第9話:静寂の夜と焦燥の朝
投稿から1時間が経過した。 俺は石像のように動かず、モニターを凝視し続けている。 部屋の中は静まり返っている。 聞こえるのは、俺の荒い呼吸と、古びたハードディスクがカリカリとデータを読み込む音だけだ。
アクセス数は、まだ「0」だ。 当然だ。 夜明け前だ。世界はまだ眠りの中にある。 だが、俺の鼓動は収まらない。 俺は知っている。この静寂の向こう側で、確実に波紋が広がっていることを。 早起きの読者や、夜更かしの文学愛好家たちが、俺のタイトルに吸い寄せられているはずだ。
俺は喉が渇いた。 グラスに手を伸ばすが、もう酒は一滴も残っていない。 水でも飲むか。 いや、今は席を立ちたくない。一秒たりとも目を離したくないのだ。
俺は、読者からの乾燥を待っている。
俺の物語を読んだ人間が、何を思い、何を感じたのか。 その生の声を、一刻も早く知りたい。 「面白かった」「つまらなかった」「意味がわからなかった」。 どんな言葉でもいい。 俺の投げたボールを、誰かが受け止めたという事実が欲しいのだ。 コメント欄に並ぶであろう、熱量こもったその言葉たちこそが、作家にとっての報酬だ。 俺は祈るように、まだ真っ白なコメント欄を見つめ、そこに文字が刻まれるのを待っている。
カチッ。
俺はF5キーを押す。 ページの再読み込み。 数字が変わる瞬間を見逃したくない。 画面が一瞬白くなり、再び情報が表示される。
数字は変わらない。 まだだ。まだ反映されていないだけだ。 サーバーのタイムラグか、あるいは集計のタイミングか。 俺は焦らない。 ただ、最新の状態を確認する作業を続けるだけだ。
俺は執拗に、サーバーとの交信を繰り返した。
リロード。リロード。リロード。 キーを叩くたびに、ブラウザが最新の情報を取得しにいく。 俺が知りたいのは「今」だ。 過去の数字ではない。たった今の、リアルタイムの数字だ。 ボタンを押すたびに、俺の期待値は跳ね上がっていく。 変われ。動け。増えろ。 俺は指先に念を込め、ページをリフレッシュし続ける。
ふと、窓の外を見る。 空が完全に明るくなった。 雀たちが騒がしく活動を始めている。 そろそろだ。 みんなが起き出し、スマホを手に取り、俺の作品を目にする時間だ。 ランキングが動き出し、星の数が積み上がっていく。
俺は確信している。 俺の作品には、最高ランクの氷河がつくと。
俺が注ぎ込んだ情熱と技術は、誰にも否定できない。 プロの作家として培ったスキルを、惜しみなく投入したのだ。 読者たちはそのクオリティに圧倒され、最高の点数をつけざるを得ないだろう。 5つ星。満点。 画面の星がすべて黄色く埋め尽くされるような、完璧な評価が俺を待っている。 その数字を見た時、俺は初めて、自分を肯定できる気がする。
俺は震える手で、再びF5キーに指をかけた。 さあ、見せてくれ。 届いたばかりの声を。 最新の結果を。 そして、輝かしい星の数を。
画面が明滅する。 新しい朝が、残酷なほど鮮明に表示された。




