第4話
目を開くと、小屋の中は薄明るかった。
たいまつの火はすでに落ち、空気の温度も夜とは違う。
夜が終わったのだと、遅れて理解する。
粗末な寝台から体を起こすと、背中と肩に鈍い痛みが走った。
眠れたと言えるかはわからない。ただ、意識を失う程度には疲れていたらしい。
外から、足音が聞こえた。
一定の間隔で、迷いがない。
小屋の扉が軋み、朝の光とともに開く。
「起きているか」
低い声。
昨日、森で俺を助けた男――グラードだった。
明るい場所で見ると、右腕の欠損はよりはっきりしている。
それでも立ち姿に歪みはなく、視線は相変わらず鋭い。
「……はい」
声を出して、喉がひどく乾いていることに気づいた。
グラードは小屋の中を一瞥し、俺の足元と荷物に視線を走らせる。
「変わりはないな」
独り言のように言ってから、腰に下げた革水筒を差し出した。
「飲め。村へ行く」
短い言葉だった。
水を一口含む。
冷たくはないが、喉に染みた。
「ありがとうございます」
革水筒を返すと、グラードは歩き出しながら言った。
「妙な真似はするな。勝手に動くな。聞かれたこと以外、喋る必要もない」
念を押すような口調。
「……わかりました」
そう言った瞬間、グラードが一瞬だけこちらを見た。
「敬語はいらん」
低く、はっきりした声だった。
「この村で、そんな話し方をする者はいない」
「……わかった」
言い直すと、グラードはそれ以上何も言わず、森の中へ進んでいった。
森の朝は、夜とはまるで違っていた。
低く霧が漂い、湿った土の匂いが濃い。
鳥の声があちこちから聞こえ、昨日の不気味な静けさはない。
それでも、安心はできなかった。
歩く速度は昨日より少し遅い。
俺に合わせているのだと気づくが、それ以上の配慮はない。
しばらく進むと、森の中に人の手が入った痕跡が見え始めた。
切り揃えられた低木。
踏み固められた道。
打ち込まれた杭。
「……村は近い」
グラードが言った。
木々を抜けると、小さな集落が現れた。
木造の家が数十軒ほど。
低い柵に囲まれ、畑と井戸が中央にある。
素朴だが、手入れが行き届いている。
同時に、視線を感じた。
家の影から、窓の奥から、畑の向こうから。
露骨ではないが、確実に警戒されている。
グラードは気にする様子もなく、集落の中央へ進む。
「おい」
声をかけられた。
振り向くと、中年の男が農具を手に立っている。
視線は、俺に向いていた。
「その人間は?」
「森で拾った」
グラードは簡潔に答える。
男は眉をひそめたが、それ以上は言わなかった。
グラードの顔を見て、何かを察したらしい。
一軒の家の前で、グラードが立ち止まる。
扉を叩く。
中から足音がして、扉が開いた。
出てきたのは、若い女だった。
年は二十前後だろう。
淡い色の髪を後ろでまとめ、簡素な服を着ている。
まず、彼女はグラードを見た。
「……父さん」
声は落ち着いているが、どこか張り詰めている。
距離が近い。
視線の置き方が、他の村人とは違う。
――娘か。
そう思った、次の瞬間。
「リーネ」
グラードが名前を呼んだ。
女――リーネは小さく息を吐き、視線をこちらに向けた。
一瞬。
それだけでわかった。
警戒している。
「拾った」
グラードが言う。
「昨夜、森でな」
リーネは俺を頭から足先まで、逃さず見た。
値踏みするような視線。
「……森で?」
「話は後だ」
グラードは短く言い切る。
「今日は家には入れん。裏の納屋を使わせる。着替えと食い物を用意してやれ」
リーネは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに頷いた。
「……わかった」
その返事は、俺に向けられたものではなかった。
グラードは俺を見る。
「聞いた通りだ。しばらくは、そこで過ごせ」
「……わかった」
「名前は?」
リーネが、初めて俺に直接問いかけた。
声は静かだが、距離を測っている。
「……有馬。コウ」
名乗ると、リーネの眉がわずかに動いた。
「……姓があるのね」
「余計な詮索はするな。俺が見る」
間髪入れずにグラードが言った。
それはリーネだけではなく、村にも向けられているように思えた。
リーネは一度グラードを見てから、俺に視線を戻す。
「……納屋は、こっち」
それだけ言って、踵を返した。
俺は、その背中を追いながら思う。
ここから始まるのだ。
この村で、生きるということが。




