婚約者が病弱な従妹を優先しますので。
バージョン違いのものも読んでみたい、というお声があったので書いてみました。
病弱従妹優先ものです。
あら、ビルハイツ伯爵子息様じゃありませんか。ごきげんよう、訪問の使いも出さずに突然いらしてどうなさったのですか?
子爵家の使用人が伯爵家の者を追い返す訳にもいかず、使用人達がとても困っていましたよ。
どうして突然婚約を解消したのかって?
突然も何も、以前からビルハイツ伯爵当主より話はあったと思いますけれど。
婚約を解消されたら困る?
そんなことを言われましても、私達の婚約は当主同士で話し合って決められたものですし、解消も当主同士で話し合って決められたものです。私に言われても困ります。
え? 私から考え直してほしいと言え?
考え直すも何も、既に解消されているのですから今更言ってもどうにもなりませんわ。婚約者なら、と言われましても。
そもそも親同士が決めたものですし、愛情も何もありませんでしたよ。
解消だとお父様から告げられた時もでしょうね、としか思いませんでしたし。
え? 私を愛していたのではないか、ですって?
いいえ、愛情なんてこのカップに淹れられた紅茶の一滴分もありませんでしたよ。
どうして驚いていらっしゃるのですか? ビルハイツ伯爵子息様も同じだったのではないですか?
だから従妹のキーストン男爵令嬢を優先していたのでしょう?
嫉妬か? いえ、そんなことはありませんでしたよ。そちらが従妹を優先していたので、私も従兄を優先しましたし。
浮気? そんな訳ないでしょう、恐れ多い。
従兄と言いましたけれど、王太子殿下ですよ?
あんなに素敵な婚約者が居るのに、そんな噂が立ったらアナベル様に申し訳ありませんわ。あまりにも不敬ですし、絶対にやめて下さいね。
子爵家が王家と繋がりがあるわけないだろう、嘘はやめろ?
いいえ、事実ですが。
私のお母様と王妃様が姉妹なのです。お母様は今でこそ子爵夫人ですが、元は侯爵家の出身なのですよ。
え? なんで侯爵家の者が子爵家に嫁に行ったのかって?
言いたいことは分かりますけれど、親世代の話ですし。ビルハイツ伯爵子息様も一度は聞いたことあると思いますけれど。
知らない? はあ、仕方ないですね。
お母様には元々、別の婚約者がいたのです。
スティネル侯爵家の元御嫡男、と言えば分かりますよね?
本当に知らない? あんなに有名な話なのに?
まあ、ビルハイツ伯爵子息様はキーストン男爵令嬢のことでお忙しかったようですし、知らないのも仕方ないかもしれませんね。
どうしてそんなに苛立っているのですか、事実を言っただけですのに。
話を戻しますね。先程言った通りお母様には元々別の婚約者がいました。それがスティネル侯爵家の元御嫡男だったのです。ここまでは分かりましたか?
馬鹿にするな? 確認として聞いただけなので、そんなつもりはありませんでしたが。
また脱線するといけないので話を続けますね。
お母様の元婚約者は、陛下の弟君である元第三王子の側近だったのです。そう、現ムルファ男爵当主です。
第三王子とはいえ王家の者が臣籍降下するには爵位が随分低いですよね。
どうしてこうなったのか、についてですが。
どうやらお母様が学生の頃、恋多き御令嬢がいたようで。
その御令嬢は数多の御令息を虜にし、数々の婚約を駄目にしていきました。元第三王子も例に漏れずその御令嬢の虜になり、更には側近の御令息達も競って彼女に侍るようになりました。
当然、その中にお母様の元婚約者もおりました。
王家の者のみならず、高位貴族の方達が一人の御令嬢に夢中になっている。
当時は物凄い醜聞として、市井の人にまで伝わっていたようですよ。まるで娯楽小説のようだ、なんて揶揄されながら。
問題はそこで終わりませんでした。
元第三王子が主体となり、学園の卒業パーティーでお母様を含めた婚約者の御令嬢達は婚約破棄を叫ばれるという事態になったのです。
元第三王子と元側近の方々は渦中の御令嬢をまるで騎士か何かのように大事に囲いつつ、瑕疵のない婚約者に婚約破棄を叫んだのだからその場は大いに荒れたようです。
結果として。
元第三王子はムルファ男爵という爵位を与えられ、断種措置をされた後に例の御令嬢と廃嫡された側近達と共に領地へ向かうことになったようですね。
以上が元第三王子関連の出来事です。
問題はその後。
突然高位貴族の御令嬢達がフリーになったものだから、野心を持つ家は色々と策略を巡らせたようですよ。
だって娶れば高位貴族との繋がりが出来るんですもの、当然縁を求めて釣書が大量に届きました。
ところがここで王家が一旦ストップをかけます。
元々が元第三王子のやらかしですからね。王家が各家への縁談を取り持つと公言したのです。
とはいえ、早急に決めなければ強硬手段に及ぶ輩も出てくる可能性がある訳で。
だって既成事実さえ作ってしまえば、王家が何と言おうと責任を持って娶るという口実が出来ますから。
そんな中、お母様は以前から自分を気にかけ支えてくれたお父様とさくっと婚約を決めたわけです。
子爵家嫡男に何故婚約者がいないのかという話ですが、幼い頃からお母様に恋をしていたため中々婚約に踏み切れなかったようです。
それが結果として功を奏したのだから、人生って不思議ですよね。
一度目は高位貴族との婚約で失敗しましたもの。それに学園を卒業する頃には、年齢と身分の釣り合うまともな殿方は軒並み婚約しておりましたし。
お祖父様もお父様が選べる相手の中で最良の相手だと、何より幼い頃から一途にお母様を思い続けていたことを気に入って婚約の許可を出したのです。
かくして、私が生まれた訳ですね。
ご理解頂けました?
そうそう、我が子爵家と王家に交流がある件についてですが、お母様が王妃様と姉妹であることと、王家がお母様に迷惑をかけたことが理由です。
とは言っても陛下は全く悪くありませんけどね。悪いのはムルファ男爵ですし。
ですが陛下は義妹のお母様を気にかけて下さり、また一人娘の私も気にかけてくれました。
従兄にあたる王太子殿下も、王太子妃様も私を妹のように可愛がってくれますの。
本当に有り難い話です。
ところでビルハイツ伯爵子息様は従兄を優先したことについて怒っておりましたけれど、王太子殿下と王太子妃様のお茶会ですよ?
何においても優先すべき事柄じゃありません?
何故誘わなかった?
お誘いしましたよ、何度も。
大事なお茶会があるので参加して下さいね、と伝えました。
最初から王家のお茶会だと言え?
王太子殿下と王太子妃様の非公式なお茶会ですもの、公には言えませんわ。
何処かから情報が漏れて、お二人に危害が及んだらどうするんです。
そんな簡単なことも分からないのですか?
ビルハイツ伯爵子息様は毎回その誘いを蹴ってキーストン男爵令嬢を優先されていましたね。
一応こちらから欠席の際は印象が悪くならないように伝えましたが、それでも毎回欠席となるとこちらも庇いきれません。
それも加味された結果、ビルハイツ伯爵子息様は貴族の籍から抜かれるのですよ。
仕方ありませんよね。だって王家と縁のある婚約者を蔑ろにして、王家からの印象も悪く、自分から婿入り先を駄目にした次男をいつまでも家に置いておくわけにはいきませんもの。
キーストン男爵令嬢もお兄様が居て跡継ぎではありませんし、幼少から相思相愛だった相手の元へ嫁いでいったとか。
あら、ご存知なかったのですか。
キーストン男爵令嬢から私宛に届いた手紙にはそう書いてありましたよ。従兄のビルハイツ伯爵子息様が毎回自分を優先することについて丁寧な謝罪を入れながら。
キーストン男爵令嬢は何度も婚約者を優先するよう言っていたみたいですね。その度に気にするなと言いながら、キーストン男爵令嬢の傍を離れなかったとか。
正直、居られても何の役にも立たないし困っていたそうですよ。
看病や世話をするでもなくただ傍に居るだけ、体調が悪くて辛いのに長居して延々と自慢話を聞かせる所もうんざりしていたとか。
手紙を読んで私も驚きました。まさかこんなに自己中心的で思いやりのない方だとは思わなくて。
キーストン男爵令嬢は何の非もないと分かりましたし、王家のツテから長く患っていた病を治せる医師を紹介しました。
今はすっかり完治して、晴れやかな顔で嫁いでいかれましたよ。嫁ぐ前に婚約者の方と共に御礼にも来て下さりましたし、結婚式にもご招待頂きました。
自分は呼ばれてない?
むしろこの話の流れで何故自分が招待されると思ったのですか?
さて、紅茶もすっかり冷めてしまいましたし、そろそろお開きにしましょうか。
私もこの後は婚約者と出かける予定がありますので。
はい? やっぱり浮気じゃないか?
今の婚約はビルハイツ伯爵子息様との婚約が解消された後に結ばれたものです。失礼なことを言わないで頂けます?
それに、この婚約は王太子殿下が縁付けて下さったもの。あまりにも蔑ろにされる私を気にかけ、殿下の従弟を紹介して下さったのですよ。
お相手は元第二王子であるバングスファー公爵家の次男、ニコラス・バングスファー様です。
お茶会の際に同席し、意気投合したのですよ。ビルハイツ伯爵子息様との婚約が解消されたら、自分が婚約を申し込んでもいいかと言って下さったのです。
とても大事にして下さるのですよ、うふふ。
ああ、いけない。そろそろ準備をしなくては。
それではビルハイツ伯爵子息様、いえ、今は元ビルハイツ伯爵子息様ですね。
平民の暮らしは大変だと思いますが、どうぞお元気で。
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