プロローグ
# 転生したら作りかけの乙女ゲーの悪役令嬢だったので、前世の知識で世界をデバッグすることにしました。
*【ミユキ・フォン・ヴェルナーは異世界からの転生者である。彼女を転生させたオメガ=ℕ・ロジスティクスは、世界構造破壊を目論む悪の秘密結社である】*
## プロローグ
深夜二時。国道246号線は静寂に包まれていた。
志藤美幸は、コンビニで買ったエナジードリンクを片手に、会社からの長い帰路を歩いていた。二十五歳、職業はゲームプログラマー。乙女ゲーム『エターナル・クラウン』の開発チームで、メインプログラマーを務めている。
「はぁ……デスマーチきっつぅ……」
今日も出社しての十五時間労働。意味不明の仕様変更と会議、そしてデバッグの繰り返しで、心身ともにボロボロである。頭と胃と足と腰が痛い。当然のように肩が凝り、目もショボショボする。
本当なら帰りは駅までバスに乗るつもりだったが、終電を逃してしまった。通信の不具合かタクシーアプリも反応が無く、結局、一時間以上かけて歩く羽目になった。
「完全リモート作業にしてほしいなあ……。ほんと、こんな生活が続くならバイク通勤にしたいものだけれど……兄さんに怒られるだろうなぁ……」
兄の隼人は、国際A級ライセンスを持つプロのバイクレーサーだ。世界を転戦するトップライダーでありながら、妹のことをいつも気にかけてくれる。こんな状態でバイクに乗るなんて言ったら確実に説教されるだろう。
かつて、美幸自身もミニバイクレースに出ていた頃があり、サーキットのピットでは「隼人の妹」として人気者だった。アマチュア時代は兄のピット作業を手伝いながら、バイクの構造や整備技術を学んだものだ。とはいえ、プログラマーの道を選んでからは、バイクに乗る機会も減っていた。
「でも、深夜に一人で歩いているなんて知ったら、もっと怒られるかもなぁー」
ため息とともに、とぼとぼと自宅マンションの近くで脇道に入り、さらに暗い路地に差し掛かった。
ふと、背後から異様な気配を感じる。
振り向くと、黒塗りのトレーラーが、深夜にも関わらず無灯火でこちらに近づいててくる。普通のトラックではない。まるで生き物のように、不気味な圧迫感を放っていた。エンジン音が——妙だ。機械音というより、低く唸るような、生物の呼吸音に近い。
街灯に照らし出される運転席。そこには——ヒトではない何かが座っていた。黒いボディスーツのような姿。顔は仮面で覆われ、赤い複眼が不気味に光っている。
「え……?」
美幸の体が硬直する。デスマーチで摩耗しきっていたプログラマーとしての論理的思考が、慌てて警告を発する。『これはおかしい』『逃げろ』『危険だ』。
しかし、体は動かなかった。まるで金縛りにあったように。
トレーラーのボディには、禍々しい紋章が刻まれていた。ギリシャ文字の「Ω」——終わりを意味する記号。それは街灯の光を受けて、まるで脈打つように明滅して見えた。
次の瞬間、トレーラーが加速する。怪人の複眼が、赤黒く輝く。
「——!」
美幸は咄嗟に横に飛び込もうとしたが、間に合わなかった。巨大な鉄の塊が、歩道の電信柱をなぎ倒し、彼女の体を飲み込んだ。
衝撃。
不思議と痛みは感じなかった。
ただ、意識が暗転していく感覚だけがあった。
『兄さん……ごめん。もう会えないかもしれない』




