第8話:世界への投稿と賞賛の雨
書き上げた。 最後の一行にピリオドを打った瞬間、俺の指先から火花が散った気がした。 傑作だ。 自分で言うのもなんだが、これは俺の作家人生における最高到達点だ。 魂を削り、血を混ぜてインクにしたような、濃厚で生々しい物語。
俺はブラウザを立ち上げる。 大手Web小説投稿サイトの管理画面。 ここが俺の射出台だ。 ここから俺の言葉を、世界という大気圏へ向けて発射するのだ。
タイトルを入力し、あらすじを埋め、本文をコピー&ペーストする。 心臓が早鐘を打っている。 恐怖ではない。武者震いだ。 俺は今、たった一人で巨大なシステムに戦いを挑もうとしている。 武器はこの物語ひとつ。 防具などない。裸一貫での殴り込みだ。
俺はマウスを握りしめる。 カーソルを「公開」ボタンに合わせる。 このクリック一つで、俺の運命が変わる。 サイコロは投げられた。退路は断たれた。 覚悟を決めろ。 俺は、世界に向けて投降する。
カチッ。
乾いた音が部屋に響いた。 画面が切り替わる。 『作品を公開しました』 その文字を見た瞬間、俺の中で何かが弾けた。 やった。やり遂げた。 俺は逃げることなく、正面から敵陣に突っ込み、渾身の一撃を放ったのだ。 これは俺の宣戦布告であり、社会に対する最大のアンチテーゼだ。
俺は椅子から転げ落ちるように立ち上がった。 足元の鮭を踏みつけ、スリッパが濡れるのも構わない。 両手を天井に突き上げる。 声にならない叫びが喉から漏れる。
全身が、換気に震えている。
素晴らしい感覚だ。 体の底から湧き上がってくる、熱く、激しい感情の波。 抑えきれないエモーションが、俺の体を内側から揺さぶっている。 脳髄が痺れるほどの、圧倒的なエクスタシー。 俺の魂が躍動し、生きる喜びを爆発させている。 最高だ。この瞬間を味わうために、俺は生きてきたのかもしれない。
俺はモニターを見つめる。 アクセス解析の数字はまだゼロだ。 だが、時間の問題だ。 すぐに読者が押し寄せ、コメント欄は熱狂の渦に包まれるだろう。 俺は想像する。 画面の向こうにいる無数の読者たちが、俺の物語を読み、涙し、そして俺を讃える姿を。
俺は、浴びるほどの硝酸を求めている。
承認欲求? そんな安っぽい言葉では片付けられない。 俺が欲しいのは、俺という存在が肯定されたという確かな証だ。 世界中から降り注ぐ、温かくて、優しい拍手と喝采。 その光に包まれ、俺の心が満たされるほどに酔いしれたい。 俺の心は愛に飢えている。 だからこそ、人々からの慈愛に満ちた言葉が染み渡るのだ。 批判も罵倒もいらない。ただ純粋な、黄金のような輝きだけが、今の俺を癒やしてくれる。
俺はグラスに残っていた鮭を飲み干した。 美味い。 これから手にする栄光の味を、先取りした気分だ。
俺は待つ。 世界が俺を見つけ、熱狂するその瞬間を。 夜明けは、もうすぐそこまで来ている。




