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Rewrite the World -帰りたがる迷い人の異世界譚-  作者: Mr.Ax
第1章 居場所のない世界
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第1話

どれぐらい歩いただろうか。


森は深く、同じような景色が延々と続いていた。

足元は柔らかい土と落ち葉に覆われ、舗装された道の感触はどこにもない。

スーツの靴底はすでに泥だらけで、革靴としての役目をほとんど果たしていなかった。

呼吸を整えようと立ち止まるたび、不安が重なる。


——ここは、少なくとも俺がいた新宿じゃない。

その認識は、もう疑いようがなかった。


スマートフォンは圏外を示したまま沈黙している。

GPSも地図も反応しない。

電源を入れ直しても同じだ。


森の音が、やけに生々しい。

鳥の鳴き声、葉擦れの音、どこか遠くで聞こえる獣の気配。


「……冗談だろ」


独り言が、すぐに空気に溶けた。

駅のホームから落ちた記憶は、今もはっきりしている。

終電間際、人の流れに押されるように足を踏み外し、次の瞬間——暗転。

夢にしては、あまりに感覚が現実的すぎた。


喉が渇く。腹も減っている。

ポケットを探ると、財布とスマートフォンは残っていた。

だが、紙幣も硬貨も、この世界ではただの紙切れだと直感的にわかる。

歩き続けるしかなかった。


——その時だった。

前方の茂みが、明らかに不自然に揺れた。

一瞬、風かと思った。

だが次の瞬間、低く濁った唸り声が響く。


「……っ」


足が止まる。


姿を現したのは、獣だった。

いや、獣に似ているが、どこか歪んでいる。

犬に近い体躯だが、地面に沈む足取りが妙に重く、胴が異様に長い。

毛並みは黒ずみ、ところどころが剥げ落ちていた。

目は濁った黄色で、こちらを“獲物”として見据えているのがはっきりわかる。


——逃げろ。

頭ではそう理解していた。

だが、体が言うことを聞かない。

相手は一歩、こちらに近づく。

涎が地面に垂れ、土を黒く染めた。


「来るな……」


情けない声が漏れる。


次の瞬間、獣が跳んだ。

反射的に身を翻し、転ぶように後ろへ下がる。

靴底が滑り、背中から地面に叩きつけられた。

——終わった。


そう思った、その時。

空気を切り裂く鋭い音が響いた。

獣の身体が、横から弾かれるように吹き飛ぶ。

地面に叩きつけられ、苦しげな咆哮を上げた。


「立て」


低く、だがはっきりした声だった。

視線を上げると、そこに一人の男が立っていた。

白髪交じり、50代半ば程だろうか。

だが、背筋は伸び、視線は鋭い。


右腕が——なかった。

肩口から先が失われ、代わりに革製の帯で固く縛られている。

左手には、使い込まれた剣。


「ぼさっとするな。まだ生きてる」


その言葉通り、獣はまだ動いていた。

しかし次の瞬間、男が一歩踏み込み、迷いなく剣を振るう。

刃が、獣の首元を正確に断ち切った。

獣は悲鳴を上げる間もなく、身体が崩れ落ち——

そして、光の粒子となって消えた。

跡形もなく。


……言葉が出なかった。


「怪我はないか」


男が、こちらを見る。

俺は、ようやく立ち上がり、ぎこちなく首を振った。


「……ありがとうございます」


声が震えていた。

男は剣を鞘に収め、俺を値踏みするように眺める。


「服装が妙だな」


スーツに目が向けられる。


「名前は?」


一瞬、言葉に詰まった。


「……有馬、です。有馬コウ」


姓を名乗った瞬間、男の眉がわずかに動いた。


「アリマ? 聞き慣れない名だ」


そう言ってから、俺を見据える。


「どこから来た」


「……最後にいたのは新宿、です」


男は、数秒黙った。

やがて、小さく息を吐く。


「やはりな」


「……?」


「そんな地名、この世界には存在しない。俺が知る限りはな」


その一言で、妙に納得した。

否定しようのない現実が、ようやく輪郭を持った。


「ここは、夜に長居する場所ではない」


男は踵を返す。


「ついて来い。話は歩きながらだ」


——選択肢は、なかった。

俺は頷き、男の背中を追った。

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