商人はミユキに、最近の商品取引について説明した。


「最近、隣領との物流が活発になってきましてね。特に、農産物と鉄製品の交易が増えているんです」


 ミユキはそれを聞きながら、父と共に台帳を見せてもらう。


「この台帳……」


 ミユキは、記録の形式に目を止めた。


『取引先ごと、商品ごと、記録の方式がバラバラになっている。こうなると、データベース的に検索や集計が難しくなる』


 ミユキが口を開く。


「台帳の記録方法を統一すれば、効率化できると思います」


「台帳……ですか?」


「はい。商品の種類、数量、取引先、日付……全てを同じ形式で記録すれば、見やすくなります」


 ミユキは、備え付けの樹皮紙に、簡単な記録の形式を描いた。


 商人は目を輝かせる。


「それは名案です!」


 ◇


 その後、エルヴィンはミユキを武具店へと案内した。


 ドワーフの職人・アグスが経営する工房でもある。


「ここは、武具や農具の製作所だ。職人の腕は一級品なんだが……」


 言葉を濁すエルヴィン。


 戸を開けてみたが、誰もいない。


「あ、申し訳ございません」


 店番をしていた少年が駆け寄ってきた。


「アグス親方は、今朝から鉱石の仕入れで出かけておりまして」


「そうか。ちょうどいない時分か」


 エルヴィンは少し残念そうだが、気を取り直した。


「では、またの機会としよう。アグスは魔法陣で魔力付与された武具の扱いに長けているのだったな」


 少年は自慢げに答えた。


「はい。アグス親方は、ドワーフで最高の鍛冶職人です。特に、魔法陣が刻まれた武具や農具の製作では、この地方でも随一の腕前だと言われています」


 ミユキは、アグスという職人の名前を心に留める。


『なるほど、プログラマブル魔法陣はこういう人と相性が良さそう。お父様は私に紹介するために連れてきてくれたのかしら』


 ◇


 最後に訪れたのは、ヴァルフェルの市場だった。


 活気に満ちた市場。様々な商品が並び、人々が行き交う。


 ミユキは前世でも、こういう場所は好きだった。


『システムとして見ると、市場って面白い。需要と供給のバランス……』


 市場の商人たちは、エルヴィンを見ると頭を下げた。


「侯爵様、ようこそいらっしゃいました」


「ご苦労。今日は市場の観察に来た。娘に現状を見せてやろうと思ってな」


 ミユキは市場の隅々を観察していた。


 野菜と穀物を扱う商人の区域、肉や魚の販売所、布や衣料品のコーナー。それぞれが一見、無秩序に配置されているように見えた。


 ミユキが一人の野菜商人に近づいた。


「すみません。今、どのような商品が一番よく売れていますか?」


 商人は驚いたが、丁寧に答えてくれた。


「そうですね。最近は季節柄、葉物野菜や果物の需要が高いですね」


 ミユキはそれを聞くと、市場全体を見回した。


『売上が高い商品ほど、客の目に付きやすい場所に配置すべきでは?』


 ミユキが提案した。


「例えば、今の季節、需要が高い野菜や果物は、市場の入り口近くに配置したらどうでしょう。そうすれば、客が入ってすぐに目に入りますし、売上も上がるのではないかと」


 別の商人が首を傾げた。


「ですが、入り口は地代が……」


「地代を共同で負担するなら、全体の売上が上がれば、結果的に赤字にはならないと思います。試しに一ヶ月やってみて、売上の変化を記録してはいかがですか?」


 市場の店番たちは目を丸くした。


「お嬢様……お若いのに、商売のことをよくご存知で」


 ミユキは照れながら答えた。


「前……いえ、昔読んだ本に書いてありました。システムの最適化というのは、こういう小さな工夫の積み重ねなんだと思います」


 エルヴィンは後ろで、娘の提案をじっと見守っていた。


 ◇


 ヴァルフェルでの用事を終え、馬車で屋敷に戻る道中。


 夕焼けの中、シルバーエッジ館へと向かう馬車。


 エルヴィンがミユキに言った。


「ミユキ」


「はい、お父様」


「今日、お前が見せた観察眼と提案……感心した」


 ミユキは少し照れた。


「い、いえ……」


「領主の娘として、立派に成長している」


 エルヴィンの声には、珍しく温かみがあった。


「お前は、魔法の才能だけではない。人々の暮らしを良くする力も持っている」


「お父様……」


「ヴァルフェルの市場でも、商人の館でも。どこへ行っても、お前の提案は受け入れられた」


「そ、それは……」


「それはな。お前が、相手の視点に立てるからだ。相手が何を必要としているか。どうすれば効率的か。そういうことが見えるのだ」


 ミユキは胸が熱くなった。


『父さんが……私の本質を見てくれてる』


 前世の美幸は、両親を早くに亡くしていた。


 父親に褒められる、認められる——そんな経験は、記憶にない。


 だが今、この世界で、ミユキは父に認められた。


「これからも、その力を領地のために、そしてヴァルフェルの人々のために使ってくれ」


「はい! お父様!」


 ミユキは力強く頷いた。


「お父様やお母様、家族のために——そして、領地のために、私にできることをしたいです!」


 エルヴィンは微笑んだ。


 厳格な侯爵の顔ではなく、娘を慈しむ父の顔で。


「ああ。期待している」


 馬車は夕暮れの道を進んでいく。


 右手に麦畑、左手に雑木林。


 やがて、シルバーエッジ館の灯りが見えてきた。


 ミユキは窓の外を見た。


 広がる領地、働く人々、美しい自然。


 そして、北東方向に薄ぼんやりと見える——ダンジョンの上空。


『この世界で……私、本当に生きているんだ』


『私には、前世の知識がある。この世界の魔法もある』


『そしてこの領地には……守るべき人々がいるんだ』


 まだ、大きな決意ではない。


 でも、ミユキの心には、新しい目標が芽生えていた。


 自分にできることで、この世界の人々の役に立ちたい。


 ダンジョンの脅威から領地を守りたい。


 前世のプログラマーの知識と、この世界の魔法を融合させて——。


 馬車はシルバーエッジ館へと着いた。


 燭火が灯る館の灯りが、ミユキを優しく照らしていた。


 ミユキの新しい人生が、また一歩、前に進んだ瞬間だった。


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