ただ、歌っているだけ
ラブソングなんて、どこにでもある。
メロディーにのせて「好き」とか「愛してる」とか、そんな言葉を口にするのは、何も恥ずかしいことじゃない。
ただ、歌っているだけ。——そういうものだ。
放課後、いつもの4人で、よく来ている駅前のカラオケに入った。
順番にデンモクを回して、曲を入れていく。私は3番目だった。
デンモクを受け取り、月間ランキングの上位にある流行りの曲を選ぶ。選び終えて、隣にいた美佳に渡す。
美佳は少し悩んでから、一昔前のバラード調のラブソングを入れた。
「懐かしい曲入れるじゃん」
思ったことを、そのまま口にする。
「ん?たしかに懐かしいね。歌詞が大好きなんだよねー。」
美佳が入れたその曲は、彼女が言うとおり、歌詞が良いと人気のあるラブソングだった。
気持ちを抑えられずにもがいて、それでも告白できずに悩む、そんな切ない歌詞の曲。
私が入れた流行りの曲が終わり、美佳の番になる。
ピアノの前奏が流れ、彼女は歌いはじめた。
“あなたの声が好き、笑顔が好き、ずっと一緒にいたい。”
そんな歌詞を、静かに、心を込めて歌っているように見える。
サビに入る。「あなたのことが大好き」
その瞬間、美佳がちらりと私の方を見た。
目が合った。
美佳の頬がふわっと赤くなり、驚いたような表情を浮かべる。
すぐに、彼女は目を逸らしてしまった。
私が先に逸らしたのか、それとも美佳が先だったのかは、よくわからない。
ただ、それから私は、美佳の顔を見ながら彼女の歌を聴くことができなかった。
その後も、みんなが順番にラブソングや流行りの曲を歌っていった。
でも、美佳は——最初に入れた、あのラブソング以外にはラブソングを入れることはなかった。
また、今日と同じメンバーでカラオケに来ることがあると思う。
きっと美佳は、またラブソングを歌うだろう。
ラブソングなんて、よくあるものだ。
メロディーにのせて「好き」とか「愛してる」とか、そういう言葉を歌っても、恥ずかしいことじゃない。
ただの歌だ。
それでも私は、美佳がまたラブソングを歌うとしたら、それを他の誰かに聞かせたくないと思ってしまった。
聞こえないところで歌ってくれたらいいのに、と思った。
あのとき、美佳が私の方を見て歌ったあの一瞬。
あの目線も、頬の赤さも、視線を逸らした仕草も——全部、もう一度思い出そうとすれば思い出せる。
そしてそれは、誰かと共有するのは、なんとなく嫌だった。
別に理由はない。
うまく説明できるようなことじゃない。
がやがやと賑やかなカラオケボックスの中で、私は一人でそんなことを考えていた。
自分でも、なんでそう思ったのかはわからない。
たぶん、今はまだ、わかりたくないだけかもしれない。