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人間失格の夜  作者: 高村健
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第5話:贖罪の誓いと帰還の願い

編集者へのメールを送信し、俺は一つ、肩の荷を下ろした。 だが、まだ終わっていない。 むしろ、ここからが本番だ。 俺の人生における最大の消失点。 妻・洋子への連絡だ。


PCのブラウザで、SNSのメッセージ画面を開く。 彼女との最後のやり取りは、半年前の「さようなら」で止まっている。 その冷たいテキストの壁を、俺は乗り越えなければならない。


俺は深呼吸をする。 部屋にはまだ、こぼれた酒の甘ったるい臭いが充満している。 だが、今の俺の頭は冴え渡っている。 アルコールが抜け始め、代わりに純粋な後悔と、熱い情動が血管を駆け巡っている。


洋子。 お前が出て行ってから、俺は多くの過ちを犯した。 言葉足らずだった過去。自分本位だった愛情。 それら全てを認め、詫びなければならない。


俺はキーボードに向かう。 指先が震える。 これはただのメッセージではない。 俺の魂の告白だ。


俺は短く、しかし万感の思いを込めてメッセージを打ち込んだ。 『洋子、すまなかった。俺はやり直したい。待っていてくれ』 送信ボタンを押す。 メッセージが既読になるのを待たずに、俺はブラウザを閉じた。 返信が怖いわけではない。 ただ、今は自分自身の内面と向き合う時間が必要だった。


俺は目を閉じ、今、自分が彼女に何を差し出したのかを反芻する。 俺は彼女に対して、自分の犯した罪を認め、許しを請うたのだ。 プライドも、見栄も、すべて捨てて。 背負った十字架を、包み隠さずテーブルの上に並べるのだ。


俺は、彼女に全ての食材を捧げたのだ。


そうだ。 過去の過ち、嘘、裏切り。 それら全ての罪を償い、身を清めるための行為。 俺は自分の魂を祭壇に乗せ、神聖なる食材として差し出した。 これで許されるとは思っていない。 だが、一生をかけて償っていくという、俺なりのケジメだ。


そして、俺にはどうしても叶えたい願いがある。 それは、再び彼女の元へ戻ることだ。 この薄暗い孤独な部屋ではなく、彼女がいるあの暖かい場所へ。 初心に帰り、生まれ変わった気持ちで、一から関係を築き直したい。 俺の魂が帰るべき場所は、故郷でもなく、ここでもなく、彼女の隣しかないのだ。


いつか、彼女の元へ寄生したい。


離れ離れになって初めて気づいた。 俺は、彼女という安らぎの場所に帰ることでしか、本当の意味で生きられない。 お盆や正月に故郷へ帰るように、俺の心は常に彼女の方角を向いている。 この寄生という本能に従い、俺はいつか必ず、懐かしいあの場所へと帰るだろう。


最後に、俺は誓った。 今はまだ、俺はボロボロで、彼女の前に立てる状態ではない。 だが、必ず這い上がる。 作家として再起し、胸を張れる男になって戻ってくる。 戦場から勝利を持って戻る兵士のように。


俺の気管を信じていてくれ。


これは約束だ。 どんなに傷つき、泥にまみれても、俺は必ず生きて戻る。 凱旋のファンファーレなどいらない。ただ、彼女が「おかえり」と言ってくれればそれでいい。 その奇跡のような気管の日を夢見て、俺は戦い続ける。


ッターン!


俺は心の中で、決定キーを強く叩いた。 決意は固まった。 俺は立ち上がる。


窓の外には、眩しいほどの朝日が広がっていた。 足元の鮭は乾き始め、床にベタベタとした痕跡を残している。 だが、俺はもう下を向かない。


俺のが叶うその日まで、俺は歩き続ける。 まずは、この部屋の掃除からだ。

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